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恵の物語  作者: リンダ
9/9

恵3年生

◆ 3年生の春とカーリングのひととき


春のやわらかな風が校庭を吹き抜ける。恵は3年生になったばかりの新しい教室に足を踏み入れ、机の上に並ぶ新しい教科書を眺めた。窓の外では、まだところどころに残る雪が、春の光を受けてキラキラと輝いている。


恵はふと、冬のジャンプ大会のことを思い出した。空に舞い上がった自分の体、風に包まれた歓声、そして、そばで応援してくれた層一の笑顔。胸の奥がじんわりと温かくなる。


「お父さん、めぐ、ちゃんと飛んだよ」


心の中でそうつぶやくと、恵の肩はすっと軽くなった。


スキーシーズンは終わったが、スポーツの楽しみはまだまだ続く。雪と恵は北見市常呂町へ向かい、カーリングの試合に参加することになったのだ。


「めぐ、今日はちょっと集中力を鍛える練習も兼ねて、カーリングやってみるかい?」雪が問いかけると、恵の目がぱっと輝いた。


「うん!やってみたい!」


氷の上、湧子さんの指導を受けながら、恵はストーンを滑らせる感覚や、ブラシで氷をこするタイミングの大切さを学ぶ。初めは戸惑うこともあったが、ストーンが思い通りの位置に止まった瞬間、恵の顔がぱっと明るくなった。


「わあ!ちゃんと止まった!」


雪もにっこり笑い、隣で自分のストーンを滑らせながら声をかける。


「めぐ、集中力ついてるぞ。その調子だ」


何度も試合を重ねるうち、恵はカーリングの奥深さに夢中になっていった。戦略を考え、タイミングを測り、氷上で駆け引きをする楽しさ──スキーとはまた違った緊張感と達成感が、彼女の心を満たしていく。


試合が終わり、白銀の氷に夕日が反射する中で、恵は大きく息を吸った。


「スキーも楽しいけど、カーリングもすごく面白いね!」


雪は頷き、恵の髪をやさしく撫でた。


「そうだね、めぐ。どんなスポーツも、楽しむ気持ちが一番大切だからね」


3年生の春。新しい挑戦と遊びに胸を躍らせながら、恵の瞳は以前にも増して輝いていた。層一との思い出を胸に、今日も元気に、好奇心いっぱいに駆け回る日々が待っている――そう、母も娘も感じていた。



◆ 春の畑仕事とカフェ雪でのひととき


四月も半ばを過ぎると、長く白かった雪もすっかり溶け、畑の土が顔を出し始めた。恵は元気よく手を洗い、カフェ雪の小さな庭に向かう。今日は春に植える野菜の種まきや苗植えの手伝いだ。


「めぐ、今日はいっぱい手伝ってくれるかい?」雪が微笑みながら声をかける。


「うん!いっぱいやる〜!」恵は手袋をぎゅっと握りしめ、はりきって畑に立った。


祖父母も上川家の祖父母も集まり、皆で手分けしながら作業を進める。雪は耕した土に丁寧に苗を置き、水をやる。恵も小さな手で土を掘り、種をまき、やさしく土をかぶせていく。


「めぐ、土の中で種が息してるんだよ。大きく育てるんだぞ」


雪の言葉に恵はうんうんと頷き、丁寧に土をならした。祖父母たちもそれぞれの手で苗を植え、和気あいあいとした時間が流れる。


やがて作業がひと段落すると、皆はカフェ雪の中に移動した。大人は雪が丁寧にドリップしたコーヒーを、恵はオレンジジュースを手に乾杯する。


「お疲れさま〜!」恵はにこにこしながらグラスを軽く掲げる。


「うん、みんなよく頑張ったね」雪も笑顔でグラスを合わせる。


そして、カフェ雪の名物料理がテーブルに並ぶ。野菜たっぷりのスープや手作りパン、香ばしい焼き菓子。皆で「おいしいね」と言いながら口に運ぶと、畑仕事の疲れもすっと消えていく。


