第39話 探偵で過去を視ることが出来るなんて反則的だと僕は思う(part9)
暦にボコボコにされた吉井さんは気絶して倒れた。
全身殴られていないか所なんて存在しないんではないかと言うくらいに吉井さんは殴られていた。
暦は怪盗グリードに言う。
「これで勘弁してもらえないかしら」
つまりはこういう事だ。
怪盗グリードの目的は吉井さんだ。
それを止めるために僕達は今ここにいる。
しかし、暦の力をもってしてもグリードを止めることはできない事態となってしまった。
そのため、暦は交渉に出た。
それが吉井さんをタコ殴りにすることである。
殺す代わりにこれで――と言う事だ。
……さすがに無理がないか?
止めなかった僕達が言える事ではないけれど。
タコ殴りの儀式を終えた暦が僕と琴音の元まで歩いてグリードと向かい合う。
距離は15mと言ったところか。
3人と1人が睨みあう。
これで駄目ならば僕達に怪盗グリードの吉井さん殺しを止める術はない。
「いいですよ」
グリードは簡単にそう言った。
その顔を見る限り、嘘をついているようには見えない。
「……え、いいの!?」
僕はアホの子みたいな声で叫んでしまった。
「ええ。こんなことを言いたくはなかったですが、私は既にあなた達に助けられていたんですよ」
「……どういう事ですか?」
「今日の目的はそこの男を殴りに来ただけです。まあ、そのあとに色々と用意はしていますが」
殴りに来ただけ?
憂さ晴らしっていうことだろうか。
本当にそれだけなのか?
僕は疑っている根拠を述べる。
「予告状には命を狙っている旨が書いてありましたし、昨日の電話では説得しきれなかったと思うのですが」
「え、言いましたよ?『本気だった』と」
「本気……だった?」
過去形。
そう言えば言っていた。
回想開始
『話を聞いてもらったお礼に1ついい事を教えてあげましょう』
「なんですか?」
『明日私が行く時間です。予告状には書いていなかったでしょう?』
「あーそういえばそうですね。どうして書かなかったんですか?」
『本気だったからですよ。今までの予告状はフェアな条件で盗むという義賊的な面もあったのですが、今回はほぼ個人的なことですからね』
回想終了
……なるほど。
僕の説得は成功していたわけか。
「そこのお嬢さんが代わりに、私の想像以上にボコボコにしてくれたので……今日は帰りますよ」
そう言ってグリードは僕達に背を向けて帰ろうとする。
僕は最後に聞きたいことがあったので言う。
「『色々と用意』って何をしたんですか!?」
「……今日中には分かりますよ」
顔だけこちらに向けて、にやりと笑ってグリードは言った。
*****
僕と暦と琴音は、怪盗グリードが返って行ってしまったので、僕達も事務所に戻ることにした。
吉井さんは、そのままにしておいてもいいのかどうか少し良心的に迷ったのだが、帰り際にグリードが、
『私はもうあの男は狙いませんし、この後のことも考えると、そのままでも良いと思いますよ』
と、言っていたので、外に放置して――1月だが――帰ることにした。
「思っていた結末と大分違うけどね」
と、琴音が自嘲気味に笑いながら言った。
今は正面から見て右から琴音、僕、暦と並んで歩いている。
普通に迷惑な行為ではあるが、時刻は既に21:00を回っている。
そんな時間の住宅街の道路など歩いている人はほとんどいなかった。
「私はそれ程関わっていなかったから詳しくは知らないのだけれど……風間さんはどういう結末になるよ思っていたのかしら」
珍しく暦が琴音に話しかけていた。
僕は間に挟まれているので、そう思っていることがばれないように表情を変えずにそんな事を思った。
「そうだね……。もっと、こう、ドラマチックになるかと思っていたよ。『や、やめてくれ怪盗グリード!』『来たらこの人を殺しますよ?』『そんな事をしても田舎のお袋さんは悲しむと思いますよ?』とか」
「昭和の刑事ドラマか」
僕は思わず脊髄反射でツッコんでしまった。
