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恵の物語  作者: リンダ
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秋風と湯けむりと、笑顔の一日

朝の空気はまだひんやりして、木々が優しく揺れている。


「よーし、めぐ、光希くん、今日も走るべさ!」


恵が元気に走り出し、光希も息を切らしながら後ろを追う。


雪はゆっくり歩きながら、ふたりの会話を聞いている。


「めぐ、はえーなぁ! おら、まだまだついていけねぇわ」


光希が笑いながら息を整える。


雪が声をかける。


「光希くん、めぐと走るの、楽しいべ?」


「んだなぁ。めぐちゃんのペース、ちょうどええから、走りやすいわ」


恵が振り返り、笑顔で言う。



運動会の疲れがじわりと体に広がる夕方、雪がにこやかに声をかけた。


「みなさん、今日みんなよう頑張ったけん、よかったら層雲峡温泉さ日帰りで行かんべか?」


伊達光希の両親、門別翔太の両親、北見美咲の両親もにこにこと頷いた。


「いいど!層雲峡の温泉は疲れとれるし、楽しみだわ」


みんなの顔にほっとした笑みが広がり、和やかな雰囲気で車に乗り込んだ。


山道を走る車窓からは、紅葉が始まった山々が鮮やかに広がり、秋の訪れを感じさせる。


温泉に着くと、湯気がふんわりと立ちのぼり、疲れた体を優しく包み込んだ。


湯船に浸かりながら、恵も光希も翔太も美咲も、ゆったりとした時間を楽しんだ。


「はぁ〜、あったまるわぁ」


「今日の疲れがすっかり取れた気がする」


みんなが笑顔で語り合い、秋の風が露天風呂のそばをそっと吹き抜けていった。


雪の提案で集まったこの時間が、みんなの心にあたたかな思い出として刻まれた。




「おかあさんもいっしょに走らねぇべ? みんなで走ったら、もっと楽しいべさ」


雪は苦笑しつつ息を整え、


「まだ体が慣れてねぇけど、ふたりのあとついて走ると、元気もらうわ」


恵がガッツポーズし、


「よし、無理せんとゆっくり続けっぺな!」


光希も負けじと拳を握り返す。


3人の笑い声が、朝の清んだ空気に響き渡り、家のまわりに広がっていった。



ランニングから帰ると、光希は自分の家へ駆けていった。


「じゃあな、めぐちゃん!またな!」


元気よく手を振る光希に、恵も笑顔で返す。


「またいっしょに走ろうね、光希くん!」


恵は雪と一緒に家の中へ戻る。


朝の光がキッチンに差し込み、雪は朝食の支度をしながら、恵に声をかけた。


「めぐ、朝ごはんしっかり食べるべさ。今日は学校でいっぱい動くど」


「うん!おなかペコペコだもん!」


二人はテーブルを囲み、新鮮な卵や野菜、手作りのパンをたっぷりと食べた。


「おかあさんの作ったごはん、やっぱりおいしいなぁ」


「めぐの元気な顔が見れて、わたしもうれしいわ」


朝食を終えた恵はランドセルを背負い、笑顔で玄関を飛び出した。


「いってきまーす!」


雪は見送りながら、心の中でつぶやいた。


「今日も元気でなぁ、めぐ」


そして雪は仕事場のカフェ雪へと向かった。


すでに雪の両親は畑に出ており、秋野菜の収穫にいそしんでいた。


「おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」


雪も一緒に畑に入り、手際よく野菜を収穫していく。


畑で採れたばかりの新鮮な野菜は、カフェ雪の料理の大切な素材だ。


「この野菜の鮮度は自慢できるもんねぇ」


雪が笑顔で話すと、両親も笑顔で頷いた。


カフェ雪は自家製野菜のほかに、自家焙煎のコーヒーも評判で、地域の人々に愛されている。


今日も新鮮な野菜と香り高いコーヒーで、お客さんを迎える準備が整っていった。



野菜の収穫を終え、雪たちは手早く開店準備に取りかかった。


「よーし、今日も気合い入れてがんばるべさ!」


雪は新鮮な野菜を丁寧に並べ、厨房へ向かいながらコーヒーマシンのスイッチを入れた。


