第7話 砕け散った命と、暴かれた真実
大広間の時は、完全に凍りついていた。
「ロザリア……? おい、嘘だろう。目を開けろ……っ!」
ウォルフの腕の中で、ロザリアの体が力なくぐったりと垂れ下がっている。
彼女の胸からは、彼女自身の命を削って生み出された『紅い硝子の結晶』がとめどなく零れ落ち、ウォルフの漆黒の軍服を絶望の色に染め上げていた。
白蝋のように血の気を失った頬に触れるが、その肌は氷のように冷たく、呼吸はすでに止まっている。胸の奥から聞こえていた、あの微かな硝子の軋む音すらも、今は完全に沈黙していた。
(俺が……俺が、彼女を……?)
ウォルフの頭の中で、先ほど男爵が放った言葉が何度も、何度も反響する。
『十年前、王都の森で、迷子になっていた閣下を庇って……魔獣の呪いを受けた』
点と点が、最悪の形で線になった。
あの夜、恐ろしい死の呪いから身を呈して自分を救ってくれた、銀の月光のような少女。
何年もの間、八方手を尽くして探し続け、見つけ出したら今度こそ自分が生涯をかけて守り抜き、愛し抜くと誓った、ただ一人の恩人。
それが、自分が『裏切り者の娘』として激しく憎悪し、北塔の牢獄へ幽閉したロザリアだったのだ。
彼女は、自分が真実を知れば罪悪感で苦しむとわかっていたからこそ、決して名乗らなかったのだ。
どれだけ冷たい言葉を浴びせられても。
極寒の回廊を、凍傷でひび割れた素手で磨かされても。
残飯同然の黒パンを与えられ、命を削る激痛に一人で耐えながらも……彼女はただ静かに微笑み、ウォルフを恨むことなく、彼のために深夜にあの薬湯を淹れてくれた。
『俺の視界をうろつくな。虫唾が走る』
『怪我をしたふりをして、俺に抱き起こしてでもらうつもりか? 安い芝居だ』
自分が彼女に吐き捨てた、数々の冷酷な刃。
それらが今度は何千倍もの鋭さとなって、ウォルフ自身の心臓をズタズタに切り裂いていく。
彼女の心臓を物理的に砕いたのは、紛れもなく、彼自身の『無関心』と『憎悪』だったのだ。
「あ……ああああっ……!!」
ウォルフの喉の奥から、獣の慟哭のような、血を吐くような絶望の叫びが迸った。
「か、閣下……!」
広間の端で震え上がっていたジュリアンが、血迷ったように声を上げた。
「そ、その女はもはや手遅れです! 心臓が砕けたのなら、遅かれ早かれ死ぬ運命だったのです! ですから、せめてその胸に残っている『特級の魔力結晶』だけでも我々に……!」
ピタリ、と。
ウォルフの慟哭が止まった。
ゆっくりと顔を上げた彼の氷青色の瞳には、もはや怒りすら通り越した、絶対零度の虚無が広がっていた。
「……結晶を、よこせだと?」
地獄の底から響くような、低く静かな声。
その瞬間、大広間の中に、猛烈な吹雪が巻き起こった。
窓はすべて閉ざされているというのに、ウォルフから放たれた桁違いの魔力が物理的な冷気となって暴走し、大理石の床や壁がメリメリと音を立てて凍りつき始めたのだ。
「ヒィッ……!?」
「な、なんだこれは!? 体が、動か……っ!」
父とジュリアンが悲鳴を上げるが、遅かった。
足元から這い上がってきた絶対零度の氷が、一瞬にして彼らの両足を床に縫い付け、膝下までを完全に凍結させた。
「ギャアアアアッ!! 足が! 俺の足がァァッ!!」
細胞が瞬時に破壊される激痛に、ジュリアンが絶叫する。
ウォルフは、腕の中のロザリアを大切に、壊れ物を扱うようにそっと抱き上げたまま、凍りついた男たちへと冷酷に歩み寄った。
「貴様ら……。彼女がどんな思いで、自分の命を削ってあの結晶を流していたのか、知りもしないで」
