第12話 運の悪い日は何をしようと運が悪いと言っても過言ではないのだ(part3)
8月17日。
僕は――いや、僕と暦は今、新宿駅にいる。
何故かって?
依頼で長野に行くからです……。
昨日、病院の先生にかなり無理を言って退院させてもらい、今はまだ腕を吊っている状態です。
もちろん、ギプス装着で。
ガチガチです。
そんな状態で僕は今、新宿駅のホームで電車が来るのを待っている。
僕の隣には暦が無表情で立っている。
ちなみにしずかは事務所で留守番だ。
「まさか夏休みに二度も遠出することになるなんて思ってもいなかった……」
僕はため息をつきながら言った。
1回につき、鉄道での移動費や宿代や食事代などで約5万円近くかかる。
と言う訳であっという間に今月だけで10万オーバー。
1人暮らしでただでさえお金キツいのに。
破産する。
そんな僕の言葉を聞いた暦が言う。
「この依頼がちゃんと達成できれば、依頼料が相当な額入るのだけれどね、久寿米木くん」
「なんなりとご命令を、月村様」
と、へこへこする僕。
資本主義の縮図がここにあった。
一応、探偵事務所の所長は僕だけれど、財布は全て暦が握っている。
簡単に言うと僕はお飾りの所長と言う事でして。
ここで暦に粗相をすると、給料が貰えなくなるかもしれないのだ。
つまり、先ほどの暦の言葉は遠回しな脅しだ。
「そういえば、まだ聞いていなかったけれど」
僕はそう前置きをして言う。
「どんな依頼なの?それと、いくら貰えるの?
後ろの方、重要だからね!?
僕は後者を強調して言った。
「あら、まだ言っていなかったかしら」
「言ってない」
聞かずについて来た僕も僕だが。
「そう。依頼の内容は、現地に到着してから話すとしか書いていなかったわ。それと報酬は100万円だそうよ」
「100万円!?……胡散臭くない?」
「それでも事務所の口座に、どうやってかは知らないけれど前金で30万円入っていたし、行かない訳にはいかないでしょう」
さらに胡散臭さが増した。
これから一体どうなるのだろうか。
「あの手紙に依頼主について何か書いてなかったわけ?」
「何も書いていなかったわ」
あーあ。
これ絶対何かあるよ。
「話は変わるけれど、喉が渇いたわね。甘い飲み物が飲みたい気分ね」
「……今すぐ買って参りますのでしばしお待ちを」
いくら胡散臭い依頼でも依頼料が100万円でる。
僕は給料が掛っていると察して自ら買って出る。
右腕骨折していて片腕しか使えないのになー。
「そう、よろしく」
僕達恋人だよね?
対等な関係なはずではないのか?
そんなことを思いつつ、僕はホームを駆け自動販売機へ向かう。
が、
「甘い飲み物がない……!!」
本当に最近ついていない。
なにか悪霊的なものに憑かれているのではないかと疑いたくなる。
仕方がないので、ホームを離れて、改札近くのキヨスクがある所へ行く。
*****
とりあえず、「冷た~いおしるこ」と「冷た~い甘酒」を購入した。
2本買うと、片腕しか使えない今の状態ではなかなかキツイので、ビニール袋に入れてもらった。
僕は急いでホームへ戻る。
と、ホームへの上りの階段に差し掛かった時、前にいる女子高生が後ろをちらちらと見る。
……僕?
目があう。
スカートを押さえる女子高生。
僕、そんなに変態に見えますか?
