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恵の物語  作者: リンダ


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17/19

復活戦

◆ 静かな決意 ― 白風は、止まらない


それからの毎日は、

派手さはなくて、でも一日も無駄のない時間だった。


朝。

学校へ行く前にリハビリ。

放課後、またリハビリ。

夜はストレッチと、ノート一冊。


恵は、泣き言を言わなかったわけじゃない。

痛い日は、ちゃんと痛いと言ったし、

思うように曲がらない膝に、腹が立つ日もあった。


でも――

立ち止まる日は、なかった。


リハビリ室


マットの上。

右ひざに負荷をかけないフォームで、体幹トレーニング。


「……ふぅ……」


呼吸を整え、無音の一秒。


(今は飛べん。

 なら、“飛ぶための体”を、ここで作るだけだべ)


理学療法士が声をかける。


「恵ちゃん、目が変わったね。

 最初の頃より、ずっと」


恵は汗を拭いながら、にやっと笑う。


「そりゃそうだべさ。

 うち、いま“助走中”だから」


「助走?」


「ジャンプ台の上で止まってるみたいに見えても、

 内側じゃ、もう走り出してる感じだべ」


もう一度、体を起こす。

腹筋、背筋、肩甲骨。

飛べない今だからこそ、全部が“武器”になる。


夜 ― ノートの時間


机の上に広げたノート。

表紙には、太い字でこう書いてある。


「2038年 リレハンメル」


中身は、今できることだけ。


・膝に負担をかけない体幹強化

・着地時の視線イメージ

・風待ちの呼吸(無音一秒)

・メンタル:落ち込む時間は10分まで

・笑う(必須)


恵はペンを止めて、ひざに手を置く。


「……焦んな、恵。

 今は“戻る途中”じゃねぇ。

 前より強くなる途中だべさ」





◆ 応援遠征 ―「飛べなくても、風には行けるべさ」


朝、まだ外は白っぽい。

恵は車いすのフットレストに足を乗せ、膝のサポーターをきゅっと締めた。

胸ポケットの鈴を指で弾く。


「……よし。今日は“応援で勝たせる日”だべさ」


ちりん。


雪(母)が玄関で上着を持って待っている。

「寒いよ。ブランケット、二枚。鈴は一枚じゃ足りないからね」


「鈴、布で増やすなって(笑)」


車に乗り込み、道を走る。

助手席の窓から見える雪原は、きらきらしていた。

飛べない今の恵にとっても――そこは、ちゃんと“競技場の景色”だった。


◆ 会場到着 ― 旗の音、ストックの音


会場に着くと、もう空気が違う。

スタート台の方から、助走の雪が鳴る音。

クロカンコースの方から、ストックが雪を刻む乾いた音。


恵は車いすのまま、観客エリアの一番見やすい場所に陣取った。


「……なまら、いい音するべ」


雪が頷く。

「ここに来ると、体が“競技者”に戻るね」


「うん。膝は置いてきたけど、目は来たべさ」


◆ ノルディック複合 ― 光希のジャンプ


まずは光希。

ジャンプ台の上に、青柳光希のゼッケンが見えた。


恵は手袋の中で、指を折りたたむ。

“内緒の握手”。ぎゅ、ぱ。


(相棒課、スポーツ支部。今日も定時出勤だべ)


光希がスタートバーに座る。

一拍。無音。

助走。雪が弦みたいに鳴る。

踏切り。空で体幹一本。


着地――スッ。


電光が点く。

上位の数字。観客がざわめく。


恵は小さく息を吐いて笑った。


「……いまの、借りた風をちゃんと返す跳びだったべさ」


雪「うん、光希の“戻ってきた顔”だね」


◆ クロスカントリー ― 追いかける時間


ノルディック複合は、ここからが本番。

ジャンプの結果がそのまま、クロカンのスタート差になる。


掲示板に表示された差。

光希はトップと数秒差――勝負圏内。


恵はその数字を見て、にやっとする。


「……ちょうどいいべ。

“追う”ってのは、光希の一番得意な仕事だべさ」


雪「恵も追うの好きだったね」


「今は……応援で追うべ」


◆ 佐保 ― クロスカントリーのスタートライン


次は佐保のクロスカントリー。

スキー板を揃え、ストックを握る姿は、もう“本格派”のそれだった。


恵はフェンス越しに声を飛ばす。


「さほー!

