01-プロローグ?
「朝っぱらから何だ!? うるさえぞ!」
起きて早々反射的にそんな言葉が出た。
信じられないような周囲の騒音に反応して目が覚めた。
いつもの同じ朝だ。起きようとすると頭痛がする。
酔ってもいないのに二日酔いみたいな感じだ。
頭痛に負けてまた眠りたい衝動を抑えながら、後頭部を押さえて起き上がる。
まぶたが完全に開くと、眠気も徐々に晴れてきた。
「…………ん?」
周囲に目を向けると、目の前の現実が目に飛び込んできた。
近くに視界を遮るものが何もないのだから、これほど広い光景はない。
あちこちから聞こえてくる騒音は、人が聞きたくないような音としか言いようがない。
「……」
俺の背後には村があった。見慣れた村ではなかった。
とはいえ、見慣れた村と言えるほど、俺は色々な村を見ていない。
何度か訪れようと思ったことはあるが、その意欲が湧かなかった。まあ、そこが問題じゃない。
見ているものからまともな考えが浮かばないから、まずは発言してみることにした。
「この村には絶対に行きたくない」
目の前はただただ混沌としていた。
家々は火に焼かれ、色々なものが散乱し、ただただ……あちこちで壊れている。
でも、もっと重要なのは……
「ああああ!!!」
「ヤァァァァ!! 」
「死にたくない!!」
人を追いかけて襲ってくる何かの人影。あれは人じゃない。
彼らを形容する言葉をあげるなら、それは……
「魔物……だよなあれ」
時間が経つにつれて彼らが作っている光景と、悲鳴や物が破壊される音とが相まって、魔物という呼び名が実に相応しい。
今、私が目の当たりにしているものは、想像をはるかに超えるもので、非現実的なものに思えた。
俺は目の前のことに言葉を失った。
そこで、まず目を閉じて呼吸をすることにした。
「吸って……吐いて。吸って……吐いて」
目は閉じているが、まだ聞こえてくる音は一瞬たりともすべてを忘れ、はっきりと考えることを助けてはくれない。
そこで俺は両耳を指で塞ぎ、呼吸を再開した。
「吸って……吐いて。吸って……吐い――」
呼吸をわざと声に出して気を紛らわし始めたとき……
無視できない独特の音が聞こえた。
「――て?」
俺は目を開け、横を向いた。近くで聞こえた足音の方を。
そこには、見慣れた魔物が2匹いた。
痩せこけた、ひょろひょろとした生き物で、緑がかった灰色の皮膚が筋張った筋肉の上に張っている。二人とも、ギザギザの小さな槍を持っていた。
そう、ゴブリンである。
彼らが俺を見ていたのは間違いない。したがって、ごく短時間考えた後。俺がとった行動は――
「タ、タダノイシコロデスヨ。ドウカオキニナサラズ、フンデトウリヌケテクダサイ」
地面に横たわり、路傍の石のふりをした。
「「……」」
「……」
再び彼らの足音が聞こえた瞬間、俺はすぐに立ち上がり走り出した。
「「ぐぎゃぁぁ!!」」
「うん! 当然効くわけないですよね!」
ゴブリンたちが後ろから追いかけてくる音がすぐに聞こえた。一度でも後ろを振り返ったら、スピードが落ちてしまうのが怖かったから、走ることだけに集中しようと頑張った。それに、そもそも見たくない。
「怖いよ! 気持ち悪いよ! なんなんだこれ!」
自分の状況を整理する時間すら持てない。何かが連続して始まり、それが俺の混乱に拍車をかけている。
俺は命からがら、どっかの方向へ走った。
「グエ ! ウゴォ! ゲーッ!」
まっすぐ走り抜けると、突き刺さる枝や、何度もつまずきそうになるもの、あちこちにぶつかる固いものなどを通り過ぎた。
木々の道を抜けると、また新たな村があった。最初に見た村と同じように襲われていた様子だった。
あまり近づきたくはなかったが、選択の余地はなかった。本能がそうさせた。他のことを考える余裕なんてなかった。
彼らがまだ俺の後ろにいるのかどうかもわからなかった。
しかし、一番近い家にたどり着いた直後、俺はスタミナと息が尽きてしまった。そこで俺は壁にもたれ始めた。これだと追いつかれるだろう、でも俺はもう意識はもうろうとしていたから。
「やっぱ……石ころは……ダメだったな……死体の方がよかった……て、突っ込みするところそこじゃないな。アハハ……ハハハ……」
