第35話 探偵で過去を視ることが出来るなんて反則的だと僕は思う(part5)
僕達は吉井邸を後にした。
これ以上追及じみた事をねちねちと続けると、さすがの吉井さんも色々と勘繰り始めると思ったからだ。
「さすがにこれ以上はね」
「そうだね。でも収穫はあったからボクは良いと思うけどね」
僕達は今、吉井さんが勤めているという病院へと向かっている。
ここからだとだいたい3kmと言ったところか。
バスを使うとあっという間につくが、少し話を整理する時間がほしいという事で歩きで向かっている。
「久寿米木が『例えば――事故の患者さんとか』って言ったときはさすがのボクもヒヤヒヤだったよ。ボク達の勘繰りに気がついたんじゃないかってね」
「いや、僕は吉井さんなら動揺しっぱなしで気付かないだろうと踏んでいたけれど」
「まあ、それも一理あるけれど……」
琴音が言葉を詰まらせる。
僕の言葉を否定しきる材料がないようだ。
「とにかく琴音、話を整理しよう」
「ああ、そうだね」
僕達は話を戻す。
「吉井さんの家で、吉井さんと横溝兄弟との間の接点が確認できた」
「不確定だけどね」
と琴音が付け足す。
「まあ……。これで大分吉井さん、横溝兄弟、そして怪盗グリード。この3者――正確には4者――の繋がりが強まった」
「そうだね」
「ここまでの情報を元に推理してみると――」
「12月21日。ボクが怪盗グリードを追っているとき、吉井さんが横溝兄弟を車で轢いた。そしてそのまま逃げた。その時、怪盗グリードが現場周辺に偶然居合わせて2人を助けようとする――が、浩太くんしか助けられなかった。グリードは救急車を呼んだ後に横溝兄弟の弟の圭太くんを助けようと心臓マッサージや人工呼吸を試す。救急車が到着し、圭太君が搬送。その時既にグリードはいなかった」
琴音が僕のセリフを取って勝手にしゃべり始めた。
なんとなく僕は、高校生に喋りっぱなしにさせておくのも癪なので、琴音の後に続いて言う。
「恐らく圭太くんの搬送先の病院は東都総合病院――吉井さんの勤めている病院。この病院は人手不足が問題視されている病院のため、恐らく吉井さんが緊急で呼び出されて、自分が轢いた圭太くんを執刀した。まあ、これはこれから確かめに行く1つなんだけれどね。――そして、怪盗グリードと吉井さんの接点について。これは未だにはっきりとはしていないけれど、その病院に接点がある可能性がある――と」
僕は隣を歩く琴音に決め顔を作って向ける。
すると琴音はむっとして、
「……勝手に人の推理を取らないでくれるかい?」
頬を膨らませて『ぶすー』っとした顔――かわいいけれど――をして琴音は言った。
「いやいや、あれはただの確認事項であって推理じゃないんじゃない?」
「そのあとに華麗に推理を披露しようと思ったのに」
「いやいや、僕が最初に喋っていたのに勝手にセリフ分捕っておいて何を言っているのさ」
「ボクはいらっとした。だから1万円くれ」
「『だから』の使い方がおかしくない?」
「1万円くれ」
「そこまで言うなら僕は裁判に持ち込むよ。例え1審2審で敗訴しても最高裁まで持ち込む所存だから」
「……じゃあいいよ。っていうか何もそこまでしなくても」
勝った。
「全く大人げないね。1個下の後輩に少しは気を使う事も出来ないのかい?」
「1個下だろうと2個下だろうと20個下だろうと僕は僕のまま在り続けるさ」
「かっこ悪いことをかっこいい口調で言う久寿米木ってかっこ悪いよねー」
「う、うるさいな!っていうか、前に琴音言ってなかった?確か『なんで年齢が1つしか違わないのに上下関係が出来るのかが不思議でならないんだよ。高校でもそうだ。たった1つ年齢が違うだけで、やれ『お茶買ってこい』だの『なんかやれ』だの。何様なんだろうね。日本だけだよ、こんなシステムは』って」
「気持ち悪いな久寿米木は!一字一句違わず僕のセリフを覚えているなんてストーカーかい!?」
琴音がそう言って胸と――股間――を腕と手で隠す。
女子高生にそういう行動を取られるとなんか――いいかもしれない。
……はっ!
