第29話 今があるから未来があって、今があるから過去があって(part3)
12月24日。
辺りは既に暗くなっている。
時刻は17:00。
今日はクリスマスイヴだ。
そんな日、僕は今駅前にいる。
そんなに大きな駅でもないが、イルミネーションがキラキラとそこらじゅうで輝いている。
というのも、今日は暦とクリスマスデートだからだ。
やっばい、青春してるなー僕。
といっても、暦の服を買ったりした後に食事をするって言うだけなんだけれどね。
ただ!
ただ、一つ言わせてもらえば『それが良い!』。
何といっても前回のデートが普通じゃなかった。
初デートにもかかわらず、妙な薬で昏倒させられ(普通じゃない)、そのまま暦の家に連れていかれて親と体面(普通じゃない)、そして突然の結婚宣言(普通じゃない)、それを承諾する親(普通じゃない)、ついでに普通じゃない暦の家族。
どんなデートだよっていうかデートですらないよ!
だから今回は普通なデートを目指す!
……出来るだろうか。
否、やって見せる!
と、
「お待たせ、久寿米木くん」
僕は後ろから声をかけられる。
振りむかないでもわかる。
この声は暦だ。
僕は、
「いや、さっき来たところだから」
と、使い古されて腐っているんじゃないかというセリフを言いながら振りむく。
そして、それと同時に僕の普通のデートをして見せるという目標はデート開始1秒で崩れ去った。
「……暦、何その格好」
「見て分からないのかしら。私の卒業した高校の制服とダッフルコートよ」
「そういうことをいっているんじゃないんだけれどなー……」
あー、これはもう普通のデートはできそうにないな。
僕はそう思った。
まあ、言わないけどさ。
「で、久寿米木くん。感想は?」
暦が言った。
さっきから、普通じゃないとかかんとか言っているが正直言おう。
……めっちゃ良い!
ストライクです!
だって、超似合っているんだもん!
しかもスカートとかさり気なくミニだし、黒のタイツとか似合いすぎだし!
僕はそんなことを思っていることを悟られないように、さわやかに言う。
「うん、似合っていると思うよ」
「久寿米木くん、顔が気持ち悪いわ。帰ってくれる?」
「嫌だよ!」
というか彼氏に対して酷い言いよう……。
もう少しオブラートに包んでもいいんじゃないかな?
さすがに言いすぎたと思ったのか、暦は、
「ともかく、顔がおかしいわね。……私の女子高生ルックに欲情でもしたのかしら」
暦がいやらしい表情で聞いてくる。
ぐっ、反論できない!
確かに欲情してしまったと言えなくもない……。
「……まあ、似合っていると言えば似合っているよ」
「ありがと」
「でも、この状況でセレクトすべき服装ではないよ!」
「分かっているわよ、そんなこと。ただ、久寿米木くんがどんな反応をするのか見てみたかっただけよ。ふふふ……」
そう言って暦は笑った。
……暦の笑顔が見れて僕はうれしいよ。
まあ、言わないけどさ。
さて。
駅前でこんなことをやっていたら少し注目を集めてしまったらしく、少し周りの視線が痛い。
「そろそろ行こうか」
「そうね。久寿米木くんは存在が痛い割に痛い視線には弱いものね」
「存在が痛いってなに!?」
初めて言われたよ。
……初めてだよね?
蔭口で――とかはないよね?
「ではエスコートをよろしく、えーと……あ、久寿米木くん」
「名前で詰まらないでもらえる?結構傷つくから……」
「そういえば久寿米木くん、股間が腫れてしまう病気になったのよね。大丈夫かしら」
「唐突に嘘を振りまくな!」
僕は『はあ』と1つため息をついて、
「行こう」
「ええ」
ようやく駅前を出発した。
まずは服を買いに――。
*****
「久寿米木くん」
「な、なにかな」
「確かにここは服を売っているところだけれど」
「うん、売っているね」
「……クリスマスに彼女の服を買ってあげると言って連れてきたところが『ユニシロ』ってどうなのかしら」
「……ほら、何でも売っているし、質も良いし、デザインもなかなか良いし」
「それから?」
「…………」
「それから?」
「や、安いからです」
「はっ。失望したわ、久寿米木くん。まあ、もともと望みなんて持っていなかったけれど」
わー酷い言われようだ。
まあ、確かに僕にも非があるんだろうけれどさ。
そう、僕が暦にクリスマスプレゼントで服を買ってあげると言って連れてきたのは、庶民の味方『ユニシロ』だ。
「と、とにかく何でも買ってあげるから!ね!?」
「へー……何でも買ってくれるのね」
「……」
おっとこれはやばい展開か?