でも、幸いなことに近くに魔物はいなかったし、まだ追いかけてくることもなかった。たぶんさっきの森で見失ったんだろう。
長く重いため息をつくと、もたれかかりながらゆっくりと地面に倒れ始めた。
「今は……誰か……今の状況を説明してくれぇー」
「イヤアァァァ!!」
立ち上がって自分の考えをまとめようとしたとき、子供の悲鳴が聞こえた。
「あぁ、もう!」
さっきは、目の前で起きていることを考える余裕がなかった。しかし今、やはりさっきまでのように無視するわけにはできなかった。
俺はかすかに、しかし絶え間なく聞こえてくる魔物の遠吠えを頼りに、子供の居場所を探し回っていた。
近くにいる魔物の居場所を探してみた。外には見えないから、きっとどこかの家の中にいるはずだ。
何軒か探してみると、ごちゃごちゃと泥だらけの家を見つけた。そして、その中を覗いてみると――
「いや……来ないで! やめて!」
オーガのような魔物が人間を襲っている光景を見た。
魔物はうめき声を上げながら、子供と家の中の怪我をした男に近づいてくる。子供は怪我人を掴みながら、魔物から引き離そうとしている。
「これが、オーガ……魔物……なのか」
さっきゴブリンに遭遇した。あいつらは俺を追いかけようとしていて、もしかしたら殺されるかもしれない。
それだけでなく、遠かったとはいえ、他の村で魔物が人を傷つけたり…………殺したりするのを見たんだ。
しかし、この魔物、オーガの存在感は全く別のものだ。
この感覚に遭遇したことはなかったが、直感で、殺気 に満ちていることがわかった。圧倒的な魔物の気配を放っていた。
――――――――怖い。
単なる一言だけだが、これまでの人生で経験したことのない強烈な感覚だ。
さっき見た光景のことは考えないようにしていた。しかし、この魔物を間近で見ただけで、認めたくなかった真実に引き戻される……
今、俺が見ていること、経験していることは現実なのだと。
筆舌に尽くしがたいものを感じた。目の前で起きていることに反応できず、しばらく立ち尽くしていた。
「うおぉぉぉ!」
「うぐっ!」
子供が作ったわずかな距離に魔物が追いつき、その拳で男を殴った。
「いや! 父さんを傷つけないで! やめて!」
子供は泣きながら傷ついた男の背中をかばおうとした。
「ローズ……早く逃げろ……」
「いやだ!」
こんな状況にもかかわらず、父親を救おうとする子供の必死の行動に、俺は思わず拳を丸め、正気に戻った。
(何やっているんだ俺! なんで俺はのうてんきにこの状況をただ見ているんだ!!)
「ウオオ!!!」
(!!)
魔物がまた二人を襲うするが――
(させるか!)
「え……?」
俺は魔物の横を走り抜け、2人の前に入った。背中でオーガの攻撃を防いだ。
その攻撃を思いっきり受けて、全身が震え、血を吐きながらよろよろと前に進む。
(くっ……くそがぁー……くそ痛…………本当に……俺は、何をやってるんだ……)
「だれ……?」
「ウオォォ!!」
「「!!」」
魔物の遠吠えのおかげで、痛みで意識不明にならずに済んだ。しかし、状況は以前と変わらず深刻であることも思い知らされた。
次にどうすればいいのか、まったく見当がつかなかった。彼らの状態で親子がすぐに逃げ出すことは不可能だった。しかも、俺に数秒以上の時間を稼ぐことは不可能だ。
痛みに胸を押さえながら、俺は魔物に立ち向かった。
再び襲いかかろうとしていた。実際、すでに拳を振り上げている。
このような状況では、時間はゆっくり流れるものだと思っていたが、そうではなかった。
一歩前に踏み出し、何をすべきか考えている間に体が動いた。
オーガが俺を狙っているのが見えたが、その攻撃までは見えなかった。しかし、オーガにやられたと思った瞬間――――
俺の体は本能的にしゃがみ込み、魔物の拳を避けた。
その後、俺は何をしたのかわからなかった。
意識せずとも、すべてができてしまったのだ。
「光よ、眩惑力を与え給え――」
中二病みたいなことを唱えていた。
不思議と違和感はなかった。それはまるで俺にとって自然なことだった。
そして、そのおかげで俺が何をすべきかがわかった。
もう一度、俺はオーガに向かって一歩前進し、近づく。
(死ね! このクソオーガが!)
