第38話 探偵で過去を視ることが出来るなんて反則的だと僕は思う(part8)
前回までの『未来探偵クスメギ』は――!
と、海外ドラマのあらすじ紹介のような真似ごとを心の中でしている僕の今の状況はと言えば。
一言で言えば襲われる直前、と言った感じだろうか。
場所は吉井さんの家の玄関。
建物探訪の渡辺篤史がこの家に着たら、『いやー、お洒落で天井が高い良い玄関ですねー』とか言ったりしそうな広い玄関だ。
そんな状況下、目の前には怪盗グリードが迫ってきている。
「珍しく興奮してませんか?落ち着いてみたらどうですか?」
僕は後ろにじりじりと後退しながらグリードに説得を試みる。
「言ったはずですよ?今回は『怪盗グリード』としてではなく、1人の『父親』として行く、と」
そう言えばそんなようなことを昨日の電話で言っていたような気がしないでもない。
……仕方がない。
とりあえず駄目もとで能力を使ってみるか。
僕はコンタクトレンズを外す。
――が。
「無駄ですよ?前回と同じです。僕もあなたとレベルが違うとはいえ同じ能力を持っています。使えませんよ?」
僕の能力は不発に終わった。
どういった理由からか詳しくは分からないが、恐らく未来に干渉できる人間が近くに2人以上存在すると能力が使えないようだ。
となると、能力で僕の戦闘力を底上げすればグリードと互角――あるいは互角以上に戦う事が出来るが、ただの素手の格闘になってくるとはっきり言って勝負にすらならない。
暦はまだ来ないのか?
と、
「お待たせ、久寿米木くん」
グリードの後ろ――ドアの外ににヒョコっと暦が現れた。
いつのまに……。
「もう少し早く来てくれてもよかったんじゃない?」
「ヒーロー――いえ、ヒロインは遅れてやってくるものと決まっているのよ。デートだってそうでしょう?」
「そんな御託を並べている暇があるなら助けて!」
「情けないわよ、久寿米木くん。私はこの件に関わらないと言ったはずなのに」
「仕方がないんだよ!この状況だと」
「ところで、風間さんと依頼人はどこにいるのかしら」
「家の奥だよ。とりあえずここにいたらマズイから。それからいつまでグリードの後ろにいるんだよ。僕の方に来てよ!入ってきてよ、家の中に!」
「はいはい」
そう言って暦は僕の方へと歩いてくる。
僕はここでグリードと何かしらあるかと思ったが、あっさりとグリードは見逃してくれた。
どういうつもりなのだろうか。
僕達が話している間、近づいても来なかったし話に割り込んでも来なかった。
気味が悪いね。
僕がそう思っていると表情に出ていたのだろうか。
グリードが言う。
「どうせ倒さなければいけないですからね。いつ倒しても同じでしょう?」
そう言った。
まあ、なるほど。
僕は納得した。
「個人的にはお久しぶりなのですが、はじめましてと言っておきましょう。どうも、怪盗グリードです」
怪盗グリードが僕の時と同様に深々と頭を下げて挨拶をした。
「ご丁寧にどうも。まあ、そうやって義賊ぶっているところが私は気に入らないのだけれどね」
暦は頭も下げずに怪盗グリードを見下げて、言った――いや、吐いたと言った方が正しいのかもしれない。
毒舌だから。
暦らしいと言えば暦らしいが。
そんな暦の言葉に嫌な顔1つせずに苦笑いを浮かべるグリードが言う。
「随分と手厳しいお嬢さんですね。ところで、あなたが私のお相手を?」
「ええ。何か?」
「とんでもない。こんな美しいお嬢さんとなんて、なかなかない機会なので楽しませていただきますよ」
怪盗グリードはうっすらと楽しげに笑った。
あれ、グリードって吉井さんを殺しに来たんだよね。
もう本心がさっぱり分からなくなってきた。
「その上から目線、すごくむかつくわね。骨を折ってもかまわないかしら、久寿米木くん」
と、いきない物騒なことを宣う暦。
骨折って……。
あれ、本当に痛いからなー。
去年、酷い骨折をした僕だから言えることだか。
「……出来るだけ穏便に済ませてくれると嬉しいかもしれない」
「そう、残念ね。折角目をえぐってあげようとスプーンまで持ってきたのに」
「あれ、なんか酷くなってない?」
骨折から目を抉るにグレードアップした。
上から目線が相当気に入らなかったのかもしれない。
「それに怪盗グリードを男から女にしてあげようとハサミまで持ってきたのに」
「ナニを何するつもりだよ!」
さらにグレードアップした。
というか、同じ男としてやめてほしかった。
「アレをあれするつもりよ久寿米木くん」
そういう事を平然と口に出来る暦、恐ろしい子!
