第33話 探偵で過去を視ることが出来るなんて反則的だと僕は思う(part3)
琴音との情報交換が終わった後、琴音はすぐに帰ってしまい、僕は1人、電気も付けていない真っ暗な事務所にいる。
ソファーに座って手足をだらんと伸ばして口を開けて天井を見つめる。
窓から入る月明かりだけでも今日は明るい。
…………。
さて。
今回の事件を整理してみようかな。
まずは登場人物。
久寿米木春希(探偵)、風間琴音(探偵)、吉井拓(依頼人・不審)、怪盗グリード、謎の少年。
こんなところだろうか。
次に解かなければならない謎。
①怪盗グリードが吉井さんを狙う理由。
②吉井さんが隠しているであろうこと。
③怪盗グリードが今どこにいるのか。
④謎の少年と怪盗グリードの関係。
⑤謎の少年の目的。
⑥怪盗グリードの正体。
というところか。
「……厄介だなー」
僕は1人、つぶやいた。
返事はない。
当たり前だ。
あったら逆に困る。
そして現在立っている謎に対する現状の状況及び推理。
①不明。少年が関わっているかもしれない。
②吉井さんが吉井邸の近所で起こったひき逃げ事件の犯人……かもしれない?
③もともと捕まっていなくて、拘置所にいるのは影武者で、本物は別の場所にいるかもしれない。
④少年いわく『会わなきゃいけない』らしい。
⑤同上。
⑥琴音のたてた『外科医説』は崩れた。
これが現在の状況である。
分からないことが多すぎる。
確か吉井さんに届けられた予告状の期日は1月7日。
あと3日。
それまでにせめてなんらかの対策だけでも立てなければならない。
なにか打開策はないものか……。
ん?
そう言えば、なんか普通に考えてばかりいたけれど、僕――もとい僕達は普通ではない。
僕は未来が視れるし、琴音に至っては過去を視ることが出来る。
……探偵で過去を視れるって反則だろう!
僕は琴音に電話をかける。
とりあえず確かめなければならない。
(プルルルル……ガチャ)
『はい』
「あ、琴音?」
『ああ、久寿米木か。どうかしたのかい?』
「明日一緒に行ってほしいところがある。場所は――」
僕は要件と待ち合わせの場所を伝えて電話を切った。
これで1つ謎が解けるかもしれない。
と、
(ヴーヴーヴー……)
僕のスマホが小さな体を震わせる。
誰かから電話が来た。
僕は表示を見る。
「……暦か」
同じ空の下、現在東北各県をぐるりと回る旅行中の暦からの電話だった。
僕は電話に出る。
「はい」
『3日振りね、久寿米木くん』
「そう言えばそうだね。なかなか電話とかくれなかったけれど、何かあった?」
僕は言った。
暦なら割と頻繁にメールとか電話をしてくれるかと思ったけれど……。
最後に会ったのが1月1日の初詣の時だったから、僕達にしてみると意外と長い間連絡を取らなかった。
こっちからしても良かったけれど、お世話になっている親戚の家や琴音の件でなかなか連絡できなかった。
『いえ、特には何もないわ。快適な旅行よ』
「電話とかくれてもよかったのに」
『しようとは思ったのだけれど、久寿米木くんがもしかしたら今このタイミングでオナニーをしていてもうすぐ絶頂を迎えようとしているかもしれないとか思ったらなかなか出来なかったのよ。私なりに気を使った結果ね』
「もうちょっと別のベクトルで気を使ってほしいね!」
今現在も含めて。
オナニーって……。
『そんな事を言われても困るわ。それに久寿米木くんだって私に連絡の1つも寄こさなかったじゃない。……なんでかしら』
その間はなんですか?
