第01話 探偵は旅行先で事件に遭遇してしまうものと言っても過言ではないのだ(part1)
1、1秒間、能力を使用することで10分間先までの未来を視ることが出来る。
2、未来を視るとあまりの情報量の多さから脳に負荷がかかり、激しい頭痛と倦怠感に見舞われる。
3、2の理由から最長で30秒=5時間先の未来までしか見ることが出来ない。それ以上になると、気を失ってしまう。
4、この能力は、途中で眼を閉じてしまうと、連続性を失う。
*****
あなたは親、友達、あるいは赤の他人。
誰でも良い。
もしも『私は未来を視ることが出来る』と、言われたら果たして信じることが出来るだろうか。
大抵は信じられずに、『この人、頭がおかしいんじゃ……?』とか『っていう夢でも見たんですか?』という反応が関の山だろう。
ただ、それでも僕はあえて言う。
言ってやろうじゃないですか。
『僕は未来を視ることが出来る』と。
そう、僕――久寿米木春希にはそんな能力がある。
正確に言うなれば、僕の右眼には、その能力がある。
僕の右眼で目の前の空間を見ると、1秒の間で10分先の未来までを視ることが出来る。
ただ、この能力を使うと言う事は例えるなら、10分間の映像を1秒ずつの映像に分割して600の画面に映し出し、それを1秒間で全て見て、全て理解するということだ。
恐ろしい程の情報量である。
その情報量を人間の脳で処理するため、頭が割れそうな頭痛に襲われる。
だから僕は滅多なことでは使わないし、使いたいとも思わない。
それに、『代償』はそれだけではないから――。
とまあ、そんな理由から最高でも30秒=5時間先の未来までしか視ることが出来ない。
これ以上続けると頭が痛くて気絶してしまう。
ちなみに普段、この能力は眼を開いているだけでも発動してしまう能力だから、真っ黒で透過性の無いコンタクトレンズをはめ、右の視界を奪って生活している。
今は慣れているから問題なく生活できるが、慣れていないころはすぐにこけたりして大変だった。
そんな、微妙に便利そうで、不便な能力を持った僕の話――。
*****
7月10日
「ふう……」
僕、久寿米木春希はため息をひとつつきながら、少しぼうっとする。
今は大学の講義が終わった直後。
席を立たずに、座ったまま伸びをする。
多くの人はすぐに別の教室に行ったり、帰ってしまい、この教室には残すところ数名の人しかいない。
僕は今日、もうやることが何もない。
人間、ちょっと忙しいくらいがちょうどいいのかもしれないとはよく言ったものだ。
……哲学的な事を思うとなんとなく自分の頭が良くなったように感じるのは気のせいだろうか。
「とりあえず、部室行くか」
僕は席を立ち、教室を出てサークルの部室――会室と言った方が良いのだろうか――へ向かう。
僕は、大学のちょっとした名物でもある桜並木をくぐり、部室のある通称『C棟』へと足を進める。
『C棟』とは、大学が部活動やサークル活動の為に学生達に貸し出している建物で、6階建ての割と新しめのきれいな建物だ。
大学自体がコンパクトな作りになっているため、僕はそのC棟の5階――趣味研究会の部室前へと数分で来た。
『趣味研究会』。
部室のドア横にはそう書かれた達筆な文字が躍る看板がかかっていた。
『趣味研究会』。
この会は、他人と趣味を共有することで、多くの価値観を身に付け、社会を大きな目で見ることが出来る様な人間になろうというのが目的の会である。
……もちろん後付けの理由だ。
確か当初は『何でもいいから自由なサークルを作ろう』と言うのが目的だったはずだ。
僕は看板を一瞥してから中へと入る。
中の広さは15畳程あり、ソファー、ローテーブル、デスク、テレビ、本棚、冷蔵庫などなど、多くの家具家電が置かれている。
一見すると、家庭のリビングだ。
とてつもなく落ち着く空間となっている。
何処の匠が作ったんだよっていうくらいに。
「おお……ふ、暦か。珍しい、いつもは僕の後から来るのに」
と、僕が少し驚きながら中にいる人物に向けて言った。
中には部員である月村暦が無表情で椅子に座っていた。
暦とは小学校の同級生で、この大学に入った今年、再会した。
正直最初は驚いたものだ。
「あら、来ていたら何かまずいのかしら」
