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未来探偵クスメギ  作者: よねたに
京都旅行編
2/65

第02話 探偵は旅行先で事件に遭遇してしまうものと言っても過言ではないのだ(part2)

「いやいや、ついたね、京都」


 僕と暦は京都駅八条口――京都タワーが無い方――を出てすぐという場所にいた。

東京よりも若干暑いように感じる。

汗がジワリと出て、服が体に張り付いてしまい気持ちが悪い。


「ええ、新幹線は早いわね。昔、夜行バスで来たことがあるのだけれど、8時間かかったわ。それを思うと恐ろしく速いわね、新幹線は」


 暦が暑さを感じさせない無表情で言った。

と言うか、暑さを感じていないようで汗すらかいていなかった。

 現在の時刻は昼過ぎ。

僕は暦が雑誌を読んでいるのを確認してから寝た。

暦も雑誌を読み終わり寝てしまったらしく、2人して寝てしまい、京都につくまで起きず、結構慌ただしく新幹線を降りて――で、今だ。


「そういえばさ」


 と、僕はここまで気になって聞いてはいたがずっとはぐらかされていた事を聞く。


「なにかしら」


「どこに泊まるの?日帰りじゃないって聞いてはいるけれど」


「ああ、今までねちねちと聞いてきたその質問ね」


 嫌な言い方をするじゃあないか。

もう慣れたけどさ。

 暦が眉間にしわを作りながら言った。

僕はめげずに聞く。


「どこか旅館なりホテルなり予約したの?」


「していないわね、そんなもの」


 あっけらかんとした表情で暦は言い、「予約したの?」の「予約し」あたりでかぶせて来た。


「は?」


 僕はアホの子みたいな声で聞き返してしまった。

 全く意味が分からない。

と言うか理屈すら分からない。

ん……ああ、友達がこっちにいてその家に厄介になるとかという意味だろうか。

高校の時の友達がこっちの大学に来ていて、一人暮らししています、みたいな。

 そう思った僕はすぐに聞く。

 

「友達の家とかに泊まるってこと?」


「友達?誰よそれ」


「えー」


 「えー」だよ。

それ「えー」だよ。

じゃあ、どうするんだよ本当に。


「現地調達よ。これが旅の醍醐味ね」


 暦が得意げな表情でそう言った。

 何を考えているのだろうか、この人は。

夏休み。

英語で言うとサマーバケーション。

多くの人が旅行をする季節。

 そんな季節に行き当たりばったりな旅行をする人がどこにいるんだ。

宿を息をするように、簡単に取れるわけがないじゃないか。


「……じゃあとりあえず、泊まるとこ、探そう」


 僕は嘆息しながらそう言った。


「そうね」


 暦は何故か楽しそうだった。

 そしてこの後、本来なら駅からすぐ近くにある京都タワーや東寺の五重塔やらを見て回るはずだったが、とんだコーディネータのせいで当然のごとく潰れた。

 そして、時刻は18:00。


「ええ、1部屋なら今すぐに準備が出来ますがいかがなさいますか?」


 僕達は結局、駅からかなり離れた薄暗い路地に面したしなびた旅館に行き着いた。

駅周辺のホテルは夏休みということもありどこも一杯だった。

今はその旅館の受付にいる。


「どうする?」

 

 とりあえず隣にいる暦に聞く。

基本的に決定権は暦にある。

……なんでだろうか。


「まあ、仕方ないわね。では、お願いします」


 と言う訳で、今夜の宿決定。

旅館の名前「旅館 はなこ」。

なんか……こう……怖いな……。

トイレが行けなくなるような怖さがある。

この旅館の雰囲気的にも。

 照明が切れかかっていたりしている。

隙間風が感じられるほどぼろい。

そんな旅館だ。


「……はあ」


 僕がこの旅行で何度目か分からないため息をついた。


「ごめんなさいね」


 と、唐突に暦が言った。

え、なにこれ。

暦が突然謝るなんて……。

まさか、呪い?

即効性のある呪いか?

