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第5話 : 蒼天院の門

──夜が明けていた。


 霧が引き、山の梢から差し込む陽光が、湿った地に斑の模様を刻む。


 斎と綾姫は、倒れ伏した祈守の里の民たちを一瞥しながら、無言のまま歩いていた。珠沙門は二人を先導していたが、振り返ることはなかった。


 その背中は、仏僧というよりも──戦場帰りの剣士のように重く、揺るぎない。


「……あなた方の蒼天院とは、いったい何なのです?」


 沈黙に耐えかねたように、綾姫が問う。


 珠沙門は歩みを止めぬまま、答えた。


「我らは、久遠華を“神”とする宗派ではない。逆だ。“神を殺す”ために在る」


「……神を、殺す?」


「真実を知れば分かる。──その花は、神ではない。“生き延びた災厄”だ」


 しばしの静寂の後、森の木々が開けた。


 山の懐深く、切り立った崖の向こう──


 そこには、白き岩肌に刻まれた荘厳な寺院があった。


 それはまるで、天に向かって咲く石の花のようだった。


「……ここが、“蒼天院”」


 斎が呟く。どこか、皮膚の奥が粟立つような感覚があった。


 二人が門をくぐった瞬間、足元の石畳に、静かな“震え”が走った。


 直感が告げていた。ここは、只の寺ではない。


 結界。封印。力の交差点。


 目に見えぬ無数の術式が重なり合い、全ての侵入者を見定めている。


「……あの祈守の村で用いられていた“模造華”は、確かに我らの禁印に類似していた。だが、あれは蒼天院のものではない」


 珠沙門が立ち止まる。


「久遠華の因子は、元来“分け与えられる”ものではない。……だが、それを加工し、植え付ける術を知る者がいる」


 斎と綾姫は、言葉を呑んだ。


「……それが、“常陸守”」


 綾姫の声に、珠沙門は頷く。


「久遠華の外因子を抽出し、人工的に“模造種”を作る──それは数百年前、紅蓮城にて禁じられた術。その術を現代に蘇らせたのが、紅蓮の参謀、常陸守だ」


「……なら、あの華僧は……」


「破門された僧。蒼天院から持ち出した資料を手に、紅蓮の懐へと走った裏切り者だ」


 空気が重くなる。


 だが珠沙門は、それ以上を語らなかった。


 


 やがて彼らは、院の中枢部──「法華殿」へと辿り着く。


 その広間は、まるで大伽藍の胎内のような静寂に満ちていた。


 そして──そこに待っていたのは、一人の少女。


 歳は綾姫と同じか、少し下ほど。


 しかし、瞳の奥に宿るものは明らかに“それ以上”だった。


 白い衣をまとい、胸元には“華の印”がうっすらと刻まれている。


「……巫女?」


 綾姫が呟く。


 珠沙門が頷く。


「彼女は“巫女カヅハ”。久遠華に選ばれた、最初の器」


「器……? まさか……!」


「彼女の中には、かつての“原種”が眠っている。そして彼女の存在が、久遠華の“真実”に繋がる鍵となる」


 


 少女──カヅハは、ゆっくりと綾姫に近づき、目を合わせた。


 しばし、無言。


 だが、言葉ではなく、何かが通じ合う感覚があった。


「……綾姫様」


 初めて発せられた言葉は、思いのほか柔らかかった。


「あなたの中にも、久遠の種子が宿っているのでしょう」


「……ええ。母の胎で受け継ぎました。呪いでも、祝福でもない、“何か”を……」


 カヅハは頷き、手を取る。


「──ようこそ、同胞よ」


 綾姫はその手を強く握り返した。


 花に翻弄された姫と、花を抱えた巫女。


 数百年の時を隔て、今、ふたりの“種子”が邂逅を果たす。


 斎は、それを静かに見守っていた。


 背後にあるものの大きさに──まだ、彼は気づいていない。


 だがこのとき確かに、旅は“真実の核”へと、深く踏み込んでいた。

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