表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鬼人婚姻

作者: 露(つゆ)

 太古の昔から、鬼と人は争ってきた。

 鬼は人を害し、そんな鬼を人は滅してきた。いつからか、鬼は徒党を組み、人は鬼を滅する組織「鬼狩り」を結成した。

 だが、長年の争いにより両者は疲弊し、休戦協定を結ぶ。

 各陣の代表から選ばれた者を婚姻させる事をその証とさせた。


「さぁ! 人と鬼との和平の一歩だべ! 飲めや騒げや!!」

 どんちゃん騒ぎが始まる中、先程、婚姻の儀を終えた、鬼の頭領の次男、鬼ノ咲 夕べ(きのさき ゆうべ)は、ため息をついた。

「(何が和平だべ……。どっちもお互いを出し抜こうと、今か今かと待っとるくせして……)」

 こんなの、ただの形だけだ。そんなものの犠牲になった己の立場を恨む。

「(この子も可哀想だべ……。好きでもない……しかも鬼の妻になって、鬼の本拠地で暮らすなんて……)」

 夕べは、ちらりと隣を見る。そこには、綿帽子を被り、化粧を施した、まさに大和撫子という少女がいる。

 百式 桃子(ひゃくしき ももこ)。鬼狩りの名門、百式家の三女。夕べの婚姻相手だ。

 桃子は夕べの視線に気がついたのか、こちらを見て、上品に笑いかける。

 夕べは、慌てて視線を外す。そんな夕べに、桃子は話しかけた。

「お酌、しましょうか?」

「気を使わんでいいべ」

「でも、わたくし、夕べ様の妻ですし……」

「誰でもわかる政略結婚の手本だべ。せめて自由にしていればいいべ」

「はぁ」


 そんなこんなで結婚式という名の宴会は終わり、二人は夫婦として、あてがわれた部屋に着いた。

「……」

「夕べ様、どうかしました?」

 開けた部屋には布団が一組だけ敷いてあった。つまり、そういう事だろう。夕べは手で顔を被って、盛大なため息を吐いた。

「布団、もう一組どっかから持ってくるべ。あんたは寝てろ。疲れたろ」

「わたくしは別に問題ありませんよ?」

「は?」

 桃子の言葉に、夕べは目を見開く。

「だって、夫婦でしょう?」

「……あんな、さっきも言っだが、こんな見え見えの政略結婚に気を使わんでもいいべ。子供を望まれている訳でも無(ね)し。初対面の男に抱がれだぐねだろ?」

「はぁ」

 桃子は、ピンときていない様な反応だ。

「布団探しで来(ぐ)る」

「夕べ様」

 夕べの着物の袖が引っ張られる。

「なんだ?」

「じゃあ、一緒に寝ましょう。夕べ様だって、お疲れでしょう?」

「あんな、男にそんな事言うもんでね。鬼は狼だべ」

「そうであっても、夕べ様なら構いません」

 夕べは引いても押してくる桃子に、本日何度目かのため息をついた。

「後悔するんでねぞ」

「はい」

 桃子は相変わらず、にこにこと笑っていた。


「ん……」

「おはようございます、夕べ様」

 夕べが目を覚ますと、目の前には桃子の顔があった。

「何してんだべ」

「夕べ様の寝顔が可愛らしくて、ついつい見入ってしまいました」

「……変な奴」

「変なのは夕べ様ですよ?」

「あ?」

「男は狼なんでしょう? なのに、本当に睡眠を一緒にとるだけだなんて」

「襲っでほしがっだのが?」

「どちらでも」

「……変な奴」

「ふふ」


「(雪だ……ん?)」

 夕べが庭を歩いていると、桃子が椿の植え込みの前で何かをしていた。

「桃子、何しとる」

「あ、夕べ様。椿をお部屋に飾ろうと思って」

「百式の家は生け花も教えとるのか?」

「……」

 黙った桃子を見て、夕べは、しまったと思った。これでは鬼を滅する事しか能の無い、と嫌味を言った様なものだ。

「あ、いや……」

「私……」

「あんな、違くて桃子……」