 明日は有名な寺を巡って除霊をしてもらおう。

と、僕が考えていると、


「せめて一言言っておくべきだったかしらね。驚かせてしまってごめんなさい」


 ああ、そういうことか。

旅館の現地調達についての謝罪か。

心臓に悪いな、この旅館は。

全くもう、はなこさんめ。


「ああ、いいよ別に。ちゃんと宿が取れたことだし、気にしてないから」


 僕は軽く笑いながらそう言った。

 が、少し嘘。

ちょっと気にしている。

まあ、言わないけどさ。


「あら、そう」


 暦はそっけなく言った。

 そんなことを話していると、


「お待たせしました……」


後ろから声をかけられた。

バッと振り向く僕。

目の前には誰もいない。

そんな、早速出たのか!?


「お部屋の準備が整いました。どうぞ、こちらへ……」


 下を見る。

 小さな老婆が立っていた。

危ない。

叫びそうになっちゃったよ。

 僕達は老婆の後に付いて行き、少し歩いて部屋へ到着した。

廊下のところどころにある日本人形がとても気になるのは僕だけだろうか。


「こちらがお部屋になります。どうぞ、ごゆるりとおくつろぎください」


 そう言って老婆は足音を立てずに去って行った。


「部屋は――まあまあね」


 部屋は2部屋になっていて襖で仕切ることが出来るようになっていた。

広さはそれぞれ6畳と8畳程の和室。

6畳の部屋は出入り口と接していて、旅館っぽい机が1つと壁に掛け軸。

8畳の部屋は奥にあり、小さな冷蔵庫と金庫とブラウン管の年季の入ったテレビが置いてある。

ちなみに部屋は1階である。


「まあ、2人で使う分には問題なさそうだね」


 僕はそう言って部屋を見渡しながらさりげなく掛け軸に手を伸ばした。

そして、ぺらっとめくる。


「……」


 戻した。


「ね、ねえ」


 自分でも声が震えるのが解る。

そんな声で暦を呼ぶ。


「なにかしら」


奥の8畳の部屋にいた暦が来る。


「ちょっとさ、掛け軸の裏見てみて」


「なん――」


「いいから」


 有無を言わさず僕は言った。

僕は見てしまった。

もうやだ、すごく帰りたい。


「全く我儘ね」


 そんなことを言いながら、暦は掛け軸をめくる。

そして戻した。

表情を変えずに。


「……まあ、ありがちね」


「ありがちね、じゃなくてさ!」


 なんでこの人はこんなに冷静でいられるのだろうか。

僕がおかしいのか?

だって――


「お札がびっしり何枚も貼ってあるなんておかしいでしょうが!」


 そう、お札が何枚も貼られていた。

そしてよく見るとお札だけではなく、十字架や西洋のタリスマンまで貼り付けられていた。

この旅館は日本の霊だけでなく海外の霊まで出るのか!?

 今世の中は国際化の時代とか言われているけれど、こんなところまで国際化しなくていいんじゃないのか?


「だから、ありがちねって言ったでしょ」


 あくまでも冷静に言う暦。

取り乱している僕がバカみたいじゃないか。


「だって悪霊退散とか書いてあるし!あんなの現実にあるなんて信じられない!」


「うるさいわね。舌を千切るわよ」


「なんでだよ!」


これは正当な理由があって騒いでいるのに。

暦の心臓にはどれだけ毛が生えているのだろうか。

きっとフレディ・マーキュリーの胸毛くらい生えているのだろう。

そうに違いない。

 僕がそんな失礼なことを考えているなんて思わない暦は、


「一回外に出て落ち付いてきなさい。さっき聞いたのだけれど、この部屋の外は庭になっていて、自由に使っていいそうよ」


 と、僕に珍しく、優しく言った。


「……わかったよ」


 そうだ、確かに騒ぎすぎたかもしれない。

ちょっと頭を冷やそう。

そうだよ、霊なんているはずがない。

いるはずがないんだよ。

 そう言って、僕は窓から庭に出る。

庭にはサンダルが置いてあったのでそれを履いて軽くうろうろする。


「ふう」


 確かに落ち着いていた。

夏の夜風が気持ちいい。

庭には松の木やら小さな池やらがあって小さいながらも日本庭園のようになっていて風情がある。

それにあの古びた井戸なんかも……。

井戸?