「【レイ】!」
オーガの胸の前で魔法をかけた。光の魔法みたいなものはオーガの体を貫き、ゆっくりと倒れながら死んでいった。
(いま、俺は一体なにを……)
「すごい……」
その声を聞いて、俺は振り返った。魔物からの恐怖が消え、2人の様子がはっきりとわかるようになった。
「あっ……あの! 父さんを、父さんを助けてください!」
「……見せて」
体を動かすと、あの魔物に殴られた痛みが読み上げる。
(くっ!)
恐怖からアドレナリンがなくなった今、先ほどよりも強い痛みを感じ、俺は膝をついた。
横になって痛みで叫びたいのは山々だが、子供の前でそんな真似はしたくなかった。
何より、彼女は俺を頼り、期待しているのだ。子供の信頼を打ち砕くような人間にはなりたくない。
まだ痛みで少しよろめきながらも、男の状態をよく見ようと近づいた。
男はが殴られすぎて、このままではすぐに死ぬと子供でもわかる。
俺がここに来るまで、彼はあの魔物から多くの攻撃に耐えてきたに違いない。
「ローズ……ダイジョウ……ブカ」
彼はなんとか小さな声を出した。それでも、彼がどれだけその子を愛しているかは伝わった。
「お父さん! 私は大丈夫だから……お父さんも! お父さんも……!」
父親は彼女の声を聞いたようで、微笑んだ。
その光景は、俺には耐え難いものだった。絶対に見たくないものだ。
こんな結末は絶対に受け入れたくない。
その時、信じられないものが頭に浮かんだ。普通なら、非常識な考えだ。
でも、今やったことを見て、うまくいきそうな気がしたんだ。
少女の方に手を伸ばし、頭を撫でた。
「……え?」
「大丈夫……俺が何とかするから」
俺は思考を集中させ、男に手をかけた。
さっきのことを考えた。自分の考えていることが正しいのかわからないけど、やってみるしかない。
(もし俺の考えが正しければ……さっきやったことは、あのゲームの魔法……だとしたら、同じパターンを踏めば)
あのゲームのルールに従って、俺は魔法がどのように機能するかを形作ることに集中した。そして、唱え……いや、
――――魔法を詠唱した。
「光よ、眩惑力を与え給え【回復】!」
詠唱始めた瞬間光は男を包み込みながら癒した。
回復は、肉体の傷を回復するだけでなく、スタミナも少し与える治癒魔法だ。
その証拠に、彼のあちこちの切り傷や打撲などの目に見える外傷は徐々に消えている。
男は地面からゆっくりと立ち上がるだけの体力を取り戻しつつある。
「すごい……まるで、何もなかったように……痛みが……」
「完全に回復したわけではない……まだ、出血多量による影響が残っているから。安静にする必要がある……」
「父さん!」
「ローズ!」
親子は安堵の表情で抱き合った。
(よかった……)
この心温まる状況を見ていると、自然と笑みがこぼれてくる。
しかし、その時......頭の片隅で、何かを忘れているような気がしてならない。
しつこいくらいに俺を突っかかるものがあった。
この時すでに、不安定なままゆっくりと床に向かって落ちていることを知らなかった。痛みも何も感じないのに、すでにゆっくりと失神していた。
(ああ、何かを忘れていた気がすると思ったら……そういえば……)
男はもう何も心配することはない。回復は、ただ使うだけではもったいないほど効果が高いと言われる魔法だ。
「娘と私を助けて――」
(ああ、そうだ……回復……治癒魔法は……上級魔法だった……マナを大量に消費するやつ……)
「ありが……ざいます……!?」
「お父さん……たおれ……!!」
何を言おうとしているのか、もうちゃんと聞こえない。
自分がすでに床にぺたりと倒れていることにも気づかなかったし、感じもしなかった。
ただ、そのとき気づいたのは、自分が限界に達して、今にも意識が吹っ飛ぶしそうだということだった。
本当、せめて大事なことはゆっくり思い出せばよかった。
このことはメモしておこう。
(目が覚めた時に……このメモを……覚えていることを祈るばかりだがなぁ……)
そうして、そのまま、俺はあそこで気を失った。




