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「お前のような悪女は愛さない」と冷遇する氷雪の公爵様へ。過去にあなたを庇って余命わずかなことなど、このまま黙ってあの世へ逝きます  作者: 茗子


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第2話  氷雪の公爵との残酷な再会。初夜に突きつけられた冷酷な拒絶

「……到着いたしました、奥様。いや、ロザリア様」

重々しい音を立てて馬車が停まると、外から鍵が開けられ、分厚い木製の扉が軋みながら開いた。

御者の男が、哀れむような、あるいは厄介者を見るような冷ややかな目で私を見下ろしている。

容赦なく車内に吹き込んでくる猛吹雪に思わず目を細めながら、私は薄いショールをかき合わせ、震える足でゆっくりと雪の上へ降り立った。

目の前に聳え立っていたのは、想像を絶するほど巨大で冷厳な氷の城だった。

黒曜石のように鈍く光る城壁は、分厚い氷の層で覆われ、近づく者をすべて拒絶するかのような威圧感を放っている。

周囲の空気が、肌を無数に見えない針で刺すような、極めて高濃度の魔力で満ちていた。これほどの冷気と澄み切った魔力があれば、私の心臓を蝕む呪いも、いくらか進行を抑えられるだろう。

肺いっぱいに冷たい空気を吸い込むと、胸の奥で燻っていた硝子の軋みが、ほんの僅かだけ鎮まるのを感じた。

「……遅い」

地鳴りのように低く、そして恐ろしいほど冷酷な声が、吹雪の音を切り裂いて響き渡った。

ビクリと肩を震わせ、私はゆっくりと顔を上げた。

城の入り口へと続く、長く幅広い大理石の階段。その最上段に、一人の男が立っていた。

思わず、息を呑んだ。

月の光をそのまま紡ぎ出したような、純白に近い白銀の髪。そして、すべてを瞬時に凍りつかせるような、鋭く研ぎ澄まされた氷青色アイスブルーの瞳。

長身を包む漆黒の軍服と、肩から羽織った重厚な毛皮の外套が、猛吹雪の中でも微動だにしていない。彼を中心に、周囲の雪が恐れをなして道を空けているかのようにさえ錯覚させる、圧倒的な魔力と覇気。

かつて、私を抱きしめて子供のように泣きじゃくっていたあの少年の面影は、そこには微塵も残っていなかった。

冷酷無比で、誇り高く、敵対する者すべてを容赦なく氷の棺に沈めると謳われる『氷雪の魔将』。それが、目の前に立つウォルフ・フォン・アイゼンブルク公爵の完成された姿だった。

ウォルフ様。

その完璧な美しさと威容を視界に収めた瞬間、恐怖よりも先に、私の胸の奥で痛いほどに恋心が跳ね上がった。何年もの間、一日たりとも忘れたことのなかった人。どんなに離れていても、私の命を繋ぐ唯一の希望だった人。

しかし、階段をゆっくりと、一段ずつ降りてくる彼の瞳に宿っていたのは、私に対する絶対的な嫌悪と、凍てつくような殺意だった。

「よくもその汚らわしい顔を見せられたものだな、ロザリア・フォン・クライス」

氷の刃のような声が、私を真上から見下ろして放たれた。

感情の温度を一切感じさせない、ただ純粋な憎悪だけを煮詰めたような響き。

「スパイの役目を仰せつかってきたのか? それとも、我が領地を内側から食い潰し、俺の命を狙うための毒婦としてか。……どちらにせよ、貴様の生家の底知れぬ厚顔無恥さには、吐き気がする」

容赦のない言葉が、私の薄いドレスを通り抜け、直接心臓を深くえぐり取った。

ピキッ、ピキピキッ……!

「っ……!」

今日一番の、大きく鋭い音が心臓の奥で鳴り響いた。

肺の中の空気がすべて押し出され、目眩がするほどの激痛が視界を歪ませる。

ウォルフ様の圧倒的な魔力にあてられた物理的な痛みではない。彼から明確に『憎悪されている』という絶望が、私の硝子の心臓に深いヒビを入れたのだ。

喉の奥からせり上がってくる鉄の味を、私は必死に奥歯を噛み締めて飲み込んだ。

(痛い……っ、ウォルフ様、痛いです……)

彼に憎まれる覚悟は、とうの昔にできていたはずだった。

私が彼にとって「裏切り者の一族の娘」でしかないことは、誰よりも理解していた。

それでも、実際に彼自身の声で、これほどまでに冷ややかに拒絶されると、私の脆い心臓は耐えきれずに悲鳴を上げた。立っているのもやっとの状態で、視界が涙で滲みそうになる。