「戦う事は、からきしで。お花活けたりとかするのが好きなんです」

「え、あ、そうなんか」

「だから、せめて百式の役に立て、と言われ夕べ様に嫁ぎました」

「……」

「あ、これじゃ、しょうがなく夕べ様に嫁いだみたいですね……すみません……」

「同じだべ、おらも……」

「え」

「気にすんな、桃子」

 夕べは桃子の手にある椿を取った。

「夕べ様……?」

 そして、そっと桃子の髪に刺した。

「似合うべ」

「あ、ありがとうございます……くしゅっ!」

「そろそろ部屋に戻るべ。この寒さは堪える」

 夕べは自分の羽織を桃子の肩に掛ける。

「これでは夕べ様が……」

「さっさと戻れば同じだべ」

「夕べ様……」

 そう言いながら二人は部屋へと戻った。


「何してんだ?」

「あ、夕べ様。刺繍です」

「それも趣味か?」

「ええ」

「見事なもんだな」

 薄紅色の羽織に、桃の花が咲いていた。

「夕べ様の羽織にも施しましょうか?」

「良いのか?」

「ご迷惑でなければ」

「頼む」


「(椿……)」

 夕べは、できあがった刺繍を広げて見る。

「どうでしょう? 黒には椿が合うと思って」

「あんがとな、桃子」

「え、あ、はい」

「どした?」

「あ、えっと……」

 珍しく口ごもる桃子。

「桃子?」

「……褒められるのなんて……初めてで……」

「こんなんでよけりゃ、いくらでも褒めるべ」

 夕べは桃子の頭をくしゃりと撫でる。

「夕べ様……」

「あ、女子の頭を無闇に触るのは良ぐねかったな」

「いいんです……。いくらでも撫でてください」

 桃子は、ふわりと笑う。夕べは、その笑顔に、どきりとした。


「夕べ様!」

「なんだ、桃子」

「あの……」

 そう言って桃子が差し出したのは、黒い組み紐に赤の蜻蛉玉をつけた物だった。

「こいは……」

「わたくしが作りました髪紐です。夕べ様の瞳から想像しました。夕べ様は、お髪(おぐし)が長いので」

「桃子は器用なもんだな。ありがたく貰うべ」

 夕べは髪紐を受け取ると、手を後ろに回し、早速一つくくりをして髪に着けた。

「似合うべか?」

 桃子に見せる様に横を向き、癖の強い髪を揺らす。

「お似合いです」

 桃子は、顔の前で指を軽くつけ、嬉しそうに手を合わせた。

「黒いのは、おらの羽織の色か?」

「あっ……えっと……」

 桃子は目を泳がせる。

「ん?」

「えっと……えっと……」

 彼女は顔を赤らめ、小さな声で呟く。

「わ、わたくしの……髪の色と合わせて……。あの……夫婦、なので、何か揃いの物が欲しいと……。さ、差し出がましい真似をいたしました……」

 夕べは、そう言う桃子を愛しく感じた。

「何が差し出がましいか。おらは嬉しいべ」

「夕べ様……」

「桃子も髪が長いから、おらの髪と、桃子の瞳の色の髪紐を作るのは、どうだべ?」

 桃子の髪にそっと触れる。

「いいんですか?」

「おらが作ってほしい」

「ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちの方だべ」

「ふふっ……そうですか」


 夕べは、桃子に貰った刺繍入りの羽織と髪紐を毎日着けていた。そして、会議に出る為に広間へと足を踏み入れる。

「おお、夕べ、来たか」

 夕べの父親、鬼の頭領が言う。

「遅いべ」

 そう言ったのは、夕べの兄、夜中(よなか)だった。

「すまね」

「ふん」

「では、会議を始めるべ。夕べ、百式の娘とは上手くやっているか?」

 上手く……。仲は、良い、とは自分は思う……。ので、

「ああ」

 と答えた。

「なら良いべ」

「それと、鬼の自給自足の課題だが……」

 夕べは仕事の話を切り出そうとしたが……。

