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恵の物語  作者: リンダ
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雪の大地

◆ 冬休みの宿題と三学期の始まり


正月の楽しい日々が過ぎ、家に戻ると、机の上には冬休みの宿題の山が待っていた。

算数のドリルに漢字の練習帳、日記に絵日記。


「うわ〜、こんなにあったっけ?」

鉛筆をくるくる回しながら、恵は頬をふくらませる。


「めぐ、遊んでばっかりだと終わらんしょ。少しずつやっとかんと、三学期始まる前に泣くことになるよ」

雪はやさしく声をかけ、温かいココアを差し出す。


「……んだね。やるべか〜」

と、恵は気合を入れ直してドリルに向かう。


時折、「あれ?九九の八の段って……」と首をかしげると、

「ほれ、“はっぱろくじゅうよん”だよ」

と雪がヒントを出す。


「そっか! ありがと、お母さん!」

と、にこっと笑ってまた鉛筆を走らせる。


昼間は宿題、午後は雪かきの手伝いや近所の公園で光希と遊び、夜は日記を書きながら一日の出来事をまとめる。そんな日々を繰り返していくうちに、気づけば宿題も少しずつ片付いていった。



そして一月半ば、いよいよ三学期の始業式。

まだ朝は暗く、外気はキンと冷えている。

雪が台所で温かいおにぎりを用意していると、恵は真新しい筆箱をランドセルに入れて、元気いっぱいに降りてきた。


「忘れもんないか? 体操服も入れた?」

「うん、大丈夫!」


ランドセルを背負い、毛糸の帽子をかぶった恵は、雪に見送られながら白い吐息をはきつつ登校する。


学校に着くと、清里緑先生が笑顔で迎えてくれた。

「おはよう、みんな。冬休みはどうだった? 宿題はちゃんとできたかな?」


「はーい! できました!」と恵が元気に手を挙げると、

光希が「恵ちゃん、頑張ってたもんね」

と横から言い、教室中がくすっと和やかな空気に包まれる。


体育館での始業式では、校長先生の「今年も元気いっぱい過ごしていきましょう」という声が響き、子どもたちの顔にも新学期への期待がにじんでいた。


恵は心の中で小さく呟いた。

「三学期も、ジャンプに勉強に、がんばるんだ!」





◆ 三学期の生活と試合


一月の道北はまだ深い雪に覆われていた。

それでも子どもたちは寒さをものともせず、校庭に出ると元気いっぱいに駆け回る。


「雪合戦しよう!」

恵が声を張ると、光希や友達の 佐々木悠真、藤田あかり が次々と雪玉を手に集まってきた。


「めぐ、こっちに回り込め!」

光希が指示を出し、二人で息を合わせて相手チームに突っ込む。

雪玉がひゅんひゅん飛び交い、頬にあたっても「いてっ!」と笑って転げ回る。


放課後は体育館で縄跳び大会の練習。

「二重跳び、あとちょっとで十回いけるな!」と悠真に励まされ、

「めぐちゃん、あたしも頑張るから一緒にやろう!」とあかりに誘われ、恵は夢中になって縄を回した。


教室では算数の授業で分数の問題に取り組み、漢字ドリルにもしっかり鉛筆を走らせる。

清里先生が「恵ちゃん、丁寧に書けてるね」とほめてくれると、恵は照れ笑いしながらもぐっと背筋を伸ばした。



やがて二月、雪の降りしきる名寄のジャンプ台に、ジュニア大会の旗が立つ。

光希はノルディック複合、恵はジャンプに出場するため、朝から会場入りしていた。


「恵ちゃん、緊張してない?」

光希が横で声をかけると、恵はにっこり笑った。

「うん! むしろ楽しみ!」


スタート台に立つと、白銀の世界に風が吹き抜ける。

恵はスキーを構え、深呼吸した。

「いくよ!」


助走を駆け下り、踏み切り、宙へ。

小さな体がふわりと浮かび、きれいな姿勢で飛び抜けていく。


観客席からは「おぉ〜!」と歓声があがり、光希も思わず両手を振って声を張り上げた。

「めぐ、すごいぞ!」


続く光希の複合も、力強いクロスカントリー走で順位をぐんと上げ、見事に入賞。


試合が終わり、二人は雪に白い息を吐きながら並んで笑い合った。

「やっぱり楽しいね、光希くん!」

「ああ、また一緒に頑張ろうな!」


冷たい風の中で交わした約束は、ふたりの小さな心をさらに強く結びつけていた。





名寄の会場に夕暮れが迫るころ、ジュニア大会の表彰式が始まった。

アナウンスの声が響く。


「女子ジュニアクラス、第一位──上川恵さん!」


大きな拍手に包まれ、恵は少し照れたように、でも堂々と前に進んで表彰台に立つ。金色のメダルが首にかけられた瞬間、観客席から「めぐ〜!」「おめでとう!」と声が飛ぶ。雪は目を細め、胸の奥からこみ上げてくるものを堪えながら拍手を送った。