「全く恐ろしいことを考えるお嬢さんですね」
怪盗グリードが今度は珍しく引き攣った笑みで言った。
こんな表情もするのか。
まあ、暦の場合見た目はかなり美人だからね。
こんなことを口にするなんて誰が思うだろうか。
……全部親のせいなんだろうけれど。
「別に殺しはしないわ。抉って切り取るだけよ。……切り取ったらトイレはどうするのかしらね、久寿米木くん」
「僕に聞かないでほしい」
「自前のホースが無くなるのだから、立っては出来なくなるでしょうね」
「ぎゃーーーーー!」
僕はちょっと想像してしまい、叫び声をあげる。
なんか下腹部がもぞもぞする。
こう……くすぐったいじゃないが変な感じだ。
「うるさいわね、久寿米木くん。……切り取るわよ?」
「味方なのに!?彼氏なのに!?」
暦の裏切りにも近いセリフが僕に向かって放たれる。
と、
「さて、お嬢さん。用意はいいですか?」
話がかなり逸れたため、怪盗グリードが戻す。
おっと、ここからか。
「ええ、とっくに」
あんな下品でオゲレツなことを言っていた暦の準備が出来ていたとは驚きに値するだろう。
「では――」
そう言ってグリードがゆらりと前に倒れるかのごとく暦に接近する。
「――っ」
それに反応するように構える暦。
戦闘が始まった。
はっきり言うと、僕は格闘技も見ないため、何がどうなっているかなんてわからない。
ただわかるのは超高速で――具体的にはジャッキー・チェンの映画のような――格闘が行われている。
事前に散々殺陣を練習したんじゃないのかというような動きだ。
『一進一退の攻防』としか表現できない。
暦がグリードを殴ればそれをグリードは腕で受け止め、グリードが蹴りを出せば暦は足で受け止める。
どちらも大きなダメージは受けない。
そんな攻防だ。
「どわ、ちょ、あぶない、よ!?」
そんな攻防に見入っていたらこっちに接近してきた。
本当に危ない。
僕は手足をばたつかせて避けるように逃げ回る。
と、いつのまにか僕達は外に出ていた。
まあ、いくら広い玄関とはいえ建物の中では戦いにくいのだろう。
僕は巻き込まれて外に出てしまったという形なのだが。
2人と被害者(僕)1人は広い庭に出た。
芝生の手入れが行き届いた広い庭だ。
「戦いやすい場所になりましたね」
「ええ、そうね」
2人は一旦間合いを取る。
今のところ僕が視ている限りでは五分五分だ。
ついでに言うと、2人とも全然行きを乱していない。
どういう体のつくりをしているのだろうか。
テンションがもう少しまともな感じで上がっていれば『人体の不思議展か!』とかツッコミを入れただろう。
「まさか、こんなお嬢さんがここまでやるなんて思ってもいませんでしたよ。以前毒島邸であなたの先頭風景を見たのですがまさかここまでとは」
「本当にその上から目線、むかつくわね」
「まさかここまで手間取るとは思ってもいませんでしたよ。あの医者を追い詰めるのに――」
そんな事を言うグリードはどこか楽しそうでもあった。
一体何を考えているのだろうか。
もう全く分からない。
「殴りすぎてイカレちゃったのかしら」
暦が頭の上で『パー』と手のひらをやりながら僕に言った。
「心外ですね。私はいたって普通ですよ。普通でいなければならないんです」
「…………」
恐らく子供の為だろう。
グリードは口にはしていないが。
「それにしても――」
暦は近くにいる僕にだけ聞こえるように言う。
「実際、手強いのは確かね。私も絶対に勝てるとは言い切れないわ。……雨倉さんでもいてくれればまた違ったのでしょうけれど」
「そんなに?」
「ええ。……少し侮っていたわ」
「僕としては暦にもけがをしてほしくはない。ただ、グリードには子供がいる。その子に業を負わせるような結果にもしたくない」
「難しい事を言ってくれるわね。あとで何かしてもらわないと気が済まないくらいね」
若干死亡フラグのような気がするのは僕の気のせいなのだろうか。
「とにかく。私はアレを倒せばいいのね?」
「あ、ああ」
「本当に情けない彼氏を持つと苦労するわ」
あくまで淡々と強弱のない声で言う暦。
緊張感がまるでない。
だからこそ余計に心に来る。
「……返す言葉もございません」
「帰ったら――お仕置きだから」
そう言って暦はグリードへと間合いを一気に詰める。
そしてそれにグリードが迎え撃つ。
再び一進一退の攻防線へともつれ込む。
「お仕置き、か……」
何だろう、このドキドキは……。
僕はそのドキドキを隠しながら、暦を見守った。
*****
どれくらいの時間が過ぎただろうか。
10分、あるいは1時間。
もう時間の感覚が全くない。
僕は時計を見る。
時刻は18:40分を指していた。
20分ほどこの攻防が続いていることになる。
どちらも致命傷となるような打撃は貰っていない。
本当に殺陣を見ているかのようだ。
と、
「全く、ふざけた野郎ね」
暦はそう言いながら、2人は間合いを取った。
距離にすると約15mくらいだろうか。
暦は僕の近くに来た。
「久寿米木くん……ちょっとまずいかもしれないわ」
暦は少し息を切らせながら言った。
……『少しって!』と言いたいところだが僕は我慢する。
「何が?」
「怪盗グリードは本気じゃないわね」
暦はそう言った。
『怪盗グリードは本気じゃない』
と、言う事は暦は負けるという事なのだろうか。
そうなればもう打つ手がない。
僕はグリードの方を見る。
姿勢は一切崩さず直立不動。
息も切らしていない。
さらに言えば汗一つ書いていない。
対する暦は、姿勢は若干前掲で息が少し荒い。
汗は――時期が時期なだけにうっすらと、という程度だ。
暦だって数十分戦い続けてこれはすごいことだが、グリードは異常ともいえる。
「……どうする?あれで本気じゃないなんて、もう打つ手がないんだけれど」
「仕方がないわね」
暦はそう言って息を整え姿勢を戻す。
お?
