第19話 探偵と怪盗はセットだと言っても過言ではないのだ(part4)
暦が僕の目の前で泣いていた。
こんな暦は初めて見た。
いつの間にか僕の行動が暦を――暦の心を不安にして傷つけていた。
そのことを暦の涙を見て初めて知った僕は、胸が締め付けられるように痛くなった。
「その……ごめん。無闇に能力を使ったりして」
「なら使わないって約束しなさい。私と雨倉さんでどうにかするから」
それは――無理だ。
どうやったって無理な事だ。
武さんが銃撃された今、いくら暦やしずかが強いからと言って、飛んでくる銃弾をどうにかできる訳ではない。
銃撃に対応するにはどうしても僕の能力が必要だ。
「使わない事は……出来ない。僕は能力を使うよ」
「どうして」
暦は涙を手で拭いて、少し崩れかけたキャラを戻しながら言った。
それに僕は淡々と答える。
「人の命が掛っているから」
「それは久寿米木くんだって同じじゃないのかしら。自分の命も大切にしなさい。これは命令よ」
いつもの暦に戻り、いつもの口調で暦が言う。
「逆らうよ」
対して僕は撃てば響くようなタイミングで返す。
この答えに暦はあからさまに嫌な顔をする。
「そこまでして……助けたいの?その理由は何なの?」
暦のこの問いに僕は、少し考えをまとめる時間をおいて言う。
「……人が人を憎む理由とかは知らないし知りたいとも思わないけど、人が人を助けるのに理由っている?」
「……」
「僕は僕が助けたいと思うから助ける」
僕は僕の思った事をすべて暦にぶつけた。
「私が頼んでも、ダメなのかしら」
「……ごめん」
「……分かったわ。ただし――」
「ただし?」
「死んだらあなたを殺すわよ」
僕を指さし暦は言った。
意味が分からない。
が、気持ちは分かった。
「了解」
僕は笑ってこう言った。
それに続けて、
「それと、これがさっきの暦の言葉に対する返事――」
暦の唇に僕はキスをした。
僕からは初めてのキス。
2秒くらいの間だろうか。
そして僕は暦から離れる。
「……嬉しいことをしてくれるじゃない、久寿米木くん」
淡々とした口調で言うが、それとは裏腹に表情は暦には珍しくにやけ切っただらしない表情だった。
まあ、言わないけどさ。
「さて」
この気分や雰囲気を変えるために僕は少し大きな声で言う。
「僕はこの後、他の人達といろいろ相談することがあるから、暦は先にかおりさんの所に行ってて」
あの昼間の抗争の後から、ヤクザ達が僕に妙な信頼を向けて来て、いつの間にか僕がこの件の責任者になってしまっていた。
駄目押しでかおりさんの僕達の評価の高さとか。
そのため、僕はヤクザ達と護衛に関してなんやかんやと話さなければならない。
「分かったわ。出来るだけ早く来てちょうだい」
暦はそう言って、家の中に入って行った。
しばらくして、家の中から『ふふふふふ』という声が聞こえて来たのは、置いておこう。
(プルルルル……)
空しい着信音が荒れ果てた日本庭園に響く。
僕が1人になったのを狙ったかのように、電話が掛って来た。
こんなことが出来るのは――。
僕はポケットからスマホを出して、相手を確認せずに電話に出る。
「もしもし」
『仲直り出来たのかなぁー?』
案の定、しずかからの電話だった。
どこからか見ていたのだろう。
「まあ、一応ね」
『仲直りするだろうとは思っていたけど、まさか仲直りの後に春希の方からキスをするとは――』
やっぱり見られていたか。
お恥ずかしい。
「恥ずかしいからその話はするな!」
『見ていたこっちも恥ずかしかったんだから、お互いさまでしょ?』
……果たしてそうなのだろうか?