借りた風は脚で返すんだべさ!」


佐保が振り返って、親指を立てる。


「めぐ!任せて!

今日は“胃で返す”じゃなくて“脚で返す”から!」


「そこはちゃんと脚で返せや!!」


周囲が笑う。

佐保は笑いながらも、目だけは真っ直ぐだった。


(あの目……勝ちに行く目だべ)


◆ 競技開始 ― “飛べない恵”の役割


ピストルが鳴る。

佐保が雪を切って走り出す。

光希のパシュートも始まる。


恵は車いすの肘掛けを握った。

心臓が勝手に早くなる。


(うちが飛べない分、

うちの目で二人を飛ばすべ)


雪が恵の肩に手を置く。

「大丈夫。恵の応援、風みたいに届くよ」


恵はうなずいて、鈴をそっと鳴らした。


ちりん。


それは“祈り”じゃない。

“合図”だ。


◆ コース脇 ― 光希の追い上げ


クロカンコースのカーブ。

光希が前の選手の背中を捉える。

一段ギアが上がる。


恵は叫ぶ。


「光希ーー!

いま借りろ!最後で返せ!」


光希が顔を上げ、ほんの一瞬だけ笑う。


(よし。聞こえたべ)


◆ 佐保 ― 最初の山場


佐保は中盤で一度、呼吸が荒くなる。

でもストックの突きがブレない。

フォームが崩れない。


恵は手袋の中で指を折りたたむ。


“無音の一秒”。


(さほ、焦るな。風は逃げねぇ)


声にする。


「佐保ー!

静かに強いべ!」


佐保が小さく頷く。

そして一段、ピッチを整えて戻した。


(うん、戻した。今のは“勝ち方”だべさ)


◆ 終盤へ ― 二人の“勝負師”が並ぶ日


恵はふと、気づく。


自分が飛んでいなくても、

自分の世界は止まっていない。


光希が走っている。

佐保が刻んでいる。

そして自分は――ここで、全力で“支える側”をやっている。


(うち、いまも競技者だべさ)


膝は痛い。

でも、目は笑っていない。


それは復活を誓う者の目。

そして同時に、仲間を勝たせに来た“チームの目”。


恵は鈴を握りしめる。


「……行け。ふたりとも。

今日はふたりが飛べ。

うちはここで、風になるべさ」


ちりん。

胸ポケットの鈴を、そっと弾く。


ちりん。


(怖さ?

 いまは一緒に、作戦会議中だべ)


学校 ― いつも通りの笑顔、その奥


教室では相変わらず、恵は明るかった。


「車いすでも廊下最速、目指すべ!」

「この膝は今、充電中だから触るなよ〜」


みんなが笑う。

先生も苦笑する。


でも、ふとした瞬間――

誰も見ていないときの恵の目は、違った。


遠くを見るような、

一点を射抜くような、

“勝つことを前提に生きている人間の目”。


友達が気づいて、小さく声をかける。


「めぐ……ほんとに、戻る気なんだね」


恵は一瞬だけ真顔になって、うなずく。


「戻る、じゃないべ。

 “更新”しに行くんだべさ」


母・雪の視点


雪は、娘の変化を一番近くで見ていた。


笑ってる。

冗談も言う。

でも、毎日の積み重ねが、明らかに違う。


ストレッチ一つ、呼吸一つ。

全部に意味を持たせている。


(あの目だ……)


小学生のころ、

失敗して、泣いて、それでも立ち上がったあの日と同じ。


いや、違う。


あの頃より、覚悟が深い。


夜のひとり言


ベッドに横になり、天井を見る。


「……大丈夫だべ」


声に出して、言う。


「風は逃げねぇ。

 世界との差?