僕は何を想像しているんだ!
「うるさいうるさいうるさい!とにかく琴音はこう言っていたんだから、僕が琴音に攻められる……あ、アレはない!」
「……『筋合い』って言いたいのかい?」
「…………」
「はあ……」
「盛大な溜息をつかれた!?――ただ度忘れをしただけなのに!」
「久寿米木の後輩を務めるなんて気が重いね」
「誰が誰の後輩だって!?いつそんな関係になった!?」
「これからだよ」
「……はい?」
急にまじめな声音で言った。
あまりにも突然だったため、僕はアホの子みたいな表情になってしまった。
琴音は続けて言う。
「だから、ボクは、君の、後輩に、なるんだよ」
「……はい?」
「来年度からボクは政明大学に通うんだよ」
「……はい?」
「君は馬鹿なのかい?」
「……はい……っていうか馬鹿!え、ちょ、どういう事!?」
「引っかからなかったか」
ものすごく悔しそうな琴音だった。
それはもう、競馬で大穴を狙おうと思ったけれど、やっぱり自信がなくて鉄板の馬に財布全額投じてみたら、大穴で賭けようと思っていた馬が1着になってしまった時の競馬場のおじさんのような表情で。
そこまで!?
「だから来年度から久寿米木の後輩だよ」
琴音は表情を戻して言った。
「え、いつから決まっていたの?」
「随分前だよ。推薦で決まっていたからね」
「推薦……」
「頭良かったんだ……」
「まあね。といっても、帰り道とかで遊ぶ友達がいなかったから、必然と家にいる時間が長かったから勉強していただけなんだけどね」
「…………」
そう言えば琴音にはそういう過去があるんだった。
普段の言動を見ているとつい忘れてしまう。
「まあ、もう言っても遅いかもしれないけれど……おめでとう」
「ふっ、久寿米木の『おめでとう』なんて、幼稚園児に言われる『ばーか』よりも嬉しくないね」
「どんだけだよ!」
そういう琴音だったが、顔には晴れやかな笑みが咲いていた――。
*****
どれくらい歩いただろうか。
40分……いや、50分程だろうか。
誰かと一緒にだと、1人の時よりも時間がかかる。
お互いが意識しあって、1人で歩くよりも遅く歩いてしまうからだろうか。
僕達はその間、琴音の大学デビューでどうするかみたいな話をしていた。
あーだこーだと言いあっていたら着いてしまった。
「意外とあっという間だったね」
と、病院を見上げながら言った琴音。
「まるでアインシュタインが言った相対性理論の説明みたいだね」
「え、なんだいそれは」
「アインシュタインが相対性理論を簡単に、身近に例えて言った言葉だよ。確か――『熱いストーブの上に一分間手をのせてごらん。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう?ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても一分間ぐらいにしか感じられない。これが『相対性』だよ』――って感じの言葉だったかな?」
「別に久寿米木の事好きじゃないんだけど」
「そんな素の顔で言わないでも……」
ちょっと傷ついた。
「まあ、好きなことや楽しいことをやっていると時間は早く過ぎて、苦痛なこと、楽しくないことをやっていると時間が過ぎるのが遅く感じるっていうこと」
「なるほどね」
僕達はそんな事を喋りながら病院内へと入って行った。
病院の中は清潔な印象を与える白で壁や椅子が統一されていて、好印象だった。
至って普通の病院と変わらない。
「やっぱり病院の中って消毒液の匂いがするね。嫌いじゃないけどさ」
「……そうだね」
琴音が病院に入るなりそう言った。
僕は適当に相槌を打つ。
決して琴音の『別に久寿米木の事好きじゃないんだけど』っていう言葉にダメージを受けているわけではない。
決して――。
「この消毒液の匂いって、どこから来ているのかわかるかい久寿米木」
「いや、分からない」
僕は即答した。
と、
「これは病院の器具を消毒した時の消毒液の匂いなんですよ」
後ろから通りがかった若い女性の看護師さんが、僕達の横を通り過ぎざまに頬笑みながら言った。
なにか書類を持っていて仕事をしている風だ。
僕は『ありがとうございます』とほほ笑みながらお礼を言った。
「――だってさ」
僕は琴音のほうを振り向きながら言った。
「へー……」
琴音は既に興味を失っていた。
なんてやつだ。
…………。
「ところで久寿米木、どこへ行くかい?