「久寿米木くんはどうなのかしら。どうなると思っていたのか聞いても?」
「うーん……。正直そういうのは考えていなかったかな。グリードはともかく、その子供に『殺人者の子供』っていうレッテルを張らせないことだけを考えていたかもしれない」
「随分とお熱なのね、グリードの子供に」
「お熱って……」
表現が古いな。
「だって会ったこともないのにそこまで出来るなんてね。私は出来ないと思うけれど」
暦は僕にそう言って聞いた。
まあ、その疑問は当然だろう。
あったこともない人の為に無償で頑張れるわけがない。
僕はその理由を暦だけでなく、琴音にも聞こえるように言う。
「僕は、親は子供をきちんと見ているべきだし、愛してあげるべきだと思うんだよ。常に身近にいて、その子供の見本となる。良く言うけれど、親の背中を見て育つ、みたいなさ。僕にはそういうのがなかったから、ちゃんとそういう環境があるなら――親がいるならば、僕達がその親を外れた道に行かせるべきではないし、止められるのなら、そうするべきなのかなって思ってね。うまく言葉に出来ていないかもしれないけれど」
子供が欲しくても出来ない人もいる。
親が欲しくても、いない子供もいる。
子供がいて親がいてと言う環境があるのなら、それを壊してほしくはなかった。
僕の意見を聞いた琴音が言う。
「ボクもその意見は分かるよ。子供は、反抗期とかで親を遠ざけるようになったとしても、必ず戻ってくるんだよ。どれだけ時間がかかっても。それだけ親と子供の見えない絆――みたいなものは強い。変な言い方をすると、赤い糸なんかよりも強いとボクは思うよ」
その言葉に僕は続けて言う。
「暦だってそうでしょう?あんな変な親を持っていたって、どこか嫌いにはなれないし、親に似ているところもある。よっぽどな親でない限り、親と子供は繋がっているんだよ」
僕はあの変態家族を思い出しながら言った。
僕達の話を聞いていた暦が口を開く。
「……そういうのは、普通の人には言われないと考えもしないのかもしれないわね。だってそれが当たり前の環境なんですもの。親がいて私がいて――」
「かもしれないね。よく言うけれど――『失って初めて気付く』じゃないけれど、いないから気付くということもあるのかもしれないね」
そんな話をしながら僕達は歩き続けた。
……とりあえず駅まで。
*****
翌日。
1月8日。
時刻は12:00。
僕は久しぶりに自宅にいた。
実際は久しぶりと言えるほど、家を離れていたわけではないが、なんとなくこの表現がしっくりきた。
それくらい密度の濃い時間を過ごしていたのかもしれない。
そのせいか、目覚ましをかけていたにも関わらず、こんな時間まで寝てしまっていた。
疲れていたようだ。
僕は朝食も兼ねた昼食を作る。
といっても、ただのパンだが。
僕はテーブルにつき、リモコンでテレビをつける。
あ、この時間だとあの番組がやっているのか。
テレビをつけると、案の定見慣れた顔が画面に映し出された。
ミシマ(以下ミ)『こんにちは、司会のミシマです』
オオクラ(以下オ)『コメンテーターのオオクラです』
ミ『そういえばオオクラさん、さっき楽屋で愚痴を漏らしていましたが?』
オ『聞いてくださいよ、ミシマさーん!』
ミ『これは自分で話題振っておいてなんですが、面倒くさくなりそうですね』
オ『実はこの間、家に妻の新世紀夫婦もとい親戚夫婦がやってきたんですよ』
ミ『新世紀夫婦って何者ですか。……親戚夫婦と言うと?』
オ『50を過ぎた年齢のすこしぽっちゃりとした夫婦ですよ』
ミ『テレビでそんな事を言ってしまって良いんでしょうか。甚だ疑問ですが、続けてください』
オ『それで私がお茶とお菓子の用意をしたんですよ。その間妻は親戚夫婦の相手をしていたので。それで私がおぼんに乗せて『お待たせしました』と持っていったら、妻が突然こっちにすごい形相でやってきたんですよ』
ミ『どうかしたんですか?』
オ『妻が家じゅうに響き渡る大声で言いました。『コンビニのお菓子なんて、そんなみみっちいもの出さないでよ!FUCK!』って』