恵は大きく深呼吸して、窓の外に広がる畑を見つめた。自分がまいた種や植えた苗が、やがておいしい野菜になるのだと思うと、胸の中がじんわりと温かくなる。


「お母さん、芽が出るの楽しみだね!」


雪は恵の手をそっと握り、頷いた。


「うん、めぐ。春はこうして小さな命が育つのを感じられる、いい季節だね」


カフェ雪の窓からは、春の柔らかな光が差し込み、畑で育つ野菜たちと家族の笑顔を包んでいた。




◆ ファイターズを応援する夜


春の夕暮れ、カフェ雪での賑やかな時間を終えた恵は、家に戻るとリビングのテレビの前に座り込んだ。今日は大好きなファイターズの試合の日だ。


「行けぇ、水谷選手!打ってぇ、清宮選手!」恵は声を張り上げ、テレビの画面に釘付けになる。


投球のたびに手を握りしめ、打席に立つ選手には目を丸くして声援を送る。

「今だ!打てぇ〜!」


母の雪も少し離れたソファから微笑みながら見守る。恵の小さな手の振り方、声の弾ませ方、勝利を信じる目の輝きに、つい顔がほころぶ。


試合は白熱し、一投一打に息をのむ恵。投手が力強く投げると「がんばれぇ!」と叫び、打者がバットを振ると「打ったぁ!」と跳び上がる。


そしてついに、ファイターズの勝利が決まった瞬間、恵は手を叩きながら大喜びした。


「やったぁ!勝ったぁ!ファイターズ勝ったよぉ!」


雪も笑いながら手を叩き、恵の背中を軽くたたく。

「よかったね、めぐ。応援してた甲斐があったね」


恵は胸を張ってにっこり笑った。目の中にはまだ興奮の光が残っている。

「うん!今日もファイターズ、かっこよかったもん!」


テレビの前の小さな応援席で、恵の声と笑顔が家いっぱいに広がる。春の夜、スポーツと家族のぬくもりに包まれたひとときだった。



◆ 早朝ランニングと夢のひととき


春の朝。名寄の街はまだ眠りの中にあった。雪が溶けてところどころ土が見え始めた道を、恵と光希は肩を並べて走っていた。空は淡く明るくなりかけ、薄紅色の光が遠くの山々に差し込む。