ウォルフの声は、氷の刃そのものだった。
彼がジュリアンを見下ろした瞬間、パキィッ! という硬質な音と共に、ジュリアンの凍りついた右腕が肩から砕け散った。
「あ……? ぁ、アアアアアアアアアッ!?」
血の一滴も流れない。凍結し、硝子のようになった肉体が、ただ無惨に崩れ落ちたのだ。
ロザリアが味わっていた『硝子化の呪い』の激痛を、物理的な恐怖として叩き込まれ、ジュリアンは白目を剥いて痙攣した。
「命の恩人を売り飛ばし、その血をすすって生き延びたクズ共が。貴様らが彼女の結晶を欲しがるなら、貴様ら自身の肉体を砕いて拾い集めるがいい」
ウォルフは、完全に腰を抜かして失禁している男爵に冷酷な視線を向けた。
「ライハルト!!」
「はっ!!」
強烈な冷気に耐えながら控えていた第一騎士団長が、即座に膝をついた。
「このゴミ共を、北の最果てにある『コキュートス重犯罪監獄』へ放り込め。生かしてはおかん。だが、決して楽には死なせるな。四肢を一本ずつ凍らせて砕き、一生癒えることのない激痛の中で、己の罪を数えさせろ。……彼女が流した血の涙の分だけ、絶望を与えてから殺せ」
「御意!!」
ライハルトの合図で、完全武装の騎士たちが氷漬けになった父とジュリアンを引きずり出していく。
「お、お許しを! 閣下、私だけは……ああっ!!」
命乞いも虚しく、彼らは二度と日の目を見ることのない極寒の地獄へと連行されていった。
大広間に静寂が戻る。
しかし、ウォルフの腕の中で、ロザリアの体は急速に冷たくなっていく。
(死なせない。絶対に、死なせるものか……!!)
ウォルフは、ロザリアの冷え切った唇に自身の額を押し当て、狂ったように魔力を練り上げ始めた。
「俺の命を半分やってもいい。俺の魔力をすべて注ぎ込んでもいい!! だから、頼む……ロザリア、俺を置いていかないでくれ……っ!!」
氷雪の魔将と恐れられた絶対王者が、ただ一人の少女のために、大粒の涙を流して泣き崩れていた。
彼女の砕けた硝子の心臓を、自らの魔力で強引に繋ぎ止めるという、神をも恐れぬ禁忌の治癒術。それが今、この極寒の城で始まろうとしていた。
「侍医はいい! 俺がやる。誰もこの部屋に入れるな!!」
ウォルフの怒号が、城で最も温かい主寝室に響き渡った。
彼は意識を失い、完全に呼吸を止めてしまったロザリアを、自らの広大なベッドの中央にそっと寝かせた。
彼女の胸元からは、今この瞬間も命の残滓である『紅い硝子の結晶』がとめどなく零れ落ちている。魔力器官である心臓が完全に砕け散った証拠だった。
透き通るほど白い彼女の肌には、もはや一滴の血の気もなく、生者の温もりは急速に失われつつある。
「……っ、ロザリア。待ってくれ、行かないでくれ」
ウォルフは震える手で血塗れの軍服の外套を脱ぎ捨てると、ベッドに這い上がり、彼女の上に覆い被さった。
魔獣が放った『硝子化の呪い』。
それは、宿主の絶望や悲しみを糧にし、生体魔力を物理的な硝子へと変異させて命を食い破る悪逆非道な魔法だ。本来なら、十年前のあの夜、ウォルフ自身が受けて死ぬはずだった呪い。
彼女は、誰からも愛されず「出来損ない」と蔑まれていた己の命を投げ出し、何の躊躇いもなくウォルフの盾となったのだ。
そして今日まで。
自分が彼女を冷酷に虐げ、蔑むたびに、彼女は自分のためにひび割れていく心臓の激痛に、たった一人で耐え続けていた。自分が真実を知って絶望しないように、すべての痛みを飲み込んで、冷たい檻の中で静かに微笑んでいたのだ。
(俺は……なんて恐ろしいことを、彼女に……!!)