 いまは“測ってるだけ”だべさ」


16歳の自分。

オリンピックのジャンプ台。

観客のざわめき。


そこに立つ自分を、はっきり思い描く。


「その時、

 今日のこの一日が、

 ぜんぶ足場になってるはずだべ」


鈴を握る。


ちりん。


その音は、もう“慰め”じゃない。

合図だ。


――復活する。

――必ず、前より強く。


その目は、

怪我をした中学生のものではなかった。


復帰戦の先、世界と渡り合う未来を、もう見ている勝負師の目だった。


白風は、止まらない。

いまはただ、

より高く跳ぶために、力を溜めているだけだ。



◆ 応援遠征・後半戦 ―「今日は二人が飛ぶ日だべさ」


恵は車いすの肘掛けを握り、白い息を吐いた。

胸ポケットの鈴を指で弾く。ちりん。


(うちが飛べない分、今日は“風”になるべ)


雪(母)がブランケットを掛け直してくれる。

「寒くなったら言いな。応援は体力勝負だよ」


「うん。応援も競技だべさ」


◆ 1)ノルディック複合 ― 光希、クロカンで逆転

ジャンプ後の掲示板


電光掲示板が光る。

トップは東海学園の榛名。

2番手は長野北の鷲尾。

光希は――トップから+4秒。


恵は小さく笑った。


「……ちょうどいいべ。

光希は“追う”ときに、顔が強くなるんだわ」


雪「恵もね」


「……今は、うちが追うのは“復帰”だけだべ」


スタート ― 4秒の差


ピストルが鳴る。

榛名が飛び出す。

2秒遅れで鷲尾。

さらに2秒、光希が滑り出す。


ストックの音が雪原に刻まれる。

シューッ、シューッ、と乾いたリズム。


恵はフェンス越しに声を飛ばす。


「光希ー!

借りた風は脚で返すんだべさ!」


光希は一瞬だけ顔を上げ、口元だけで笑った。

(聞こえた)


1km地点 ― “借りる”のうまさ


光希は無理に前へ出ない。

鷲尾の後ろに入り、風の抵抗を削る。

滑りの音が一定で、呼吸が荒れない。


(前半は借りる。後半で返す)

恵には、それが分かった。


車いすの上で、恵は指を折りたたむ。

内緒の握手。ぎゅ、ぱ。


(今は動けない。

でも、“読む目”は鈍らせないべ)


3km ― 心臓丘Jr.、勝負の入口


コース最大の登り。

榛名がリズムを上げる。

鷲尾が必死についていく。

光希は、そこで初めて“前”へ出た。


登りの入口、半身だけラインを変える。


「失礼」


鷲尾が一瞬、目を見開く。

でも光希は押さない。

淡々と、抜く。


恵が息を呑む。


「……今の抜き方、なまら腹立つほど上手いべ」


雪「褒めてるね?」


「褒めてる。悔しいけど、褒めてるべ」


ラスト1km ― 返済の直線


下りの出口。

光希はエッジを早めに立て、遠心の一拍で加速する。

榛名の背中が、はっきり見える。


差、ほんのわずか。


恵は叫んだ。


「光希ーー!

いま借りたぶん、ここで返せーー!」


光希のストックが、深く刺さる。

一段、強い。二段、強い。


最後の直線。

榛名が横目で光希を見る。

その瞬間、光希は笑ったように見えた。


フィニッシュライン――


ピッ。


続いて、ピッ。


その差は、ほんの僅か。


結果発表


放送ブースが震える声で告げる。


「ノルディック複合・男子――

第1位、青柳光希!

第2位、榛名颯汰! +0.4秒!」


観客が爆発する。

雪面が揺れるほどの拍手。


恵は、車いすの上で両手をぎゅっと握った。

涙が出そうで、笑って誤魔化す。


「……ったく。

借りた風、きっちり返してきたべさ」


雪がそっと恵の肩を抱く。

「恵、いい顔してる」


「うん。

うちの膝は痛いけど、今のゴールで心は治ったわ」


恵の鈴が鳴る。ちりん。


◆ 2)クロスカントリー ― 佐保、初優勝


光希の表彰の熱が残る中、

次は佐保のクロカン。

女子の部。距離は5km。


スタート地点に佐保が立つ。

ストックを握る手が、いつもより静かだ。


恵はフェンス越しに呼びかける。


「佐保ー!