店の前にはすでに、何人かのお客さんが並んでいる。


地元の顔なじみの常連さんや、観光バスで層雲峡やオホーツク方面へ向かう人々もちらほら見える。


「おはようございます!お待たせしました、まもなく開店です!」


雪が元気よく声をかけると、並んでいた人たちから笑顔が返ってきた。


午前10時、カフェ雪の扉がゆっくりと開く。


新鮮な野菜を使った軽食と、自家焙煎の香り高いコーヒーの香りが店内に広がる。


「ここの野菜はほんとにうまいわ。新鮮でシャキシャキだもんなぁ」


常連のじいちゃんがにこにこしながら、カウンターでコーヒーをすすった。


観光客の若い夫婦は、地元の味を楽しみながら、旅の疲れをほっと癒している様子だった。


「ここのコーヒー飲んだら、またここに寄りたくなるべさ」


雪も笑顔で応えながら、忙しくも充実した朝の時間がゆっくりと流れていった。



昼のカフェ雪は、朝の忙しさをひと段落させ、ゆったりとした時間が流れていた。

窓から差し込む秋の柔らかな陽ざしが、店内の木製のテーブルや椅子を温かく照らす。


厨房からは、スパイスの効いたカレーの香りがふわりと漂い、訪れる人たちの食欲をそそる。


店内には、地元の人々や観光客が思い思いの席に腰をおろし、会話や食事を楽しんでいる。


「ここのカレーは、野菜がゴロゴロ入っててうまいわ」


と、常連のおばあちゃんがにこやかに話すと、隣の観光客の若い女性も頷いた。


「畑で採れたばかりの野菜ば使ってるんだべ?」


雪はカウンター越しに笑顔で答える。


「はい、朝に収穫したばかりの新鮮な野菜だけを使っています。だからシャキシャキで甘みも違うんです」


奥のテーブルでは、地元の家族連れがカレーを囲み、子どもたちは元気にスプーンを動かしている。


カウンターの隅では、香り高い自家焙煎のコーヒーが湯気を立てて注がれ、まるでこころをほっとさせる魔法のようだ。


雪は時折厨房とホールを行き来しながら、お客さん一人一人に気配りを欠かさない。


「おかわりいかがですか?」


「ありがとう。ここのコーヒー、ほんとにおいしいのよ」


そんなやり取りが何度も繰り返され、カフェ雪は今日も人々の憩いの場となっていた。


店の外では、秋風がそっと木の葉を揺らし、穏やかな時間の流れを告げている。



校庭の隅っこで、恵、佐保、そして友達の翔太しょうた美咲みさきが元気よく走り回っていた。


「おら、おらー!まてまてー!」


翔太が全力で佐保を追いかける。


「やーめてー、翔太くん!こわいわー!」


佐保は笑いながらも、必死に逃げる。


息が少し上がったところで、佐保がふと話題を変えた。


「ねぇ、めぐちゃんのお父さんって、スキージャンプの選手だったんだって?」


恵が元気よく頷く。


「そうなんよ。お父さん、あんな高いところから飛ぶんだよ。おら、見ててもドキドキするわ」


美咲が首をかしげて言った。


「でも、あんな怖いこと、どうしてやるんだろうね?わたし、ちょっとこわいなぁ」


「最初はこわいのが当たり前だべさ。おらも去年は滑るの、ぜんぜんできんかったわ」


翔太も笑いながら言う。


「そんで、めぐちゃんはどう?スキー楽しい?」


恵はキラキラした目で答えた。


「うん!練習したら、だんだんできるようになってきたよ。滑ってると、風が気持ちいいんだ」


佐保がちょっと考え込む。


「わたしも、やってみたいけど、まだ迷ってるんだ」


「やってみたら、楽しいべさ!スキーは、やればやるほど好きになるよ」


恵が励ますと、佐保は少し笑顔になった。


「ありがとう、めぐちゃん。がんばってみるわ」


再びみんなで追いかけっこが始まり、笑い声が校庭に響いた。



休み時間の校庭の片隅で、恵と佐保ちゃんが少しだけ静かに話していた。


「ねぇ、佐保ちゃん、今度ジュニアのスキー大会があるんだわ。よかったら見にきてくれないべか?」


佐保ちゃんは少し驚いた顔で答えた。


「えー!めぐちゃん、出るんだべ?見に行きたいけど、わたしまだうまく滑れないし…」


恵はにっこり笑って言った。


「大丈夫だよ。わたし、『風』っていう友達といっしょに飛ぶんだ。心強いべさ」


