第31話 探偵で過去を視ることが出来るなんて反則的だと僕は思う(part1)
今日は1月3日。
年が明けた――とは言っても、小学生の時ほど嬉しくないのはなぜだろう。
昔は1月1日になった瞬間にジャンプして『僕、その瞬間は地球上にいなかったんだ』とかってやったほど嬉しかった気がするのに。
それに1年があっという間に感じられる。
……人間は初めて経験することは時間が長く感じられて2回目からは短く感じるという。
年をとるごとに経験値が増えて初めてやることが減り、時間が短く感じられるという事なのだろうか。
だから大人は1年が早く感じられるという事らしいけれど。
僕もそんな歳になったのか……。
とか何とか考えている僕は今、探偵事務所にいる。
新年早々やることが無くなり、いつから出来たのか分からないが帰属本能によりここまで来てしまった。
慣れは恐ろしいものだね。
うんうん。
――ここで今の状況を整理しよう。
実はこの事務所、今は僕しかいない。
というのも、暦としずかはそれぞれの家族で新年の旅行中だ。
確か暦は東北をぐるりと回る旅行でしずかは海外のどこかだそうだ。
僕も折角だから和解した親の方へ行ってもいいかなとか思ったりもしたものの、あと1歩が踏み出せずに今回は見送った。
いつかは家族3人で話をしてみたいとは思うけれどね。
現在の時刻はまだ10:00。
午前中で日が昇り切ってはいない時刻だ。
さて、何をしようか……。
そんな事を考えていると、
(ピーンポーン)
と、事務所玄関のチャイムが鳴った。
タイミングがいい。
依頼人か?
僕は早足で玄関へと向かう。
誰にしろ良い暇つぶしになりそうだ。
「はいはい」
僕はそう言いながら、まるで自宅感覚で相手を出迎える。
扉をあけるとそこには――
「やあ、どうも」
風間琴音が立っていた。
……そう言えばまた来るって言っていたっけ。
早いよ……。
まあ、言わないけどさ。
「どうしたの?」
僕は聞いた。
「中入っていい?外は寒くて」
そう言いながら琴音はずかずかと中へ勝手に入っていく。
まだ何も言ってないんだけれどね。
相変わらずの性格か。
「はあぁ……あったかい……」
琴音はそんな事を言いながら着ていたコートを脱ぎ、ソファーへとどっかり座る。
自宅感覚か!
まだ2回目だろう、ここ来たの。
僕は琴音の正面に座って言う。
「で、今日はどんな御用で?」
「あれ、あのきれいどころの2人はいないの?」
話がかみ合っていなかった。
琴音が言っているのは暦としずかのことだろう。
「2人とも旅行中。別々だけれどね」
「なーんだ」
琴音は心底残念そうに言った。
前に来た時、しずかに愛の告白をしていたからそうだろうとは思っていたけれど、やっぱり女の子好きか。
折角かわいい顔をしているのに。
「で、今日はどんな御用で?」
「そういえばなにか飲み物ある?ボク、駅から歩いてきたらのど乾いちゃったよ」
「……何がいい?」
「お茶でも何でもいいよ」
「持ってくるから待ってて」
僕はそう言って冷蔵庫からお茶を出してコップに移し、琴音へ。
「おお、ありがたいね」
そう言って琴音はコップを受け取りお茶をごくごくと飲む。
僕はそんな琴音を見ながら聞く。
「で、今日はどんな――」
「ところでテレビとかってつけてもいい?ボク、なんとなく耳が寂しくて」
「……そこにリモコンがあるから」
「ん……あ、これ?」
そう言って琴音はテレビをつける。
「うーん、何がいいかな……」
「ところで今日はどんな御――」
「あ、そういえば――」
「自由人か!」
僕はたまらず突っ込んだ。
「うるさいなー。急に何を叫ぶんだよ」
「さっきから僕の話を聞かないから『自由人か!』って突っ込んだんだよ!ここはアメリカじゃねえんだよ馬鹿野郎!」
「ボク、アメリカ言ったことないから分からないよ。久寿米木は言ったことあるの?」
「……あるような気がしないでもないような感じがたまにしたりしなかったりっていうこともごく稀にないような……って思ったりするけれど、やっぱりなかったような気がした時もあったなー……良い思い出だよ」
「よくわからないけど、ないっていう判断でOK?」
「……うん」
ごまかしきれなかった。
年下に見栄を張ろうとして簡単にそれを見破られる僕って……。
「じゃあ、しつこいから久寿米木の質問に答えよう」
あれ。
前に来た時は『久寿米木さん』って呼んでいた気がする。
今更ながら気づいたけれど。
……まあ、いいや。
「ちょっと付いてきてほしい」
「……え、終わり?」
それだけ!?