『……全く、これじゃあ私が入る隙間がないじゃない……』
電話の向こうでしずかがぼそぼそと何かを言っている。
が、声が小さすぎて僕には聞こえない。
「なに?聞こえない」
『え!?いや、なんでもないから!じゃあ、私は見張りに戻るから!じゃ!』
「あ、ああ。よろし――」
(プツ。プープープー……)
「――く……」
僕が『よろしく』と言う前に電話が切れた。
そして僕は1人、荒れ果てた日本庭園に佇む……。
「家の中入ろ」
現在の時刻は18:30。
10月でもまだ日が少し長い。
ようやく日が落ちたばかりだ。
夜はまだ、始まったばかり――。
*****
現在の時刻は20:00。
あの後、家に入った僕はヤクザ達に熱烈歓迎を受けた。
そして、スキンヘッド、オールバック、パンチパーマと様々な髪型の人達に囲まれながら、警護について話し合った。
結果、ヤクザさん達には外の警備と家の中の警備を半々に分けてお願いして、かおりさんと宝石については僕と暦で警護することとなった。
と、言うのを提案したのは僕。
僕は周りにいたヤクザさん達に恐る恐る提言したのだが、
「さすが兄貴です!的確な人材配置です!」
「なかなかやるじゃねーか!」
「このままここに残らねーか?」
などなど、周りにいた50人近いヤクザに言われた。
そんなことがあったのが約20分前。
今僕は、暦とかおりさんと、宝石のある部屋の前にいる。
「ここです」
かおりさんが言った。
目の前には物々しい扉がある。
そしてその扉には指紋認証の機械が取り付けられていた。
なぜ、僕達がそんな所にいるかと言うと、かおりさんが『私が宝石のある部屋にいれば守り易いのでは』という言葉が発端である。
つまり、ダイヤがあるのはセキュリティのある部屋だから、そこにいれば僕達の警備も楽になるだろうということだ。
と、僕がそんなことを思っている間に、かおりさんが指紋認証をクリアして扉を開ける。
「どうぞ」
かおりさんに言われて、僕と暦が部屋の中へ。
「おお……ふ」
「へー……」
僕と暦は大分反応に差があるが驚いた声を出した。
広さは50畳程。
小学校や中学校の教室ほどの広さがある。
部屋の中はまるで家庭のリビングルームの様な様相を呈していた。
ダイニングテーブル、椅子、テレビ、ソファー等々。
リビングにありそうな家具家電が揃っていた。
ただ家庭のリビングと大きく違う所があった。
それは、三方の壁――僕達がいる入口からみて左、正面、右の壁の内、正面の壁が丸々金庫になっていた。
金庫には鍵穴、ダイヤル、指紋認証、静脈認証、パスワードの5つのロックが見て取れた。
ルパン3世に出て来るような金庫である。
「なんか……妙に落ち着かないリビングって感じだよね」
僕は周りを見渡しながら暦に言う。
「そうかしら」
と、暦は僕の意見に否定も賛成もせずにテーブルの椅子に座る。
順応早っ!
「あ、私は飲み物を取ってきますね」
先に中へ入っていたかおりさんはそう言って冷蔵庫へ。
……冷蔵庫まであるのか。
手持無沙汰になった僕は、妙な適応能力を見せる暦の隣の席へと座る。
そして僕はちらりと左側へ――入口の対面に位置する壁へと目を向ける。
「……」
金庫だ。
壁の代わりに埋め込まれている金庫だ。
さらに近くで見ると物々しい雰囲気を醸し出している。
あれ、醸しているって言うのが正しいんだっけ。
「どうかしたのかしら、久寿米木くん」
僕の右側にいる暦が言う。
「どうもこうも。気にならないの?」
「なにがかしら」
「金庫に決まっているでしょうが」
「別に。気にならないわ。ガウディ風で良いじゃない」
ガウディとこの部屋を一緒にしちゃうなよ!
全く違うよ!