佐保ちゃんは首をかしげながらも、少し嬉しそうに頷いた。


「そっか……見に行くべ。めぐのジャンプ、絶対応援するわ!」


恵は空を見上げて、スキーのジャンプ台を思い浮かべた。


「ジャンプ台に立つと、お父さんの声が聞こえてくる気がするんだ」


静かな声で続けた。


「お父さんが、『恵、頑張れ』って、そっと励ましてくれてるような気がして…」


佐保ちゃんは優しく恵の手を握り返した。


「めぐちゃん、すごいなぁ。お父さんも、きっとめぐのこと誇りに思ってるよ」


二人の間にあたたかな空気が流れ、秋の風がそっと吹き抜けていった。



秋のやわらかい日差しが校庭を優しく包むなか、運動会がはじまった。


「よーい、ドン!」


かけっこで恵は軽やかに飛び出し、断トツの一位でゴールテープを切った。


「はえーなぁ、めぐちゃん!」


光希も歓声をあげて声援を送る。


リレー種目でも、恵のチームがバトンをつなぎ、一番を獲得した。


「おらたち、やったべさ!」


チームメイトの門別翔太が喜びを爆発させる。


玉入れでは、小さな体をめいっぱい伸ばして赤い玉を次々と投げ入れ、


綱引きでも力いっぱい綱を引っぱった。


「そりゃあ!負けられんぞ!」


北見美咲が大きな声で応援し、みんなの気持ちをひとつにした。


そして親子で参加した大玉ころがしでも、恵はお母さんの雪と力を合わせて大玉をコロコロ転がした。


「おかあさん、もっと押すよー!」


「よーし、転ばんように気ぃつけるべな!」


一日中、笑顔と元気いっぱいで走り回り、みんなで助け合い、楽しい時間を過ごした。


夕暮れの空が少しずつオレンジ色に染まりはじめるころ、運動会は無事に終わった。


恵も光希も、門別翔太も北見美咲も、心地よい疲れと充実感でいっぱいだった。


「今日の運動会、ほんとに楽しかったなぁ」


恵が満足そうに笑いながら言うと、光希がうなずいた。


「また来年も、みんなでがんばろうな!」


秋の風がそっと吹き抜け、みんなの笑顔をそっと包み込んでいた。



温泉に着くと、みんな自然と女子チームと男子チームに分かれた。


女子チームは賑やかに脱衣所へ向かい、浴場に入ると、湯気の中で楽しそうな声が響いた。


「はぁ〜、あったかくて気持ちいいなぁ!」


「ほんと、今日の運動会の疲れがすっかり取れるわ」


湯船につかりながら、スキーの話題になった。


「めぐちゃん、ジャンプの練習はどうなっとるの?」


恵は少し照れながらも答えた。


「だんだん上手くなってきたけど、やっぱりこわい時もあるんよ」


「でも、ジャンプ台に立つとお父さんの声が聞こえる気がして、がんばれるんだ」


「そいはすごいなぁ。お父さんも天国から応援してるんだべ」


「わたしもスキー始めたばっかだけど、めぐちゃんみたいにがんばりたいな」


女子たちは笑顔でお互いの話に耳を傾け、温泉のあたたかさと仲間との会話に心も体もほぐれていった。


浴場の窓から見える山並みは、夕暮れの柔らかな光に染まり、静かな時間がゆっくりと流れていた。



男子チームは脱衣所から勢いよく浴場へ。湯気の中に入るなり、光希が大きく声を上げた。


「おぉ〜、こいはたまらんな!運動会のあとの温泉、最高だべや!」


翔太も笑いながら、肩までどっぷり浸かる。

「んだんだ、今日一日走りまくったけぇ、足の疲れがスーッと抜けてく感じするわ」


北見美咲の弟・大輝だいきも目を細めて、

「おれ、こんな広い温泉はじめて入った。なんか大人になった気分だべ」


光希がからかうように笑う。

「おめ、まだまだ子どもだべや。スキーの板もまだ短けぇし」


翔太が笑いながら頭にタオルをのせ、

「でも大輝、スキーうまくなったらジャンプ台立てるかもしれんぞ」


大輝は湯船から立ち上がって、両手を広げてみせた。

「ほれ、こんなふうに飛ぶんだべ!」


光希と翔太は笑い転げ、湯がぱしゃっと跳ねた。


湯気の向こう、窓の外には夕暮れの山が見え、男子たちの笑い声が湯船いっぱいに響いていた。




温泉から上がった子どもたちは、脱衣所の横にある休憩所へ。