日本庭園に井戸?

古びた?

 僕の頭の中でその井戸と部屋にあったブラウン管テレビが一瞬繋がる。

まさか……。

……。


(だだだだだだだだだだだ――がらっ)


 僕は走って部屋に戻った。


「ね、ねえ……はあ……はあ……」


「あら、どうしたのかしら。「はあ、はあ」言っていてオナニーボイスみたいで気持ち悪いから、用があるのなら早く言って頂戴」


 暦は掛け軸のお札をはがしていた。

それはもう丁寧に。

一枚一枚。


「なんで剥がしているの!?」


 僕はサンダルを脱ぎ棄て、慌てて部屋の中へ上がる。


「だって、久寿米木くんが、お札が気になるって言っていたから剥がしているのよ。気遣いと優しさよ」


「そんな気遣いと優しさなら要らないよ!だめでしょ剥がしちゃ!」


 暦の気遣いと優しさが怖い。

もっとまともな気遣いと優しさが僕は欲しい。


「そんなことよりどうしたの、久寿米木くん」


「そんなことっ――もういいよ。そう、井戸!井戸があったんだよ!」


「だから?」


 お札を剥がす手を止めずに聞いてくる暦。

その手、止めようよ……。


「もういいや。……はなこにさだこ……もうやだこの宿」


 なんか韻を踏んでいるチックになったか。

ともあれ今夜は眠れそうにない。


「ふう、やっと剥がし終わったわ」


 お札をすべてはがし終わった暦は満足感溢れる表情だった。

と、そのとき


 (コンコン)


 ――!

って、なんだ……ノックの音か。

焦った。


「はい」


 暦が出る。

どうやら仲居さんのようだ。

悪霊の類じゃないようなので僕も入口へ。

うん、やはり仲居さんだ。

それも結構美人だ。

僕の個人的に、仲居さんと言ったら大人っぽいみたいなイメージがあったが、この人はかわいらしい感じだ。

まだ、なんとなく幼さが残っている。

若いのだろうか。

と、中井さんが僕の方を見る。


 (にこっ)


 そんな音がするような笑い方だ。

仲居さんが僕に笑いかけてくれた。

何だか心がゆすぶられる。

僕はすかさずにネームプレートをみる。


 『中井』


 仲居の中井さんか。

天職だな。

 そんな事を考えていると、中井さんが、


「お食事のご用意が出来ました」


 と言った。

 どうやら食事らしい。


「わかりました。運んでください」


 暦がそういうと、中井さんは食事を運び始めた。

中井さんが僕の横を通るたびに甘いフローラル系の良い匂いがする。

幸せだ……。

 そして数分後。


「ではごゆっくり」


「ありがとうございます」


 僕が言うと、


 (にこっ)


