第5話 無意識に淹れてしまった『あの日の薬湯』と、彼から叩きつけられた疑惑の刃
その夜。
激痛と高熱にうなされ、極度の喉の渇きで目を覚ました私は、壁にすがりつきながら深夜の厨房へと向かった。
冷たい井戸水を一口飲んだ時だった。
「おい、北塔の女。こんな夜更けにネズミのように何をしている」
背後には、ウォルフ様の側近である第一騎士団長、ライハルトが立っていた。
「閣下が先ほど、魔獣討伐と領地視察からお戻りになった。だが、高熱を出して執務室で倒れる寸前だというのに、休もうとされない。……お前、解熱と疲労回復の薬湯を淹れて、執務室へお持ちしろ」
「私が、ですか……?」
「侍医は今出払っていてな。お前の実家は薬草の調合に長けていただろう? 変な真似をすれば、即座にその首を刎ねる。……さっさと準備をしろ」
私は小さく頷き、厨房の棚から薬草を取り出した。
用意されたのは強烈な苦味を持つ薬草ばかりだ。これをそのまま煮出せば、高熱の体には刺激が強すぎる。
(ウォルフ様が、高熱で苦しんでおられる……)
私は厨房の隅にあった干し林檎と、微かな甘みを持つ甘草の根を勝手に追加した。
それは、十年前、熱を出した幼い彼のために私が密かに作ってあげた『特別な配合』と全く同じものだった。
『苦くない。甘くて、とても温かいよ』と笑ってくれた彼の顔が浮かぶ。
私は、己が彼から憎まれていることも忘れ、ただ無意識の深い愛情だけでその薬湯を丁寧に濾してカップに注いだ。
***
執務室の奥で、ウォルフ様は机に突っ伏し、荒い息を吐いていた。
「……旦那様。ライハルト様より仰せつかりまして、お薬湯をお持ちいたしました」
「……なぜ、お前がここにいる。余計な真似を。俺を呪い殺すための毒でも入れたのではないだろうな」
熱に浮かされていてもなお、その言葉は氷の刃のように鋭い。
私は痛みを堪え、静かに一歩前に出た。
「毒など入れておりません。……ですが、もしご懸念であれば、私が先に毒見をいたします」
私は盆からカップを手に取り、自ら薬湯を一口飲んだ。温かく、微かに甘い干し林檎と薬草の香りが広がる。
「これで、証明になりましたでしょうか」
ウォルフ様はやがて重い溜息をつき、乱暴にカップを掴んで一気に口へ流し込んだ。
「……っ」
その瞬間。
彼の動きが、まるで時間が停止したかのようにピタリと止まった。
カップを持つ彼の手が微かに震え始める。
「この味は……」
彼の瞳が、信じられないものを見るように私を射抜いた。
「誰に教わった。なぜ、お前がこの配合を知っている!?」
血の気が引いた。無意識のうちに、彼のための「あの味」を完全に再現してしまったのだ。
「な、何のことでしょうか……。我が家に伝わる、ごくありふれた調合に過ぎません」
「嘘をつけ!!」
ウォルフ様の両手が、私の肩を激しく掴み、揺さぶった。
「この味は……! 昔、俺の命を救ってくれた『あの少女』が作ってくれたものと、全く同じだ! お前のような裏切り者の娘が、なぜ知っている! 答えろ、ロザリア!!」
彼の激しい怒声が執務室に響き渡る。
肩に食い込む指の力と、強烈な魔力の波動。
極限の緊張とストレスが、限界を迎えていた私の呪いを容赦なく打ち据え――。
パリンッ!!
私の体内で、決定的な破砕音が鳴り響いた。