体はぽかぽか、頬は湯上がりでほんのり赤い。


光希が腰に手を当てて、冷えた瓶の牛乳をぐいっと一口。

「ぷはぁ〜っ!やっぱ温泉あとは牛乳だべや!」


翔太はイチゴミルクを手にして、笑いながらうなずく。

「おれはこっち派だわ。んまいなぁ〜」


恵も牛乳を飲み、

「佐保ちゃん、ほら、これ飲んでみ?あったまった体にしみるべさ」


佐保は照れ笑いしながら一口飲んで、

「ん〜、ほんとだ、なんか外の雪景色まできれいに見える感じするわ」


子どもたちの笑い声や、「あ〜うまい!」という声が休憩所に響く。

その様子を見ながら、光希の両親も翔太の両親も、美咲の両親も、そして雪も、

「今日は連れてきてよかったなぁ」と心の中で思い、自然と口元が緩む。


窓の外には、層雲峡の山並みが夕焼けに染まり、温泉の湯気とともに、穏やかであったかな時間がゆっくり流れていた。




湯上がりの休憩所。

子どもたちは牛乳やイチゴミルクを飲みながら、まだスキーや運動会の話で盛り上がっている。

その少し離れたテーブルに、親たちが腰を下ろしていた。


光希の父・伊達正志が笑いながら、翔太の父・門別浩一に声をかける。

「しかし、みんな元気ですねぇ。温泉入ってもなお、あんだけ騒げるんだから」


浩一は肩をすくめて、

「ほんとほんと。おれなんか、もう湯船でちょっと眠くなってましたよ」


北見美咲の母・北見麻衣子が、カップのコーヒーを口にしながら微笑む。

「でも、運動会も見応えありましたね。恵ちゃんも光希くんも、足の速いこと!」


雪がにこやかにうなずく。

「今日はみんな頑張ったし、温泉でしっかり疲れ取ってくれたらなぁと思って。…私が小さいころも、運動会のあと温泉行くの、恒例だったんですよ」


光希の母・伊達美和が感心したように、

「いいですねぇ、そういうの。子どもたちにとってもきっと、思い出になりますよ」


窓の外、夕焼けがだんだんと薄紫に変わっていく。

山の稜線の向こうから冷たい風が吹き始め、ちらりちらりと細かい雪が舞いはじめていた。


浩一がその雪に目を向けて、

「…こりゃ、明日はまたスキー日和かもしれませんね」

正志が笑いながら頷く。

「ええ、きっとまた子どもたち、早起きしますよ」


その横で、母親たちは顔を見合わせ、

「ほんと、体力ありますよねぇ」と笑い合った。



温泉でしっかり温まったあと、子どもたちは髪をタオルで拭きながら、名残惜しそうに玄関前で手を振り合った。

「また火曜日に会おうね!」

「うん! 月曜は代休だから、いっぱい休んでね!」


それぞれの家族が車に乗り込み、層雲峡温泉を後にする。

温泉街の街灯が、白く光る湯けむりを柔らかく照らし、やがてそれも山道に吸い込まれていった。


車内では、子どもたちがまだ今日の話を続けている。

「恵ちゃん、リレーのときすごかったよな!」

「光希くんも玉入れめっちゃ入れてたじゃん!」

笑い声がエンジン音に混じり、窓の外を流れる黒い森と川の音が遠くに聞こえる。


やがて家々の明かりが見え始め、それぞれの家族は「じゃあ、また火曜日!」と改めて手を振って別れた。


夜になると、空気が一段と冷たくなる。

吐く息が白く長く伸び、足元からじわじわと冷えが這い上がってくる。

空には無数の星が瞬き、北の山から吹き降ろす風が、もうすぐそこまで来ている冬の訪れを告げていた。




そして、恵も家に帰ると、湯上がりの心地よい疲れに包まれ、布団にもぐり込んだ瞬間、まぶたが静かに閉じていった。

頬にはほんのりと温泉の熱が残り、呼吸はゆったりと、規則正しい。


安らかな寝顔に、時折ふっと小さな笑みが浮かぶ。

それは、きっと今日の運動会での全力疾走や、温泉での楽しいひとときが、夢の中で再び繰り返されているからだろう。


部屋の窓から差し込む月明かりが、恵の寝顔をそっと照らす。

外では風が木々を揺らしているが、その音も子守歌のように優しく響き、恵は深い眠りの中で、変わらず幸せそうに夢を見続けていた。



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