結構変わった所で、まるで小説の中の会話文みたいな喋り方をする。
僕はもう慣れたけどさ。
暦の容姿的にも……まあ、こういう喋り方が似合わなくもない感じで……長い黒髪とか。
一言で言うと、知的クールと言う言葉がとても似合う。
ただ、たまに痴的クールにもなるけれど。
まあ、言わないけれどね。
「いやいや、別に。ただ、珍しいなと思ってっていうだけだから」
と、僕はすかさず否定する。
暦はいつも、僕の後から来る。
性格的にもちょっとイタズラ心――もといドSの化身みたいなところがある暦が先に来ていたら、何かあると勘ぐってしまってもしょうがないだろう。
「ふーん」
そういって、暦は先に来て付けていたテレビを見始めた。いや、再び見始めた、か。
ちなみにこのサークル、部員は5人。
……5人以上いないとサークルの設立申請が出来ないからだ。
まあ、僕達以外の3人のうち、2人は完全な名ばかり部員で、ただ単に名前を借りているだけ。
もう1人はたまに来る幽霊部員みたいな感じだ。
僕はいつもの定位置――テーブルの暦の前に座った。
暦の目の前に座ったにも関わらず、僕は見向きもされない。
どれだけ僕に興味がないんだよ。
どうやら今日もあの幽霊部員は来そうにない。
……仕方がない。
テレビでも見るか。
今やっている番組は昼の情報番組のようだ。
確か司会者一人で仕切っているのが特徴の番組だったはずだ。
番組名は――知らないけれど。
*****
ミシマ(以下ミ)『司会のミシマです。今日のテーマが『空き巣』と言うことなので、空き巣犯罪について詳しい方をお呼びしています。どうぞ』
オオクラ(以下オ)『空き巣は立派な犯罪です。犯罪に大きいも小さいもないんです。軽い気持ちで手を出して、後悔するのはあなたです。なので、絶対にしてはいけませんよ?』
ミ『と、言う訳でお呼びしました。元空き巣のオオクラさんです』
オ『あ、どうも』
ミ『先程のセリフ、以前のあなたに聞かせてあげたいですね。さて、では早速、質問していきましょう』
オ『どうぞ』
ミ『空き巣の犯罪者にとって、どういった家が入り易いんでしょうか』
オ『あの、その質問の前に1ついいですか』
ミ『はい、なんでしょう』
オ『僕はもう、犯罪者じゃないんで、『元犯罪者』に変えてもらいませんか?』
ミ『あ、意外と面倒な人なんですね。すみません、では言い変えます。空き巣の元犯罪者にとって、どういった家が入り易いんでしょうか』
オ『そうですね。強いて言うなら誰もいない家を狙いますね』
ミ『それが空き巣ですからね』
オ『あとは……お金がありそうな家ですかね』
ミ『そういうのは分かるものなんですか』
オ『分からないですよ。だから『ありそうな』って言ったじゃないですか。ちゃんと聞いてます?』
ミ『あ、もう面倒な人決定ですね。すみません、ちゃんと聞いてますよ』
オ『それで、今回は、僕が軽井沢の別荘地に行って実際にどんな家が空き巣に入られやすいか解説してきましたので』
ミ『ゲストコメンテーターの分際でそんなことをしていたんですか』
オ『それではVTRをちょっとみんなで観てみよう!』
ミ『急にフランクにならないでください。教育番組じゃないんで』
VTR開始――。
*****
「ねえ」
と、僕が番組を見ていると、暦が話しかけて来た。
何かを企んでいるらしい。
表情で解る。
声質で解る。
幼馴染だから感覚で分かる。
暦と再会して日が浅いが、少ない経験上でも、暦のこの『ねえ』に関わって来て良い事なんて一つも無かった。
一体今回は何をさせられるんだ……。
とりあえず僕は答える。
「な、なにかな」
「私、旅行が趣味なのよ」
聞いたことないぞそんなこと。
「初耳だね」
「そうね。言っていないもの」
「あ、喉乾いたな。お茶でも飲もう」
とにかくなんか面倒な事になりそうだ。
この場から離れよう。
僕は席を立って外の自販機に行こうとする。
「旅行へ行きましょう」
暦が、僕が出て行く前に言った。
言ってしまった。
この状況では出るに出られないので、仕方がなく席に戻り話を聞く。
「……まじで?」
「ええ、マジよ」
旅行……か。
旅行……ね。
一体どんな地獄旅行になるのだろうか。
「……どこ行くの?」
僕は思いっきり嫌な表情を心の中でして、暦に聞いた。
「京都よ」
え?
そんな定番中の定番、京都?
