第五十五話: 終末巨神と再誕の光
崩れ落ちた城の残骸が、音を立てて蠢き出した。瓦礫がひとりでに結びつき、隙間から黒い瘴気がゆらめき立つ。
それは霧となって渦を巻き、島の中心へと吸い寄せられるように集まっていく。瓦礫は継ぎはぎのように組み合わされ、やがて異形の巨影を象っていく。
崩れた塔が腕へ、城門が胸部へ、尖塔が角のように天へと伸び上がる。紅の双眸が、ゆらりと開かれた。
それは、もはや魔でも、人でもなく。世界を喰らう災厄そのものの姿だった。
「フフフ……ヴァニットノ身体カラ離レタノハ、好都合ダッタ……。」
「飛散シタ我ガ闇ハ、天空城ノエネルギート同化シ、ヨリ巨大ナ“力“ヲ得タ……
イヤ、マダ……サラニ、力ガ溢レテクル……!」
天地を震わせる声音が、空気ごと押し潰す。巨影は脈動し、島の地盤ごと軋ませるほど肥大していく。黒い瘴気が爆ぜ、空気が震え雲が裂けた。
「……ウロボロジアね」
柚希が杖を握り締める。
「何だと……これが?!」
ラッシュが息を呑む。
「くそ、しつこいやつだぜ!」
ロークスは雷槍を構え、柚希が光輪を展開する。
「――行くぞ、みんな!」
颯太の合図と共に、四人は相棒のアーマードワイバーンを駆ってウロボロジアへと進撃する。
「愚カナ、コノ姿ヲ見テ、マダ、力ノ差ガ解ッテイナイトハ」
巨神が両腕を広げた。背に巨大な魔法陣が浮かび上がり、瞬く間に羽根を持つ悪魔の影が無数に飛び出してきた。
蠢く闇の群勢が空を裂き、上空と地上の戦士たちへと襲いかかる。
「くっ、数が多すぎる!これでは地上までカバーし切れない!」
ヴァニットが奥歯を噛みしめる。
「私の光で――! ラディアント・バニッシュ!」
柚希が蛇竜を打ち消したときの光を放つために杖を構えた。しかし放たれた光は小さく、闇を全て焼き尽くすには至らない。
「なっ!? 光の力が……弱い!」
「ハート!?」
「フン、貴様ラ……誰ヲ相手二戦ッテイタト思ッテイル?モハヤ貴様タチ、ナイツ二、力ハ残ッテオルマイ!」
ウロボロジアの両腕が宙を裂く。
「黒滅天衝」
次の瞬間、四人目掛けて巨大な闇の波動が放たれた。天空島が震動し、空気が爆ぜ、世界そのものが悲鳴を上げる。その本流は津波のように押し寄せ、避けることはできない。
「ヴァニット!」
颯太の声に、ヴァニットが頷いた。すぐさま二人は撃ち返しを図る。
「――ダブル!光の牙!!」
ヴァニットの掌と、カイの口から同時に閃光が放たれた。
「ゲイル……っ!くそ、腕が上がらねぇ……!」
ロークスは合わせようと槍を構えるが、積み重なったダメージで身体は限界を迎えていた。振り上げた手から槍が零れ落ち地上へと落下した。
「ロークス!くっ、押し返せカイ!!!」
カイが全身を震わせ、顎から噴き出す光がさらに強まる。ヴァニットも歯を食いしばり、両腕に力を込める。
カイとヴァニットから放たれる二条の閃光は、一本の巨大な光束となってウロボロジアへ伸びていく。 空中で光と闇が擦れ合い、雷のような火花が空に散る。光束は時折押し返し、ウロボロジアの闇を削り取る。
「いけぇ!!」
一瞬、光が優勢に傾く。
だが――世界が震えるほどの重圧が返ってきた。
「なんだこの圧力は……!」
ウロボロジアの闇が再び膨れ上がり、黒い奔流が厚みを増して押し寄せていく。
「まずい……!光の牙が……押されてる……!」
闇がまるで生き物のようにうねり、光束を飲み込もうと形を変える。颯太の手が震え、カイの咆哮が低く、苦しげに濁る。
「カイ……耐えろ!!まだ……ッ!」
しかし――
カイの翼が震え、光が細く弱く揺らぎ始めた。異様な疲労が身体の芯から込み上げ、颯太の視界が滲む。
「……体が……重い……!」
ヴァニットも同じだった。二つの光はほぼ同時に揺らぎ、まるでろうそくが風に煽られるように弱まり始める。
その瞬間を、ウロボロジアは逃さなかった。巨大な闇波動が、まるで笑うかのように膨れ上がり、圧倒的な勢いで光束を押しつぶし始めた。
「だめだ……押し切られる!」
「くそっ!」
「柚希!」
「シールドを――!」
ウロボロジアの声が闇の中から響いた。
《力尽キルガヨイ……光ハ闇ニ喰ワレル運命ダ……!!》
その嘲笑が戦場を貫いた瞬間――
巨大な闇の奔流が爆ぜ、光を押し潰し、ドラゴンナイツたちを丸ごと飲み込んだ。
「うわああああああああああああっ!!」
光が弾け、姿がかき消える。空が裂け、大地が軋み、衝撃の余波で雲が四散する。
「ドラゴンナイツ!!!」
地上で悪魔の影と戦っていたテラが絶叫する。 地の底まで震える闇の咆哮の中、その声だけが必死に響いていた。
高空ではラッシュが目を見開き、言葉を失う。