「はあ」
一つため息をつく僕。
僕はビニール袋を腕にかけて、ごそごそとポケットからスマートフォンを出す。
そして、画面を操作する振りをする。
そう、この機能。
画面以外何も見ていませんけど何か?だ。
知られざる携帯電話の機能だ。
僕はこの機能を使って疑われないようにして、階段を上りきった。
そして急いで暦の下へ。
「ただいま」
僕は、ホームでつまらなそうに立っていた暦へ駆け寄る。
「おかえりなさい」
「とりあえず、「冷た~いおしるこ」と「冷た~い甘酒」を買ってきた」
「……なぜこの2種類なのかしら」
そんなことをつぶやきながら暦は甘酒の方を受け取る。
僕はおしるこを苦労して開けて飲む。
骨折してから気付いたが、片腕ではとても生活が大変だ。
缶のタブをあけるのも一苦労だ。
ゴクゴクゴク……
「あ、白玉が入ってる」
飲んでいたら急に食感が出てきて、ちょっとびっくりした。
でも、なかなかうまい。
「あ、振るのを忘れたわ」
隣ではそんなことを暦が言っていた。
沈澱していたのか、甘酒。
ファ~ン
松本行きの電車がやって来た。
スーパーあずさだ。
そういえば、「あずさ」の由来は、松本市の近くを流れる「梓川」にちなんだものらしい。
そんなことを思いつつ、僕達は乗車した。
*****
座席は車両の前方、左側の列。
暦は京都旅行の帰りと同じように、僕に気を使ったのか、僕の左側に座った。
……それとも、窓側に座りたかっただけなのだろうか。
暫くすると電車が動き出す。
「暇ね」
暦が窓の外を見ながら言った。
「確かに」
「では、1つ問題を出してもいいかしら」
暦がそんな提案をしてきた。
まあ、暇だから。
「どうぞ」
「では。この電車は男でしょうか、女でしょうか」
前にもこんなような問題を出された気がするのは気のせいなのだろうか。
いや、気のせいではないな。
「前もこれに似た――」
「男でしょうか、女でしょうか」
「……」
答える以外の選択肢を与えてくれない。
仕方がない。
とりあえず答えるか。
「……女とか?」
「ぶー。残念。不正解です」
そういってニヤニヤとした笑みを僕に向ける暦。
いらっとくる。
ここまで同じ展開だ。
さて、どうなるか。
「……ちなみに、なんで」
僕は聞いた。
「男は駅(液)を飛ばすから」
下ネタかい!
全部同じか!
っていうか下ネタレベル上がってないか?
「液ってなんの」
僕はいつもは隠している暦への反抗精神をちょっとだけ出してみる。
さすがにこんな公衆の場では言わないだろう。
そう高をくくっていたが、暦はその僕の予想を軽々と裏切る。
「精液、よ」
自信満々、威風堂々、そして満面の笑み、やりきってやったという達成感の溢れる満ち足りた顔で言った。
「……」
「……」
前の3点リーダーは僕。
後ろの3点リーダーは、通路を挟んだ向こう側、僕の右隣に座っていたサラリーマンだ。
暦が結構大きな声で言ったため聞こえてしまったらしい。
なんかすみません。
僕は二度と暦に反抗精神を抱かないと心の中で誓った。
30分もすると窓の外の景色も、高層ビルが立ち並んでいた街並みが、ちょっとした畑などがある田園風景へと変わっていた。
電車を使った遠出はこういうのがあるから良い。
ふと、暦が静かだと思った僕は隣を見る。
暦はいつの間にか寝てしまっていた。
眠っている暦はいつもの3割増しでかわいらしく見える。
恋人補正とがじゃなくて。
そういえば。
これは僕の持論なのだが、大抵の人間はマスクを付けると3割増しで格好良く見えたりかわいく見えたり美人に見えたりすると思う。
口元が隠れるから。
僕は時間を確認する。
「まだもう少しかかるか……」
僕はそんなことを思いつつ、目を閉じた。
*****
昼頃、松本駅に到着した。
僕達は今、改札を出た、駅の外にいる。
「さて、到着したわね」
「それで、僕達はどうしたらいいのさ」
送られてきた手紙には現地についてから説明するとしか書かれていないし、誰から来たのかも分からない。
「それは問題ないわ。到着したらメールするよう書かれていたから。アドレスも書かれていたわ」
暦は僕にそう言って、携帯電話を操作する。
「なんかまどろっこしいね。待っていてくれればいいのに」