電話越しにもプレッシャー……あるいは気と言っても良いかもしれない――をひしひしと感じる。
今ここにスかウターがあったら爆発しているだろう。
「いや、ね。こっちにも色々とあって……」
『色々?具体的にはどういう事かしら』
「えーと、例えば……ほら。僕のお世話になっている親戚の大村家に顔を出したり――新年だし」
『それだけ?』
「あとは……ちょっとした依頼?みたいなものがあったりして」
『依頼?』
「ちょっと前に琴音が事務所に来――」
『琴音?』
突然やくざのカツアゲのような声を出す暦。
ちょっとびっくりした。
ちびって……はない。
『この前事務所に来た、過去を視れる横柄な態度の風間さんの事かしら』
「まあ、その解釈で合っているけれど。……なにか?」
『随分と親しげに呼ぶのね』
……あ。
「いや、えーっとこれはその――」
『言い訳の時間を10秒与えるわ。釈明してみなさい。私が納得出来たら許してあげる』
そう言って暦はカウントを始める。
『10』
「これにはちゃんとした理由が――」
『9』
「――在って、前に事務所に来た時に――」
『0。終了よ』
「――そう呼んで欲しいって言われた――ってまだ2秒しか経ってないよ!?」
『10秒経ったわ』
「そんな馬鹿な!」
『電話だからかしら。タイムラグがあったのかも知れないわね』
「いつの時代の電話だよ」
『とにかく10秒経ったわ』
「いやまだ――」
『私が10秒経ったと言ったら――?』
「……10秒経ちました」
僕は電話越しに送られてくる強烈なプレッシャーに負けた。
『お仕置き決定ね。ふふふ……』
「暦が笑ってくれて僕は嬉しいよ……」
『ありがと。じゃあ今からお仕置きね』
「は?だって今、旅行中――」
僕がそう言い終わる前に事務所の入り口が『バン』と音を立てて開いた。
いや、開いたというより吹っ飛んだという表現のほうがいいかもしれない。
「ただいま、久寿米木くん」
そこには暦の姿があった。
キャリーバッグを携えているところをみると、まだ家にすら帰っていないようだ。
直接ここに来たらしい。
「お、おかえりー……」
僕は精いっぱいの笑み――多分引き攣っているな――を浮かべて暦に言った。
「さて、久寿米木くん。とりあえず情報を置いてから逝きなさい。お仕置きはそれからよ。……さて、風間さんと私がいない間に何をしていたのかしら。教えてくれるわよね?」
そんな事を言いながら僕に迫ってくる。
「……はい。全てお話します」
僕はこのあとカツ丼を食べた刑事ドラマの容疑者のごとくゲロッた。
それはもう『オロオロオロオロ』と本物のゲロが口から出るかのように。
「へー……そんなことになっていたのね。興味深い事件ね」
全てを聞いた暦はいやらしい笑みを顔に張り付けながらそう言った。
恋人の僕が見てもちょっと怖い。
まるでドSの女王様みたいな感じだ。
「ここまで調べるのも結構大変だったんだよ」
僕が言った。
「確かに不確定要素が多いわね」
「だから明日も調べに行こうと思っているんだよ」
「……風間さんと、かしら?」
「……はい」
「……」
「……」
「まあ、いいわ」
「あれ、いいんだ」
僕は少し驚いた。
「私も少しは久寿米木くんを信用してみようかと思ったのよ」
「まるで今まで信用していなかったかのような言い方に僕は少し引っ掛かりを覚えるけれどね」
「だから私も付いていかないわ」
「これは……随分と信用されたね」
「ただし、裏切ったら――分かっているわね、久寿米木くん」
「……もちろん」
すこしドスを聞かせて暦は言い、僕はそれに恐々としながら返事をした。
「さて――」
暦は突然改まって言った。
「それではお仕置きをしましょうか」
「え、この雰囲気だとやらなくない、普通!」
ちょっと2人で良い雰囲気で落ち着いたところだったのに!
「やるわよ、もちろん。私はね、言ったのにやらないっていう事が好きじゃないのよ」
そう言って暦はしゃがんでキャリーバッグの中をあさり始める。
「……何やっているの?」
僕がおもむろに聞く。
「旅行先で久寿米木くんにお土産を買ってきたのよ。それを使おうと思って――」
お土産を『使う』……。
あまり良い事が起こる気がしないのは気のせいだろうか。
と、暦が立ち上がった。
その手には――
「え、ムチ?」
「蛇革よ。感謝しなさい」
「え、何に?」
良く解らなかった。
(ヒュッ!パン!)
暦がムチを地面に叩きつける。
乾いた音が事務所内に響き渡る。
……やばい、痛そう。
「じゃあ、始めるわね」
そう言ってS顔でキメる暦。
僕はその顔を見て一瞬不思議な感覚に陥る。
何だこれは……?
「え、ちょ、ま――」
「待たないわ」
(スッパーン!)
「痛い痛い痛い痛い!本当に痛いから!」
「だから何よ」
この後僕は徹底的にお仕置きされた。
そして危うくMに目覚めそうになった。
……さっきに感覚はMの予兆だったのか。
危なかった……。
*****
翌日。
1月5日。
時刻は10:00。
僕は今、琴音と一緒に琴音が怪盗グリードを捕まえたという場所に来ている。
「それで、久寿米木。ボクに何をさせようって言うんだい?」
琴音はひどく眠そうな声で――それでもかわいらしい声で言った。
「ここで琴音が怪盗グリードを捕まえた当時――正確には怪盗グリードが逃げている時の映像を視て欲しい」
僕は端的にそう言った。
「……ああ、なるほど」
本当に、琴音は理解が速くて助かるよ。
これがしずかとかだったら『なんでなんでなんで?」って……子供か!