訂正したいけれどそういう雰囲気じゃないし。
「久寿米木くんが何でも買ってくれるそうだし、中へ入りましょう」
「……うん」
なんか今日の暦は容赦ないなー。
果たして僕の財布は最後まで暦の攻撃を耐え抜き厚さを保つことができるのだろうか。
そんなことを思いつつ、僕と暦は店内へと入る。
「久寿米木くんは私にどんな服を着てほしいのかしら」
安い服でお願いします。
とは言えないなー。
さすがに。
「いやー暦は何でも似合うから何でも良いと思うよ?」
「『何でもいい』が一番困るのよね」
夕飯に悩む主婦か!
……突っ込まないけどさ。
暦はおかんみたいなセリフを言いながら店内を回る。
僕はそんな暦の後ろを金魚のフンのように付いて回る。
と、暦が真っ赤な服を手に取る。
ミニスカサンタのコスプレだ。
なんでこんなものを売っているんだろうか。
「これはどうかしら」
「……却下で」
「その一瞬の間は何かしら」
「お嬢さん、気にしたら……泣くはめになるぜ?」
「久寿米木くんが、でしょう」
「…………」
「まあいいわ。久寿米木くんの意見の通りこれは戻しましょう」
あ、1回くらいは来てもらえばよかった。
もったいないことをした。
「そうね……」
暦は再び店内を回る。
そして次に手に取ったのは……巫女服だった。
「これはどうかしら」
「いや、それはない」
「そうかしら。和風で良いと思ったのだけれど。これからシーズンでしょう」
「確かにシーズンだけれど、そんな服を街中で来ている人を見たことがある!?ないでしょうが!」
まあ、似合うだろうけれどさ。
っていうかユニシロっていつからコスプレショップになったんだろう。
そんな事を頭の片隅で思いながら、暦とともに店内を再び歩く。
……あれ。
さっきから目に入る服がおかしい。
体操服、警察官、ナース、スモック、ボンデージ……ボンデージって!
ここはSMショップか!?
「あら、これはどうかしら」
突然足をとめた暦が僕に聞いてくる。
「――うん、いいんじゃない?」
今度の服はまともだった。
正直僕は女子のファッションについてなんかは無知だからこれが何と言う服で――とかは一切分からないけれど、暦は暦によく似合いそうな服を手に取った。
「そう。……ではこれを久寿米木くんに買ってもらおうかしらね」
「了解」
これにてようやく暦との制服デートが幕を下ろした。
若干名残惜しい感じもするけれど。
*****
暦は、制服姿から買ったばかりのキャメル色のニットのワンピースと細身のジーンズ、それから黒のブーツ――さっき聞いた――を着て、僕と『Cafe de Vert』に向かった。
僕が何カ月か前の休日に行ったところだ。
「久寿米木くんにしては随分とおしゃれなところね」
「その上から目線やめない?」
暦もなかなかの高評価を出してくれた。
連れてきたかいがあった。
店内は依然来た時とは少し違って、夜バージョンとなっている。
店内の照明は薄暗く、キャンドルライトがテーブルに灯っている。
僕達はそんな2人掛けのテーブル席に案内される。
「久寿米木くん、オススメとか聞いてもいいのかしら」
「そうだねー……このムニエルとか」
「じゃあそれをいただきましょう」
「なら僕は……」
そのあとメニューを決めた僕が店員さんを呼んで注文する。
そして食事が来るまでのしばしの談笑。
……談笑になるかは分からないけれどさ。
「ここまでのエスコートはどう?」
僕が当たり障りのない発言をする。
「まあ、久寿米木くんにしては良いと思うわよ」
「それはどうも。まあ前回が酷かったからね」
「それは私に対する挑戦と受け取ってもいいのかしら」
「なんでそうなる!?」
誰も白手袋投げてないよ……。
僕は1口水を含み話を続ける。
「もうクリスマスか……。1年なんてあっという間だね」
「随分とばばあみたいなことを言うわね」
「せめてじじいって言ってくれると嬉しい。……いや、嬉しくないけれど」
「まあ、確かに早いわね。ついこの間、久寿米木くんと再会したばかりだと思ったのだけれど、もう8カ月経ったのね。……いえ、まだ8カ月、かしら」
僕達は大学で6年振りに再会した。