僕はそんな疑問を持った。
後にこの疑問はいろいろと驚いた上で解決することになる。
暦がメールを打ち終わった――と、その直後に来た返信によれば1時間後に来るということなので手持無沙汰になった僕達はとりあえず、昼食をとることにした。
幸いなことに、食事処はそれなりにある。
「何食べる?」
和食、洋食、中華――いろいろある。
ちなみに今の僕の気分は和食だ。
「久寿米木くんは何を食べたいのかしら」
暦は僕にそういう。
――洋食屋をガン見しながら。
「……洋食、かなー」
「あら、奇遇ね。私も洋食が食べたいと思っていたところなのよ」
奇遇じゃないよ、暦さん。
僕の気遣いと思いやりの結果です。
あと、給料のためです。
言わないけどさ。
「じゃあ、そこ入ろうか」
僕は暦がガン見していた個人経営風な洋食屋を指さす。
「そうね。行きましょう」
僕達はもっていたキャリーバッグを近くのコインロッカーに入れて洋食屋へと足を運ぶ。
暦は僕が動き出すよりも先に歩きだす。
僕は暦の後を急いで追った。
暦はそんな僕を一瞥することも無く、店に入る。
店内はオシャレ感が滲みでていて、こぎれいな感じだ。
「いらっしゃいませー」
入るや否や、若い女性の店員がやって来た。
「2名様ですかぁ?」
「ええ」
暦が無愛想に返事をする。
「今、昼時でぇ、ちょっと混んでいるんですよぉ。なのでぇカウンター席になってしまうんですがぁよろしいですかぁ?」
「ええ」
「ではこちらへー」
店員は暦の無愛想な返事に気を悪くすることも無く、僕達を席へ案内する。
案内されたのは、カウンター席の端で、目の前は厨房になっている。
中では少し気難しそうな店主らしきダンディズムを持ったおじさんが調理をしていた。
「ご注文がお決まりになりましたらぁ、お声をぉかけて下さぁい」
そう言って店員は厨房の方へと行った。
「私、ああいう店員嫌いね」
だろうと思ったよ。
ところどころ語尾が伸びていたし、ちょっと馴れ馴れしい感じとか暦が嫌う所だ。
「まあ、そんなことを言わずにさ。何食べる?」
「私はクラブハウスサンドで。久寿米木くんは何を食べるのかしら」
うーん、何を食べようか。
正直、和食って気分だったし洋食を食べる気分ではない。
それに、なんとなくだが胃におしるこが残っている感じがする。
そばが食べたいな……。
「――ざるそば……」
「は?」
「いや、なんでもない」
うっかり口に出てしまったか。
洋食屋でざるそばとか何を言ってるんだって話だよ。
と、
「あるよ」
「え?」
突然声をかけられた僕はアホの子みたいな声を出してしまった。
声をかけて来たのは、厨房の中にいたダンディーな店主だった。
「ざるそば。あるよ」
洋食屋なのに?
そんなことを思ったが、僕の胃は既に和食しか受け付けない胃になっている。
「……じゃあ、ざるそば一つ。あと、彼女にクラブハウスサンドを」
「あいよ」
10分後――
「ざるそばとクラブハウスサンド」
そういって店主が出来た料理を置く。
早いな。
「あ、どうも」
あまりに唐突且つそっけない店主に僕はそれしか言えなかった。
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
僕達はそう言って料理に手を付ける。
ズルッ。
サクッ。
「あ、うまい」
「あら、おいしい」
僕達のその言葉に背を向けた店主がニヤリとしたのを僕は見逃さなかった。
素直じゃないな、店主。
*****
ぶっきらぼうな店主の洋食屋で昼食を食べ終えた僕達は再び駅へと戻る。
依頼主との待ち合わせ場所が駅だからだ。
「そろそろ時間ね」
暦がそう言った。
確か待ち合わせは1時間後だったはずだ。
「一体どんな人なのやら」
「それは私も気になるわね」
教えてもいない口座に勝手に前金30万円を振り込む。
依頼料として100万円を出す。
手紙には名前も書かない。
依頼内容も書かないで直接伝えると言う。
分からないことだらけだ。
胡散臭いことこの上ない。
一体どんな人物なのだろうか。
そんなことを考えていると、
「予想でもしてみましょうか」
と、暦がそんな提案をしてきた。
予想?
