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恵の物語  作者: リンダ
7/9

2人で金メダル

冬の空気がひんやりと澄み渡る朝、恵は雪に連れられてスキー場へ向かった。

今日は光希も一緒だ。光希の両親は仕事で来られないため、雪が「光希君のことは任せたべ」と頼まれていたのだ。


「光希君、今日もよーがんばろうな!」

「おう、めぐちゃん。おらも負げへんど!」


二人は笑顔で声を交わし、リフトに揺られながらゲレンデの景色を楽しむ。雪は後ろから見守りつつ、軽く声をかけた。


「光希君、スキーの後はあったけぇココアでも飲むべな」

「うん、そん時はおらも、めぐちゃんといっしょに飲むど!」


リフトを降り、ジャンプ台の足場へ向かうと、恵の目が大きく輝いた。

幼稚園の頃、初めてジャンプ台に立ったあの小さな体は、もうすっかり大きくしっかりとしている。


「お母さん、いっくよ~!」

恵は大きな声で叫ぶと、ブザーが鳴るやいなや助走をつけ、空中へと飛び出した。


風を切る音、雪面の白さ、冷たい空気が顔を撫でる。恵は全身でジャンプを楽しむかのように、空中で体をしっかり伸ばした。

少し離れたところでは光希も続けて飛び、「うわー、めぐちゃん、上手だなぁ!」と声を上げる。


雪は見守りながら、小さく呟いた。

「めぐ、ほんと、上手になったなぁ……」


子どもたちの姿は、冬の青空の下でまるで舞うように軽やかで、ゲレンデに楽しそうな笑い声が響いた。


ジャンプ台を降りた恵は、息を整えながらも、空気を切る感覚の余韻にまだ体を揺らしていた。一回目の跳躍でバッケンレコードを更新した彼女の飛距離は、沿道の観客からどよめきと拍手を引き起こしていた。光希もゴールで待ちながら、その瞬間を目に焼き付けていた。


「おお、めぐ……すごいな……!」光希の声が風にかき消されそうになりながらも、歓声に混ざって届く。


二回目の跳躍は、一回目で記録したバッケンレコードに迫る美しい飛距離となった。空中姿勢はまるで白鳥のように優雅で、着地のテレマークも完璧に決まる。観客からの歓声はさらに大きく、恵は歓喜の笑みを浮かべながら着地した瞬間、光希に向かって手を振った。


光希も力いっぱい手を振り返す。

「めぐ、なんか白鳥みたいにきれいに飛んどったな! 俺も負けられんべさ!」


恵は息を弾ませながらも、にっこり笑う。

「光希君、ありがと! でも、今日は二人とも頑張ったもんね!」



朝の冷たい空気がゲレンデを包む中、恵と雪、そして光希はリフトに乗って上へ向かっていた。今日は光希がノルディック複合のジャンプに挑戦する日である。恵も一緒に応援しながら、助走や飛び出しを間近で見られるのを楽しみにしていた。


「光希君、今日もがんばれよ~!」

恵は小さな拳をぎゅっと握り、リフトの上から声をかける。


光希は少し緊張しながらも、恵の声に頷く。

「おら、めぐちゃんが見てっから、大丈夫だべさ!」


雪も隣でそっと手を握り、励ます。

「焦らんで、光希君。めぐも応援してるべさ」


やがて、光希がジャンプ台の助走をつけて飛び出す瞬間。恵は声を張り上げた。

「いけー!光希君、めぐが見てるどー!」


空中で体をしならせながら飛ぶ光希。恵の応援の声が、冷たい風にのって耳に届くような気がした。


「うわー、光希君、すごーい!」

恵の目は輝き、思わず手を振る。雪もにこりと笑いながら、二人の様子を見守った。


光希が無事に着地すると、恵は駆け寄るように声を上げた。

「光希君、かっこよかった~!おら、めっちゃうれしい!」


光希は息を整え、笑顔で答える。

「めぐちゃん、ありがとな!おら、めぐが応援してくれたおかげで、飛べたべさ!」


冬の澄んだ青空と真っ白なゲレンデに、二人の笑顔が鮮やかに映えた。雪はその光景を静かに見守り、心の中でそっと呟いた。

「めぐも光希君も、ほんとにしっかりしてきたな……」



光希は、ノルディック複合の前半・ジャンプを終えた。小学生低学年のため距離は短いものの、ジャンプの瞬発力とその後のクロスカントリーでの持久力を必要とするハードな競技だ。結果は、トップとの差1秒で2位という好位置。


