第五十六話: ー夜明けー
ウロボロジアの巨体が咆哮とともに動き始めた。城壁を纏い、鋼鉄の大陸のような脚を踏みしめる。
「――グオオオオオオオオオオッ!!!」
空が割れ、雲が逃げ、星の光さえ揺らめく。
「構えろッ!!来るぞ!!!」
ラッシュの怒声が響いた刹那、巨人の腕が振り下ろされる。
その一撃は大地を穿ち、丘を崩し、外壁を爆ぜさせる。瓦礫と悲鳴が入り混じる中、ローランが叫ぶ。
「テラ将軍、下がるのだ!」
テラが影を断ちながら動く。魔法陣が歪み、悪魔の影が再び戦場を包む。
「……また来る!」
柚希が杖を掲げた。
再び、黒い翼を持つ悪魔の影が無数に生まれ、空から戦場へと降り注ぐ――
だがその瞬間、空の彼方から風を裂く怒涛の咆哮が轟いた。
「クァアアアアアアアアアア!!!」
天空を切り裂き飛来したのは、散り散りとなって戦っていたヴァルハイトとアーマードワイバーンたち。
光と炎のブレスの突風が、悪魔の影の群れを押し返していく。
「飛竜たちが来てくれたか……!」
ラッシュの目が見開かれる。
「よし!飛竜が悪魔たちを退けていてくれている今ならいける!柚希!私がウロボロジアをここに繋ぎ止める!!」
「ヴァニット!!」
柚希の声を後にし、ヴァニットはアズールと共にウロボロジアへと向かっていく、飛来する悪魔の影たちの間を斬り伏せ、突き抜けると、ヴァニットは両手を掲げ、聖なる光を輪のように形成した。
「セイクリッド・ティアァーー!!!」
こぼれ落ちた涙が、大地に染み込むと、巨大な光の奔流がウロボロジアの周囲に集まり、光の火柱がその巨体を突き上げる。
「チィッ!!!ヴァニット、メ。アノ時ノ光カ!ダガ今ノコノ身体二、ソンナ威力ノ技ナド!!!」
ウロボロジアはなおも前進し、咆哮とともに光の柱を強引に割って進んでくる。
幾重にも束ねられた聖なる炎が、圧倒的な闇の巨体に抗い続ける。
「ちぃっ!させない!!」
ヴァニットの声が響き渡る。その瞳には、決して折れることのない光が宿っていた。
「私はこの世界が好きだ!仲間たちが、みんなが大好きだ!!だからみんなを守るために、お前という闇を打ち払うためにーーー!!!」
「やるぞ、アズール!フレイムインドラ!――神・竜魂共鳴!!」
「クァアアアアッ!!!」
彼女の叫びに応えるように、相棒アズールが咆哮する。
その背後からは、灼熱の竜 《フレイムインドラ》が現れた。炎を纏った神竜の姿が戦場に降り立ち、光と熱が空を満たす。
三者の魂魄が共鳴し、ヴァニットとアズールの身体がまるで炎そのもののように輝きを放つ。
限界を超えて集束された聖なる火は、天へと突き抜けるように燃え上がる。
「――食らえウロボロジア!!《セイクリッド・ティアー・ラプチャァァァァァ!!!》」
大地に描かれた神聖の紋が展開し、そこから光の火柱が天を穿つように立ち上がった。
ウロボロジアの巨体はその中心に捉えられ、闇夜を焦がすような爆音とともに包まれていく。
――これが、ディヴァイン・ティアーが持つ、現状、最強の範囲系魔法。ウロボロジアの身体が、灼熱と光に包まれる。
「グッ……コレホドノ光ノエネルギー……!!」
巨体を襲う聖なる炎に、ウロボロジアはついに足を止めた――
「ヴァニットがウロボロジアを捕らえてくれた!みんな――私に魔力を送って!!」
柚希が叫ぶ。
「悪魔の影は飛竜と戦闘部隊に任せ、魔力隊はハート殿に力を注ぐのだ!」
「ハート!頼んだぞ!私のありったけの魔力だ全部ぶちかましてやれ!!」
「全てのエネルギーをお前達に託す!頼んだぞ!ドラゴンナイツよ!」
テラ、ラッシュ、ローラン、そしてリザードマンたち。彼らが両手を掲げ、光となった魔力を次々と柚希へと送り込む。柚希は、みんなから注がれる魔力と想いを、全身で受け止めていた。
その力はただの魔力ではない。
信頼と希望を乗せた確固たる未来への意思だった。
「――伝わってくる……みんなの想い……この力に込められた未来への願い……私が届ける。戦いを終えて、平和な世界を築くために!」