今日は“胃で返す”じゃなくて脚で返せよ!」


佐保「わかってるって!

今日、プリン封印したから!」


恵「偉いけど、そこじゃないべ!」


周囲が笑う。

佐保も笑う。

でも――目は笑っていない。


(勝ちに行く目だ)


スタート ― “刻む”選手


ピストル。

佐保が飛び出す。

序盤は無理に前へ出ない。

トップ集団の中で、淡々と刻む。


恵は息を止めた。

光希の“借りる”と同じ。

佐保も、ちゃんと成長してる。


雪「佐保ちゃん、落ち着いてるね」


恵「うん。

怖さ、ちゃんと事務員にしてる顔だべさ」


中盤 ― 揺れる瞬間


3km地点。

林の影で風が止み、空気が重くなる。

佐保のピッチが一瞬乱れる。


(来た)


恵は、手袋の中で“無音の一秒”。

そして声を飛ばす。


「佐保!

静かに強いべ!

焦るな、窓くる!」


佐保が小さく頷く。

呼吸を整え、フォームを戻す。


たったそれだけで――

トップとの差が、縮まり始める。


最終1km ― 勝負の“返済”


ラストの登り。

トップの選手が先に仕掛ける。

佐保は一拍、遅れてつく。


(まだだ)


登りの頂上。

コースが開けて、風が通る。


その瞬間、佐保が出た。

外ラインに出て、ストックを深く刺す。


一段、二段――


(返しに行った)


恵は叫ぶ。


「佐保ーー!

今まで借りたぶん、ここで脚で返せーー!」


佐保の背中が、ぐっと前へ伸びる。

スキー板の走りが変わる。

雪の音が、細く、速くなる。


最後の直線、二人が横並び。


佐保が、半歩。

さらに半歩。


フィニッシュ――


ピッ。


結果


会場アナウンス。


「女子クロスカントリー、優勝――

旭川市立東陽中学校・佐保美琴選手!

初優勝です!」


恵は、声が出なかった。

息を吸って、吐いて、ようやく言った。


「……やったべさ」


涙が落ちそうで、でも笑ってしまう。

だって佐保は、ゴールした瞬間――


「プリンーーーー!!」


って叫んでいたから。


恵「そこかい!!」

雪「やっぱりそこなんだね……」


観客が笑って、拍手が重なる。

勝利と爆笑が一緒に来る。


(ああ……これだべ。うちらのやり方)


恵の胸ポケットの鈴が、もう一度鳴った。


ちりん。


◆ 二つの優勝のあと ― 恵の“勝負師の目”


光希はメダルをかけたまま、恵のところへ来た。

雪が車いすを少し前に出す。


光希「めぐ、見てた?」

恵「見てたべ。

……あんた、最後の直線、性格悪い勝ち方したな」

光希「褒めてる?」

恵「褒めてる(即答)」


佐保も駆けてくる。顔が真っ赤。

佐保「めぐ!勝った!見た!?」

恵「見た見た。

……で、プリンの話はあとだべ」


三人、笑う。

でもその笑いの奥で、恵の目は静かに燃えていた。


(今日、二人が勝った。

なら、次は――うちが戻って勝つ番だべ)


