第40話 男には1年に1度性格が変わる日がある
1月はあっという間に過ぎ去った。
怪盗グリードの一件から始まり、しずかの帰国騒動、しずかと琴音のデート騒動に大学の試験――。
挙げて行けばきりがない。
どうして年の初めからこう忙しいのだろうか。
正月とかってもっと落ち着いてまったりしたものではなかったのだろうか。
お節食べたりとかさ。
さて。
そんな事を思っている今はとっくに春休みまっただ中の2月の15日。
時刻は10:00。
僕が今いるのは家――自宅だ。
そして僕の目の前には、机がある。
正確に言えば、大量のチョコに埋もれた机だ。
このチョコは全て昨日もらったものだ。
そう、昨日は世間的にはバレンタインデーというものだった。
女の子が義理でも本命でもチョコを男に渡す――というイベントだ。
そんなイベントで、僕が貰ったチョコの総数は10個。
名前を挙げると、暦、しずか、琴音、玲さん(京都の)、理佳さん(京都の)、かおりさん(毒島一家の)、母親(数えていいのだろうか)、それと学校で数名から。
暦は彼女だから貰えると思っていた。
……貰えなければ泣いていたかもしれない。
しずかも、まあ同じサークルだし貰えるかも、とは思っていた。
琴音は義理でくれるかなーと言う程度。
玲さん、理佳さん、かおりさんは正直想定外だった。
まさか宅急便で送ってくれるなんて。
そして母親。
今までが今までだからすっかり忘れていた。
考えてすらいなかった。
ただ、嬉しくはあったが――。
あ、ちなみに学校の数名からというのはもちろん義理だ。
というか貰った時に少し笑われて、言われた。
……言わなくてもいいのに。
そんな、本当ならにやにやとにやけが止まらないはずの僕の顔は、げっそりとしていた。
その理由は、昨日の夜から数時間前までの間に遡る――。
*****
2月14日。
バレンタインデー当日の、時刻は21:00。
僕は学校から事務所に直接やってきた。
こんな時間になってしまったのは、講義とは別に資格取得の講座があったからだ。
「だー、疲れた」
そう言いながら僕は事務所の扉を開ける。
と、中には暦がいた。
「遅いじゃない、久寿米木くん」
暦は開口一番そう言った。
ソファーで偉そうに足を組んで座りながら――。
「随分と偉そうに言うじゃないか、暦」
「当然よ、私は久寿米木くんより偉いのだから」
「……さいですか」
「あら。食いつきが弱いわね。もっと元気良くツッコミを入れるかと思ったのに。いつもどんな時も、ツッコミの時だけは元気な久寿米木くん」
「僕がいつも元気だとは限らないだろう?それに僕は別にツッコミに生きがいを感じているわけじゃあ断じてない」
「あら。なんだか今日の久寿米木くんは随分とクールぶっているのね」
「そんなことはないさ」
と、この時の僕は言ったが、今思えばクールぶっていたのだろう。
バレンタインデーと言う日は男を変えるには十分な動機だ。
思い出すだけで叫びだしそうになる。
黒歴史だ。
そんな僕は、暦の正面に座る。
そして――学校でもらったチョコレートを数個、これみよがしに机に置いた。
本当に、今思えばなんでそんな事をしたんだろうと、悔みたくなるような行動だという事を何度でも言おう。
黒歴史である。
「久寿米木くん、それは?」
さっそく暦が反応した。
「これ?学校でもらったんだけど、見ての通り、チョコだよ」
「へー。よかったわね。そう言えば、こんなものが来たわよ」
そう言って暦は僕に小包数個を手渡してくる。
なんだろう、これは。
僕はそれぞれの名前を確認する。
そこには、玲さん(京都の)、理佳さん(京都の)、かおりさん(毒島一家の)、母親の名前があった。
「……え?」
「だから、そこに名前のある人からの贈り物、でしょう?」
「……わざわざ?」
「私に聞かないでくれるかしら。鬱陶しい」
これは想定外だった。
玲さん、理佳さんは、たった1度旅行先で知り合っただけなのに。
かおりさんも、律義にくれるなんて思ってもいなかった。
そして母親。
おお……ふ。
「…………」
僕が無言で渡されたチョコを見ていると、
「本当によかったわね、久寿米木くん。一体だれを選んで付き合うのかしらね。玲さん?理佳さん?毒島さん?あるいはお母様?背徳的ね」
「ななななな何をおっしゃるうさぎさん!?」
そしてなぜ母親まで入れる。
除外しなさいよ。
「だってそれ、私が見たところ全て手作りのチョコレートよね。義理でこんなにも凝った手作りチョコレートをくれるとは思えないのだけれどね」
なるほど。
ラッピングやチョコレート自体がとてもキレイだったので、てっきり買ったものかと思っていた。
僕はチョコを持っている手元から顔をあげて暦を見る。
その表情はとても険しいものだった。
「……暦、怒っている?」
「はっ。怒っているですって?この私が?そんな訳ないじゃない。私がキレたら街が消し飛ぶわ」
「おいこら。息をするように嘘をつくんじゃない」
「失礼ね。事実よ。そして史実よ」
「この街が一度吹き飛んだとでも!?」
「まあ嘘よ」
「結局嘘なのかよ」
なんだこの件は。
一切いらなかったんじゃないか?