「まあ、説明すると。――その時の怪盗グリードの背格好や顔を視てほしい。それでこの後拘置所まで行って、拘置所に護送された時の映像を視て比べてもらう。もし多少でも何か違うところがあれば、今拘置所にいるのは偽物のグリードってことが証明できる。……まあ、法的にはなんの証拠もないことになっちゃうけれど」
「これで久寿米木の仮説の裏付けをとるわけだね」
「そういうこと」
もしもこれが裏付けられれば怪盗グリードが捕まっていないという事になり、吉井さんに送られてきた予告状の信憑性は上がる。
琴音はおもむろに指を僕とは逆の眼――左眼へと近づける。
そして眼に一瞬触れさせたかと思うと、次の瞬間には指の上に黒いコンタクトレンズが乗っていた。
「じゃあ、始めようか」
琴音は左眼を開けた。
「――っ!」
寿命を縮めることはなくとも、僕と同じような頭の痛みを感じているのだろう。
あれは本当に耐えられない痛みだ。
正直僕でも30秒が限界だ。
1……2……3……。
刻々と時間が過ぎていく。
琴音の表情を見ると苦悶に満ちている。
眉間にしわを寄せ、この時期にもかかわらず額にはじっとりと汗をかき始めている。
そしてどれくらいの時間が経っただろうか。
15秒?あるいは20秒ほどだろうか。
ようやく琴音がコンタクトレンズを左眼には眼なおして1度眼を閉じた。
そして深呼吸をする。
「ふー……」
左眼を開けて額の汗をぬぐう。
「……視たよ」
「どう?」
「どうって言われてもまだ比較対象を視てないからね。何も言えないよ」
「それはそうか」
少し急ぎすぎたようだ。
この後、僕達は電車で拘置所の前まで1時間ほどかけて移動した。
「……じゃあここでよろしく」
僕は言った。
「全く、ボクがこんなにも辛い目に遭っているというのに、久寿米木は何もしないなんてね」
「琴音と同じで、ちゃんと『見てる』から」
「音は同じでも字が違うよ」
そんな文句を垂れつつも、琴音は再びコンタクトレンズを外す。
「――っ!」
再び眉間にしわを寄せて苦悶の表情。
刻々と時間が過ぎていく。
…………。
そして20秒ほど経った。
琴音がコンタクトレンズを入れて眼を閉じる。
終わったようだ。
「お疲れ」
僕は琴音にそう声をかけながら、自分のハンカチを渡す。
琴音の額にはまた大粒の汗が張り付いている。
心なしか顔色も悪い。
20秒間激しい頭痛に耐え続けるのはかなりきつい。
「ありがとう」
琴音はそう言って僕のハンカチで汗をふく。
「で、どうだった?」
「うん――」
琴音は僕にハンカチを返しながら言う。
「多分、別人」
どうやら僕の推理は正解のようだ。
怪盗グリードは捕まっていなかった。
という事は、吉井さんに送りつけられた予告状も本物の可能性がぐんと高くなった。
これは気が抜けないな。
「よく見ないと分からないくらいの違いだったけど、顔の輪郭が違ったね」
琴音がそう付け足す。
グリードは影武者に似たような人物を使ったのか。
それにしても、グリードのために捕まってやるやつなんて……。
一体どんな人間なのだろうか。
見てみたい気もしないでもない。
と、
「あの子?」
突然琴音が聞いてきた。
そして琴音の指さす方を見ると、あの少年の姿があった。
「ああ、拘置所にグリードに会いに来る男の子のこと?……それならあの子だよ」
「へー……」
琴音がにやりと笑う。
「話しかけてみようか」
そう言った。
「なんて話しかけるんだよ。いきなり年上の人に声をかけられたら不審がられるだろうに」
「そこはほら、ね。『ケ・セラ・セラ』ってさ」
「なるようにならないから」
ちなみに『ケ・セラ・セラ』の意味は『なるようになる』っていう意味だ。
覚えておいてもいいかもしれない。
僕達は少年の方へ足を進める――。
どーも、よねたにです。
今月中には探偵編終わらせたいです……。
さて、活動報告にも載せましたが、10,000アクセス&1,000ユニーク突破しました。
ひとえにみなさんのお陰です。
ありがとうございました。
そしてこれからも読んでいただければ幸いです。
作品に対する評価、感想お待ちしております。
では、また。