けれど、ここで泣き崩れるわけにはいかなかった。痛みに顔を歪めることすら、今の彼にとっては「見え透いた同情を引くための、不快な小芝居」にしか見えないだろうから。

私は震える足に力の限りを込め、雪の上に静かに跪いた。

凍える両手で、みすぼらしい絹のドレスの裾を摘み、背筋を伸ばして完璧なカーテシーをとる。

そして、彼の靴の先を見つめたまま、深く頭を下げた。

「お初にお目にかかります、アイゼンブルク公爵閣下。……ロザリアと申します。至らぬ身ではございますが、此度、旦那様の妻として参りました。どうか、末長くよろしくお願い申し上げます」

声が震えないよう、一切の感情を交えず、淡々と、まるで精巧に作られた人形のように告げる。

その私の一切の反抗を見せない従順な態度が、逆にウォルフ様の神経を激しく逆撫でしたらしい。頭上から、苛立ちを隠そうともしない鋭い舌打ちの音が降ってきた。

「妻だと? くだらない冗談を言うな」

ガッ、と。ウォルフ様の分厚い軍靴のつま先が、私が手をつくすぐ目の前の雪を荒々しく踏み躙った。雪が弾け、氷の欠片が私の頬を掠める。

「俺は貴様を愛する気など欠片もないし、妻として扱う気も一切ない。貴様はただの人質であり、俺の復讐の的から逃れるために、あのクズ共が差し出した都合の良い生け贄に過ぎない」

「……」

「その忌まわしい血が、俺の城の空気を汚すことすら不快でならない。今すぐこの手で貴様の首をはねて、親元へ送り届けてやりたい衝動を抑えるのに、どれだけ苦労しているかわかるか?」

冷え切った殺意が、私のつむじからつま先までを貫いた。

周囲には、彼を出迎えるために控えていた城の執事やメイド長、そして近衛の騎士たちが並んでいたが、彼らもまた、主人の態度に倣って私に侮蔑の視線を向けているのが肌でわかった。

誰も私を歓迎していない。誰も私を可哀想だとは思わない。

ここは、私にとって逃げ場のない針のむしろなのだ。

「お前には、この城で最も日当たりの悪い、北塔の最上階を与えよう。あそこなら、お前のその鬱陶しい存在感を少しは隠せるだろうからな」

ウォルフ様は、汚いものを見るような目で私を一瞥し、マントを翻した。

「決して、俺の視界に入るな。俺が許可するまで、塔から一歩も出ることは許さん。……さっさと連れて行け!」

吐き捨てるようにそう命じると、彼は二度と私を振り返ることなく、長い脚で大階段を上り、城の中へと消えていった。

残された私は、雪の上に跪いたまま、彼が消えた重厚な扉をじっと見つめていた。

胸の奥で、ピキピキと硝子が軋む音が絶え間なく鳴り続けている。

痛みが足の先まで広がり、今にも雪の上に倒れ伏してしまいそうだった。

「……さあ、立て。忌まわしい血の女」

頭上から、冷酷な老女の声が降ってきた。

見上げると、顔の半分に深い皺を刻んだメイド長が、見下すような目で私を睨みつけていた。

彼女は私の返事を待つことなく、私の細い腕を鷲掴みにし、乱暴に引きずり起こした。

「公爵家は、ただ飯を食わせるほど甘くはありませんよ。旦那様の御前を汚さぬよう、さっさと歩きなさい」

腕の骨が軋むほどの強い力で引かれ、私はよろめきながら彼女の後を追う。

振り返るたびに、ウォルフ様に突き放された絶望が心臓を握り潰すように痛み、呼吸をするたびに血の味がした。

でも、不思議と涙は出なかった。

(これでいい。これでいいのよ、ロザリア)

彼に憎まれることは、始まりから決まっていたのだ。

彼が元気で、力強く生きている。あの恐ろしい魔獣の呪いに縛られることなく、美しい青年の姿へと成長してくれた。

それだけで、私がこれから受けるどんな苦痛も、報われるのだから。

私は、氷の城の長く暗い回廊を、胸の軋みに耐えながら歩き続けた。

ここから始まるのは、誰にも愛されない、ただ静かに死を待つだけの日々。

それでも私の心臓の奥には、たった一つ、決して消えることのない温かな火が灯り続けていた。



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