恵は二人の手を取って、内緒の握手をした。

ぎゅ、ぱ。


「……今日の優勝、うちのリハビリの薬になったべさ。

ありがとな。

うちも必ず、戻る。

2038年に間に合わせる。」


光希「当たり前」

佐保「置いてかないよ。三人で行くんだべ?」


恵はうなずく。

短い言葉で、自分に刻む。


「次の一拍」


鈴が、三つ分の高さで鳴った気がした。


ちりん。




◆ 三人そろって報告 ―「博多に“勝ち鈴”鳴らすべさ!」

大会が終わった夕方。

会場の裏手、除雪車の低い唸りが遠くで鳴っている。

光希はメダルを首にかけたまま、佐保は頬を真っ赤にしたまま、

恵は車いすのブレーキをきゅっと止めた。

「……よし。博多に報告するべさ」

恵がスマホを掲げると、三人の画面に「光子」「優子」の名前。

呼び出し音が二回鳴ったところで――

光子「はいはいはい!出た出た!今日の主役たち!」

優子「え、なに!? 北海道から“勝ち報告”の匂いがするっちゃけど!?」

画面の向こう、博多の部屋。

二人とも、すでに何か察してる顔をしている。

……そして、なぜかおやつを持っている。

恵「まず言っとくべ。

 うち、今日は飛べてない。車いすで応援してただけだべさ」

光子「そこがもう“主人公”やん」

優子「むしろ“風役”やろ?役者やん」

光希がメダルをカメラにぐいっと近づける。

キラッと光って、画面が一瞬白くなる。

光希「……優勝した」

光子「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

優子「ちょ、泣く泣く泣く!ほんとに!? 光希ー!!」

佐保も続けて、両手をぶんぶん振る。

「わたしも!クロカン、初優勝!!」

光子「やったーーー!!!」

優子「美琴ちゃん(佐保)ーー!!おめでとうーー!!!」

博多の二人、拍手が画面の向こうでバチバチ鳴っている。

優子は目元を拭きながら、でもすぐにツッコミに戻った。

優子「で、めぐは?めぐは落ち込んでなかった?」

恵は鼻で笑った。

恵「落ち込んでる暇なんて、ないべさ。

 2038年リレハンメル行くんだべ?

 今日は二人の勝ち見て、うちのリハビリの薬になったわ」

光子がうんうん頷く。

「恵がそう言うなら安心。…けど膝、ほんとに無理すんなよ」

恵「無理はせん。

 でも全力は、出すべ。

 “できること”に全力。そこは譲らんべさ」

光希が口を挟む。

「めぐ、今日の応援、効いた。

あの“借りて返せ”が、最後の直線で刺さった」

恵「そりゃそうだべ。

 うち、今“応援の風速”だけは世界レベルだからな」

佐保「わたしも!

『静かに強いべ!』って聞こえた瞬間、呼吸戻った!」

恵「……あれ、うちが自分に言ってる言葉だべさ。

 みんなで共有すると強いんだわ」

博多の二人が同時に頷く。

優子「え、なにそれ。めっちゃ青春やん」

光子「青春で風力発電しとるやん」

恵「発電所の人が言うなって(笑)」


◆ 博多ツインズの“勝ち祝い宣言”

光子が身を乗り出す。

「よし!今夜、博多で勝ち祝いする!」

優子「“勝ち鈴祝い”やね!

お祝いメニューは――」

光子「明太子!もつ鍋!いちご!…あと、プリン!」

佐保「プリン!?(即反応)」

恵「出たべさ、プリン担当……」

光希「佐保、ブレないな」

佐保「勝ったらプリンって決めてるの!」

優子「じゃあ決まり!

北海道の勝ちに乾杯しつつ、博多でプリンを崇めます!」

恵「崇めんなって!」

画面いっぱいに笑いが広がる。

でも、恵はふと真顔になって言った。

恵「……光子、優子。

今日、二人に言いたいことあるべ」

光子「ん?」

優子「なに?」

恵は、胸ポケットの鈴をそっと鳴らした。

ちりん。

恵「うち、必ず戻る。

世界と戦える足場、いま作ってる最中だべさ。

今日の二人の勝ちは、うちの目ぇ、もっと強くした」

光希も、佐保も、うなずく。

博多の二人も、静かに笑って頷いた。

光子「うん。戻ってこい。更新して戻ってこい」

優子「そして2038年、世界の前で“礼→笑顔→鈴”やるっちゃろ?」

恵「やるべさ。

その時は博多からじゃなく、現地から報告するわ」

佐保「じゃあわたし、現地プリン担当!」

光希「それはもういい」

恵「いや、いるべ。世界でプリンは必要だべさ(?)」

光子「結局そこかい!」

優子「でも、そういうとこ好き!」

笑いがまた弾ける。

最後に、五人の声が重なった。

恵・光希・佐保「礼→笑顔→鈴!」

光子・優子「よかーー!!」

――ちりん。

北海道の夜に鳴った鈴の音は、

画面の向こうの博多にも、確かに届いていた。



◆ 復帰戦 ― 14歳の冬、12月25日 全国大会


クリスマスの朝。

空は澄んで、雪はよく締まっていた。

会場の旗が、低く、静かに揺れている。


恵はスタート台の下で、スキー板の先を見つめた。

右ひざの内側に、まだ“記憶”みたいな緊張が残っている。

痛みじゃない。怖さでもない。

――戻ってきた証拠だ。


胸ポケットの鈴を、親指で軽く弾く。


ちりん。


(相棒課、復帰日。定時出勤。残業なし。

 今日は、白風を——開放するべさ)