 すごくかわいい。

すごくタイプだ。

この旅館来てよかった……。

と、暦がもう席について、なんかこっちを睨んでいた。

ああ、早く席に付けということか。

 テーブルの上にはそれなりの料理が並んでいた。

僕はそれを眺めながら座ると、暦が言う。


「私、あの中井さん嫌いね」


 本当に嫌そうな顔をして言った。


「え、どうして。優しい感じのよさげな人だったじゃないか」


「旅館で香水はタブーでしょ」


 なるほど。

あまりキツイ匂いは料理の匂いなども消してしまうので、好ましくないという事だろう。

でも。

それでも――。


「いいんじゃない?かわいいからさ」


 僕はかわいいから良いと思った。


「……」


「なにかな」


「いいえ別に。じゃあ、いただきましょうか」


「そうだね」


 料理はもちろん和食だった。

刺身やら活造りやら揚げ物やらとかなり豪勢だった。

こんな隙間風が入り込むような辺鄙な旅館でも出て来た料理に罪はない。

僕達はいただいた。

とてもおいしかった。


「もうこんな時間なのね」


 食事をし終え、時間を確認した暦が言った。

ついでに僕も時間を確認する。

21:00になっていた。


「まあ、しょうがないんじゃないかな。いろいろあったし」


 『宿探し』とは言わずにぼかす僕。

こういうのが気遣いと優しさなんだよ。

貼ってあるお札剥がしちゃうとかではなくて。


「そうね。では、私はこれから露天風呂へ行こうと思うのだけれど」


 暦がそう言った。

 そんな本格的旅館なものがこのしなびた宿にはあるのか。

初耳だ。


「へぇ……そんなものがあるんだ」


「ええ、さっき聞いたのだけれど。……久寿米木くんはどうするのかしら」


「う、ん。じゃあ、僕も行こうかな。折角露天風呂があるらしいしね」


「そう。じゃあ行きましょうか」


 と言う訳で、食後の風呂へ。

僕達は部屋を出て、露天風呂の脱衣所の前まで一緒に行きそこで別れた。

脱衣所の中を見る限り誰も入っていないようだ。

そしてぱっぱと服を脱ぎ、今日一日の疲れを癒すために浴場へと向かう。


「へぇ……これはなかなか」


 扉を開けると、なかなか立派な露天風呂だった。

看板のようなものが立っていて、そこにはこの温泉が源泉かけ流しであることが書かれていた。

 僕は身体をシャワーで流して湯船へ向かう。


「ふう」


 ちゃぷんという音と共に湯船へつかる。

空を見上げると雲ひとつない。

そして、夏にも関わらず星がきれいに見えた。

 なんかこう……いいね。


「たまにはいいね、こういうのも」


 そんな1人ごとが口をついて出た。

すると何故か、


「そうね。なかなか風流ね」


 僕のつぶやきに返事があった。

あれ、誰もいないはずなのに。

それから女の人の声みたいだったぞ?

さらにその声はどこかで聞いたような声だったぞ?

おかしいな、幻聴か?


「幻聴ではないわよ」


 露天風呂の入口に背を向けていた僕は、恐る恐る振り返る。

そこには見知った顔があった。

というか、暦だった。


「心を読むなよ。っていうか何でここに?ここは男湯だよ」」


 そういいながら僕は腰にタオルを巻く。

本来湯船の中でのタオル着用は厳禁だが。

 暦が言う。


「脱衣所が分かれているだけで露天風呂は混浴よ」


 なんてこった!

そんなトリックが隠されていたのか。

 僕があたふたしていると、


「いくら夏でも裸で外に居ると少し寒いのだけれど」


 と暦が両腕で身体を自分の体を抱きながら言った。


「え?」


「入ってもいいかしら」


 あ、なるほど。


「あ、ああどうぞ……」


「では失礼」


 そういって暦は湯船へ入って来た。

って!

僕のバカ!

今更ながら気付いたが暦は女じゃないか!

なに一緒に入っちゃっているんだ!