「ほれ見れ、光希くん、朝日きれいだべさ!」恵は小さくジャンプしながら、指さす先を見上げる。


光希は息を整えながら、にやっと笑った。

「ほんとだな。めぐ、今日も元気いっぱいやなぁ」


恵は胸を張り、鼻歌まじりに言う。

「んだべ、光希くん! 私もファイターズの選手みたいに、スキーのジャンプで活躍できる選手になるんだもん!」


光希はくすっと笑って、恵の肩を軽くたたく。

「おう、めぐならできるべさ。俺もずっと応援すっからな」


二人の足音が、まだ人通りの少ない街の石畳に響く。

「秋になったら、ファイターズ優勝してほしいなぁ、光希くん。めぐもいっぱい飛ぶけん!」


光希は目を細め、風を切る息を整えながら答えた。

「んだな、めぐのジャンプも、俺ら二人で頑張れば、もっと強くなるべさ」


恵は顔を真っ赤にしながらも、笑顔で大きくうなずいた。

「うん! んだら、今日もいっぱい練習するもん!」


二人は山に向かって走る。残雪がまだ白く光る畑の間を抜け、木々の間から差し込む朝日が、恵の髪や光希の顔を金色に染める。


「光希くん、私な、スキーのジャンプだけじゃなくて、クロスカントリーも上手になりたいんだよ」恵は息を弾ませながら、軽く笑う。


「そりゃええことだべさ。めぐ、そんだけ夢持っとるんなら、絶対できるって」光希の声は力強く、でもやさしさが混じっていた。


小さな手を握りしめ、恵は心の中でつぶやく。

――お父さん、そうちゃん、めぐ、今日もいっぱい頑張るから見とってね。


冷たい空気を胸いっぱい吸い込むと、足取りはますます軽くなる。道北の風が頬を撫で、息をのむほど澄んだ空気が、二人の心を引き締める。


「んだ、めぐ! もっとスピード上げるべ!」光希が声をかけると、恵も負けじと小さな体を前に押し出す。


雪解け水が流れる小川のほとりを通り抜け、土の匂いが鼻をくすぐる。小鳥の声が遠くから聞こえ、二人は思わず笑顔になる。


「光希くん、私、いつかファイターズ選手みたいにすごいジャンプ見せるから!」


「おう、んだな。めぐのジャンプ、絶対見せてけろな!」


太陽が山の向こうから昇り、二人の影が長く伸びる。早朝の静けさと道北の澄んだ空気の中で、恵と光希はただ夢に向かって走り続けた。


足の裏に雪と土の感触を感じながら、風を切るたびに胸が高鳴る。小さな街の朝、二人の心には希望と決意が満ちていた。


「今日も、いっぱい飛ぶんだもんね、光希くん!」


「おう!めぐ、一緒にがんばろうべさ!」


二人の声が、まだ目覚めきらぬ上川の街に小さく響き、道北の朝の空気に溶けていった。



◆ 春のジャンプ練習とグラウンドの熱気


四月も半ばを過ぎ、上川町の雪はほとんど消え、土が顔を出していた。春の日差しが山の斜面や校庭をやわらかく照らす中、恵は地元のジャンプ台に立ち、スキー板をしっかりと装着した。


「ふぅ……まだ感覚ずれとらんか、心配やなぁ」恵は小さく息をつき、踏切のタイミングや姿勢を頭の中で何度も確認する。


光希が隣でうなずきながら声をかける。

「めぐ、んだな。踏み切りのタイミング、姿勢、全部意識して飛ばんと、せっかくの練習も身にならんべさ」


恵は小さくうなずき、深呼吸をひとつして斜面に踏み出す。


踏み切りの瞬間、体をしっかり前に押し出し、空中では両手を軽く広げてバランスを取る。


「よっしゃ!」恵は風を切る感触を胸いっぱいに感じながら、静かな達成感を味わう。


何度もジャンプを繰り返し、踏切や姿勢を意識するたびに、少しずつ感覚が体に染み込んでいく。光希も横で負けじと自分のジャンプに集中していた。


――春の上川の朝の空気はまだ冷たいが、澄み渡っていて、二人の小さな影が白く残った斜面を縦に伸ばして揺れた。



学校では、グラウンドの雪もすっかり消え、子どもたちは待ってましたとばかりにサッカーを楽しんでいた。


「めぐ、パス!」光希が呼びかけると、恵は素早くボールを受け取り、相手チームをかわしながらゴールを狙う。


「うわっ、速っ!」隣で見ていた友達の佐藤拓実が驚いた声を上げる。

「めぐちゃん、本当に足速いし、持久力もあるなぁ!」


恵は照れ笑いしながらも、笑顔でゴール前に飛び込みシュートを決める。

「ふふ、ありがと、拓実くん! もっとがんばるもんね!」


次々と友達とパスを回しながら、グラウンドに笑い声と足音が響く。光希も横でボールを追い、息を切らせながらも楽しそうに笑った。


「めぐ、やっぱすげぇな! ジャンプだけじゃなくて、サッカーも全力だべさ」


恵は息を整えつつ、地面に落ちた汗を手で拭う。

「うん、光希くん。春はジャンプの練習もするけど、サッカーも楽しむべきだもんね!」


グラウンドには春の風が吹き抜け、土の匂いと一緒に笑い声が混ざる。小さな子どもたちの元気な動きが、春の陽光に照らされてキラキラと輝いた。


――恵の足は速く、体力もある。だからこそ、友達から尊敬され、自分自身もジャンプやスポーツに対する夢を膨らませることができた。


光希と肩を並べ、汗まみれで笑いながら走る恵の心は、上川の青空と同じくらい澄み渡っていた。




◆ 春のジャンプ練習とグラウンドの熱気


四月も半ばを過ぎ、上川町の雪はほとんど消え、土が顔を出していた。春の日差しが山の斜面や校庭をやわらかく照らす中、恵は地元のジャンプ台に立ち、スキー板をしっかりと装着した。