「クロー……ハート……ウイング……ティアー……」
「闇に呑まれたのか?そんな、こんなことが……!」
ローランも蒼白になり、口の中が乾くのを感じながら呟く。
その声は、風にかき消されそうなほど弱かった。闇の余韻が空に残り、光の欠片が雪のように舞い落ちてくる。
「……希望は、潰えたか」
ローランの呟きは 広大な戦場で最も小さく、最も重い響きだった。
***
上下の感覚さえ失われたまま、颯太たちは底のない暗闇を漂っていた。光はない。風もない。声も届かない。
あるのは戦いの疲労と、敗北の痛みだけ。
「……ここは……」
柚希がかすれた声で呟く。
カイの体は震え、アズール、ゼルフィード、リンドも輪郭をぼやかしつつあった。四方から忍び寄る闇が、今にも彼らを呑み込もうとしている。
「何の気配も感じない。ここは……そうか、天空の鍵を使って行った、別の空間と同じものか……」
「あの時と違い、向こうへの道は完全に閉じてしまっているわね」
ヴァニットが唇を噛む。
ロークスが胸を押さえ、歯を食いしばった。
「くそぅ……ここまで来たってのに……!」
今頃、天空島では。ラッシュも、ローランも、テラたちも、あのウロボロジアと戦っている。けれど、また前に立っても。あの力には、どうすることもできない。増長し続けるウロボロジアには、全快の状態であったとしても敵わないだろう、そう本能が告げていた。
ドラゴンナイツ全員が、深い絶望に囚われようとしていた。
――その時だった。闇を突き破るように、光が溢れた。
「え……?」
柚希が抱えていた宝玉が、今、眩い輝きを放ちながら脈動している。
光は波紋となり、四人と飛竜たちの体に温かさを取り戻していった。
『ドラゴンナイツたちよ。わしの声が、聞こえるか。』
「この声……まさか……天空島の神、シヴァークなのか?!」
神々しさを感じる響きの波が、暗闇全体を震わせる。闇を突き破るように、穏やかな声 が響いた。
『そう、わしはシヴァーク。今、お主たちの心に語りかけおる。よくぞウロボロジアの手から救い出してくれた。ヤツを倒すには、お主たちの力が必要不可欠。今一度、立ち上がるのじゃ。』
ロークスが悔しげに叫ぶ。
「だが……もう、戦い抜くだけの力が……!それにあいつの力は以前よりさらに上がっていた……!」
柚希も目を伏せた。
「奮戦してくれたリンドたちも、もう限界です。私たちは、立ち向かうことさえ……」
シヴァークの声は、暗闇を断ち割るように力強かった。
『……ドラゴンナイツよ。お主たちは幾度も“勝てぬ戦”を越えてきた。焼かれた大地も、喪った仲間も、挫けそうになった心も――それでも歩みを止めなかった。』
『その鎧に宿る光こそ、お主らの勇気、涙、憤怒、そして希望……すべてを積み重ねた“魂の証”じゃ。』
闇の底で、宝玉が脈動する。
『思い出すがよい。地上でお主たちを待つ者の想いを――』
その瞬間、姫の祈りが胸に蘇った。
――ドラゴンナイツ。どうか、この世界を光へ導いてください。あなた方を信じています。必ず帰ってくると――
アルゼリーテ姫の眼差し。戦士としてだけでなく、一人の人として信頼を託してくれた揺るぎない瞳。その信頼が、四人の胸に再び火を灯す。
『闇を打ち砕く道は既にお主らが照らしておる。残るは最後の一歩のみ。勝利も、平和も、未来も――もう、お主たちの手の中にある。立ち上がれ、ドラゴンナイツ。今こそその光で、この戦乱に終止符を打つのじゃ!』
「みんな………」
四人の瞳が、戦う者の輝きを取り戻した。
『……心は決まったようじゃな。ならば――』
闇が裂けた。
***
世界が反転するように景色が揺れ、吹き抜ける風が彼らの身体を包む。次の瞬間、四人と飛竜たちは眩い閃光と共に 戦場へと舞い戻った。
「戻った!」
地上で戦っていたテラが叫ぶ。
「おおっ! 勇敢なる騎士たちが帰ってきた!」
空を駆けるローランが目を見開く。
「まさか……本当に戻ってきたのか!」
ラッシュが笑う。
「ふっ、そう簡単に死なない奴らだと思ってたぞ!」
ウロボロジアの巨体が揺れ、紅い双眸が四人を睨みつける。
「……マダ来ル。何度滅ボシテモ諦メヌカ、……小癪ナ人間ドモッ!!」
颯太は仲間たちと並び、息を吸い込んだ。
「ウロボロジア!!今度こそ……終わらせる!!!」
「グオオオオオオオオオオオオッ!!!」
瓦礫をまとい、闇をかき集めながら肥大化した巨神ウロボロジアが、空を覆い尽くす影となって吼えた。その咆哮は空気を震わせ、大地の奥まで響き渡る。