雪(母)が襟元を直す。

寄子コーチが手袋の位置を確認し、

海斗コーチは短く言った。


「焦るな。押すな。――待て」


恵はうなずく。

その顔に迷いはなかった。

車いすで通った廊下も、泣き笑いした保健室も、

“無音の一秒”を積み上げた夜も――

全部、今日につながっている。


◆ スタート台 ― 白風の礼、復帰版


恵はバーに座る。

視界の端で、観客席のイルミネーションがぼんやり光る。

クリスマスの飾りが、雪の白に浮いて見えた。


呼吸。

一度吸って、二度吐く。


そして、いつもの作法。


無音の一秒。


会場の音が、すっと遠のいた。

旗の返りだけが、はっきり見える。


(ここだべ)


恵の指が、バーを押す。


カラン。


◆ 助走 ― 溜まっていたものが走り出す


雪が弦みたいに鳴った。

シューッという細い音が、まっすぐ伸びる。

体が軽い。

いや、軽いんじゃない。

溜めてたエネルギーが、正しく解放されている。


(飛べなかった分、ぜんぶ今日の一本に混ぜる。

 でも、焦らん。丁寧に、強く)


踏切り――


足裏が台の最後の毛一本を刈るみたいに、柔らかく離れる。


空。


一瞬、空中で時間が止まったように感じた。

体幹が一本。肩が静か。視線が遠い。

“ブランク”という言葉が、そもそも存在しないみたいに。


観客席が、息を呑む音が聞こえた。


◆ 着地 ― “スッ”が戻ってきた


谷が近づく。

膝の“待ち”を半拍。

もう半拍。


スッ。


完璧なテレマーク。

雪面に吸い付くみたいな着地。


鈴が、澄んで鳴った。


ちん。


その瞬間、恵は分かった。


(ああ、戻ったんじゃない。

 前より強くなってる)


◆ 会場 ― ざわめきから、歓声へ


ほんの半拍。

静寂があって――

爆発するように歓声が広がった。


「うおおおおお!」

「復帰戦でこれ!?」

「飛型、きれいすぎる!」


スピーカーの声が、少し震えていた。


「ゼッケン――上川 恵!

距離、〇〇.〇メートル!

得点、トップに立ちます!」


海斗コーチは頷くだけ。

寄子コーチは、口元を押さえて、目だけ笑っている。

雪は胸の前で手を握って、静かに息を吐いた。


(よかった……この子、ちゃんと帰ってきた)


◆ 2本目 ― “勝ちに行く一本”


復帰戦で一発当てた選手は、

2本目で崩れることがある。

興奮で、押してしまうから。


でも恵は違った。


2本目のスタート台。

恵は同じように座り、

同じように呼吸して、

同じように“無音の一秒”。


(これはお祭りじゃない。試合だべ)


バーを押す。


カラン。


助走はさらに静か。

踏切りの角度は、1本目より“薄い”。

空での微調整が、まるで羽根みたいに小さい。


そして――


スッ。


また、決まった。


会場がもう一度、揺れた。


◆ 優勝 ― クリスマスの金


電光掲示板。

順位確定。


第1位 上川 恵


名前が灯った瞬間、

恵は深く息を吐いた。


(勝った……)


いや、違う。


(“戻って勝った”んじゃない。

 “積み上げて勝った”んだべ)


表彰台。

首にかけられたメダルは、冷たかった。

でも、その冷たさが嬉しかった。


雪が駆け寄って、恵の頬を両手で包む。


「……おかえり」


恵は照れ笑いしながら、うなずく。


「ただいま。

 母ちゃん、見てたべ?