後悔が、刃となってウォルフの精神をズタズタに切り裂く。
だが、今は絶望して泣き喚いている暇すらなかった。彼女の魂が、肉体から完全に剥がれ落ちようとしている。
「お前の命は、俺のものだ。俺がお前を、死の淵から引きずり戻す……!!」
ウォルフは両手の手袋をむしり取り、ロザリアの冷え切った胸元――砕け散った硝子の心臓の真上へと、両の掌を強く押し当てた。
そして、彼が持つ規格外の魔力、そのすべてを解放した。
「――『絶対凍結』!!」
部屋の空気が一瞬にして鳴動し、猛烈な吹雪がベッドの中心から巻き起こった。
ウォルフの放つ青白い魔力が、ロザリアの体を優しく包み込む。彼が選んだのは、氷雪の魔法の極致。対象の時間を物理的に停止させ、命の流出を強制的に押し留める高度な凍結魔法だった。
ピキィィッ……!
ロザリアの体内から溢れ出そうとしていた紅い硝子の結晶が、ウォルフの純白の氷に包まれて動きを止める。
だが、これはあくまで時間稼ぎに過ぎない。砕け散った心臓そのものを修復しなければ、凍結を解いた瞬間に彼女は死ぬ。
「俺の魔力で、お前の心臓を繋ぎ止める。……俺の命を、お前にやる」
ウォルフは血を吐くような覚悟と共に、自らの強大な魔力回路を、ロザリアのひび割れた魔力器官へと直接接続した。
それは、魔術師にとって己の命を削る『禁忌』の術式。他者の呪われた魔力と己の純粋な魔力を融合させれば、ウォルフ自身も呪いに汚染され、最悪の場合は共倒れになる危険性があった。
しかし、彼に躊躇いなど微塵もなかった。
ロザリアの胸の奥で、鋭く尖った紅い硝子の破片が、侵入してきたウォルフの魔力を拒絶し、彼の精神を容赦なく切り刻む。
「がはっ……!!」
ウォルフの口から、鮮血が飛び散った。
呪いの痛みが、ロザリアの体からウォルフの体へと逆流してくる。彼女がこの十年間、そしてこの城で毎日味わっていた、狂いそうなほどの激痛。
(こんな痛みに……お前は一人で……っ!)
激痛の奥底から伝わってくるのは、呪いの冷たさだけではない。
『ウォルフ様が、健やかに生きてくれますように』
『私が死ぬその日まで、彼が真実に気づきませんように』
砕けた硝子に刻み込まれていた、ロザリアのあまりにも純粋で、狂おしいほどの深い愛情と、悲壮な祈りだった。
「……う、あああああっ!!」
ウォルフの目から、大粒の涙が溢れ出した。
こんなにも深く愛されていた。こんなにも愚かで、惨めで、冷酷な自分を、彼女は命をすり減らしてまで守り抜こうとしてくれたのだ。
「すまない……っ、すまない、ロザリア!! 俺が愚かだった、俺が間違っていた!!」
ウォルフは、ロザリアの血に染まった唇に、自らの唇を強く重ね合わせた。
「ん……っ」
深い口付けと共に、ウォルフは己の命そのものである濃密な魔力を、直接彼女の体内へと注ぎ込んだ。
それは単なる治癒ではない。『命の共有』だった。
彼の純白の魔力が、ロザリアの体内で暴走する呪いの紅い硝子を、熱で溶かすように包み込んでいく。砕けた破片と破片の間に、ウォルフの魔力が流れ込み、金色の接着剤のように心臓を繋ぎ合わせていく。
呪いの根源である「絶望」と「悲しみ」を、ウォルフの途方もない「愛」と「後悔」が上書きし、浄化していく。
「ロザリア……息をしてくれ。俺を置いていかないでくれ……っ!」
唇を離し、ウォルフは祈るように彼女の名前を呼び続けた。