「よっしゃ……ここからだべ!」

光希は少し息を整えながらも、クロスカントリーコースへ走り出す。雪はリフトで上から見守り、恵は沿道脇で小さな体を前のめりにして光希を探した。


「光希君、がんばれ~!」

恵の声は、真っ白なゲレンデの冷たい空気を震わせ、光希の耳にも届く。


「おら、めぐちゃんの声、聞こえたぞー!」

光希は小さく笑みを浮かべ、クロスカントリーのコースを力強く滑り出した。


沿道の雪を踏む音、スキー板が雪を切る感触、そして周囲の声援。恵の声が何度も胸に響き、光希の足は自然と速くなる。


「光希君、もっともっと!」

恵は両手を振りながら全力で応援する。隣に立つ雪も、「焦らんで、光希君、ちゃんと滑れてるべ」と穏やかに励ます。


光希は一歩一歩を確かめるように滑りながら、心の中で父の声を思い出す。

「めぐ、頑張れって言ってくれたから、光希も負けられないべさ!」


やがてゴールが近づき、光希は最後の力を振り絞る。恵も小さな体を前のめりにして、声の限り応援した。

「光希君、ゴールまで行けー!」


光希がゴールテープを切ると、恵は小さなジャンプをして喜び、雪も両手を叩いて笑顔を見せる。光希は息を荒くしながらも、胸いっぱいの達成感で満たされていた。


光希がクロスカントリーのコースを全力で駆け抜ける。前には名村一志がいて、互いに絶対に譲らんという気迫がぶつかり合う。沿道の雪は、背伸びしながら声を張り上げる。


「光希君、いけー!負げんなー!」

「まだまだだべさ!最後まで抜かれんなー!」


雪煙が舞い上がり、板が雪を切る音が鋭く響く。ゴールは目前。だが、どちらが先にラインを超えたのか、目では全く分からん状態だ。審判も一瞬息を呑み、写真判定に頼るしかない。


光希は最後の力を振り絞って滑り込み、心の中で小さくつぶやいた。「めぐちゃんの声、聞こえたぞ……ぜったい勝つべさ……!」


観客の視線が一斉にゴールに注がれる中、光希と名村の板はほとんど同時にラインをかすめ、ゴールの瞬間、緊張の糸が張り詰める。空気が止まったような一瞬――雪も息を呑む。


そして、写真判定の結果が示されるまで、誰もが固唾を飲んで待つ。その瞬間、光希の心臓も、全力の滑走と同じ速さで鼓動していた。



写真判定の結果、光希がわずかの差で先にゴールしていたことが告げられた。沿道の歓声が一気に弾ける。恵はその瞬間、心の中で小さくガッツポーズを作り、目を輝かせた。


「光希君、すごいべさー! 一番じゃん!」


恵は手をぎゅっと握りながら、体を小さくジャンプさせる。冬の冷たい風が頬を撫でても、そんなのはまったく気にならなかった。光希も疲れた息を整えつつ、笑顔で応えた。


「おう、めぐ、ありがと! 一緒に見ててくれて、心強かったぞ!」


恵はさらに小さく跳ねる。周りの観客も拍手を送る中、光希の目が前方に向くと、名村一志がゆっくり近づいてきた。息を整えた一志の表情には、敗北を受け入れた冷静さと、次への闘志が混ざっている。