 飛べなかった分、今日ぜんぶ——開放したべさ」


海斗コーチが短く言う。


「合格。

次は“世界用”に調整する」


寄子コーチが続ける。


「うん。今日の一本、ブランクゼロ。

でもここからが本番。恵は“戻った”じゃなくて――始まった」


恵はメダルを軽く弾いた。


チン。


鈴を握って、最後に小さく鳴らす。


ちりん。


(クリスマスに優勝か。

 風も、なまら粋なプレゼントくれたべさ)


空の白が、少しだけ金色に見えた。




クリスマスの会場は、まだ拍手の熱が残っていた。

雪面には無数の足跡が交差し、白い斜面の向こうで旗が低く鳴っている。


表彰台の撮影が終わり、選手たちが少しずつ引いていく。

その裏手、除雪車の音が遠のく通路で――

ゆきは、バッグの奥からそっと一枚の写真を取り出した。


額に入った、小さな遺影。

そこに写っているのは、優しい笑顔の層一。


雪はその写真を胸の高さに掲げて、雪の匂いのする空気に向かって静かに話しかけた。


◆ 遺影に報告 ―「そうちゃん。恵、見事に復活したよ」


「……そうちゃん」


雪の声は、泣き声じゃなかった。

でも震えていた。


「見た? さっきのジャンプ」


風が一度、会館の影で回った。

鈴が、ちりん……と小さく鳴る。


雪は遺影を少しだけ近づける。


「恵ね。見事に復活したよ。

 飛べなかった時間の分まで、今日ぜんぶ“丁寧に強く”飛んだ」


言いながら、雪はふっと笑った。

それは誇らしさの笑いで、同時に、堪えていたものがほどける笑いでもあった。


「……あの子、強くなった。

 怪我の痛みも、悔しさも、全部“足場”にしたんだよ。

 あなたが生きてたら、たぶん言ったよね。

 “よし、合格。次は世界だ”って」


雪は遺影のガラスを指先でなぞる。

冷たい。


「……ねぇ、そうちゃん。

 あの子、もう怖がってない。

 怖さを抱えたまんま、ちゃんと前を見てる。

 わたし、今日……ほんとに救われた」


遺影の向こうの笑顔は、何も言わない。

でも雪は、返事をもらった気がして、小さく頷いた。


「……ありがとう。見守ってくれて。

 これからも、風の中で一緒に見ててね」


雪が遺影をそっとバッグにしまうと、

背後から足音が近づいてきた。


◆ そのあと全部行こう

◆ 1)光希&佐保、駆け寄る ― “三人、再合流”


「めぐーー!!」


最初に飛んできたのは佐保だった。

鼻が真っ赤で、手袋が雪だらけ。

その後ろから光希が追いつく。メダルを首にかけたまま。


佐保「やったね!! ほんっとに、やったね!!」

光希「……ブランク、どこ行った」


恵は照れ笑いして、車いすのひざ掛けを直した。


恵「どこにもないべさ。

 うち、ブランクってやつをさ、リハビリ室に置いてきた」


佐保「かっこよ……!」

光希「置き場そこなんだ」


恵は二人の手を取って、内緒の握手。ぎゅ、ぱ。


恵「今日からまた、三人で行くべさ」

光希「当たり前」

佐保「やっと揃った!」


三人が笑った瞬間、鈴が鳴った。

ちりん。


(戻ったんじゃない。――始まったんだべ)