彼の頬を伝い落ちた熱い涙が、ロザリアの冷たい頬にポツリと落ちる。
どれほどの時間が経っただろうか。
ウォルフの魔力が底を突きかけ、彼の意識が白く混濁し始めたその時だった。
トクン……。
静寂に包まれた部屋に、微かな、しかし確かな鼓動の音が響いた。
硝子が軋むような不快な音ではない。それは、温かい血が巡る、生命の力強い拍動だった。
「……っ!」
ウォルフが目を見開く。
ロザリアの胸元を覆っていた禍々しい紅い結晶が、淡い光の粒子となって空気中へ溶けていく。白蝋のようだった彼女の頬に、ほんのりと薄紅色の血の気が戻り、止まっていた呼吸が静かに、規則正しく繰り返され始めたのだ。
『命の共有』は成功した。
ウォルフの魔力が彼女の心臓の代わりとなり、長年彼女を苦しめ続けた呪いは、彼の途方もない愛情によって完全に砕け去ったのだ。
「あ……ああ……神よ……」
限界を迎えていたウォルフは、ロザリアの温かくなった細い手を両手で固く握りしめたまま、彼女のベッドの傍らに崩れ落ちた。
安堵と疲労、そして生涯消えることのない深い懺悔の念を抱きながら、氷雪の魔将は愛する妻の温もりの中で、静かに意識を手放した。
ふと、柔らかな陽だまりの匂いがした。
深い、深い海の底を漂っていたような感覚から、ゆっくりと意識が浮上していく。
重い瞼を押し上げると、まず視界に飛び込んできたのは、眩しいほどの朝の光だった。極寒の北の領地ではめったに見ることのできない、雲の隙間から差し込む黄金色の太陽の光が、豪奢な天蓋付きのベッドを優しく照らしている。
(ここは……天国、かしら?)
ぼんやりとしながら、私は自分の胸元にそっと手を当てた。
……痛くない。
物心ついた時から、私の呼吸を縛り、氷の城に来てからは一秒たりとも消えることのなかった『硝子の軋む痛み』が、嘘のように消え去っていたのだ。
深呼吸をしても、肺に鋭利な破片が刺さる感覚はない。代わりに、トクン、トクンと、力強く温かい命の鼓動が、全身の隅々にまで血液を送り出しているのがわかる。冷え切り、感覚を失っていたはずの手足の先まで、ぽかぽかとした心地よい熱が巡っていた。
「……あ、れ……」
私は死んだはずだった。
大広間で、父とジュリアンから私を庇ってくれたウォルフ様の背中を見た時、張り詰めていた限界が訪れ、心臓が完全に砕け散ったのを確かに覚えている。
あんなにも大量の血と硝子を吐き出した私が、なぜ今、こんなにも温かく、穏やかな朝を迎えているのだろう。
戸惑いながら身をよじろうとした瞬間、右手にずっしりとした重みを感じた。
視線を向けると、ベッドの傍らに置かれた椅子に座ったまま、私の右手を両手で包み込むようにして突っ伏し、眠りに落ちている人の姿があった。
「ウォルフ、様……?」
思わず、掠れた声が漏れた。
そこにいたのは、いつも隙のない漆黒の軍服を着こなし、冷酷な威圧感を放っていた『氷雪の魔将』の姿ではなかった。
美しい銀色の髪は手入れもされずに乱れ、無造作に羽織られたシャツはシワだらけ。何より、私の手を握りしめ、額を押し当てている彼の横顔は、ひどく窶れ、目の下には濃い疲労の影が落ちていた。
まるで、何日も寝ずの看病を続け、極限の緊張状態からようやく解放されて気を失ったかのような、痛々しい姿だった。
私の声に反応したのか、彼の手がビクリと跳ねた。
ゆっくりと顔を上げた彼の氷青色の瞳が、瞬きをして私の顔を捉える。