なにか秘策でもあるのだろう。
僕は期待して待つ。
「吉井さんを差し出しましょう」
(スパーン)
僕は暦の頭を平手でひっぱたく。
良い音がした。
普段の暦なら当たることなどまず無いが、今は少し疲れているのだろう、簡単に当たってしまった。
「……痛いじゃない」
睨まれた。
睨まれたのは彼女からなのに、まるで蛇――あるいはメデューサ――にでも睨まれたかの如く、僕の体は動かない。
僕は唯一動く口だけで釈明する。
「あ、当てるつもりはなかった」
「当たっているのよ。当てるつもりはなくとも、ね」
その通りだ。
返す言葉もない。
「……」
「で?」
「……なに?」
「なんで叩いたのよ」
「いや、ツッコミを……入れようと、思って」
「私に?この緊迫した状況でどんな風にかしら」
「……『なんでやねーん』って」
僕のツッコミは尻すぼみに小さくなっていった。
「ふーん。……ねえ、久寿米木くん」
「な、なにかな」
「償う方法で最も古来から行われている方法って何だと思う?」
「ど、土下座?」
「違うわね。……それは『死』よ」
「本当にすみませんでした!」
「謝って済むなら正義の味方も軍隊も警察も秩序も私もいらないのよ」
どうして正義の味方と暦が同列に数えられているのか、ものすごくツッコミたかったが僕は頑張ってスルーした。
「どうしても許してほしいのかしら」
「は、はい」
「土下寝をしなさい」
「……は?」
「土下寝よ」
「……ここ外で、下は芝生とはいえ地面が――」
「ここでは私が『ルール』なの」
「……分かりました」
僕はどうしてこんなことをしているのだろうか。
ちらりと怪盗グリードを見る。
目があった。
笑われた。
涙が出てきた。
そんな僕は暦に土下寝をした。
(ゲシゲシ)
頭を踏まれた。
「いいわ。これで許してあげる」
涙を拭いて走り出したかった。
BGMはシャネルズの『ランナウェイ』で。
と、
「何をしているのかい?」
僕が泥を落として立ち上がると、目の前には家の中にいるはずの琴音と吉井さんがいた。
琴音はともかく、吉井さんが目の前にいる。
それは僕のここまでの暦に対する行動を全て無駄にする光景だった。
土下寝とか何だったんだよ!
僕はものすごい徒労感と脱力感に見舞われた。
「あら、あなたが依頼人の……何と言ったかしら。あ、そう吉井さんね」
暦が不敵な笑みを見せながら言った。
「え、ええ」
吉井さんも暦のただならぬ雰囲気に微妙に押されながらも答えた。
あー僕はこの先が分かる。
どうなるか手に取るように分かる。
ただ、それを止める気は一切ないけれど。
「ちょうどいいところに来たわ。ちょっとこっちに来て頂戴」
暦は怪盗グリードに一瞥をやり、吉井さんを自分の近くに呼び寄せる。
グリードはその一瞥でなんとなく察しがついたらしく、不敵な笑みを浮かべる。
僕はといえば隣に立っている琴音と顔を見合わせる。
琴音も止める気はないらしい。
やれやれとジェスチャーをする琴音。
「は、はあ」
吉井さんは何が起こるのかまだ分かっていない様子だが、従順な犬のごとく暦のもとへ。
そして吉井さんは暦の手によってボッコボコにタコ殴りにされた。
顔の原形とどめないくらいに――。
どーも、よねたにです。
どうやら探偵編はpart9で終わりそうです。
長々とつたない文章を読んでいただきありがとうございました。
さて。
探偵編の次はすこし番外編などを挟もうかと計画しております。
読んでいただければ幸いです。
感想や評価、お待ちしております。
では、また。