「ふぅ……まだ感覚ずれとらんか、心配やなぁ」恵は小さく息をつき、踏切のタイミングや姿勢を頭の中で何度も確認する。


光希が隣でうなずきながら声をかける。

「めぐ、んだな。踏み切りのタイミング、姿勢、全部意識して飛ばんと、せっかくの練習も身にならんべさ」


恵は小さくうなずき、深呼吸をひとつして斜面に踏み出す。


踏み切りの瞬間、体をしっかり前に押し出し、空中では両手を軽く広げてバランスを取る。


「よっしゃ!」恵は風を切る感触を胸いっぱいに感じながら、静かな達成感を味わう。


何度もジャンプを繰り返し、踏切や姿勢を意識するたびに、少しずつ感覚が体に染み込んでいく。光希も横で負けじと自分のジャンプに集中していた。


――春の上川の朝の空気はまだ冷たいが、澄み渡っていて、二人の小さな影が白く残った斜面を縦に伸ばして揺れた。



学校では、グラウンドの雪もすっかり消え、子どもたちは待ってましたとばかりにサッカーを楽しんでいた。


「めぐ、パス!」光希が呼びかけると、恵は素早くボールを受け取り、相手をかわしながらゴールを狙う。


「うん! いくよ!」恵は笑顔で切り返し、足の速さと持久力を生かして相手を抜く。


光希も横でボールを追い、息を切らせながらも楽しそうに笑った。


「めぐ、やっぱすげぇな! ジャンプだけじゃなくて、サッカーも全力だべさ」


恵は息を整えつつ、地面に落ちた汗を手で拭う。

「うん、光希くん。春はジャンプの練習もするけど、サッカーも楽しむべきだもんね!」


グラウンドには春の風が吹き抜け、土の匂いと一緒に笑い声が混ざる。小さな子どもたちの元気な動きが、春の陽光に照らされてキラキラと輝いた。


――恵の足は速く、体力もある。だからこそ、光希との練習や遊びを通して、ジャンプやスポーツに対する夢を膨らませることができた。


光希と肩を並べ、汗まみれで笑いながら走る恵の心は、上川の青空と同じくらい澄み渡っていた。




◆ ゴールデンウィークと旭山動物園


ゴールデンウィークに入ると、上川町のカフェ雪にも観光客がたくさんやってきた。層雲峡行きの観光バスの出発までの待ち合わせに立ち寄る人、ふらりと温かいドリップコーヒーを楽しむ人、軽食をつまむ人──。店内はいつもより少しにぎやかで、どこか華やいだ雰囲気に包まれていた。


「いらっしゃいませ~! お席こちらです~」


恵は元気いっぱいにお客さんを案内し、カウンターの隅でオレンジジュースを出したり、簡単な軽食を運んだりと、大忙し。


「めぐ、ほんと看板娘やなぁ。お客さんも笑顔になるべさ」


雪が厨房でコーヒーをドリップしながら、娘の働きぶりを見て微笑む。恵も振り返り、元気に手を振った。


「はい! お客さんに喜んでもらうの、たのしいもん!」


日中は忙しく過ぎ、カフェ雪の定休日がやってきた。雪が恵の横に座りながら、ふと声をかける。


「めぐ、今日どっか遊びに行くべか?」


恵の目がぱっと輝いた。

「うん! ねぇお母さん、旭山動物園に行きたい!」


そうして、二人は軽い荷物を背負い、車に乗り込んだ。春の柔らかい陽光が窓から差し込み、道北の景色を眺めながらのドライブは、すでに冒険の予感に満ちていた。


「うわぁ……めぐ、楽しみやなぁ」雪も笑顔で運転席に座る。


車窓には、雪解けの山々や川のせせらぎが広がり、町の外れの田んぼには春の新芽が顔を出していた。恵はきらきらした瞳で景色を眺め、時折窓の外に手を伸ばして風を感じる。


「お母さん、見て見て! あの川の水、光ってるよ!」


雪は笑みを返す。

「んだなぁ、めぐ。春の水は澄んでてきれいだろ?」


やがて車は旭川市内へ入り、旭山動物園の駐車場に到着。恵は車を降りると、思わず小さく跳ねるように歩き出した。


「わぁ、すごーい! おっきいペンギン、早く見たい!」


雪も娘の手を握り、にっこり笑った。

「んだなぁ、まずは人気のペンギン館から行こっか」


園内は観光客でにぎわっていて、子どもたちの笑い声や動物の鳴き声が混ざり合い、活気に満ちていた。恵は目を輝かせながら、ペンギンが水中を滑る姿を見て声をあげる。


「お母さん、見て見て! ぴょんぴょん泳いどる!」


雪も思わず笑顔になる。

「ほんとだなぁ、めぐもあんなふうに元気に跳ね回れるとええなぁ」


アザラシ館では、トンネルの中を泳ぐアザラシたちを見上げ、恵は手を伸ばして触れそうな勢いで喜んだ。


「きもちいい〜、お水みたい!」


雪はそっと恵の肩を抱きながら、心の中でつぶやく。

――そうちゃん、めぐ、こんなに元気に育っとるよ。


ランチタイムには、園内の軽食コーナーでソフトクリームを分け合い、笑いながら頬張った。恵の手には少し溶けたクリームがついていたが、それさえも嬉しそうにぺろりと舐める。