「いくわよ、リンド!ミラージュドラゴン!神・竜魂共鳴!!」
「キュルルル!!!」
柚希とリンドの魂が共鳴し、神竜の幻影――水晶の竜 《ミラージュドラゴン》が背に浮かび上がる。
光のベールがその身体を包み、空気さえ震えるような眩い輝きが戦場を満たす。
鏡を展開した柚希は集まったその力を一点に集中させる。その魔力の塊は展開した複数の鏡の結晶の間を飛び交って、反射を繰り返し、魔力の勢いを上げていった。
柚希がウロボロジアへと杖先を向ける。
「『リフレクト・ノヴァ!!!』」
幾重にも反射し増幅された魔力が、一つの巨大な光球となる。仲間たちの想いと祈りを束ね、ウロボロジアへと一直線に撃ち出された。
それはディヴァイン・ハートの持つ、唯一無二の、繋がりを力とする魔法。仲間たちが紡いだ最大の一撃。
「アレハ……!何トイウ、魔力ノ塊ダ!!――――ダガ!!」
セイクリッド・ティアーに囚われていたウロボロジアは、怒りと執念に満ちた咆哮と共にその巨腕を伸ばした。胸元へ迫る巨大な光球を、セイクリッド・ティアーの火柱から飛び出した両腕で受け止めた。
「ヌゥウウウンッッ――――!!」
光が炸裂し、空気が軋む。しかし、その魔力は、ウロボロジアの胸の前で――勢いを失う。
「……止めたれた……!?」
ラッシュが、呆然と呟いた。
「バカな、あれだけの魔力を受け止めるだと!?」
「頑張ってくれ、ハート!!」
「くぅぅーーーッ!!!」
柚希の細い肩が震える。
杖を握る手には力がこもり、必死に押し出そうとするが、リフレクト・ノヴァの魔力球は徐々に失速し始めていた。
「――――ダメなのか……!?」
戦場に、絶望の気配が差し込みかけた。
「いいや、ダメなんかじゃねぇ!押しが足りねぇだけだ!!」
鋭く、そして力強い叫びが風を割った。空を裂き、ロークスがゼルフィードを駆り前進する。
「ウイング!!」
「ロークス!!」
「俺たちの希望は絶対に止めさせはしないーーー!ゼルフィード、ストームドラゴン!神・竜魂共鳴!!」
ロークスとゼルフィードが光に包まれる。その背後で、風翔の竜 《ストームドラゴン》の幻影が咆哮し、二人を支えた。激しい突風が巻き起こり、戦場の空気を一変させる。
「うあああっ!!――『ゲイルテンペストッ!!』」
激烈な竜気を帯びた大嵐の刃がウロボロジアの抑え込んでいたリフレクト・ノヴァへとぶつかり、光球に勢いが加わった。
「グググッ――――!!!」
ウロボロジアは、なおも両腕で耐え続けていた。
「まだだぁ!!ゲイルテンペストォーー!!!」
ロークスは振りかぶり更に槍を投擲する。
「に、二連撃――――?!」
「ゲイルテンペストォーーーーー!!!」
「三連――――!!」
「ゲイルテンペストォォォーーーーーーーー!!!」
「ロークス――――」
ロークスの身体は、ヴァニットに寄生していたウロボロジアとの戦闘によるダメージでボロボロだった。しかし、それでも彼を奮い立たせ、突き動かしていたのは、皮肉屋の彼には似合わない、シンプルな強い感情――それは、意地と根性。
「俺の仲間を……二度と、お前らなんかに奪わせたりはしねぇ!!」
これが、ディヴァイン・ウイングのもつ、この天空島での比類なき突破力。なおも止まらず、次々と打ち込まれる最大の刺突攻撃にウロボロジアの顔が歪んだ。
「コイツ――――!!」
「『ゲイルテンペストォォォォォォーーーーーーーーー!!!!!!!」
「グオオオオッ――――――!!」
そしてついに、リフレクト・ノヴァはウロボロジアの両腕を弾き飛ばし、その巨体へと直撃した。
直後、ヴァニットの放ったセイクリッド・ティアーが、まるで導火線に火を灯すかのように反応し、ウロボロジアの中心で、凄まじい爆発を引き起こす。眩い閃光が戦場を覆い尽くした。
「――――――――七連!!!!!!!』……っぁ……」
ロークスの雄叫びが空に溶けていく。