「光希君、すごかったなぁ。でも次は俺も負げんからな!」


光希は真剣なまなざしで頷き、笑みを浮かべた。

「おう、俺も負げねぇぞ! 今日の勝負、忘れんなよ!」


二人はしっかりと握手を交わし、その手を高く掲げた。恵はその瞬間を見て、思わず両手を上げて歓喜の声をあげる。


「わぁー! 光希君、一番だぁー!」


その声に、周囲の応援団もさらに盛り上がる。恵は小さな体をいっぱい使って飛び跳ね、光希と目が合うたびににっこり笑い合った。


光希は肩で息をしながらも、恵の方へ手を振る。

「めぐ、見たかい? 俺、勝ったべさ!」


「うん! すごいよ、光希君! 本当にかっこいい~!」


恵の目には、純粋な憧れと尊敬の光が宿っていた。光希も、その視線に応えるように少し照れくさそうに頭をかく。


その後、二人は少し離れて立ち、再びジャンプ台の方を振り返った。雪の視線が沿道から光希たちを追っていた。雪も小さく手を振り、微笑む。恵の喜びが、そのまま雪の胸にも温かく伝わっていく。


光希と一志の間には、静かな戦友のような空気が漂う。互いに闘志を抱きながらも、尊敬の念を交わす一瞬。周りの応援団も、その緊張感と達成感を肌で感じ、しばし拍手と歓声が続いた。


「光希君、ほんとにすごかったなぁ!」

恵は再び小さく跳ねながら声をかける。


光希も笑顔で応じ、肩に手を置きながら言った。

「めぐ、今日は一緒に応援してくれて、ありがとな。おかげで力、出せたべさ!」


恵は満面の笑みで返す。

「うん! 光希君、やっぱり一番だもんね!」


二人は手を取り合ったまま、ゆっくりとゴール付近を離れる。沿道の観客もまだ拍手を続け、冬の冷たい空気の中、温かな興奮が会場全体に満ちていた。


ゴール付近では、雪もほっとしたように深呼吸し、恵の小さな肩を抱いた。

「めぐ、光希君、本当に頑張ったべさ。今日の笑顔、ずっと覚えとくんだよ」


恵ははにかみながらもうなずく。

「うん、おかあさん。私も、今日のこと忘れないよ!」


光希と一志は互いに笑顔で握手を交わしながら、次なる挑戦に思いを巡らせる。恵はそんな二人を見守り、心の底から湧き上がる興奮と喜びに包まれていた。


冬の空気が肌に冷たく感じられながらも、二人の笑顔と歓声は、その寒さを一瞬で忘れさせるほどの熱気を放っていた。


ジャンプとクロスカントリーを終え、光希の胸には達成感と少しの疲労が混ざっていた。表彰台に上がると、冬の澄んだ空気の中で、観客の拍手が体に振動となって伝わる。恵は表彰台の下から手を振り、大きな声で声援を送った。


「光希君、すごいぞー! 一番じゃん!」


光希は少し息を整えながらも、恵の方に顔を向けて笑顔を見せる。

「おう、めぐ、見とったかい? 俺、頑張ったべさ!」


恵は小さく跳ねながら、手を振る。

「うん、見とった! 光希君、ほんとにかっこいい~!」


表彰式では、審判がメダルを首にかける。光希は胸を張ってメダルを受け取り、恵に向かってにっこり笑った。

「これ、めぐと一緒に勝ち取ったもんだべさ!」


恵は目をキラキラさせ、両手を前で握りしめる。

「うん! 光希君、ほんとにすごいよ!」


周囲の観客もまだ拍手を続け、雪も沿道の少し離れた場所から、穏やかな笑みを浮かべてその様子を見守っていた。雪の頬は冷たい風でほんのり赤く染まり、手袋をはめた手を胸の前で重ねて、光希と恵のやり取りをじっと見つめる。


「光希君、よく頑張ったなぁ……」雪は小さく独り言をつぶやく。その声は風にかき消されそうになるが、表情は柔らかく、誇らしげだった。


表彰台の上で光希は再び恵に向かって手を振る。

「めぐ、ありがとうな! 応援のおかげで、最後まで力出せたべさ!」


「うん! 光希君、一番でよかった~!」恵はぴょんぴょん飛び跳ねながら叫ぶ。


その声に、沿道の人々も笑顔になり、拍手を送る。雪は少し微笑みながら、胸の前で手を組み、息子のように成長した二人の姿を心の中に刻む。冷たい空気の中で温かい思いが胸を満たし、冬の訪れを感じさせる風も、雪にとっては心地よいものに思えた。