「久寿米木くん。あなたの彼女は誰かしら」
「……暦?」
「どうして疑問形なのよ。殺すわよ?」
「気安く殺害予告をしないでほしい。怖いから」
「彼女がいるくせに、久寿米木くんたらチョコレートを女の子から貰って浮かれるなんてどういうつもりなのかしら。ぜひ聞かせてほしいわね」
「い、いやー……その……」
「なによ。何か言いたいことがあるならはっきり言ったらどうなのかしら」
「彼女いても、女の子からチョコを貰ったら嬉しいんだよ!」
「…………」
「なんで無言になっちゃうの!?はっきり言えっていうから言ったのに!」
「彼女の前で最低な宣言を最高のテンションでする久寿米木くんって最低よね」
「うっ……」
ノリで忘れかけそうになっていたが、目の前にいる暦は彼女だ。
付き合っている恋人だ。
そんな人の前で僕は一体――。
「極刑に値するわ」
目にすごみを宿した暦が僕に言った。
僕は何かを言おうと思ったが、何を言っても自爆にしか繋がらないような気がして、何もしゃべらずにいると、
「でも、許してあげる」
暦がそんな衝撃発言をした。
今までの暦からしたら考えられない言葉だ。
いつもなら『土下座』やらなにやらをやらされるのに。
僕がそんな考えを巡らせていると、
「まあ、私もある程度、理解はしているつもりだから。男はバレンタインデーの日に性格が変わるっていうことを」
「……ありがとうございます」
そう、仕方がない。
バレンタインデーは、男だったら誰でも気にしちゃう日で、そわそわしちゃうし、誰からだって貰ったら嬉しいんだから。
「そして久寿米木くんに提案があります」
「なにかな」
「もしも、今その手にあるチョコレートを食べずに私に渡してくれたら、その10倍良いものをあげるわ」
「……10倍?」
「ええ、10倍」
僕は手にあるチョコと暦を見比べて、
「分かった」
そう言って、手に会ったチョコを暦に渡した。
「では、これを進呈しましょう」
暦は代わりに、1つの小さな紙袋を渡してきた。
「これは?」
「開ければ分かることをわざわざ聞かないで頂戴」
もっともだった。
僕は紙袋の中に手を入れる。
すると小さな箱が出てきた。
きれいに包装された、小さな箱が。
「これって、バレンタインの?」
「それ以外だと思ったのなら、脳外科に行くことを勧めるわ。良い感じにぐちゃぐちゃに失敗してくれる医者を知っているから紹介してあげましょうか?」
「しなくていいよ」
僕は包装を丁寧にはがしてみる。
すると中からは手作りのチョコと1通のメッセージカードが入っていた。
僕がそのカードを見ようとすると、
「そのカードは家に帰ってから見て頂戴」
「どうしてさ」
「理由は――ないわ。けれど、家で見て頂戴。というか見なさい」
「……分かったよ」
僕はカードをポケットにしまい、代わりにチョコを食べる。
甘すぎず、とても柔らかい口どけ。
すごくおいしい。
「どうかしら、久寿米木くん」
「ん……おいしいよ」
「そう。よかったわ」
暦はそう言って、ほっとしたような表情を僕に見せた。
……やっぱり、なんだかんだ言っても、かわいいところもあるんだよね、暦って。
と、暦が、僕が渡した玲さん達のチョコレートを持って立ちあがる。
どこへ行くのか見ていると、ゴミ箱の前に立ち、
「……」
1つ1つ殴り潰し、ゴミ箱へと捨てた。
前言撤回したくなった、僕だった。
*****
その後僕は家に戻った。
家の前につくと、玄関先に誰かがいた。