「お母さん、めぐねぇ、また来年も来たい!」


雪は微笑んで頷く。

「んだなぁ、約束やで」


園を一回りして出口に向かうころには、夕暮れが園内をオレンジ色に染めていた。恵は少し疲れた顔をしながらも、満足そうに背伸びをして空を見上げる。


「お母さん、今日は楽しかったねぇ!」


雪は娘の頭を撫で、やわらかく答えた。

「んだなぁ、めぐ。いっぱい笑った一日やったな」


車に戻ると、恵は助手席にちょこんと座り、窓の外に広がる旭川の町並みを眺めながら、静かに眠りについた。


雪はエンジンをかけ、ゆっくりと上川町に向けて走り出す。道北の春の風を感じながら、母娘の笑い声がまだ心の中に残っていた。



◆ 帰り道の道北風景と小さな冒険


旭山動物園をあとにした雪と恵は、車で上川町へと戻る。夕暮れの空はオレンジ色に染まり、遠くの山々にはまだ雪の名残が白く輝いていた。恵は助手席で少し疲れた様子ながら、窓に顔を寄せて外の景色を眺めていた。


「お母さん、見て! あの山、まだ雪かぶっとるよ」


雪も道路の向こうに見える大雪山系を指さす。

「んだなぁ、春やけど、山の上はまだ冬の名残だべさ。めぐ、あそこで滑ったら楽しそうやな」


恵は手をパタパタさせて笑う。

「めぐねぇ、まだ滑れるかも~!」


そのまま道は北へと続き、かつてスキーを教えてもらったジャンプ台のある丘を通り過ぎる。恵は窓の外に目を輝かせ、そっとささやくように言った。


「お母さん、めぐねぇ、ジャンプ台の練習、またやりたいな」


雪は少し笑いながら頷く。

「んだなぁ、春になって雪も溶けたけど、土の上で体の感覚忘れんようにせんとな。めぐ、またいっぱい練習しよっか」


車は上川町の田園地帯に入ると、道端の田んぼには春の若草が芽吹き、小川の水がキラキラ光っていた。空気はひんやりしていて、鼻に届く風の香りは道北ならではの清々しさがあった。


「お母さん、ここの水、きれいだねぇ」


雪は車を少し減速させ、窓の外に目を向ける。

「んだなぁ、この辺りの川は冷たくて澄んどるんよ。めぐ、夏になったらここで遊ぶのもええべな」


途中、道端に咲く小さな野の花を見つけた恵は、思わず車を止めてほしいとせがむ。雪が車を止めると、恵は車から飛び出し、黄色や紫の花を手に取る。


「お母さん、見て見て! きれいだよぉ~」


雪は微笑みながら、恵の写真をスマートフォンで撮った。

「んだなぁ、めぐ、春の花は色鮮やかでええなぁ」


再び車に乗り込むと、恵は少し眠そうに目を閉じる。夕日の光が助手席に差し込み、頬をオレンジ色に染めていた。雪は運転しながら、娘の寝顔をそっと見つめる。


――めぐ、今日もいっぱい笑ったな。道北の春は、やっぱり特別やな。


上川町の町並みに入るころには、空は淡い茜色から紫色に変わり、夜の気配が少しずつ広がっていた。カフェ雪に戻ると、店の明かりがぽつりと温かく灯っており、二人を迎えるように光っていた。


「ただいま~、お母さん」


眠りかけていた恵がふわりと目を覚まし、車から降りると、両手を大きく伸ばして深呼吸する。

「うん、ただいま~! めぐ、今日すっごく楽しかった!」


雪は笑顔で娘を迎え、手を握る。

「んだなぁ、いっぱい遊んだもんな。明日もええ天気やったら、また外で遊ぼうな」


恵は元気に頷くと、小さな足で駆け出し、カフェ雪の玄関で靴を脱いだ。その背中を見守りながら、雪は心の中でつぶやく。


――めぐ、これからもいっぱい楽しい思い出作ろうな。道北の春、夏、秋、冬、ぜんぶ一緒に楽しもな。


窓の外には、夜の帳に包まれた町の灯りがぽつぽつと光り、母娘の一日をやさしく包み込んでいた。


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