光希は表彰台を降り、恵の元へ駆け寄る。二人は小さなハグを交わすように手を取り合った。

「光希君、ほんとにすごかった~! 一番だなんて信じらんない!」


「おう、めぐ、これからも一緒に頑張るべさ!」


雪はその様子を見ながら、軽く肩を揺らして笑った。

「よかった……二人とも、本当に楽しそうだな」


冷たい風が雪の髪を揺らし、遠くに連なる山々の頂には、うっすらと雪が積もり始めていた。冬の匂いが混ざる空気の中で、光希と恵の笑顔は沿道で見守る雪に、未来の希望をそっと届けているかのようだった。


やがて観客が少しずつ散っていく中、雪は恵の手を軽く引き、光希に向かって優しい声をかける。

「めぐ、光希君、今日は本当にお疲れさまだべさ。ゆっくり休ませてやんなさい」


恵はにっこり笑い、光希の肩を軽く叩いた。

「うん、雪お母さん、ありがと!」


光希も頷き、少し照れくさそうに笑いながら、雪と恵の二人に感謝の目を向けた。冬の寒さに包まれた沿道の景色は、どこか温かさに満ちていた。


競技が終わり、表彰式が始まる。まず光希が一位の表彰台に立ち、恵はその横で応援する。沿道から雪も笑顔で見守り、風に揺れる髪を押さえながら、誇らしげに子供たちを見つめていた。


光希はメダルを胸にかけられ、恵に向かって手を振る。

「めぐ、これも全部応援のおかげだべさ!」


恵も大きく手を振り返す。

「うん、光希君、ほんとにすごいよ! 一位だもんね!」


光希は表彰台を降り、恵のもとに駆け寄った。二人は互いに手を取り合い、笑顔で抱き合うように喜びを分かち合った。


「めぐ、二回目のジャンプもほんときれいだったな!」光希は息を整えながら話す。

「光希君……ありがと! でも、光希君もすっごくかっこよかったよ!」


沿道で見守る雪も、思わず手を叩きながら微笑む。

「ふたりとも……ほんとに立派になったなぁ……」


そして、恵の表彰式が始まる。彼女も光希と同じように一位の表彰台に立ち、バッケンレコード更新を讃えられる。恵は誇らしげにメダルを受け取り、沿道に向かって大きく手を振った。


「みんな、応援ありがとう! 私、一位になれたよ!」


観客からは温かい拍手と歓声が響き、光希も隣で小さくガッツポーズを作る。

「めぐ、ほんとすごいべさ! 俺も負けらんねぇ!」


恵は笑顔で頷き、二人の小さな誇り高い戦いは、冬の冷たい空気の中で輝きを増していった。沿道で見守る雪は、冷たい風の中でも心を温められるような感覚に包まれながら、二人の姿を見つめ続けた。



表彰式の余韻を胸に、恵と光希は雪の運転する車に乗り込み、帰路に就いた。やんでいた雪が、また静かに白い粒を落とし始める。窓に小さな雪の結晶が舞い降り、外の景色を淡く染めていた。


暖かい車内で、二人は自然と背もたれにもたれ、気持ちよさそうに寝息を立てる。恵の頬にはまだジャンプ台の風の余韻が残り、光希の手も小さく震えているのがわかる。


運転席の雪は、バックミラー越しに二人の寝顔をそっと確認し、穏やかに声をかけた。

「めぐ、光希君……よく頑張ったなぁ。」


二人はまだ眠ったままだが、その声に微かに顔をほころばせる。雪は、今日のジャンプや複合の結果を思い出し、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


光希の両親は今日は帰りが遅くなるとのことで、雪は車を停める前に実家のカフェに電話をかけ、夕食の用意を頼む。

「はい、そっちで準備よろしくね。今日はめぐと光希君も帰るから。」


やがて、車は上川駅前の実家のカフェ雪に到着する。雪はハンドルを握ったまま、後ろの二人に声をかけた。

「めぐ、光希君、ついたよ~。今から晩御飯、一緒に食べよ!」


恵は眠たげに目をこすりながらも、すぐに顔をぱっと明るくする。

「うん、お母さん! ありがとう~!」


光希も寝ぼけた表情から笑顔に変わり、車のドアを開けながら小さな声でつぶやく。

「めぐと一緒に晩御飯食べるんか~。やった~!」


雪は二人の嬉しそうな顔を見て、ハンドルに手を置いたまま、心の中でほっと息をつく。冬の冷たい空気の中、ほのかに暖かい光を灯すカフェの明かりが、今日の疲れを優しく癒してくれるようだった。