 と、失礼なことを考え、暦を改めて意識してしまった僕はまともに暦を見られなくなってしまった。

 僕は暦に背を向けて思案していると、


「あら、どうかしたのかしら久寿米木くん」


「いや、なんにもないよ!」


 声が裏返った。

ちらりと暦を見る。

太ってもいないし痩せ過ぎでも無い健康的な身体。

細くてしなやかな手足。

背中まである髪を括ってあらわになっているうなじ。

そして、タオル越しにでもわかる胸。


「どこを見ているのかしら」


 暦が突然話しかけて来た。


「どこも見てないよ!」


 慌てて視線を反らす。

そしてまた声が裏返った。

もう心臓がヤバいことになっている。

もう上がろう。

全然くつろげなかったけれど。


「あ……そろそろ上がろうかな」


 そう言って立ちあがる僕。

と、


「まだ入ったばかりじゃないの。5分も経っていないわよ」


 ばれていた。

仕方がないので再び湯につかる。


「……」


「……」


 しばらく沈黙が続いた。

が、僕が耐えられずに言う。


「そういえば、ここの宿、他のお客さんとかいないの?」


「聞いていなかったの、久寿米木くん。受付で1部屋しか取れないと言っていたじゃない。他のお客さんもいるに決まっているでしょう」


「あ、そっか。じゃあ、どれくらいいるのかな」


 こんな怪しげな宿に来る人の気がしれない。

……人のことを言える立場じゃないけどさ。


「この旅館には客室は5つしかないそうよ。だから私達以外には最低でも4人、多くても16人っていうところかしらね」


「なるほどね」


「あとは従業員ね。確か今日いるのはあの女将さんと中井さんが2人、それから料理長が1人と料理人2人と言っていたかしら」


 このとき僕は、暦のいた「中井さんが2人」を「仲居さんが2人」と勘違いしていた。

まあ普通しちゃうよね。

そして、このことが後々面倒な事になる。


「なんでこの旅館に精通しているのか聞きたいところだけど、女将さんって?そんな人いた?」


 そんな美人な人いただろうか。

いや、いなかった。

  僕が心の中で結論付けると、


「何を言っているのかしら。部屋まで案内してくれたじゃない」


 暦が馬鹿な人でも見るような目で、そう言った。

 あ、あのよぼよぼの恐ろしげな老婆のことか!

女将さんって言うから美人さんを想像したじゃないか。

女将は美人と相場が決まっているのに。

と、ここで


「久寿米木くん、私も聞いていいかしら」


 暦は前置きをしながら聞いて来た。

一体何を聞くつもりなのやら。


「なにかな」


「私は、小学生の間と、ここ数カ月の間しかあなたのことを知らないのだけれど、その間、私の知る限りあなたの持っている能力を使っている所を見たことがないのよ。私に――私達に証明したとき以外ね。その能力を使えば、競馬や宝くじやロトなんかで幾らでも稼ぐことが出来るのではないかしら。どうやら私の見た所普通の金銭感覚のようだし。どうしてかしら」


「ああ、そんなことか。ちょっと身構えちゃったよ」


 なるほど。

確かに暦の言うとおりだ。

未来が解るのなら競馬で万馬券を当てることや、ロトで当選番号を知ることだって出来ない訳はない。

カジノに行けばぼろ儲け出来る。


「暦だったらどうする?」


「え?」


 逆に聞いてみた。


「暦が僕の能力を持っていたとしたらどうする?」


「そうね。客観的にみたら使いそうだと思って聞いてみたものだけれど……」


 暦が暫くの間沈黙して考える。

そして30秒程して口を開いた。


「いざ自分がとなると……わからないわね」


「どうして?お金欲しくないの?」


「お金は欲しいわ。欲しいに決まっているじゃない」


 がっつき過ぎだよ。

でも――。


「だろうね」


 でも、僕も同意見だ。

 お金があることに越したことはない。

ただ、僕は未来を見てまで欲しいとは思わない。

なぜなら――


「でも……よく考えてみると、つまらないわね」


 おっ。

僕は『つまらない』という言葉に反応する。


「と、言うと」


 僕は暦に続きを促す。


「だって、働いてもいないのに一生楽に暮らせるって、やることがないじゃない。何をしたらいいのよ。一生遊んで暮せってこと?冗談じゃない。私はそんな生活すぐに飽きるわ」