辺りは暗く、誰か分からないので、少し警戒しながら近付くと、それは見知った人物だった。
「やあ」
そう言って、手を挙げたのは琴音だった。
「どうしたの、こんな時間に」
「ちょっと渡したいものがあってね。そんなことよりボクは随分待ったんだ。体が冷えて仕方がない。家に入れて欲しいんだけどね」
「あー……ごめん」
僕達は家の中に入った。
すぐにエアコンをつけて部屋を暖める。
「ふう。温まるって良いことだね」
琴音が、僕が出したホットコーヒーを飲みながら言った。
図々しくも――もう慣れた――勝手にテーブルについて。
僕は琴音の前の席に座り、言う。
「それで?一体何の用?もう厄介事はごめんなんだが」
「あー違う違う。そんなんじゃないよ。ただこれを渡そうと思ってね」
そう言って琴音は3つの小さな箱をバッグから取り出した。
「これは?」
「バレンタインのチョコレートだよ」
「3つってことは、しずか、暦、それと……僕?」
「うん、そうだね。雨倉さんと月村さんは当然で、久寿米木にはこの間のお礼と言う事で仕方なく作ったよ」
「聞きたくもなかった情報をありがとう、琴音」
まあ、分かってはいたけれど。
琴音は女の子大好きな人だから。
「そういえば、しずかとのデートはどうたった?」
デートとは、この間のグリードの事件の時、事務所で琴音と一夜を共にしてしまい、朝琴音を起こす際『揺すったり』『擦ったり』『触ったり』したら怒られ、その代わりにしずかとのデートを約束させられてしまった、あのデートのことだ。
「うん、とても有意義で楽しかったね」
僕は『ふーん』と言いながら、途中途中コーヒーを飲みながら聞いていた。
そして、話を続ける。
「どこへ行ったんだっけ?」
「遊園地だね。最後は観覧車でキスをしたよ」
「ぶっ!」
僕はコーヒーをふきだしそうになったのを何とか我慢した。
なんだって!?
キス!?
「本当に楽しかった……」
そう言って、琴音がレズビ――百合趣味と言う事を知らなければ、惚れてしまいそうになるほど、うっとりした恍惚の表情を浮かべた。
「そ、そうですか」
僕はそれどころではなかったが。
あのしずかと琴音がキス?
それは両者の合意があってのキスと言う事だろうか。
それとも琴音が強引に?
でも、話を聞く限りそんな様子はない。
ま、まさか――?
……まあいいや。
僕は考えるのをやめた。
*****
そうして話の初めに戻る。
ちなみに今、机の上にある玲さん達からのチョコは、昨日帰り際に、暦の目を盗んでゴミ箱から僕が持ってきたチョコレートだ。
暦が箱ごと殴り潰したからつぶれてはいるが、チョコ自体に問題はないし罪もない。
そういえば、と僕は思いだす。
昨日暦のチョコにはメッセージカードが添えられていた。
僕はそれを見る。
『ハッピーバレンタイン、久寿米木くん。どうかしら、私からのチョコレート。最初で最後のチョコレートにならないよう、頑張って私を引きつけておくことね。もし、私を逃がすようなことをしたら、許さないから 暦』
「……ふふふふふ」
夢ではない。
これは夢ではなく現実だ。
こんなハッピーバレンタインを迎えられるなんて……。
「はあああっぴいいいいいいいばあれんたいいいいいいいいいん!」
高らかに恥ずかしい言葉を叫ぶ男の姿がそこにはあった。
というか僕だった――。
どーも、よねたにです。
すこし間が空いてしまいましたが、番外編です。
私生活が今、佳境を迎えているので間が空いてしまいました。
すみません。
では、また。