店内に入ると、カフェのあたたかい香りと、焙煎されたコーヒーの香りが二人を包む。雪は窓際の席に二人を案内し、暖かな光の中で、これからのほっとした夕食の時間が始まろうとしていた。



夕食の席では、雪の両親が用意してくれた温かい料理が並んでいた。湯気の立つスープや、ほくほくの煮物、焼きたてのパン。三人は自然と笑顔になりながら、手を伸ばす。


「じいちゃん、ばあちゃん、美味しいよ~。ありがとう!」

恵は目を輝かせ、スプーンを口に運びながらそう言った。


光希もにっこりと笑い、少し照れくさそうに言った。

「おじさん、おばさん、ありがとう。このスープ、めっちゃ暖まるし、うまいわ~。」


雪は穏やかな笑みを浮かべ、二人の様子を見ながら言った。

「お父さん、お母さん、ありがとうね。ほんと助かるわ。」


食事の手を少し休めて、雪は二人にメダルと賞状を手渡した。

「これ、恵と光希君が頑張ってもらったメダルや。二人とも一番やったで。」


恵と光希は目を丸くしながら、それぞれのメダルを手に取り、賞状も手にした。目を細めて喜ぶ二人の姿を見て、雪の両親もにっこりと微笑む。


「二人ともよー頑張ったね。おめでとう。」

雪の父が穏やかに言うと、母も手を重ねて頷いた。

「ほんとにすごいわ。これからも怪我せんように、元気で頑張ってな。」


恵はメダルを胸に押し当てて、にこにこと笑った。

「うん! 光希君と一緒に頑張ったもん!」


光希も誇らしげにメダルを握りしめ、力強く言った。

「俺も、恵と一緒に飛べてよかったわ~。」


温かい料理と、家族の祝福の中で、二人の小さな胸には今日の達成感と喜びがふくれあがり、静かに心を満たしていた。



夕食がすっかり終わり、食卓には食べ終えた器が並んでいた。恵は大満足の顔で両手を合わせ、

「ごちそうさま~。じいちゃん、ばあちゃん、ほんと美味しかった!」

と笑顔を見せる。


光希も負けじと、

「おじさん、おばさん、ありがと。スープ、めっちゃあったまったわ!」

と感謝の言葉を伝えた。


雪は二人の背中を見ながら、ふっと優しく目を細める。子どもたちの笑顔と元気な声、それだけで、今日一日の疲れがすっと消えていくように感じられた。


やがて、時計の針が夜の八時を指す頃になると、雪は玄関でコートを羽織り、車のキーを手に取った。

「さてと、光希君、送ってくべな。めぐ、一緒に行ぐか?」


恵はすぐにぱっと顔を明るくし、

「うん!私も行く!」

と元気よく答えた。


三人は玄関を出て、吐く息の白さを確かめ合いながら車に乗り込んだ。外はしんと静まり返り、上川の町は雪に包まれていた。フロントガラス越しに見える街灯の明かりが、雪の粒を照らしては、儚い光の粒となって消えていく。


運転席の雪は、ハンドルを握りながら後部座席の二人に声をかける。

「今日はほんと頑張ったなあ。二人とも金メダルなんて、なかなか出来んことだべさ」


恵は少し誇らしげに胸を張って答える。

「うん!光希君もすごかったんだよ!めっちゃ速かったんだ!」


光希も照れたように頬をかき、

「めぐだって、白鳥みたいにきれいに飛んでたんだ。俺、見てて負けらんねって思ったもん」

と笑った。


車内はほんのり暖房の温かさに包まれ、窓の外とはまるで別世界だった。雪道を慎重に走る車の中で、二人の子どもの声は弾む雪のように軽やかで、雪の耳に心地よく響いていた。