◆ 2)博多へ報告 ― 光子&優子、叫ぶ


ホテルのロビー。

自販機の前で五人の輪ができる。

恵がスマホを掲げ、ビデオ通話をつなぐ。


コール二回で――


光子「来たぁぁぁぁ!」

優子「今日は何!? こっちはもう察しとるっちゃけど!?」


恵は、にやっと笑った。


恵「報告あるべさ。

 復帰戦、全国大会、優勝した」


画面の向こうの博多が一瞬静かになり――次の瞬間、爆発した。


光子「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

優子「うそぉぉぉぉ!!! めぐぅぅぅぅ!!!」


佐保「めぐ、優勝!ほんとに圧巻だった!」

光希「2本とも、刺さった」


光子が目を潤ませて両手を叩く。

優子は鼻をすすりながら叫ぶ。


優子「落ち込んでなかった?」

恵「落ち込んでる暇なんて、ないべさ。

 2038年リレハンメル行くんだべ? なら今日の勝ちは通過点だべ」


光子「言い切った……!」

優子「その目、完全に世界行くやつやん!!」


恵は鈴を鳴らす。ちりん。


恵「次、世界との差を測りに行くべさ。

 今日の一本で自信は戻った。

 でも世界はもっと速い。もっと静か。もっと残酷。

 だから――うち、もっと強くなる」


光子「うん。博多からじゃなく、現地から報告待っとる」

優子「世界で“礼→笑顔→鈴”やろうや!」


五人で声が揃う。


「礼→笑顔→鈴!」


◆ 3)そして、世界との差 ― “肌で感じた一枚の壁”


年が明け、恵は強化合宿のメンバーに入った。

国内のトップが集まる環境。

そこで初めて、恵は“世界”の匂いを感じることになる。


合宿中、海外遠征の映像が流れた。

世界ジュニア、そしてW杯の映像。


スローモーションで映る、高梨沙羅――16歳の跳び。


恵は食い入るように画面を見た。

踏切りが薄い。空中の動きが“無い”。

でも距離が伸びる。飛型が崩れない。


海斗コーチが言う。


「これが“無敵の16歳”だ。

 恵、お前が16になった時、体型は近い。

 だから参考になる。――いや、参考にしなきゃ勝てない」


寄子コーチが続ける。


「彼女がすごいのは筋力じゃない。

 “無音の時間”の使い方。

 踏切りで押さない。空で焦らない。

 着地まで“待てる”」


恵は息を止めた。


(うち、今日の全国で勝った。

でも……世界は、勝った先の“静けさ”が違う)


画面の中の16歳が、まるで風そのものだった。


恵の喉が鳴った。


「……世界、思ったより近くて、思ったより遠いべさ」


海斗が短く言う。


「だから逆算だ。2038年に間に合わせる。

 今日から、全部をそこへ向ける」


寄子がうなずく。


「焦るな。でも甘えるな。

 “勝った自分”に酔うな。

 “負ける自分”から目を逸らすな」


恵は画面を見たまま、小さく頷いた。


「……わかったべ。

 うち、勝っても負けても、やることはひとつだべさ。

 今日できることに全力」


鈴が鳴る。ちりん。


◆ 4)リハビリが“爆笑”に変わる日 ― そして、明日へ


強化が進むほど、体は敏感になる。

ちょっとした違和感を見逃さないために、恵は毎日ケアを続けた。


ある日、リハビリ室。

恵はバランスボールに座り、体幹トレーニング。


理学療法士「はい、骨盤立てて、腹圧入れてー」

恵「はいはい……腹圧って、これでいいべか」


恵が真剣すぎて顔がこわい。

そこへ、雪が差し入れを持って入ってきた。


雪「めぐ、顔が“鬼の採点員”になってるよ」

恵「今、世界と戦ってる顔だべさ」


雪「世界と戦う前に、その眉間と戦いなさい」


理学療法士が笑って、つい言った。


「恵ちゃん、眉間の皺にテーピングしとく?」


恵「やめてぇ!顔面リハビリやめてぇ!」


そこへ光希と佐保も合流(遠征帰り)。

光希が真顔で一言。


「眉間のテーピング、効果ありそう」


佐保「めぐ、顔だけ最終形態になってたもん!」


恵「おまえら!うちを何だと思ってんだべさ!」


みんなが笑って、腹筋が痛くなるくらい笑って、

理学療法士が言う。


「はい、今の笑い、腹圧入りました。良いトレーニングです」


恵「え、笑いが腹圧……?

 じゃあ、うちの最強メニュー、爆笑だべさ!」


雪「結局そこに戻るんだね」


鈴が鳴った。ちりん。


笑い声の中で、恵の目だけは静かに燃えていた。


(世界との差は分かった。

でも差があるなら、埋めるだけだべさ)


クリスマスに復活した白風は、もう止まらない。

次は――世界へ。

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