ミ『今更ですが、オオクラさんの奥さんって外国の方ですよね。随分流暢な日本語を使うんですねって言おうと思ったんですがそうでも無かったですね』
オ『私はあわてました。そして小声で妻に言います。『このお菓子は、あの2人が持ってきてくれたものなんだよ!』って』
ミ『うわー。それはまずいですね。奥さん、みみっちいなんて言っちゃいましたし』
オ『と思ったんですが、妻の親戚と言う事は、その親戚夫婦は外国人と言う事で。今回、わざわざ住んでいる母国から来たそうで、日本語を全く知らなかったので、全然問題なかったんですけどね』
ミ『今までの話を全部無駄にしてくれましたね、この野郎』
オ『本当の悩みは妻とのセックスレスについてのことだ――』
ミ『ニュース行きましょう、ニュース。では最初のニュースです。以前お伝えした5歳児のひき逃げのニュースが急展開を見せました。昨日、その犯人が逮捕されました。容疑者の名前は吉井拓。職業は外科医。吉井容疑者は自ら轢いた男の子を自分の勤務する病院で治療に当たるという――』
「あ、吉井さん捕まったんだ」
僕は画面の中でひき逃げ事件について喋るミシマさんを見ながら、1人、言った。
どうやらグリードがマスコミにタレこんだようだ。
おそらく、警察や新聞などマスコミ各社にも――。
ん、警察?
と言う事は――。
僕はニュースの続きを見る。
ミ『今回のひき逃げ事件を我々が知ることになったのは、怪盗グリードからのタレこみFAXでした。が、警察の発表では怪盗グリードは逮捕され、現在拘置所にいるはずです。しかし我々の元に届いたFAXもサインの筆跡などから怪盗グリード本人のものと判明しました。このことを警察に追及したところ、最初は『事実関係を確認中』と一点張りでしたが、1時間後に『拘置所にいるグリードは偽物であることが判明しました。深くお詫び申し上げます』との発表がありました。警察は全く別の人間を怪盗グリードとして逮捕していたのです。これは警察の捜査の甘さを如実に表す決定的な証拠と言ってもいいでしょう――』
なるほど。
つまるところ、吉井さんを警察に逮捕させ、自らはメディア各社にタレこみを入れることで、警察の不手際をマスコミに知らせる。
吉井さんは逮捕され、警察は叩かれる。
グリードの天敵を同時に潰す。
一石二鳥と言うわけか。
……いや、これにより世間は怪盗グリードは正義の味方みたいな印象を受けただろう。
自らの株も上げる。
一石三鳥か。
なかなか考えられた手だ。
僕がそんな風に考え事をしていると、
(プルルルル……)
電話がかかってきた。
僕は表示も見ずに出る。
相手は分かっていた。
「もしもし」
『ニュースは見ましたか?』
案の定、怪盗グリードからだった。
その声はいつにもましていやらしさが出ている。
「見ましたよ。全く、よくやりますね」
僕は素直に思ったことを言った。
『恐悦至極ですね』
別に褒めたわけではないのだけれどね。
「で、何の用ですか?」
僕は小さくパンをかじりながら言った。
『一応感謝の言葉を、と思いましてね』
「感謝?」
『私は最初、あの男の命を本気で狙っていましたからね。もしも殺していたらと思うと、ぞっとしますよ』
「…………」
『あなたの言葉を聞いたから、殺さずに済んで、息子にも堂々と会いに行けます』
「別に胸を張れることじゃないですけれどね。義賊」
やっていることは泥棒と変わらないのだから、胸を張れはしないはずだ。
『それだけです。では――』
グリードは短くそう言って電話を切った。
…………。
「感謝、ね」
あの怪盗グリードから感謝されても、不思議と悪い気はしなかった。
そして僕は、パンを食べる――。
どーも、よねたにです。
ようやく探偵編が終わりました。
読みやすさ重視のものにするつもりだったのですが、こんなに長くなってしまって申し訳ないです。
さて、次回からは少し番外編的なことをやろうと思っています。
読んでいただければ嬉しいです。
では、また。