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第6話 : 原初の記録《はじまりのきろく》

──久遠とは、果たして祝福か、呪いか。


 それは遥か昔、まだ人の世が言葉と祈りを持ち得なかった頃。

 山深く、ただ命だけが循環していた時代。


 “久遠華くおんか”は、そこに咲いていた。


 綾姫は、蒼天院の奥にある地下の「記録院」へと案内されていた。


 蝋燭の灯が揺れる石室。壁には経典と共に、無数の封印符が張り巡らされている。


「この部屋は、“記録”を視る場所だ。読むのではなく、思念に触れる」


 珠沙門が、鈍い色をした鉢──まるで花器のようなものを綾姫の前に置いた。


「……これは?」


「原初の久遠華より摘まれた“花弁”だ。枯れず、腐らず、この世に在り続ける唯一の欠片。触れることで、“彼女”の記憶が流れ込んでくる」


「“彼女”?」


「そうだ。“久遠華”とは、かつて──ひとりの“女”だったのだ」


 綾姫は息を呑む。


 久遠華が“花”ではなく、“人”であったという真実。


 恐る恐る、花弁に触れる。


 その瞬間──


 視界が、反転した。


***


 赤子の啼き声が、風に消えた。


 時は、今より千年も昔。


 大陸の北端にある山間の里で、一人の少女が生まれた。


 その名を、「クオン」といった。


 クオンの出生は、異質だった。


 病に臥した母から、血を吐くようにして産まれたその子は、すでに目を開いており、赤子にあるまじき“理知の光”をその瞳に宿していた。


 村人は忌み、母は恐れ、父は狂い──


 それでも少女は、ただ静かに生きていた。


 草木に触れれば花が咲き、鳥獣と語らい、水脈を呼ぶような力。


「神の子」──そう讃える者もいれば、

「人ならざる禍」──と呼ぶ者もいた。


 十と五の年、村に疫が走った。


 多くの命が倒れたとき、少女は自らの“血”を与え、死者を蘇らせた。


 だが、その者たちの“眼”は、どこか虚ろだった。


 そして──蘇った者の肉体から、白く美しい“華”が咲き始めた。


「これは……私の、なかから……?」


 少女は己の胸に手を当てた。そこにも、同じ花があった。


 以後、村は変貌した。


 死を恐れず、老いを拒み、やがて人々は“華”を喰らうようになった。


 永遠を欲し、死を恐れる者たちの欲望が、「クオン」という名を押し潰した。


 そして、彼女は“華”となった。


 人の心も、声も、命も、すべての苦痛も、


 彼女の中に「循環」し、花は──人であることをやめた。


***


「──っ……!」


 綾姫は、呼吸を荒くして目を開いた。


 手が震えている。全身が汗で濡れ、足元が揺らいでいた。


「見たのか」


 珠沙門が低く問う。


 綾姫は、小さく頷いた。


「……あれが、“久遠華”の始まり……」


「久遠華とは、“女の記憶”だ。苦しみ、祈り、絶望したすべての人の記憶が──“因子”として宿る。お前の中にあるものも、きっと……」


「……彼女の欠片」


 そう。花の呪いとは、誰かの“祈り”だった。


 そして、世界がそれを“利用”しようとしたとき、すべては“呪い”に変わったのだ。


 斎がそっと口を開いた。


「……つまり、久遠華は“兵器”にすらなり得るってことか。蘇り、癒し、支配の因子──一度でも使えりゃ、戦場は変わる」


「だからこそ、“常陸守”のような者が現れる。原種の力を、兵器として抽出する連中だ」


 綾姫の瞳が揺れる。


「……私は、その末裔として生まれた。……あの祈りを……断ち切るために」


 その言葉に、珠沙門も頷いた。


「お前には、止める資格がある。なぜなら──お前の“花”は、まだ完全には咲いていない。逆に言えば、“選び直せる”」


「……選び直す?」


「あの女が“呪い”を残したのなら、お前が“願い”へと変えろ。それが、久遠の器の使命だ」


 綾姫は、拳を握った。


 人の祈りが、世界を呪うなら。


 私は、それを救いに変える。

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