……言わないけどさ。
「お待たせしました」
かおりさんがトレイに3人分の飲み物と軽くつまめるものを持ってきた。
そして僕の正面の席に座る。
「ありがとうございます」
僕は自分の分と暦の分の飲み物を取りながら言う。
そして暦に飲み物を渡す。
「あら。気がきくわね、久寿米木くん」
「どーも」
僕は抑揚のない声で暦に返事をする。
と、暦はこの僕の返事に不満を漏らす。
「毒島さんのときと反応が違うのね。私のときは随分とおざなりに返事をするじゃない」
「ありがとうございます、月村様!」
「それでいいのよ」
理不尽だ……。
そんなことを思いながら僕はかおりさんが持って来てくれた飲み物を飲む。
まあ、ペットボトルのお茶なんだけどさ。
少し口を付けた僕は、この部屋に来てから気になっていたことをかおりさんに聞く。
「かおりさん」
「はい?」
ポテトチップスに伸ばそうとしていた手を引っ込めて返事をするかおりさん。
僕は『どうぞ』と手で合図しながら、質問を続ける。
「随分大きな金庫ですよね」
「ええ。なんでも有名な技工士の方に作ってもらったらしいです」
「ただの興味本位の質問なんですが、この中って例のダイヤモンド以外にもなにか入っているんですか?」
僕はこの部屋に入ってからと言うものずっと気になっていた。
この金庫はあまりにも大きすぎ、あまりにも物々しすぎる。
35カラットのダイヤモンドが貴重だからと言ってもここまでする必要はないのではないか、と。
「私もよく知らないんですが……。お父さんが言うには、なんでもこの家――毒島家の大いなる遺産が入っているそうです」
「毒島家のおいなりさんってナニよ。歴代当主のアレが入っているとでも言うのかしら。いやらしいわね」
「いやらしいのは暦の頭の中だ!『おいなりさん』じゃなくて『大いなる遺産』だ!聞き間違いがどんどん酷くなってないか!?」
真面目な話の途中に暦が爆弾発言をブッ込んできた。
『おいなりさん』ってなんだよ!
かおりさんなんか顔真っ赤にしているし!
ってことは、この隠語の意味が分かっているのか。
かおりさんも案外――。
そんなことを思いながらかおりさんを見ていると目があった。
「わ、私は知りませんよ!?『おいなりさん』ってナンデスカ!?」
慌てふためくかおりさん。
意外とそういう知識があるのかもしれない。
「いーえー。別に疑ってなんかいませんから安心して下さいね?」
僕は笑いながら言った。
「だ、だから本当に私は――」
「かおりさん、私と猥談しましょう」
「嫌です!」
こうして夜は更けて行く――。
*****
「ぶえっくしょい!バカヤロー!あー、この時期でも夜は涼しくなるねー」
外でしずかが1人寂しく毒島家を見張っているのは今この時だけ忘れ去られていた。
*****
日付は変わって10月24日。
時刻は00:00。
たった今、日付が変わった。
今から24時間後に怪盗グリードが来る――という予告状の情報を得た鮫島家の誰かが盗まれないうちに盗んでしまおう、あるいはかおりさんを殺してしまおうなどと考えて、何かしら仕掛けて来るだろう。
今日1日が勝負の日だ。
さて――。
「未来でも視ますか」
「そう……」
暦が難しい顔をして言った。
ちなみにかおりさんは既に寝てしまっている。
まあ、昨日はお父さんの武さんが撃たれたということもあって身体だけでなく心も疲れていたのだろう。
このセキュリティルームの床に持ってきた布団を敷いて寝ている。
「セキュリティルームだからそれほど頑張って未来を視なくてもいいのではないかしら」
暦が言う。
「まあ、そうかもね」
と、僕は相槌を打っておく。
さて、どれくらい先まで視るか。
ここで僕の眼の特性を少し整理しよう。
僕の右眼は未来を視ると情報量の多さから激しい頭痛に見舞われる。