説明になってないでしょうが。
「もうちょっと頂戴?」
僕が言った。
「物分かりが悪いね。……だから、ボクにちょっと仕事の依頼が入ったからそれに一緒に付いてきて欲しいってことだよ」
最初からそう言えばいいのに……。
言わないけど。
「どんな仕事なの、それ」
僕が当然のことを聞く。
「さあ」
「……え、終わり?」
「簡単に言えば、ボクもよく知らないんだよ」
「そんな依頼受けちゃだめでしょ!」
「コレが良かったからね」
そう言って琴音は指でお金の形を作る。
嫌な高校生だな!
「全く……。まあ、いいよ。付いて行っても」
「へー。付いてきてくれるんだ。てっきり断られるかと思ったよ」
「最近は肉体労働系の依頼が多かったから。ちょっと、ね。気になって」
とかもっともらしい理由をつけたが、そんなものは後付けにすぎない。
要は暇だったからだ。
「じゃあ――」
そういって琴音が立ち上がる。
「……え、もう行くの!?」
「そうだけど、何か?」
何かじゃねえよ。
とは思ったが、琴音の性格だし文句を言っても仕方がないだろう。
馬の耳に念仏。
糠に釘。
「いや、何でもない。……行こうか」
そう言って僕も立ち上がって、琴音の後に付いて行った。
まあ、良い暇つぶしになればいいなという軽い気持ちで。
*****
電車を乗り継ぎ1時間ほど。
そこに琴音が依頼を受けた依頼人が住んでいた。
閑静な住宅街だ。
(ピーンポーン)
琴音が依頼人の家のチャイムを押す。
『はい』
数秒後に男性の声がインターホンから聞こえてくる。
「あ、風間です。依頼の件で……」
『今開けます』
しばらくしてドアから先ほどの声の主の男性が出てきた。
「お待ちしていました、風間さん……と、……?」
妙な間が空いた。
恐らく僕のことで多少困惑しているのだろう。
自己紹介でもするか。
「僕は風間さんと同じ探偵をしています、久寿米木と申します。今回は風間さんから協力依頼を受けまして同行させていただきました」
「あ、そうなんですか。風間さんが信頼しているなんて余程すごい助手の方なんでしょうね。では、中へどうぞ」
「……どうも」
僕は複雑な気持ちで家の中へ。
高校生の探偵の助手が大学生って……。
琴音なんて僕の隣で嫌な笑みを浮かべてこっちを見ているし。
「ほら、久寿米木。助手は助手らしくしていろ」
(スパーン)
「調子に乗るなよ!」
僕は琴音の頭を思いっきり叩いた。
なんかすっきりした。
「痛いよ……。あと、そのすっきりした顔、むかつく」
「少しは年上を敬ったらどう?」
「ボクはね。なんで年齢が1つしか違わないのに上下関係が出来るのかが不思議でならないんだよ。高校でもそうだ。たった1つ年齢が違うだけで、やれ『お茶買ってこい』だの『なんかやれ』だの。何様なんだろうね。日本だけだよ、こんなシステムは」
「まあ、確かにそれには僕も同感だけれど、琴音は行きすぎだ」
と、僕達はどうでもいい事を話しながら依頼人の後に付いていく。
家の中は割と広い。
豪邸といっても差し支えが無いかもしれない。
僕達はそんな家の恐らく応接室に通された。
僕と琴音が隣り合って座り、正面に依頼人の人が座った。
「改めまして、よく来てくださいました。私が依頼人の吉井拓です」
吉井と名乗った男は恐らく年齢は40代ほどだろうか。
あごひげを蓄え、真っ黒な髪がベートーベンみたいな感じに外側にはねている。
「探偵の風間琴音です」
「琴音の師匠で探偵の久寿米木です」
「でも実力はボクの方がありますけどね」
「全く、弟子には虚言癖があって困りますよ」
「すみません、吉井さん。久寿米木は少し頭が悪いので、彼の言う事は気にしないでください」
「琴音は妄想癖もあるのでいつも訳の分からないことを言っていて……気にしないでください」
「久寿米木は幻覚や幻聴が見えたり聞こえたりしてしまう病気にかかっているので気にしないでください」
と、こんなやり取りをしていると吉井さんが、
「そんなに『気にしないでください』と言われると逆に気にしちゃうんですけど……」
「「まあ、気にしないでください」」
「はあ……」
さて、本題に入るか。
僕どころか依頼された琴音本人もよく知らないみたいだし。
と、その前に僕はちょっと気になったことがあった。
ので、それについて聞いてみるか。
「あの、吉井さん」
僕は吉井さんに話しかけた。
「はい、なんですか」
「どこで琴音――風間琴音という探偵について知られたんですか?」
僕の記憶では、怪盗グリードを捕まえたりと琴音はしているが自分については公表していなかったはずだ。
知る機会などほとんどない。
「ああ、それは――」
と、吉井さんが言おうとしたことを琴音が言う。
「インターネットのサイトで知り合ったんだよ」
「インターネット?サイト?」
琴音はたしかあまり人と関わるのが得意でもないし好きでもなかった気がする。