続いて男子複合クラス。


「第一位──青柳光希くん!」


光希も負けじと笑顔で表彰台に上がり、金メダルを受け取る。その姿を見て、恵は横で小さくガッツポーズを作った。


二人が並んで表彰台の中央に立つと、会場からさらに大きな拍手が沸き起こった。

雪は思わず涙ぐみながらつぶやいた。


「そうちゃん、見とるべか……めぐ、がんばったよ……」


―――


次の日。学校では大きな話題になっていた。

教室に入ると、担任の清里緑先生が笑顔で声をかける。


「いや〜、恵ちゃんも光希くんも、すごいじゃないの! 二人そろって金メダルだなんて!」


クラスメイトも口々に声をかける。


「めぐちゃん、ほんとに飛んだんだべ?」と佐藤拓実。

「テレビ出るんでないか?」と小林花音。


恵は少し顔を赤くしながら、胸の前で両手をぎゅっと握った。

「んだ、飛んだんだよ! すごい風、びゅーんって!」


光希も隣で得意げに笑う。

「俺も走って、ジャンプして、クロカンで一番だったんだ!」


教室中が「おぉ〜!」と湧き、清里先生が優しく頷いた。


「二人とも、ほんとよく頑張ったね。クラスみんなの誇りだわ。」


恵は机に座りながら、ふと空を見上げる。

――お父さん、聞いてた? めぐ、ちゃんと一番になったよ。


心の中でそうつぶやくと、胸の奥があったかくなった。





雪もすっかり解け、やわらかな風が校庭を吹き抜けるころ。

桜はまだ咲かないが、土の匂いが春を告げていた。


恵は新しい教室に入ると、ちょっと緊張した面持ちで席に座った。

机の上には、新しい教科書がきれいに並んでいる。


「今日から2年生かぁ……なんか、ちょっと大人になった気するなぁ」


光希が隣に座ってにやっと笑う。

「んだな。1年のときより走るのも跳ぶのも、もっとできるようになるべ!」


恵はうんとうなずき、ランドセルの肩ひもをぎゅっと握った。


担任の清里緑先生が教壇に立ち、明るい声で言う。

「はい、それじゃあ2年生のみんな! 今年も元気いっぱいで頑張っていこうね!」


「はーい!」

クラス全員の声が重なり、教室に広がった。


休み時間、校庭に飛び出すと、まだところどころ雪が残る地面を見つけて、恵と光希は思わず駆け寄った。

「ほれ見れ、まだ雪残ってる!」

「雪玉作れるべ!」


二人は手のひらいっぱいに小さな雪玉を作り、笑い合いながら追いかけっこ。

クラスメイトの花音や拓実も混じって、みんなで駆け回る。


冬の大会で金メダルを取った二人も、学校ではやっぱり普通の子ども。

元気に笑い、走り、時には転んで服を汚して──それでも楽しさでいっぱいだった。


恵は校庭の空を見上げ、心の中でそっとつぶやいた。

「お父さん、めぐ2年生になったよ。今年もいっぱい飛ぶから、見ててね。」


その瞳は、春の青空と同じくらい、まぶしく輝いていた。





学校帰りの道。

恵はランドセルを背負ったまま、雪と並んで歩いていた。まだ肌寒さが残る春の風が頬を撫でるけれど、空はどこまでも青く澄みわたり、正面には雪をかぶった大雪山連峰が堂々と立ちはだかっている。