「なるほどね。僕もそう思うよ」


 そう、先が解ることは――解ってしまうことはつまらないのだ。

自分の思い通りになりすぎる。

やはり、ある程度のスリルは人生の中に必要不可欠だ。

 そして自分で行動するからこそ、何か出来たときに達成感と言うものが生まれるのだと、

僕はそう思っている。


「まあ、それ以前に――」


 簡単な事だ。


「頭痛は嫌だろ」


「納得の理由ね」


 こうして僕達はまた少し知りあうことが出来た。

そして夜は更けて行った。



*****



 場所は変わって部屋へ。


「明日のことなのだけれど」


 唐突に暦が話しかけて来た。

僕は寝るために右眼のコンタクトを外そうとしていた。


「ん?」


 僕はその手を止めて話を聞く。


「今日行けなかった京都タワーと五重塔、明日行ってみないかしら。もちろん明日回る分は明日行くから、少し慌ただしくなると思うのだけれど」


 なるほど。

確かに今日の分を明日に回すとなると、計画的にちょっとキツキツと言う感じではあるが――。


「いいんじゃないかな。折角京都まで来たことだし。ところで明日は何処へ行く予定なのか聞いてもいい?」


「明日は二条城と金閣寺と龍安寺に行こうと思っているわ」


「これはまた有名どころだね」


「駄目かしら」


「いや、いいんじゃない?」


 マイナーな所ばかり行かれてもつまらないだろう。

そう思いながら僕は右眼のコンタクトを外す。

コンタクトを外すときは楽だ。

外した瞬間に眼を閉じればいいだけだから。

問題はコンタクトを入れる時だ。

どうしても裸眼の状態で眼を開けなければならない。

この時が1日の中で最もつらい。

 僕は右眼を閉じながらコンタクトをケースにしまう。


「へえ、いつもそんな風にやっているのね」


 暦が僕のことを興味深く観察していた。


「まあね」


 そして、仕上げに眼帯を右眼に付ける。


「なるほどね。そうすれば意識して右眼を閉じる必要もないものね」


 感心された。


「未来を見れる能力者さんの眼帯だからもっと物々しい物を想像したのだけれど・・・案外普通ね」


「悪かったね、普通で」


 僕が付けている眼帯は市販されている白いガーゼのヤツだ。

こう、革張りで黒くて――海賊がしているようなものでは断じてない。

 僕はふと時間を確認する。

現在時刻23:00。


「まだ寝るには少し早いか。……ちょっと飲み物買って来る。暦は何か飲む?」

 

 僕は一応確認をとる。

あとでなんやかんやと言われてもかなわないからだ。


「では、お茶を貰おうかしら」


 暦は特に逡巡する様子もなく言った。


「了解」


 そういって僕が外に出ようと扉を開けると、


「あ……」


「え?」


 目の前には仲居の中井さんがいた。


「え……あ……、失礼しました!」


 中井さんは何故かあたふたとした後、そう言って中井さんは立ち去って行った。

そして僕は気がつくことがあった。


「……あれ?匂いが……変わった?風呂でも入ったのかな」


 食事を運んで来た時の中井さんの匂いはフローラル系の甘い香りだったが、今の中井さんの匂いは柑橘系のさっぱりした匂いだった。


「にしてもかわいい……」


 最近、普段ずっとクールで毒々しい暦といるからか、かわいい人をみるとどうしても目が行ってしまう。


「どうかしたのかしら」


 と、後ろから暦に声をかけられる。

まあ、出て行かずに入口に突っ立っていれば声をかけるのも当然か。


「いや、なんでもないよ。じゃあ、お茶だったよね?買って来るから」


 そう言って僕は部屋を出た。



*****



 ぺふぺふぺふと、廊下をスリッパで歩く音をさせながら旅館内を数分歩くと、自動販売機が見つかった。


「確か暦がお茶で……僕はどうしようかな……高尾山の天然水でいいか」

 

 僕は一番安いものを購入。

そして、


「……戻るか」


 そう言って、戻ろうとすると前から人がやって来た。


「あ……」


「あ……」


 中井さんだ。

しかも……2人?