そう自分でも言っていたし。
……能力の関係で。
「この間、久寿米木に言われてね。『自分から行動したらどうだ』って」
「……」
なるほどね。
「頑張っているんだ」
「まあね」
琴音は少し照れたように言った。
「ちなみに何のサイト?」
「……」
「……」
琴音の吉井さんが共に黙る。
どんなサイト見てたんだよ!っていうのが1発で分かる反応だ。
まあ、僕は気を使えるから言わないけれどね。
それに琴音は思春期だし。
吉井さんは……知らないけれど、まあ……ね。
男には色々とあるしね。
「で、依頼の内容は?」
僕は今までの空気を流すために話を変える。
すると吉井さんがほっとしたような表情で言う。
「それが、その……これを」
少し言い淀んだ吉井さんが僕達の前に置かれているテーブルに1枚の紙切れを置く。
そこには――
『1月7日。貴殿の命を頂戴する。 怪盗グリード』
と、書かれていた。
「え、怪盗グリード?」
僕は隣にいる琴音の顔を見る。
琴音は表情を変えずにじっと紙を見つめていた。
「えっと……この紙はいつ?」
僕が聞いた。
琴音は身動き一つとらない。
「1週間くらい前でしょうか。ポストに……」
「何か心当たりは?怪盗グリードは泥棒ではありますが普通とは違います。一般人には手を出さないはずなんですが」
「さ、さあ……」
吉井さんはそう言って目を泳がせた。
さっきもそうだけれど、嘘をつくのがこの人は下手すぎる。
ばればれだ。
「……怪盗グリード……いつの間に脱獄をしたんだ?」
隣で琴音がぶつぶつと独り言をいいながら何かを思案している。
放っておこう。
僕は何かを隠している吉井さんに続けて質問する。
「では、この近辺でなにか変った事とかありませんでしたか?何でもいいんですけれど」
「ちょっと……わからないですね。はい」
……。
『はい』ね……。
「分かりました」
吉井さんの芽はさっきから泳ぎっぱなし。
これは確実に何かある。
それを僕達には隠している。
……どの程度のものなのか把握したいな。
ちょっとカマをかけてみようか。
「いくら義賊と呼ばれて手荒な事をしないと言われている怪盗グリードでも、念のために警察にも話しておいたほうがいいと思うのですが。いかがしますか?」
もしこの『警察』という言葉に反応すれば、法律に違反するようなことをした証拠だ。
さて、どう来る?
「け、警察の手を煩わせたくはないですし、なにより私は大事にはしたくないです……」
吉井さんはところどころ口を詰まらせながら言った。
これは――クロ、あるいはグレーといったところか。
とにかく言えるのは確実に何かやましいことをこの人は隠している。
「分かりました。……ちょっと家の周りを見てきたいのですがよろしいですか?」
「ど、どうぞ……」
僕は吉井さんに確認をとって、外に出る。
琴音も行くかと誘ったが、考え事に集中したいと言ってそのまま吉井さんと共に部屋に残った。
僕は家の周りをぐるりととりあえず1周することにした。
芝生がきれいに生えそろっていて、手入れが行き届いている庭。
それが家の周りにずっと続いている。
なにもないか……。
僕はそんな事を思う。
と、ガレージがあった。
少しシャッターが開いている。
僕はなるべく音をたてないように静かにシャッターを上げて中へ入る。
中には高級車が2台入っていた。
「ん?」
中が薄暗くて危うく見逃すところだったが、その内の1台。
シルバーのセダンタイプの車――メルセデス・ベンツのE350――のバンパーとボンネットが……
「へこんでいる……」
まるでなにか重いものがぶつかったかのように。
「…………」
僕はとりあえず写真をスマホのカメラで撮っておくことにした。
そして僕は琴音と吉井さんのいる応接室へと戻る。
「ただ今戻りました」
「な、なにかありましたか」
僕が中へ入ると真っ先に吉井さんがそう聞いてきた。
これは、何もなかったと答えるのがベストか。
「特には何も見つかりませんでした」
僕がそう言うと吉井さんが心底ほっとしたような表情で背もたれに体を預ける。
「琴音はどう?」
僕は琴音が何もそんなに考えているのか分からないため、漠然とした質問になってしまったがそう聞いた。
「いや、なんでもないよ」
「……ならいいけれどさ」
結局琴音は何も言わなかった。
と、
「あ、すみません。なにも出していませんでしたね。今、紅茶をいれてきますので――」
そう言って吉井さんは応接室を出て行った。
「…………」
僕は少し気になったことがあったので、スマホでこの地区近辺で起こった最近の事件・事故・不審な出来事について調べてみた。
すると――
「……これか?」
1つ興味深いものが見つかった。
それは――。
どーも、よねたにです。
久しぶりのシリアス?パートです。
読んでいただければ幸いです。
評価や感想、お待ちしてます。
では、また。