一 寸 先 は 闇
その人は、お盆の海へ行ったきり帰りませんでした。
「一寸先は闇」この言葉は、戦国時代に生まれたそうで、一寸は三センチ、戦で一秒先は殺されてるかもしれない不安から生まれた言葉なのでしょう。
今の時代は平和になって戦で死ぬ心配は無くなりましたが、交通事故、水難事故、地震、火災等、心配したらキリないですが、やはり一秒先には何が起きるやら、見えないので要注意と戒めの言葉にしています。
今の時期は台風発生で被害受けたり、川上で大雨、落雷、線状降水帯の集中豪雨があると、川下でお天気が良く川の水が浅くても、時間をおいて大水が押し寄せ急流になるので流されないよう川遊びする人は注意が必要です。
毎日暑い日が続くと、子供も大人も海へ遊びに行きますが、昔から、お盆の海へ行ったら帰って来れなくなる。死んだ人の霊が足を引っ張りにくるから行ってはいけないと言い伝えられています。
昔、田舎に貧しい母親一人、子一人の家がありました。
息子さんは学校出ると、田舎の家にいても数件の個人商店しかなく、働く会社もないので遠い街へ働きに行き、少ないお給料から毎月母親の生活費を仕送りし、会社の連休には帰郷して家の周りの草刈りや古い家の修理やら母親が出来ない力仕事を手伝う優しい人でした。
その年もお盆十三日から三日間お休みなので帰郷して、五月に帰郷した時、海へ貝掘りに行って二シが沢山とれて、母親に炊いてもらったごはんが美味しかったのを思い出し、又、二シのご飯が食べたいと言いました。母親が「お盆の海へ行ったら帰って来れなくなるから行ったらあきません」と止めましたが、子供の時から泳ぎに行ってなれた海なので「大丈夫、帰ってくる」と振り切って出かけてしまい、それっきり帰ってきませんでした。
息子さんの命は息子さん一人の命ではないのです。
母親の命でもありました。
結婚して長い事子供が出来なくて、やっと息子さんが生まれたというのにご主人が流行り病で亡くなり、細々と息子さんを育て、息子さんだけが生甲斐で頼りに生きてこられた母親でした。
それから三年過ぎた冬の寒い朝、近くの川に母親のうつ伏せ死体が浮いたと噂が流れました。
ぞっとするような凍える寒い夜、自ら凍るような冷たい川に入って亡くなったのです。
今でこそ、若ければパートで働けるスーパーやコンビニが少しはありますが、働ける場所も無く、頼れる人も無く生活費がなくなり何も買えず心細く悲しかったに違いありません。
多少でも暖かくして食べられるなら入水自殺しなくてもすんだでしょうにと思うと、ポロポロ泣いてしまいます。
息子さんさんがお盆に海へ行かなければ、こんな悲劇にならなくてすんだかもしれません。
お盆以降の太平洋八月の海は、毒持ちクラゲの大量発生や、海が穏やかに見えても岸から沖へ流される強い離岸流や、砂浜や岸にいても急に高波の土用波が発生して大波がさらいにくるので油断大敵です。
命取りになる離岸流、高波を恐れて昔の人は、死んだ人が足を引っ張りに来るのでお盆の海には近づいては行けないと注意したのです。
それと、海も川も、急に深くなる場所があるので水難事故に遭わないように私の場合、いつでもおへそより深い所へは行かないようにしています。
首だけ見える場所など泳ぎに自信ある人は平気でしょうが、高波が来たらさらわれてしまいそうで怖いです。万が一ということもありますので。