「…………」
「……久寿米木?」
「あ、ああ」
決して琴音の『別に久寿米木の事好きじゃないんだけど』っていう言葉にダメージを受けているわけではない。
だからこの反応が遅れたのも偶然だ。
偶然だ――。
「そうだね。じゃあ……ちょっと琴音には頑張ってもらおうかな」
「……は?」
琴音は訳の分からないと言った声を出す。
「行く場所は――急患搬入口」
僕は静かにそう言った。
*****
「なるほどね」
折角中へ入ったもののすぐに出て、急患の搬入口を『視る』ことが出来る位置まで来た。
それで琴音には大体分かったようだ。
そう。
僕が琴音にしてもらおうと思ったことは、あの日――12月21日にこの病院に横溝圭太くんが運ばれてきたか否か、だ。
急患の搬入口はここしかない。
もしここを通っていなければ、僕達の推理は外れたことになる。
「じゃあ琴音。頑張って『視て』。僕はそれを『見て』るから」
「……人使いが荒いな、久寿米木」
「まあまあ」
「久寿米木ってかっこ悪いよね」
「まあまあ――って誰がブサイクだって!?」
「誰もそんなこと言ってないよ」
「人で遊ぶなよ……。ほら早く準備して視なさい」
「何かを『しなさい』って強要されるとやりたくなくなるよね」
「…………」
「でも『してください』ってお願いされるとやりたくなるよね」
「…………」
「あー誰かお願いしてくれないかな」
「お、お願いします……」
「声が小さくて聞こえないね」
「お願いします!」
「誰に言っているのかい?」
「琴音にだよ」
「誰に言っているのかい?」
「……琴音様です」
「よーし、頑張っちゃおうかな」
本当に何様だよ!
こんなのが来年後輩になるなんて気が重くなるよ!
まあ言わないけれどさ。
琴音が指を眼にかけてコンタクトレンズを外す。
「――っ!」
この数日で何度聞いただろうか。
琴音の苦痛に耐える声が口から洩れる。
刻々と時間が過ぎる。
今回は長い。
12月21日――15日も前のことになる。
そして琴音の能力も僕と同様に途中で眼を閉じてしまえば連続性を失ってしまう。
と、琴音が突然倒れた。
「――!!」
僕はとっさに琴音を抱きかかえる。
「っはあ……はあ……」
琴音が肩で息をしている。
「全く……人使いが……荒いよ……久寿米木」
「ごめんごめん……。ところで視れた?」
「……馬鹿にしないでほしいね……。……こんなになって『視れませんでした』じゃ……ね」
「そうかい」
「確かに……横溝圭太は……この病院に搬送され……た。そして……その対応をしに……搬送口から出てきた……人物は……吉井だった」
これでまた1つ確定事項が増えた。
横溝圭太くんはこの病院に搬送された。
そしてその治療にあたったのは吉井さん。
この病院にはなにかある。
確かめないといけないことが――。
僕は病院の建物を見つめてそう思った。
「それで……?ボクに労いの……言葉も何もない……の?」
「は?」
「不本意にも……久寿米木に……体を預けていて……いるほど疲れ果てて……いるのに」
「ああ。――お疲れさまでした、琴音様」
僕は恭しく言った。
それに満足したのか、
「よろしい……」
そう言って琴音は僕の腕の中で気絶――いや、眠った。
まあ、今回は本当に頑張ってくれた。
本当にありがとう。
僕は腕の中で眠っている琴音に心の中で感謝した――。
……この後どうすればいいのかな。
時刻は18:00。
辺りは既に暗くなっていた。
どーも、よねたにです。
投稿ペース落としてたまるかー!という事で投稿しました。
頑張ってみました。
さて……本当に長くなりそうです、探偵編。
今part5なので大体2万5000字くらいです。
ひょっとしたら4万字くらい行っちゃうかもしれないです。
ペースの良いコメディーにする予定だったのですが……。
ともかく!
感想や評価、お待ちしております!
では、また。