そして、寿命が縮まる。
寿命は、短い時間未来を視るなら少ししか縮まないし、長い時間未来を視れば大幅に縮めることになる。
また、未来を視た後で何かしら僕が行動を起こして、僕が視た未来を変えてしまうとさらに寿命が縮む。
つまり、僕が視た未来を大きく変えれば通常に比べて、さらに大きく寿命を縮めるということだ。
簡単に表すと、短い時間&未来を変えない<長い時間&未来を変えない<短い時間&未来を変える<長い時間&未来を変えるということだ。
今回は未来は変えないので、長い時間未来を視てもそれほど問題ないだろう。
「まあ、とりあえずやりますか」
「分かったわ。無理はしないで」
「もちろん。暦がいるからね」
僕はそう言って右眼のコンタクトレンズを外す。
コンタクトレンズを外すと同時に、未来の映像と共に激しい頭痛が僕を襲う。
それでも3時間分――約30秒間眼を開く。
そしてこの部屋を視る。
「――っ」
眼を開いている間、寿命が縮まる感覚が自分でも分かる。
30秒後、僕は眼を閉じた。
寿命としてはだいたい15日――半月程度。
未来を変えてはいないので、それほど長い時間は持って行かれなかった。
僕はコンタクトレンズではなく、今度は眼帯をする。
「お疲れ様、久寿米木くん」
眼帯を付けている僕に暦がねぎらいの声をかける。
学習したのか、それとも別の理由からなのかは分からないが、『ご苦労さま』ではなくなった。
「どうだったのかしら」
暦が聞く。
「何も起こらなかった――って過去形で言うのもおかしいか。何も起こらないよ」
これから5時間は。
「そう。良かったわ」
と、言うが暦の表情は晴れない。
どうしたのだろうと思っていると、暦が再び口を開く。
「……ところでどれくらいの寿命を持って行かれたのかしら」
なるほど。
僕の心配か。
さて、なんと言おうか。
本当のことを言ってもいいけれど、感じ方は人それぞれだ。
まあ、ここは――。
「2日ってところかな」
「ウソね」
僕が答えると、撃てば響くようなタイミングで暦が言う。
何で分かったのだろうか。
「何で分かったって顔をしているわね」
僕の心の声を読めるかの如く言う暦。
「分かるわよ。久寿米木くんのことだもの」
「……」
「その無言は肯定という意味で取るわよ。で、本当はどのくらいなのかしら。次にウソをついたら殴るわよ」
全く本当に……。
僕は暦には敵わないな。
一生こんな感じでいそうだ。
僕は諦めて本当のことを言う。
「半月くらい、かな」
(ズドッ)
「かはっ!」
暦が僕の腹部にクリーンヒットの拳を決める。
「……ウソじゃ――ない、のに」
僕はそう言いながらうずくまる。
「一体どれくらい先の未来を視たのかしら」
暦が僕を見下しながら言う。
僕は指で5、とやる。
「5時間先まで見たのね。それって確か最高値ではなかったかしら」
そうだ。
僕はこれ以上続けると頭痛から気絶してしまう。
「それで半月も寿命を縮めたのね」
暦にはどうやら長く感じたようだ。
「1年の内の24分の1もの期間をたった30秒で失ったのよ。お願いだからもっと自分を大切にして頂戴。どれだけ良い人なのよ。他人の為に命を削るなんて。しかも比喩ではなく」
そう言った暦はうずくまったままの僕と同じ高さまで腰を落として、
「本当に……お願いだから……。私は久寿米木くんを失いたくないのよ」
「……分かったよ。今度からは気を付ける。約束する」
と、無様な格好で約束した。
殴られて、ひざまずいてうずくまって、諭されて――。
どーも、よねたにです。
遅れました。
申し訳ないです。
さて。
いつもなら終わる頃合いですが、まだ続いちゃいます。
読んでいただければ幸いです。
感想、評価等お待ちしてます。
では、また。