そしてサークルを作って、入って。
そこからC棟が炎上したり、探偵事務所を作ったり、やくざと闘ったり。
……いつからだろう、おかしくなったのは。
「色々あったねー」
「そうね。まあ、その色々のお陰で久寿米木くんと付き合っているわけだけれど」
おっしゃる通りで。
「確かに色々がなかったらここでこうして食事なんてしていなかっただろうしね」
「かもしれないわね。それにしても――」
と、暦が前置きをして言う。
「久寿米木くん、変ったわね。口調とかもそうだけれど……こう、性格とか内面も含めて」
「そう?」
自分では全く分からないというか心当たりが一切ない。
「どの辺?」
僕はちょっとした好奇心から聞いてみる。
「最初はもっと周りに無関心だったと私は思ったのだけれど、今は大分人と関わっているというか何というか……自分から関わっていこうということもあるでしょう」
……。
少し心当たりが出てきたかもしれない。
確かに前は昔のこともあって他人となるべく関わらないようにしていたけれど、大学に入って暦としずかに会って――出会って、変ったところもあるかもしれない。
「――なるほどね。他には?」
「下ネタに耐性がついて――」
「それはどうでもいい」
僕は暦の言葉を途中で遮った。
言わせねえよ!?
「それにしても、言われてみれば確かに少しは変ったかもしれないね」
「私からすれば一目瞭然――とまではいかないけれど、すぐに分かるわ」
暦はにやりと笑ってそう言った。
そういう暦だって大分変ったと僕は思うけれどね。
よく笑うようになったし、よく喋るようになったし、人と仲良くできるようになったし……それなりに。
大学で再会した時は、他人をにべもなく拒絶していたし、無表情のポーカーフェイスだった。
それがここまで変わった。
8カ月で。
たったの8カ月で――。
まあ、言わないけれどね。
「久寿米木くん、何を笑っているのかしら」
「え?」
どうやら僕はすこし笑ってしまっていたようだ。
「何かいい事でもあったのかしら。私の制服姿を見たときみたいないやらしい笑みではなかったけれど」
「まあね。……っていうか暦のミニスカを見たときそんないやらしい笑みなんてしてないでしょうが」
「あら。私のスカートを見ていたのね。私は制服としか言っていないのに。性欲魔人ね、久寿米木くん」
「誤解だ!」
誤解じゃないけれどさ。
「ただ――」
僕は言う。
「暦はかわいくなったなー、と思っただけだよ」
僕がそういうと暦は、
「…………」
と、無言でそっぽを向く。
どうやら照れているようだ。
顔が薄暗い中でもわかるくらいに赤くなっている。
そういうところも変ったよね。
と、
「お待たせしました」
ウェイターの人が料理を持ってやってきた。
そしてそれぞれの料理を僕と暦の前に置いて、
「では、ごゆっくり」
そういって去って行った。
「さて、料理も届いたところだし――」
「そうね」
照れから回復した暦が言った。
僕はなんとなく普段の仕返し的な気持から言う。
「あれ、顔まだ赤くない?」
「久寿米木くんは辛い物が好きだったわよね。私がタバスコをかけてあげるわ。ウェイターさん、タバスコを1リットル頂戴」
「ごめんなさいごめんなさいごめんさいごめんなさい」
テーブルに頭をつけて謝る僕。
……なんか周りの視線が痛い。
「今度からそんな反抗精神を持たないよう調教しないといけないわね。来年の課題がもうできてしまったじゃない。全く、久寿米木くんは手がかかるわね」
「え、それって僕のせい?」
「……はあ。久寿米木くんはそんな当たり前のことも分からないのね」
「いつからそんな常識が!?」
「で、なにか言うところだったのではないのかしら。『料理も届いたところだし――』って」
「そうだよ!……じゃあ、仕切りなおして。料理も届いたところだし――」
僕はグラスを持って――暦もグラスを持って――。
グラスの根が鳴り響く。
「「メリークリスマス」」
こうして夜は更けていく。
暦に暴言を浴びながら――。
どーも、よねたにです。
ちょっと行き辺りばっかりになってしまったので読みにくいかもしれません。
すみません。
では、また。