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第4話 : 偽華の咲くところ

──堂の空気が、重くなる。


 巨大な久遠華の苗が脈打ち、壁を濡らすような湿気が綾姫の肌を這う。華僧は白濁した目で彼女を見据え、笑った。


「お前のような穢れなき魂こそ、華に最も相応しい……さあ、受け入れよ。祈りを……祝福を……」


 その掌が綾姫へと伸びかけた、その瞬間──


「──斬らせてもらう」


 闇より現れた斎の刃が、まっすぐ華僧の腕を断ち切った。


 叫びと共に吹き出す血。


「綾姫、下がれ!」


 斎の叫びに、綾姫はすぐに後退。直後、華僧が異形の姿へと変貌を遂げていく。失ったはずの腕の断面から白い華が蠢き、そこから異形の蔓が飛び出した。


「……“華憑き”か」


 斎が低く呟く。


 蔓が天井や床を這い、触れた木材を一瞬で朽ちさせる。華僧の背後、巨大な苗も呼応するように震えを増していた。


「呪いを身に取り込んだか。正気じゃねぇな……!」


「祝福だ……! 久遠華こそ、神の残した意思……!」


 華僧が雄叫びを上げると同時に、蔓が斎を狙って振り下ろされる。


 ──瞬間、影が揺れた。


 斎の影走が蔓の間を縫うように移動し、一閃。足元から跳ね上がる斬撃が、蔓の基部を斬り払った。


 だが、数が多い。華僧の体からは、次々と白い花弁と共に“根”が生まれ、まるで森のように空間を支配していく。


「綾姫、こいつはただの人間じゃねぇ。花に身を喰わせ、半ば“変異”してやがる!」


「……ならば、私も……!」


 綾姫が刃を構える。


 その瞬間、足元に蔓が伸び、彼女の足首を絡め取った。


「──っ!」


 身体が浮き、蔓に締め上げられる。喉が苦しくなり、肺が圧迫される。


 斎が間合いを詰めようとした、そのときだった。


 綾姫の胸元で、銀の花飾りが強く輝いた。


(これは──)


 視界が、赤く染まる。


 綾姫の体内で何かが“逆流”するような感覚があった。意識の深奥、骨の奥、血の底で、何かが共鳴していた。


 ──久遠華の因子。


 その“種”が、主の危機に応じて目覚め始める。


「っ……あ、ああああああ……!」


 次の瞬間。


 蔓が“焼けた”。


 白い華の根が、まるで逆流するように黒焦げとなり、パキパキと音を立てて砕けていく。


 綾姫が、地に崩れ落ちる。


「……な、何を……」


 華僧が後退し、目を見開いた。


「その力は──神の花、久遠華の……!」


 斎が駆け寄り、綾姫を庇うように前に出る。


 斎の声が低く、凍るように冷たい。


「聞きたいことがある。お前の持つこの苗──誰から手に入れた?」


「……ふ、ふふ……ひひ……ひつじ色の衣をまとい、紅蓮城に仕える者よ……あの男、“薬師 玄斎”より、授かった……!」


「玄斎……!」


 斎の目が鋭くなる。


「つまり、国家ぐるみで……久遠華の“模造”を……」


 だが──その答えを最後に、華僧の身体がガクンと前に倒れ込んだ。


 刹那、背後から一本の法具のような槍が突き立っていた。


「……っ!」


 斎がすぐさま後方に跳ぶ。綾姫も反射的に身を屈める。


 そこに立っていたのは──


 赤銅の僧衣をまとい、首元には数珠ではなく、鋼の鎖を巻いた異様な僧。


 だがその瞳は、先の華僧と違い、静かな理性と覚悟を湛えていた。


「……その者は、我ら《蒼天院》より破門された堕僧。教義を逸脱し、禁を侵した咎人だ」


「……あんた、何者だ」


珠沙門じゅしゃもん。蒼天院・“鎮華部”の者」


 珠沙門と名乗った僧は、ゆっくりと巨大苗の前へ歩み寄る。


 掌に光を灯し、静かに呟いた。


「──滅華印めつかいん


 その言葉と共に、人工久遠華の苗が黒煙を上げ、音もなく崩れ落ちる。


 堂の空気が変わった。


 霧が晴れ、村の祈り人たちは次々と倒れ込んでいく。宿主を失った華が枯れ、意識を取り戻しはじめていた。


「……助けたのか?」


「いや、正したまで。我らは華に仕える者ではない。“華を制す者”なのです」


 珠沙門はゆっくりと振り返り、綾姫を見据えた。


「あなた方には、“知る”資格がある。……来なさい。蒼天院が、次なる道を示しましょう」


──静かに、旅路は“真実”の中枢へと導かれていく。

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