第44話 『ピンチをチャンスに』と言うけれどそれが出来たらピンチじゃないと僕は思う(part3)
私達が1時間ほど待つと、ようやく久寿米木くんのお父さん――お義父さまの修さんが帰宅した。
どういう仕事をしているか詳しくは私も知らないけれど、修さんはスーツを着ていた。
そして修さんが久寿米木くんとどことなく似ていて、私は不思議な気持ちになった。
そして有希さんはすぐに私達がいる和室まで連れてきて、私はすぐにここまでの説明をした。
「うーん……。とうとうそんなことまでしてきたか」
と、私の正面に座る修さんが腕を組んで唸る。
「と言う訳で、何か久寿米木くんが監禁されていそうなところとかに心当たりはありませんか」
これが分からないと、これから一切行動できないわね。
私は藁にもすがるような思いで言った。
「心当たりか……。研究所は全焼してもうないだろうし、後は各個人の自宅や借りている研究室とかになってくるな」
修さんが心当たりを挙げるが、それを隣にいた有希さんが否定する。
「でも、それはないんじゃない?」
「そうだな。この可能性は低いだろう」
そして修さんもそれに同意する。
と言うか、ならば言わないで欲しいわね。
まあ、そういう文句を言う雰囲気でもないし、今は置いておきましょう。
それにしても、どういうことかしら……。
私はほんの少し考えて、
「……彼らの性格からして、と言う事ですか?」
そう当てをつけてみる。
「ええ。さっきも言ったけれど、連中は運動はからっきし駄目だけれど、その代わりに頭は半端じゃないくらい良いのよ。まあ、言いかえれば用心深かったりもするわけでね。だから自宅に監禁したり、自分の研究室に監禁したりって言う事は、バレたときに言い逃れが一切できない状況になっちゃうわけだから、リスクが高いのよ。多分、そんな事はしていないと思うわ」
「あいつらはローリスクハイリターンを追求する性格なんだよ。だから今回、こういう行動に出たってさっき聞いて少し驚いたんだがね」
有希さんと修さんが仲良く2人で説明してくれた。
「確かにリスクが伴うものね」
確か以前来た時にSH研究所の上層部は警察とも繋がりがあると言っていた。
それならば多少の悪事には目をつむってもらえるだろうが、現行犯ともなれば捕まらないわけもない。
上層部の連中はそういうリスクを嫌う傾向にあるようね。
危険を冒してまで何かを得ようとは思えない。
チャンスがあったり、リスクが少ない時だけ行動する、ということかしら。
私はそう結論付けた。
「ところで、相手は一体何人いるのかしら」
私はふと思った疑問を口にする。
「そうだね……。私がいた時の幹部連中の人数は5人。ただその内3人はその時点で還暦を当の昔に過ぎていたような年齢だったから今も生きているかは分からない。それと連中が誰かを雇っていないとも限らないからそれ以上と考えた方が良いだろうね」
「そうですね……」
相手が幹部連中だけならば私が単身で乗り込んでも問題なかったのだけれど、確かに、誰か――以前の世理教の森のような人を雇われていれば私だけでは心許ない。
「ところで、えーと……月村さん、だったかな」
「なんですか?」
「君の隣で額から血を流して突っ伏している子は……誰なのかい?というか大丈夫なのかい!?」
「ああ、ご心配なく。ただの生ける屍です」
「どこのRPG!?本当に大丈夫なのかい!?」
「ええ、ご心配なく。ただ心配していただけるなら救急車でも一刻も早く呼んであげてください。なるべく早く。遅いと霊柩車を呼ばないといけなくなるかもしれないので」
「大丈夫じゃないよね、それ!?」
そして隣にいる馬鹿を一緒に連れて言ったとしても、難しいだろう。
それにもともとこの馬鹿は中・長距離を得意としているものね。
近接戦闘では当てにならないのだし。
全く、役に立たないわね、この雌豚が。
「とにかく、その幹部連中がどこにいるのか見当がつかないことには動きようがありません。本当になにも分からないんですか」
私はもう1度、修さんに聞く。
もう頼れる人はこの人しかいない。
「う、うーん、そんな事を言われても……。……あ」
「『あ』ってなんですか?」
私は身を乗り出す。
「もしかしたら、って言うくらいの可能性なんだけれどね、全焼した研究所には地下室があったんだよ」
「地下室、というと」
「――未来研究だけの為の研究施設だよ。一般的にあの研究所って言うのはごく普通の科学事象について研究していたんだけれど、知っての通り裏では上層部が春希の未来を視る能力について研究していたんだよ。それ専用のって言ったら良いのかな……そういう施設だよ」
「なるほどね。確かに地下室ならば火災から免れている可能性もあるかもしれないものね。しかも全焼した研究所が上にあるのなら人も近付きにくいでしょうし」
私は言う。
「ちなみに、その研究所って言うのはやはり――」
「そうだね。場所は京都だ」
*****
浮遊感というものなのか、これは。
僕は何とも言えない感覚に落ちていた。
手の筋肉足の筋肉首の筋肉。
どんなに踏ん張ってみても動かない。
瞼の筋肉すら動かすことが出来ない。
ただただ、思考だけがクリアで……。
まるで宇宙空間に放り出されたかのような感覚と言ったらいいのか。
足掻けど足掻けど、捕まるものが――抵抗が何もなく、どうしようもないような、そんな感覚。
そして先ほどから何かが頭をよぎる。
何かは分からない。
ただ、僕はそれを知っている。
よく知っている。
物……?
いや、違う。
動物……?
いや、それも違う。
人……か?
うん、人だ。
でも、人だとしたら、誰だろう。
その人は、誰かの為に何かをしている。
誰か?