「めぐ、見てごらん。今日の大雪山、きれいだねぇ」

雪が立ち止まり、空を仰いだ。


「ほんとだぁ!キラキラしてる」

恵はランドセルを揺らしながら、まぶしそうに目を細めた。白い雪をいただいた山肌が、春のやわらかな日差しを浴びて輝いている。


「お父さんもね、あの山、子どものころからずっと見て育ったんだよ」

雪が優しく語りかけると、恵はにっこり笑って頷いた。


「じゃあ、わたしもお父さんといっしょだね!」


その言葉に、雪の胸はあたたかく満たされた。





「めぐ、今日の夜さ、層雲峡の温泉でも行ってみるかい?」

雪が歩きながらふと声をかけると、恵は目をまんまるにして振り返った。


「えっ!ほんと?いくいく!温泉だいすき!」

ランドセルを揺らしながら小さく跳ねるように歩き出す。


「ふふ、そんなに喜んでくれるなら、連れて行くかいがあるねぇ」

雪は笑みをこぼし、恵の頭をやさしく撫でた。


家に帰り、夕飯を早めに済ませると、二人は車に乗り込んだ。窓の外にはまだ残雪がちらほらと残る山の景色。夜が少しずつ濃くなっていく中、層雲峡の灯りが見えてくる。


温泉宿の湯けむりが夜空にふわりと漂い、恵は待ちきれないように声を弾ませた。

「お母さん、はやくはいろう!はやくはやく!」


湯船に浸かると、温かな湯気に包まれ、ふたりの頬がほんのり赤くなる。

「ふぅ〜、きもちいいねぇ」

雪が目を細めると、恵は湯の中で足をぱちゃぱちゃさせながら、

「うん!お水みたいにあったかい!」と嬉しそうに笑った。


その笑顔を見ながら、雪は心の中でつぶやいた。

――そうちゃん、めぐ、こんなに元気に育ってるよ。




湯船の端に腰を下ろし、雪は恵の背中を丁寧に流してやっていた。温かな湯気が立ちのぼり、静かな湯音だけが響く。


「めぐ、くすぐったいかい?」

「ううん、きもちいい〜」

恵は小さく肩をすくめ、ぱちゃぱちゃと湯を手で弾きながら笑った。


やがて、体を洗い終えてふたりで肩まで湯に浸かる。恵は鼻歌を歌うように声を弾ませながら、ぽつりと呟いた。


「ねぇお母さん、わたしおっきくなったらね、光希くんとけっこんする〜」


雪は驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかな笑みに変わった。

「そうかい?光希くんのこと、すきなんだねぇ?」


「うん!だってやさしいし、いっしょにジャンプもできるし、いっぱいあそんでくれるんだもん!」

恵は顔を真っ赤にしながらも、まっすぐに言葉を重ねる。


雪はそんな娘の姿に、胸がほんのり温かくなった。

「ふふ、それはいいことだわ。大きくなったらどうなるかわからんけど…めぐがそう思えるなら、お母さんもうれしいよ」


湯気に包まれた湯船の中で、ふたりは肩を並べて笑い合った。

まるで父・層一も、どこかでそのやり取りを見守っているかのように。





湯上がりのぽかぽかとした体を抱え、雪と恵は宿を後にした。外はすっかり暗くなり、層雲峡の山あいの空には星が瞬いていた。国道を走る車のライトが、雪解け水を含んだアスファルトを白く照らし出す。


助手席の恵は、まだ頬を上気させたまま、シートベルトに身を預けていた。

「お母さん…あったかい……」と、か細い声を残すと、すぐに小さな寝息に変わっていく。


雪はちらりと横顔を見やり、口元をほころばせた。湯気のように柔らかな表情で眠る娘。

「めぐ、今日もいっぱい笑ったもんねぇ。いい夢見られるべさ」


車内には静かなエンジン音だけが響き、窓の外には街灯の少ない暗い道が続く。けれど雪にとっては、恵の寝息がなにより心強い灯りだった。


やがて遠くに上川の町の灯が見えてくると、雪はハンドルを握る手に力を込める。

「ただいまって言ったら、めぐ、また笑って起きるんだろうなぁ」


母と娘を乗せた車は、静かな夜道を家へと走り続けていた。




家に着くと、雪はそっと車を停め、寝息を立てる恵を抱き上げた。ずっしりとした体の重みからも、日中の遊び疲れが伝わってくる。


「めぐ、ただいま〜」


寝顔のまま、恵は小さく「おかえり〜」と口をもごもご動かす。雪は微笑みながら、荷物を運び込み、服を着替えさせ、ふかふかの布団に寝かせた。


「今日もいっぱい遊んだね。楽しかったねぇ」


恵は目を半分だけ開け、ふにゃりと笑う。雪もそっと布団に入り、娘の寝顔を眺めながら手を握る。


静かな夜。暖かな寝息が部屋に満ち、雪は心の中でそっと呟いた。


「めぐ、よく頑張ったね。そうちゃんにも見せてあげたいなぁ」


目を閉じれば、今日の思い出が浮かんでくる。温泉での笑顔、光希と遊んだ日差し、知床の海と滝……。そして、娘の小さな寝息に包まれながら、雪もゆっくりと眠りに落ちていった。






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