その瞬間、彼の瞳に浮かんだのは、言葉では言い表せないほどの強烈な感情だった。驚愕、安堵、そして、すべてをかなぐり捨てるような、むき出しの愛情と後悔。
「ロザリア……!!」
ウォルフ様は弾かれたように立ち上がると、椅子を蹴倒すのも構わず、私に縋り付くようにして激しく抱きしめた。
「あ……っ、ウォルフ様……?」
「よかった……っ! 本当に、よかった……!! ああ、神よ……!!」
彼の広く逞しい腕が、私の背中と肩を折れんばかりの力で締め付ける。けれど、それは決して暴力的ではなく、私がどこかへ消えてしまわないように必死に繋ぎ止めようとする、切実な抱擁だった。
私の肩口に埋められた彼の顔から、熱い雫がポロポロとこぼれ落ち、私のドレスを濡らしていく。
あの、冷酷で誇り高いウォルフ様が、声を震わせて泣いている。
「ど、どうされたのですか……? 私は……」
「すまなかった……!! 俺が愚かだった、俺が間違っていた!!」
ウォルフ様は私を抱きしめたまま、うわ言のように謝罪の言葉を繰り返し始めた。
「なぜ、なぜ言わなかったんだ、ロザリア! お前が……十年前、あの森で俺の命を救ってくれた、あの少女だったと! 俺の身代わりになって、あの恐ろしい呪いを受け、ずっと一人で耐えていたと……なぜ、俺に隠していた!!」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓がドクリと大きく跳ねた。
(知られて、しまった……)
私が最も恐れていた事態。
彼に真実を知られ、彼を一生消えない『後悔』と『罪悪感』で縛り付けてしまうこと。
広間で倒れる直前、父が私の呪いについて喚き散らしていた記憶が蘇る。
「ち、違います……っ! 私は……っ」
私は咄嗟に彼を突き放そうとした。
彼に、そんな顔をさせてはいけない。自分のせいで恩人を殺しかけたと、彼が自分自身を責めるようなことだけは、絶対にあってはならないのだから。
「私はただの、裏切り者の娘です! 旦那様を救っただなんて、そんな大層な人間では……っ」
「嘘をつくな!!」
ウォルフ様が身を起こし、私の両頬を大きな手で包み込んだ。
彼の瞳は真っ赤に充血し、涙で濡れていた。
「俺はすべてを知った。お前のあの薬湯の味も、お前の体が発していた魔力結晶も……そして、クライス男爵が自らの口で吐いた真実も。俺は、あのゴミ共を永遠の氷地獄へ叩き落としてきた。……お前を道具として扱い、売り飛ばした、あの男たちを」
「ウォルフ、様……」
「お前の心臓は完全に砕けていた。俺の純白の魔力を、お前の体内へ直接注ぎ込み、俺の命と繋ぎ合わせることで、ようやく呪いの結晶を溶かすことができたんだ。……今、お前の中に流れているのは、俺の命だ。お前はもう、俺の手から絶対に逃れることはできない」
彼の口から語られた事実に、私は言葉を失った。
命を繋ぎ合わせる。それは、彼自身の寿命や魔力を激しく削る、禁忌の魔法の類ではないのか。
「どうして……そんな恐ろしいことを……! 私は、あなたに憎まれたまま、ひっそりと死んでいくのが一番よかったのに!」
私は耐えきれず、大粒の涙をこぼした。
「あなたが真実を知れば、優しいあなたは絶対に自分を責めてしまう……! 自分が冷遇していた女が恩人だったと知って、どれほど苦しむか……だから、私は隠していたのに! あなたが、ただ健やかに、私なんかを忘れて笑っていてくれさえすれば、私はそれでよかったのに……っ!!」