暦なら「オーロラを見にグリーンランドへ」とか言いそうなのに。
僕はものすごく驚いた。
本来なら驚くところではないが。
「……良いんじゃないかな、京都」
「じゃあ、私は帰るわ」
と、暦は突然帰る宣言をした。
旅行の予定とか立てないのだろうか。
僕は立ちあがり帰り支度を始める暦に言う。
「え、なんで?」
僕の当然の疑問。
それに暦は淡々と答える。
「家で予定を立てるから。あと久寿米木くんは新幹線のチケットをよろしく」
「予定立ってないのに!?」
「行く日は決めてあるわ。8月4日よ。だからその日の午前中のチケットを2枚取っておいて頂戴」
「8月4日って夏休み初日じゃ……。っていうかチケット2枚で良いの?一応部員5人いるんだけど」
「いいわ。5人と言っても2人は名ばかりで1人は私、嫌いだから」
そういえば、あいつとは仲悪かったな……。
幽霊部員のあいつ。
「いいの?後でいろいろ言われるんじゃない?」
「そういう所が嫌いなのよね」
「じゃあ、呼べば?いろいろ言われなくて済むし」
「嫌よ。嫌いだから」
「もういいよ」
全く話が通じなかった。
「あらそう」
と、言う訳でこの日はお開きとなった。
*****
なんだかんだあって8月4日。
旅行当日。
東京駅のホームにて。
今は新幹線内の清掃中という事でしばしの待ちを食らっている。
僕と暦は並んで立って待っていた。
「そういえば久寿米木くん、ここまで来て言うのもアレだけれど、忘れ物はないかしら」
暦が言った。
「本当にここまで来てって内容だな。ないよ、っていうか暦は僕の親か!忘れ物の事わざわざ心配しなくていいよ!」
「あら、ごめんなさい。気を悪くしたのなら謝るわ。本当にごめんなさい。もうしないわ。心の底から申し訳ないと思っているから殴らないで」
「いや、そこまで卑屈に謝らなくても……。いいよ、気にしてないから」
「あらそう。じゃあ行きましょう、クズ。新幹線のドアが開いたわ」
「おいこらさらっと流すな。今、僕のことクズって言った?」
「うるさいわね。口を糸で縫いつけるわよ」
「だからって本当に針と糸を出すな!何で持っている!」
「黙る気がない様ね」
「…………」
「いい子ね」
こうして僕達は新幹線へと乗り込み京都へと向かった。
新幹線の中には、そこそこの人が乗り合わせていた。
まあ、夏休みだからこれくらいは普通か。
僕達の席は車両の真ん中あたりの右列で、暦は窓側、僕は通路側、暦の左側に座った。
この辺でもよく力関係が如実に出るな……。
同じ年齢なのに……。
「そういえば久寿米木くん。未来を視ることが出来たわよね。それで普段はコンタクトレンズをしているのだったかしら」
席に着くなり、そんなことを言ってきた。
え、何で知っているんだ?
誰にも言ってないはずだけれど……。
いや、待て。
そういえば昔――。
「何を驚いているのかしら、久寿米木くん。いえ、今まで何となく恥ずかしくて言えなかったけれど昔みたいに春希くんと呼んだ方がいいかしら」
うわー。
なんか恥ずかしいな。
「いや、名字で呼んでくれていいよ。そんなことより、なんで眼の事を――」
「久寿米木くんが教えてくれたのよ。確か――そうね、小学2年生の頃だったかしら。私の嫌いなあの人――雨倉さんと一緒に」
「あ……あ――そういえば」
『間もなく発車致します――』
そして僕は新幹線の発車と共に、昔のことを思い出していた。
回想
僕がこの未来を見る能力に目覚めたのは、小学1年生のときだった。
場所は確か家の自室だった。
はっきり言って最初は驚いた。
目の前の光景がありえない速さで進んでいくのだから。
そして僕はもの凄い頭痛に襲われて気絶した。
次に気がついたとき僕はまた、ありえない速さで進んでいく世界の中だった。
それもそうだ。
右眼を開けてしまっているのだから。
僕の右眼は開いていると無条件で発動してしまうものだから当然。
それに僕は気がついて慌てて右眼を閉じた。
なんとか頭痛が収まったが、一体僕の体に何が起こったのか全く理解できなかった。
でも気が付いた。
数分した後に、さっき見たことが現実に起こったからだ。
その時見たのが、棚から本が一冊落ちる映像で、それが数分後に起こった。
これはもしかして、と思った。
僕は未来が見えるのではないかと。
はっきりいって、嬉しかった。