そんなものは分からない。
何か?
それも分からない。
何も、分からない。
いや、何もではないか。
そして、その誰かが――やってくる……?
*****
「はっ!ここはいつ!?私は何!?」
「雨倉さんはいつだって予想を裏切る反応をしてくれるわね」
私が目を覚ますと、場所は相も変わらず和室で、隣には暦、正面には有希さん、斜め左前に知らないおっさんがいた。
って言うか、何だか頭がぼーっとする。
気を抜くと目の前がちらちらして気を失いそうになる。
なんでだろう。
「ちなみにあなたの質問に答えると、ここは太陽系第3惑星の水の星の『地球』で西暦2012年よ。そしてあなたは少し頭が可哀そうな雨倉しずかと言う人間……だと思うわ」
「起きて早々、失礼な!」
なんだろう、最近暦の毒舌が復活してきているような気がする。
……友達だよね?
「ところであの人は?」
私はおっさんを指さして暦に聞く。
「あなたも大概失礼なことをしているけれどね。あの人は久寿米木くんのお父さんよ」
暦がどことなく疲れた目をしながら言った。
この目でニートに『何のためにあなたは生きているのかしら』とか言ったら、みんな海に身を投げ出してしまうような、そんな目だ。
「あ、そうなんだ。……言われてみればどことなく似ている気がする」
私は素直にそう思った。
雰囲気とか特に。
「……どうも、春希の父の修です」
おっと、相手の――しかも大人から挨拶をさせてしまった。
私は急いで、
「春希の友人の雨倉しずかです」
と、ぺこりと頭を下げた。
ん?
なんだか頭が――というか額がスースーする。
なんだろうか……。
私がそんな事を思っていると、
「ところで頭から血が出ているけれど、大丈夫なのかい?」
修さんがなんだか心底心配そうに私の顔を見る。
「へ……?」
うっかりアホの子みたいな声を出してしまった私は額を触ってみる。
べっとりとした感触が手のひらに残る。
手を見ると赤く染まっていた。
「なななななにこれ!」
私は修さんに無我夢中で言う。
「あー……」
修さんはとても言いずらそうに視線をずらす。
そしてちらちらと暦の方を見ている。
「気にしない方が良いわ」
突然暦が言った。
「なんでよ!?私の顔が!私の顔があああああ!」
「別に心配するようなことではないわ。と言うよりむしろ、血が抜けて色白になったんじゃないかしら」
「え、そう?」
まあ、それならいいや。
私は急激に落ち着いてきた――
「ってそんなわけあるかぴぱっ!」
「やっぱり黙っていなさい、雌豚」
私は突然頭に強烈な衝撃を受けて、暦のそんな言葉を耳にしながら意識を失った。
*****
「全く、これだから落ち着きのない人は嫌いなのよね」
「……大丈夫なのかい、彼女は」
私が雨倉さんの延髄に手刀を叩きこんで黙らせると、修さんが心配そうに言った。
こんな雌豚をも心配するなんて、まるで聖人のような人ね。
宗教を開けばそこそこ人が集まるのではないかしら。
「ええ。問題ありません。話を本題に戻しますが……とりあえず私は京都へ向かいます」
「こんな時間に?」
有希さんが少し驚いたように言う。
現在の時刻は18:00に近い。
今から京都に向かうと、到着は深夜だろう。
「久寿米木くんが心配ですから」
私はありのままの本心を言った。
有希さんが言う。
「明日でも大丈夫だと思うわよ?彼らだってあの子をすぐに殺したりはしないでしょうし、何より暦ちゃん、疲れているんじゃない?」
確かにそういう考え方は出来るでしょうね。
貴重な実験体を易々と手放したり殺したりすることは不利益にしかならない。
しかし――
「後悔はしたくないので」
万が一という場合を考えると、そうも言っていられない。
私はそう言って、立ちあがる。
雨倉さんはもう、どうでもよかった。
置いていきましょう。
すると、
「これは優しさ?」
有希さんは雨倉さんを指さして、苦笑交じりに言った。
「まさか。邪魔だからに決まっているじゃない」
私は雨倉さんを見降ろして吐き捨てた。
普段なら、雨倉さんも連れて言ってもいいでしょうけれど、中・遠距離戦闘が得意な雨倉さんではこれから行く場所では力を発揮出来ないでしょう。
万が一戦闘になったとしても恐らく屋内での戦闘になるでしょうし。
だから連れて行かないだけよ。
「そう……。なら私達も行くわ」
有希さんが先ほどの苦笑を顔から消し去って言った。
その表情からは決意が見て取れた。
しかし、
「結構です。私一人でどうにか出来ます」
「仮にも私達は春希の親だ。黙って指をくわえているわけにも行かないし、そうするつもりもないよ」
修さんも真剣な表情で言う。
それでも私は一緒に行かない。
「気持ちはありがたいですが、先ほど言ったように、もしも護衛のような人を連中が雇っていたとしたら、あなた達は何が出来ますか?何も出来ない場合は、失礼ですが足手まといにしかなりません。恐らく、私にもそれ程余裕はないでしょうから」
「それは……そうだが」
「失礼します。色々とありがとうございました」
私はそう言って、2人の引きとめる声を無視し、足早に、久寿米木邸を後にした。
そして単身、京都へ向かう
どーも、よねたにです。
ちょっと今回は短いかもしれないです。
……と言うか短いです。
さて。
全くコメディーじゃなくなってきてしまいました。
いつものことと言えばいつものことですが……。
その辺りは追々どうにかしていくとしましょう。
感想や評価、お待ちしております。
では、また。