私の悲痛な叫びに、ウォルフ様は顔を歪め、再び私を強く、息が止まるほど強く抱きしめた。
「ふざけるな……! お前を死なせて、俺が笑って生きていけるわけがないだろう!!」
彼の怒鳴り声は、怒りではなく、深い絶望と悲しみに満ちていた。
「俺は、この十年、たった一日たりともお前を忘れたことはなかった。あの日、俺を庇って血だらけで倒れた少女を、必ず見つけ出して、生涯守り抜くと誓ったんだ……! なのに、俺は……俺はなんて愚かだったんだ」
彼の手が、私の背中を震えながら撫でる。
「氷のように冷たい北塔に閉じ込め、食事も与えず、素手で回廊を磨かせた。お前が俺に怯えながら、血の混じった水に耐え、あの図書室で階段から落ちて血を吐いた時も……俺は、お前に罵声を浴びせた。……俺が、お前の心臓を砕いたんだ」
「違います! それは……」
「違わない!!」
ウォルフ様は私から身を離し、ベッドの上に膝をついたまま、深く、深く頭を下げた。
北の領地を統べる絶対王者が、一人の女の前にひれ伏し、大粒の涙をシーツに落としていた。
「許してくれ……ロザリア。俺の傲慢さが、俺の復讐心が、お前という世界で一番尊い存在を傷つけていた。俺は、一生かけてもお前に償いきれない罪を犯した」
「ウォルフ様……やめてください、頭を上げてください……!」
「許してくれ……愛しているんだ。あの日からずっと、俺の心にはお前しかいなかった。お前がいない世界など、俺には何の意味もない!! だから、頼む……もう二度と、俺の前からいなくなると言わないでくれ……っ!」
子供のように泣きじゃくり、私の手に縋り付いて命乞いをするように愛を乞うウォルフ様。
その姿を見て、私はようやく理解した。
私が良かれと思って貫いた「自己犠牲」は、彼にとっては最も残酷な刃だったのだ。彼が私を愛し、大切に思ってくれていたからこそ、真実を隠し通そうとした私の行為は、彼を絶望の淵に追いやっていた。
私は、ポロポロと涙をこぼしながら、震える手を伸ばして、彼の銀色の髪にそっと触れた。
「……私も、ごめんなさい」
「ロザリア……」
「あなたを傷つけないためだと思って、結果的に、一番残酷な方法であなたを傷つけてしまいました。……私も、ずっと、ずっとあなたをお慕いしておりました。十年前のあの日から、あなたが私の光でした」
私の言葉を聞いた瞬間、ウォルフ様は顔を上げ、濡れた瞳で私を見つめた。
そして、ひび割れたものを宝物のように扱う手つきで私の頬に触れ、そのまま、深く、熱い口付けを落とした。
「……もう、絶対に離さない。お前が俺を拒絶しても、鎖に繋いででも俺の側に置く」
唇を離したウォルフ様は、もはや後戻りのできない、狂おしいほどの執着と愛情を瞳に宿して、低く囁いた。
「俺のこれからの人生は、すべてお前を愛し、お前に尽くすためだけにある。お前の歩く道にすべて薔薇を敷き詰め、お前の望むものすべてをこの足元にひざまずかせてみせる。……覚悟しておけ、ロザリア。お前が溺れて息ができなくなるほど、俺の愛を注ぎ込み続けてやる」
硝子の呪いは解けた。
しかし代わりに、私はこの美しくも不器用な氷雪の公爵の、逃げ場のない永遠の『溺愛という呪縛』に囚われることとなったのだ。
朝の光の中、私は彼の温かい腕の中で、ようやく本当の安らぎに包まれながら、静かに目を閉じた。