「え……え?」


 どうなっているのか分からない。

ちょっと訳が解らない。

 僕は2人の顔を交互に見続ける。

と、


「どうかなさいましたか?」


 中井さんの1人が声をかけて来た。


「玲ちゃん、多分……」


 今度はもう1人の中井さんが中井さんに小声で話しかける。

すると何かに気がついたようで、僕に話しかけていた中井さんが言う。


「え?……ああ!すみません、私達姉妹なんです」


「へ?」


 僕はアホの子みたいな声を上げた。


*****


「と、言う訳で私は中井玲といいます。一応姉です」


「私は中井理佳です。玲の妹です」


「あー姉妹だったんですか」


 場所は1階の受付前。

僕は混乱した頭を整理した。

①この旅館の仲居さんは姉妹でした。

②名前を玲さん(姉)と理佳さん(妹)といいます。

③玲さんは25歳で普段はとある研究所で働いていて、夏休みということで帰省して実家であるこの旅館の手伝いをしている。

④理佳さんは20歳の大学2年生で、こちらも普段は東京の大学に通っているが帰省して実家のこの旅館を手伝っている。

⑤顔は姉妹にも拘らず瓜二つで僕には見分けがつかない。ただ、匂いが違って、姉の玲さんは柑橘系の匂い。妹の理佳さんはフローラル系の匂い。

⑥どちらもかわいい。


 なるほどね。

来るときドアの前であったのは玲さんの方か。

で、食事を持ってきてくれたのが理佳さんか。

 だからドアの前であたふたとしていたのか。


「それにしても、よく似ていますね」


 2人は本当によく似ていて、全く見分けがつかない。

僕の言葉に理佳さんが答える。


「よく言われます。ただ性格はかなり違うんですよ?」


「そうなんですか?」


「ええ。私なんかは割とドジとかやっちゃうんですけど、玲ちゃんはそういうの全くなくていつも完璧なんです」


 そういって理佳さんは玲さんを羨ましそうに見る。


「そんなことないわよ。私は理佳ちゃんの落ち着いた性格とかすっごく羨ましいわ。私は落ち着きがなくて、だめよ」


 今度は玲さんが理佳さんを羨ましそうに見る。


「えーそう?私からしたら玲ちゃんのアクティブなとことかすっごく羨ましいわ。玲ちゃん運動とか物凄く得意で。私はそういうの全く。確か玲ちゃん空手とか柔道とかかなり凄かったよね。大会で優勝とかしてたしね」


「勉強は理佳の方が出来たじゃない」


「でも玲ちゃん今では研究所勤務でしょ?」


 なんか褒め合いになって来た。

そろそろ止めよう。


「お二人とも仲が良いんですね」


「そうですか?普通ですよ。ね、玲ちゃん」


「そうよ、どこの姉妹、兄弟でもこんな感じですよ」


 そう2人は言った。

一人っ子の僕には、2人の関係がとても眩しく見えた。


*****


「ただいま」


 僕は部屋に戻って来た。


「お帰りなさい。随分と遅かったわね」


 あ……なんか暦の機嫌が悪そうだ。


「ま、まあね。はいお茶」


 そういって僕はお茶を暦に手渡す。

現在の時刻11時30分。

自動販売機に飲み物を買いに出かけるだけで30分の時間を労してしまった。


「ありがとう」


 僕が手渡したお茶を開け、早速飲みはじめた暦。

僕は自分の水を冷蔵庫に入れる。

と、


「さて」


 飲んだお茶をテーブルに置いて、改まった声で言った。


「ちょっと正座して頂戴」


「なん――」


「口答えは反抗とみなします」


「……わかりました」


 しぶしぶ正座する僕。

座布団くらいは欲しかった。

畳に直正座は長くは持ちそうにない。


「なんでこんなにも時間がかかったのかしら。たかが旅館内の自動販売機に飲み物を買いに行くだけというものでしょう。久寿米木くん、あなたお遣いにも行った事がないのかしら。よければ私が直々に「初めてのおつかい」という全国区の番組にハガキで応募してあげてもいいのよ?それともなにかしら。大学生にもなってお金の使い方が解らなかったのかしら。それなら私が謝るわ。ごめんなさい。あなたのクズで無能な脳みそを理解しきれていなかったのだから。さあ、どっちだったのかしら?お遣いが初めてだったのかそれともお金の使い方が解らなかったのか。早く答えて頂戴。私は短気なのよ。というか私は久寿米木くんにお茶を頼んで30分も待たされているのだから、あなたを殺したくてもううずうずしているところなのだけれどね」


 ……すごく怖い。

なに、殺したくてうずうずしているって。

本気なのか?

これはひょっとして右眼を使って僕の未来を見るべきなのだろうか。

それくらいの命の危機なのだろうか。

 こうして、僕は命に危機を感じながら、怒涛の京都旅行1日目を終えた。

 ちなみにこのあと、寝たのは深夜3時を過ぎた頃だった。

第2話です。


次の話で事件らしい事件が起こる予定です。


まだまだ粗い文章で読みにくいとは思いますが、


読んでもらえるとうれしいです。

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