「そんな事より、夜中。お前の活躍は目覚ましいべな!」

「ええ、父上、当然の事だべ」

「……」

 「そんな事より」。夕べは一人、拳を握り締めた。


「夕べ様、お仕事、お疲れ様です」

「ああ……」

「夕べ様……? 何か、ありましたか?」

「あ……いや……なんでも……」

「……お話、ください。わたくし達は夫婦でしょう?」

 桃子は夕べの顔を手で包みこんだ。

「……」

 夕べは、桃子には敵わない、とぽつり、ぽつりと話し始めた。

「おらは……次男だ」

「はい。存じ上げております」

「どんなに……努力しても、無駄なんだべ……。勉学も、刀の実力も……兄上よりでぎる……なのにっ……」

 せきを切った様に言葉が溢れ出す。

「おらは期待されねっ……! どうでもいい! 兄上の予備なんだべ! 何をやったって……」

 夕べは顔を歪める。

「一番にはなれね……」

「一番ですよ?」

「は?」

 桃子の唐突な言葉に、夕べは呆気に取られた。

「夕べ様は、わたくしの一番です」

「え……あ……」

 夕べは頬を染める。

 少しの沈黙の後、夕べは桃子に顔を近づけた……が……。

「い、いや、やっぱなんでも……」

 夕べが顔を離そうとした時、桃子が唇を重ねた。

「!」

 桃子は唇を離して笑う。

「夫婦、でしょう?」

「桃子……」

 今度は、夕べから唇を重ねた。


 今日は会議の日だ。もう、何を言われようと関係ない。大切なものは、もうわかっているから。

 夕べは広間の扉を開ける。そこには……。

「あら、夕べ様」

「桃……子……?」

 刀を持った血まみれの桃子。辺りには大量の血と倒れ伏している鬼達。その中には夕べの親兄弟もいる。

「うふふ。ネタばらし、いたしましょうか」

「ネタ……ばらし……?」

 桃子は穏やかに笑って続ける。

「この計画は、十数年前から企てられていました」

 まるで、いつもの会話の様に。

「鬼と和平を組んだと思わせて、内側から隙を見て壊す。わたくしは、その為だけに生まれてきました」

「何を言って……」

「鬼を油断させる為の器量、鬼を倒す為の力量。わたくしは自由一つ与えられず、今、この時だけの為に!」

「桃子……」

 刀は、ある。桃子と対峙する事は可能だ。

 だが……夕べにそんな気は無かった。

 夕べは桃子にゆっくりと近づき、抱き締める。

「楽しかったべ……。ありがどう」

 桃子は刀を落とし、夕べにきつく抱きついた。

「あなたが……そんなのだからっ……わたくしはっ……!」

「桃子……?」

「百式の道具として育てられた、わたくしを……あなたは唯一、人として見てくれたっ……! だから、だからっ……!」

 桃子の目から、涙が零れる。

「……わたくしを……殺してください……。もうすぐ、鬼狩り達が来ます。けど、あなたなら、大丈夫。手柄は全てあなたのものになります。頭領も兄もいない今、あなたが……」

「一緒に、逃げるべ」

「え?」

「おらの一番は、桃子だ」

 その言葉を聞いて、桃子は子供の様に泣きじゃくった。

「はい……!」


 その後来た鬼狩り達と鬼は全面戦争になった。

 だが、そこに夕べと桃子はいなかった。二人の行方は誰も知らない。


「夕べ様、今度はどちらに行きましょう?」

「町ひとつ越えた先に温泉街があるらしいべ」

「良いですわね! 一緒に入りましょう」

「桃子は大胆だべなぁ……」

「ふふっ……だって」

 桃子が髪に着けている白い組み紐に黒い蜻蛉玉の髪紐が揺れる。

「夫婦でしょう?」


 二人が幸せに暮らしている事は誰も知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