人には出来ない事が僕には出来る。
ヒーローにでもなった気分だった。
正体を隠してこの力を使い、人を助けて、それがニュースになって――。
そんなことが頭を駆け巡った。
正体を隠す。
ヒーローだったら当たり前。
でも、やっぱり誰かに言いたい。
この能力のことを誰かに言いたい。
だから僕は親に言った。
『僕、未来が見えるんだ』って。
そして褒めて欲しかった。
褒めて欲しかったのだと今となっては思う。
『すごいね』と言って欲しかったのだと思う。
最初は親も信じなかった。
だから僕は信じられないくらいの頭痛に耐えて未来を見て証明した。
未来が見えるってことを。
褒めて欲しくて。
でも、それは間違いだった。
人は、自分と異なる人――普通の人と異なる人に対してどこまでも冷たく、非情になれる。
それが例え、親と子供だったとしても。
親は僕を冷ややかな目で見た。
子供を見る――今までの眼とは違った。
今でもあの眼を覚えている。
とても嫌な、あの眼を。
僕は親に捨てられた。
それからというもの、親戚の家を転々とした。
しばらくして『大村』という親戚の家に落ち着いた。
そんな頃。
僕は出会った。
月村暦と雨倉しずかに――。
当時の僕は人に迷惑をかけないよう生きていた。
二度と捨てられないように、と。
そういう思いがあったから。
だから、捨てられて以来、誰にも自分の眼のことを言わなかった。
そして、なるべく社交的に振舞っていた。
人といるとき、自分もみんなと同じ普通の人なんだと感じられたから――。
二度と親に見られたような眼で見られたくなかった。
そんな時、特に仲が良かったのが暦としずかだった。
家も近所だったということもあって、よく遊んだ。
それが小学2年生のときだった。
それでも僕は誰かに自分の眼のことを話したいという衝動に駆られた。
誰かに話して僕のことを分かって欲しかった。
そして、話してしまった。
暦としずかに――眼のことを。
幾ら小学生と言ってもそんな突拍子もないことを簡単に信じたりはしなかった。
だから、僕は使った。
右眼を。
親に話した時のように。
すると暦としずかは――笑ってくれた。
『すごいね』と言ってくれた。
キラキラとした眼を僕に向けてくれた。
僕は始めて理解者を得た。
こうして僕達3人は友達であり、秘密を共有する仲間となった。
そして今年、再会した。
回想終了
「うん、思い出した。そういえば話した」
今となっては、右眼のことを話すと、その話が漏れてどこかの研究機関に拉致られるんじゃないかとか、いろいろ思う所があり話さなくなったが、当時はとにかく理解者が――自分の苦しみを分かってくれる人が欲しくて話してしまった。
「一応言っておくけれど、私は誰にもあなたのことを話していないから安心して頂戴。雨倉さんの方は知らないけれど」
いろいろと意図をくんでくれたらしい。
まあ、普通に話せる内容でもないか。
「ああ、ありがとう。それにしてもよく覚えていたね」
「普通は忘れられるものではないわよ」
「で、その話がどうしたの」
そう、どうして突然その話をしたのかが気になる。
今、このタイミングで話すべきことではないような気がする。
「だから、そのせいで、右眼にコンタクトを入れて視えないようにしているのよね」
と、暦が言った。
「うん、そうじゃないと生活できないからね」
僕の右眼は開いていると、自分の意志とか一切関係なく未来を見てしまう。
そしてそのたびに頭痛が襲う。
そんな生活してられない。
「私が右に居ると顔をみて話せないでしょうから席を変えましょうという話をしたかったのよ」
つまり、右側に暦がいて、僕は右側の視界が見えない状態だ。
だから席を代わろうかという提案を暦がしたのか。
「なるほど。暦ってそんな気配りが出来たのか」
「殺すわよ」
打てば響くタイミングで言われたのでめちゃくちゃ怖かった。
「ごめんなさい。……でも、いいよ。気持ちだけ受け取っておくよ。もう慣れたから」
「……わかったわ。久寿米木くんがそれでいいというなら私もこれ以上言わないわ」
そして暦は雑誌を読み始めてしまった。
話し相手もいなくなり、暇になった僕は寝てしまった。
そして気がつくと京都駅だった――。
どーも、よねたにです。
初投稿です。
つたない文章で、すみません。
評価とかいただければ、参考にさせてもらいます。