上半身だけだった巨影に“足”が生えた。黒い城壁の破片が骨となり、塔の残骸が筋肉のように絡みつき、不気味なほど滑らかな動きで膝をつき、立ち上がる。その大きさは、まるで、神話に語られる終末の巨獣。視界のすべてを埋め尽くす “絶望そのもの” だった。
その姿を見上げたリザードマンの戦士たちの顔に、次々とひずみが走る。
「くっ、ウロボロジア……なんという大きさだ……」
「ドラゴンナイツが戻ってきても……あれを倒せるものなのか……?」
「だが、我々に退路はない。せめて一太刀の傷を負わせ、将軍達につなげて果てよう!」
「行くぞ!!!」
戦場の戦士達は影の悪魔とウロボロジアの咆哮が交錯する死の渦の中、一直線に突き進んでいった。
『まて、戦士達よ』
戦場の全員の胸の奥に、ふいに声が響いた。柚希の持つ宝玉が再び、まばゆく光を放つ。
『この戦場にいるすべての戦士たちよ……この声が届いておるか。わしは、天空島の神、シヴァーク』
「この声は……心話か!」
耳に手を当て、周囲を見回しながらラッシュが驚く。
「……シヴァーク。その声を、またこうして聞けるとはな……!」
ローランの顔に喜びが走る。まるで長く離れていた家族と再会したかのように。
『ローランよ……会いたかったぞ。終わりの見えぬ苦境の中、よくぞここまで耐え抜いてくれた。――じゃが、再会の言葉は今は後じゃ。』
光の波紋が広がり、地上と空中すべての戦士たちの心に声が届く。
「この声は……ラッシュ?!ローランも……!みんなの声が心に伝わってくる」
『いま、この戦場にいる戦士達、全員の声を繋げた。そして聞くのじゃ。敵はたしかに強大に見えるが、それは“まやかし”にすぎぬ。ウロボロジアという形のない黒い霧は、飛散し塵となろうとしたところを、城の残骸にしがみつき、ギリギリその存在を保っている。今、限界まで追い込まれたのは――ウロボロジアの方じゃ。』
「あれに勝てるのだな……?俺たちは……」
『そうーー。ウロボロジアのあの無限のエネルギーにして、命の根源は、わしが天空城の最奥に蓄えていた“魔力核”にある。そして核は巨人の中央――“心臓”の位置にある。』
ロークスが前を見据えた。
「つまり……あの城壁の鎧を引き剥がして、“城の心臓”をぶち壊せばいいってことだな。」
『しかし――。魔力核は、わしが天空島を動かすために造った“神の結晶”……それゆえに、砕けるのは“神の力を持つ者”のみ。』
シヴァークの声が重く響く。
「あと一歩って言っておいて、ずいぶん遠い一歩ね!」
「ヴァニット、しーっ!」
柚希が苦笑しながら彼女を止める。
「だが、それなら」
ヴァニット、柚希、そしてロークスの視線が颯太を向く。
「颯太……!」
颯太はゆっくりと頷き、カイの背に手を置く。
「ああ。あの時の空色球体と同じなら、俺とカイで魔力核を壊せる!」
「しかし……深部まで攻撃が届くのか?我々の力をもってしても、城壁の装甲を削るのは至難の業……」
屈強なテラでさえ、声に焦りが滲む。
「だからこそ、みんなの力を一点に集めるのよ!」
柚希が杖を握りしめ、前へ踏み出した。
その声は、戦場の空気を一変させるほど強く澄んでいた。
「魔力核への道は、私が切り開くわ!そのために、みんな……力を貸して!」
その一言は、戦場で駆ける戦士たちの魂を、炎のように燃え上がらせた。戦士たちは得物を固く握りしめ、顔には戦意と、勝利への希望が浮かんでいる。
「二人の異世界の騎士たちに委ねよう!」
『いざゆけ、勇敢なる戦士たちよ!世界の夜は――ここで終わる!』
――ドラゴンナイツ。どうか、この世界を光へ導いてください。あなた方を信じています。必ず帰ってくると――
アルゼリーテ姫の、眼差し。
颯太「すぅーーーーーーーーー(ゆっくり息を吸う)」
柚希「ほぁああああああ(アクビのように口を開く)」
ロークス「っ………………………………(目と口を萎める)」
ヴァニット「おーーーーぉ(両手を上げるモーション)」
戦士としてだけでなく、一人の人として信頼を託してくれた揺るぎない瞳。
王家の礼装に身を包みながらも、その瞳は戦場を見据える戦士のようにーーーーー。
ーーーーー凛としている。
颯太、柚希、ロークス、ヴァニット「ぷっ…!( ゜∀゜)( ゜∀゜)( ゜∀゜)( ゜∀゜)
あっはっははははははははははははははははははははははははははははははははははは、はっはっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははっwwwww!!!藁草」
ーーーーーーーーーーーーーー全員、アウト!!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーお主ら、何を思い出したのじゃっ?!!