やがて、光希の家の前に着いた。雪は車を静かに停め、運転席から振り返って声をかける。

「光希君、着いたで。降りるかい?」


「うん!」

元気よく返事をして、光希は恵と一緒に車を降りた。


三人は玄関先まで歩いていき、雪がチャイムを鳴らす。夜の冷たい空気が頬を刺すが、その一方で二人の子どもは楽しげに足を踏み鳴らし、雪を蹴って遊んでいる。


まもなく玄関の扉が開き、光希の両親が顔を出した。

「雪さん、今日はほんとありがとうございます。助かりました。急な仕事で、どうしても休めなかったもんですから」


雪は軽く会釈し、穏やかに答える。

「いえいえ、めぐも一緒に行きたいって言うもんだから。二人で楽しそうにしてましたよ」


光希の母は笑顔を浮かべて恵の方を見た。

「恵ちゃんもありがとうね、光希のこと頼んでくれて」


恵はにっこり笑って、

「うん!光希君と一緒にスキー行くの、すっごく楽しかったんだよ!」

と元気に答える。


光希は誇らしげに胸を張り、首から下げた金メダルをちらりと見せた。

「今日の大会、めぐと二人で一番とったんだ!」


両親は目を細め、心から嬉しそうにうなずいた。

「そうかいそうかい。本当によく頑張ったね」


その光景を見ながら、雪は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。自分の子どもも、友達も、こうして努力を重ねて輝いている。親として、それ以上に幸せなことはなかった。


やがて挨拶を済ませ、光希は玄関から手を振った。

「めぐ、また明日な!」


「うん!またね~!」

恵も笑顔で大きく手を振り返した。


雪は二人のやり取りを微笑ましく見守りながら、車へと戻った。再びエンジンがかかると、車はゆっくりと雪道を走り出す。


後部座席の恵は、すぐに大きなあくびをして、雪の肩越しに声をかけられる。

「めぐ、眠たくなったかい?」


「……うん……ちょっとだけ……」

そう言ったかと思うと、すぐに寝息が聞こえてきた。


雪はバックミラー越しに眠る娘の顔を見やり、静かに微笑む。降りしきる雪は街をさらに白く染め、冬の訪れを告げていた。車内には、娘の安らかな寝息とエンジン音だけが、静かに流れていた。



夜もすっかり更け、雪は恵をそっと布団に寝かせた。娘はすでに深い眠りに落ちていて、頬をほんのり赤らめ、安らかな寝息を立てていた。小さな胸が上下にゆったりと動き、時折、ふっと口元に笑みが浮かぶ。きっと楽しい夢を見ているのだろう。雪はその寝顔をしばし見つめ、心の奥に温かいものを感じながら、静かに寝室を後にした。


居間に戻ると、そこには小さな仏壇がある。仏壇の前に座り、蝋燭の炎を灯すと、淡い光が部屋を照らした。雪は両手を合わせ、目を閉じ、ゆっくりと語りかける。


「そうちゃん……。今日ね、恵と光希君、二人とも一番になったよ。すごいべさ、一番だよ。ジャンプもクロカンも、ほんとに頑張ったんだわ。めぐなんか、白鳥みたいにきれいに飛んでたんだよ。光希君も、最後まで全力で走って……写真判定で勝ったんだ。あの子ら、本当にすごいわ」


言葉を重ねるたびに、胸に込み上げてくるものがあった。けれど、涙ではなく、温かな誇りが心を満たしていく。


「そうちゃん……。二人がこうして元気にスキーに打ち込めるのも、あんたが見守ってくれてるおかげだと思ってるよ。ありがとうね……。これからも、ずっと二人を、守ってやってね」


雪は深く頭を下げ、静かに手を合わせた。炎がゆらりと揺れ、その光がまるで「わかってるよ」と頷くかのように見えた。


やがて蝋燭の火を消し、雪は布団へと入る。外では雪がしんしんと降り続き、町全体を包み込んでいた。恵は隣の部屋で、安らかな寝顔を見せたまま夢の世界を漂っている。そこにはきっと、今日の大会での歓声や、空を飛んだときの風、そして光希と笑い合った瞬間が映っているに違いない。


雪は布団に横たわり、娘の寝息を聞きながら目を閉じた。心に浮かぶのは、今日一日の喜びと、これからへの小さな願い。

「そうちゃん……ほんとにありがとう……」


そう囁いた直後、静かな眠りが雪をやさしく包み込んだ。

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