賭けってこと?
「何か賭けるの?」
「ええ」
「なにを」
「そうね……相手の好きな所を言うというのはどうかしら。具体的な事はなにも話したことも無いのだし、どうかしら」
うわー。
恥ずかしいな、それ。
普段じゃ絶対言わないよ。
でも、まあ――
「それくらいなら、いいよ」
勝てばいいんだ!
僕も気にはなっていたし。
告白してきたとき、電話で好きと入っていたけれど、具体的にどこがという話ははぐらかされたような気がする。
それに暦の僕に対する態度が異様に冷たい!
本当に恋人かどうか疑いたくなるくらい。
「では、私から言うわね。……そうね、依頼主は男性。40代」
なるほど。
まあ、無難な予想だろう。
さて、僕も考えなければ。
「そうだねー……。依頼主は女性じゃないかな」
まあ、これは希望。
「で、20代」
これも希望。
出来れば美人。
言わないけどさ。
「なるほどね。では次に依頼の内容なのだけれど――そうね。わざわざ東京から呼び寄せたのだから地元の探偵事務所ではいけない理由があると思うのだけれど……。まあ、依頼内容はいいわね。どちらが勝ちか判定が付けにくいわ」
「了解」
僕はそう言いながら、考える。
わざわざ東京から探偵を呼ぶ――。
これは僕も妙だとは思っていた。
有名な探偵ならまだしも、無名な僕達を呼びよせるなんて……。
地元の探偵ではいけない理由でも何かあるのだろうか。
と、
「おまたせしました」
駅を背にしていた僕達の後ろから声をかけられる。
どうやら依頼主は電車で来たようだ。
僕と暦が振り返る。
そして、依頼主の顔を僕は見る。
賭けはどちらが勝ちか確認するためだ。
声は男の声だった。
僕の負けか。
暦の好きなところかー。
なんて言おう。
そんなことを考える。
しかし、その依頼主の顔を見た途端、「そんなこと」を考えてはいられなかった。
目の前には40代後半、あるいは50代前半。
そんな年齢の男女がいた。
依頼主は1人ではなく2人だった。
そして僕はこの人達を知っている。
僕はこの目の前にいる2人を知っている。
感覚がそう言っている。
でも、誰だ?
この男は誰だ?
この女は誰だ?
この人達を知っているが知らない。
知っているような気がするが知らない。
気持ちが悪い。
一体誰だ、あなた達は。
「久寿米木くん、どうしたのかしら。顔色が悪いようだけれど」
となりの暦が僕のことを珍しく心配そうに見つめる。
「いや、なんでもない」
僕はそう言うことしかできなかった。
「なんでもない様には見えないのだけれどね」
暦が肩をすくめる。
そんなやり取りをしている僕達に男の方が言う。
「遠い所、呼び出してすまないね」
今度は女の方が言う。
「でも、どうしても来て欲しかったのよ」
僕はこの声も知っている。
どこかで聞いたことがある。
心臓の鼓動が速くなっているのが解る。
知っている。
この人達を知っている。
しかし思い出したくない。
そんな僕の心情などお構いなしに男は言う。
「そちらの彼女の方は初めまして、だね。僕は久寿米木。久寿米木修。春希の父です」
どーも、よねたにです。
大分話が暗くなってしまいました。
コメディーなのに。
さて、とうとう春希を捨てた両親が出てきました。
続きも書けていないのにどうなることやら。
感想や評価、お待ちしてます。
では、また。