攻撃の嵐を撃ち切ると同時に、その身体が限界をむかえた。ぐらりと揺れ、空を見上げながらゼルフィードの背に崩れ落ちる。
「はぁっ、はぁっ……フフッ、どんなもんよ――――うっ……!」
全ての力を振り絞って動きを止めをしていたヴァニットもまた、アズールの背中に埋もれるように倒れこんだ。
「……ありがとう……ヴァニット……ロークス……本当に」
繋がる想い。繋げてくれた希望の一手。柚希は崩れ落ちそうな身体を保ちながら、まっすぐに二人を見据え、静かに涙を零した。
***
爆発の衝撃とともに、ウロボロジアは仰向けに倒れ込む。その胸部の城壁が砕け散り、内部に隠されていた“赤く脈動する魔力核”がついに露わとなる。
「あれが……魔力核か」
ラッシュが思わず唾を飲み込む。ただ在るだけで空間を歪ませ、すべてを呑み込まんとする禍々しさ。
『あの大きさは、まさか……ウロボロジアの邪念を取り込んで肥大化したというのか!』
「あれでは、神の力をぶつけたところで、押し返されるだけかもしれんぞ……」
「ここにきて、まだ……こんな障害が……!」
戦士たちに動揺が走る中――颯太の心だけは、決して折れていなかった。
「――なら、貫き斬り裂くまでだッ!!カイ!!!」
力強い叫びが空を裂き、黄金の鱗が瞬く。神竜カイが雄々しく咆哮し、颯太をその背に舞い上がる。
「神・竜魂共鳴!!!」
黄金の鱗が輝きを放つ。カイが咆哮を轟かせ、颯太の背を支える。その背後には、祈るように見守る《フレイア》の幻影が浮かび上がっていた。
颯太は宙に跳び上がり、光焔穿爪を展開して両手を広げる。その手にカイの口から放たれた“光の牙”が収束していく。
光の渦が掌で螺旋を描き――やがて、一筋の輝きが天を穿つ剣の姿へと昇華する。
それは命の輝きと、仲間の想いと、颯太の決意が具現化した天を裂く剣。
「『光焔穿爪牙剣!!!』」
その神剣の光に、戦場のすべてが目を奪われた。
「カイ――!! 全速力で突っ込むぞッ!!」
カイが翼を広げ、颯太を乗せて旋回。剣を携えた彼らは、一気にウロボロジア目掛けて急降下した。
決定的な一撃となるはずだった。その時。
「――――ドラゴン・クロー!!!」
邪悪な咆哮が戦場を切り裂く。
「貴様カラ目ヲ離スト思ッタカ……! 最モ警戒スベキハ貴様ダト、最初カラ見抜イテイタノダ!!!」
ウロボロジアの両腕に黒い霧が集まり、再び黒滅天衝を放とうとする。
「まずいッ!!」
ラッシュが叫ぶ。
「このタイミングであれを撃たれたら――――」
「しかし、このチャンス逃せば――――」
「城壁が再び密集し、攻撃は全て防がれてしまう――――」
「……くっ!」
突撃する颯太の顔にも焦りが浮かぶ。
「颯太――――!!!」
「消エヨ――――!!!」
「待っていたぞ。お前の視線が一点に集中する、この瞬間をな――――!」
黒滅天衝が今にも撃ち出されようとした時、赤き斬光が疾風のように駆け抜け、ウロボロジアの片腕を切り裂いた。
「何ィッ――!!?」
「これで黒滅天衝は撃てまい!!」
黒き奔流を纏っていたはずの腕が吹き飛ぶ。
「あの斬撃は――!!」
「一体っ――!?」
「いや、こんな斬撃を放てる者など、他にいないッ――!」
戦士たちの視線の先。空中に舞う、赤き鎧の騎士の姿。
それは、エルゼリア王国の誇りにして、亡き王女クロエの光。この戦場にもたらされた最後の希望。
「アルベールッ!!」
「行け、天城 颯太ッ!!!」
アルベールが叫ぶ。颯太が雄叫びを上げる。
「うおおおおおおおおおおおおッ!!!」
「グゥウウウッ!!コンナモノナド二ィィーー!!!」
ウロボロジアは最後の抵抗を見せる。残った腕で突き出し、光の剣を押さえにかかった。しかし、ドラゴンナイツたちが放った攻撃が、ウロボロジアの纏う城壁を脆く弱らせていた。光焔穿爪牙剣はその片腕を斬り裂きながら魔力核へと突き進む。
光が中心に向かうたびに、その城壁が、内部の闇の霧が砕け散っていく。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーー!!!」
「ヌグゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーー!!!」
光の剣がついに“魔力核”へと到達する。しかし、魔力核は強固な殻のように斬撃を阻む。
――終わらせてたまるか。未来は、俺たちドラゴンナイツが切り開くんだ!!!――
「リュゥガァァァァァ!!! 俺に力を貸してくれェェェ!!!」
握り締める手に熱が宿る。剣が、一層の光を纏って輝きを増した。
「《光焔穿爪牙・セレスティアル・ブレイク》ッ!!!!!」
颯太は光の剣を振り抜いた。最後に放ったのは。
師として、仲間として、友として。共に戦場を駆け抜け、その強さと精神に憧れた。
リューガ・デインの必殺の剣技だった。
魔力核は両断された。
「グゥアアアアアアアアアアア!!オノレ憎キ人間共メェェェェェェェェェ!!!!」
断末魔と共に、ウロボロジアの中心から激しい光が迸る。禍々しかった魔力核が、浄化されたように金色の光へと変わる。光は溢れ出し、颯太とカイを、ウロボロジアの巨体を、戦場の戦士たちを、そして天空島を温かな輝きで包み込んでいった。
***
下界の戦場。
フィンストリオン。
「レヴァ姫!!ご覧を、天空島から……とてつもない光が!!!」
「――あれは……!」
空を裂くように放たれた光に、騎士たち、悪魔たち、誰もが目を奪われた。その輝きは、天空に浮かぶ島全体を包み込んでいる。そして悪魔たちは一斉に動きを止め、何かに怯えるように戦場から離脱していった。
「……撤退していく……!」
「勝った……。彼らが、ウロボロジアを倒したんだ!!!」
誰かが呟き、誰かが歓喜に震えた。その確信は波紋のように街中へと広がり、至る所で歓声が巻き起こる。
「ありがとう戦士たち、ドラゴンナイツ。ラナ、早く戻ってきて………早く、貴女の顔が見たいわ。」
レヴァ姫は小さく息を吐き見上げる。まだ輝きの残る天空島を。
***
その輝きは、王都の片隅にある病室の窓にも差し込んでいた。光に照らされるようにして、ひとりの男が、ゆっくりと瞼を開く。
「……リューガ。……目を覚ましたのですね」
「……アルゼリーテ姫。……ずっと……そばにいてくださったのですね」
「はい。」
「……彼らドラゴンナイツたちの戦いは、思いは、この魂を通して伝わってきていました……。戦いの終わり、ようやく、ウロボロジアを打ち倒したのだと……。」
「リューガ……!まだ起き上がっては……。」
「…………窓辺まで」
アルゼリーテに支えられ、彼はゆっくりと立ち上がる。窓の外に広がる空。朝日を背に、天空に浮かぶ《ガーデ》が黄金の光に包まれていた。
かつて恐れの象徴であったその島は、いまや幻想的に美しく――。まるで、伝説そのもののように静かに漂っていた。
「…………なんて、美しい」
かつて失った仲間たち。
奪われた国。
飛び去った竜たち。
数えきれぬ犠牲と祈り。
そのすべてを胸に刻みながら、アルゼリーテとリューガは、静かにその光景を眺め。
今――――《長い夜》が明けた。
アルゼ「……リューガ。……目を覚ましたんですね」
リューガ「……アルゼリーテ姫。……ずっと……そばにいてくださったのですね」
アルゼ「はい!」
リューガ「………………」
アルゼ「…………………………………………………………フフッ!!!」
ーーーーーーーーーーーアルゼ、アウトッ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーよく即答できましたね!!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあはははははははははははははははははっ!!!!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー何を笑ってるんですか、あなたって人はぁぁぁ!!!!!




