第四十二話:剣、落つ
重く垂れ込めた雲の下、王都フィンストリオンの空が、まるで息を潜めるかのように静まり返っていた。
その沈黙を破ったのは、三頭の飛竜が一斉に羽ばたいた音だった。
カイ、ゼルフィード、ヴァルハイト。三体のアーマードワイバーンが夜空を裂くように舞い上がる。
その鋼の翼が描く弧は、王都の塔と塔をかすめ、空気を巻き込みながら熱と音を叩きつけた。
三対一。
数では、こちらが上だ。戦場の常識が、そう告げていた。
「ゼルフィード、上空から牽制を!」
「ヴァルハイト、前へ! クロー、合わせるぞ!」
鋭く吠える竜の咆哮。
クローとウイング、そしてブレイン。数多の戦場を駆け抜けてきた彼らの連携は見事だった。
だが、次の瞬間――それが“幻想”だったと、痛感することになる。
「……そんなものか」
「何がっ!」
クローは、相手が人間だという油断から、ほんのわずか、攻めの勢いを強めすぎた。
「はっ!」
(まずい、クローはアルベールを“ただの強い騎士”だと見誤っている!噂通りならコイツの力は)
鋭く、そして重い。まるで剣そのものに意志があるかのように、紅の刃が迫る。
その一閃は、真っ直ぐにクローへ向かっていた。
「危険だ!クロー!!」
その瞬間、ブレインとヴァルハイトが身を捻るようにして突進し、カイの進路に割って入った。
ブレインの剣がかろうじて刃を逸らすが、その代償は大きかった。
紅蓮の剣が音もなく振り下ろされ、ヴァルハイトの硬い鱗が斬り裂かれる。そして、ブレインの肩が赤く染まった。
「しまった!ブレイン!!」
「ぐっ……!ヤツから目を離すな!」
剣閃が、音を置き去りにして次々と放たれる。刃の動きは重く、遅いはずなのに、一瞬の判断さえ許さぬ速度で迫ってくる。
「くっ!」
カイの翼に紅の斬撃が走る。鋼の羽が軋み、クローが空中でバランスを崩す。すかさず、ゼルフィードが回避行動に移るが、そこへもう一閃。
「くそっ……隙がねぇ……!パワーも、速度も……今までの幹部なんて比じゃねぇぞ!」
ウイングが息を荒げながら、唇を噛む。
「何だ、この強さ……全力で攻めても、勝てる気がしねぇ……」
クローは、そう呟きながら再び炎の爪を構えた。だが、立ち止まるわけにはいかない。
「ウイング、左右からだ!挟撃するぞ!」
「ああ!!」
二人は叫び合うと同時に駆け出した。
風を巻くゼルフィードの槍が、刃のように迫り――カイの鋭い爪が、一点に集中する。
狙いは一つ。挟み撃ちによる突破。
「そんな大技が当たると思うのか?」
アルベールの瞳が、静かに動いた。その身体が、音を立てずに動いた瞬間、ゼルフィードの槍は流され、クローの爪は紅の剣に受け止められる。刃と刃が交差する一拍。しかし、その一拍が、あまりに重い。
「な、なんて重さだ……!」
「ちっ……!」
一瞬で、全体の流れが崩れる。
アルベールの動きは、鈍重にすら見えるはずだった。だが、実際には一切の無駄がなく、すべての動作に意味があった。
「まだ甘い。貴様らは“死”を知らない」
低く呟いたアルベールが、地を蹴る。剣が唸りを上げ、クローとウイングをまとめて吹き飛ばした。
空気が震え、衝撃波が地面に波紋を走らせる。
「クロー、ウイング!」
2人の体は爆風に呑まれ、屋根を砕きながら墜ちていく。
「う……ぐっ……!」
「ちくしょう……っ!」
二人が、瓦礫の中で必死に身を起こそうとした、その時。
「下がってろ!」
響き渡ったのは、怒りをはらんだブレインの声だった。
肩に血を滲ませながら、それでも剣を持ち、ただ一人、敵へと歩み出る。
「こいつは……俺がやる」
クローとウイングが、息を呑んだ。
「ならば一騎打ちといこうか」
***
紅の剣と光の剣が、今、空の下で相まみえる。風が止まり空が息をひそめる。
「貴様の怒り、確かに理解はする……だが!」
ブレインが咆哮しながら地を蹴った。
その剣が放つ一撃は、かつての竜の墓所で得た力“ヴァルハイトの光剣”。
白銀の軌跡が、アルベールの大剣とぶつかり合い、激しい火花を散らした。
二人の戦いは、もはや人間の動きではなかった。一閃ごとに、風が爆ぜ、大地が抉れ、空がうねる。
「ブレイン……!」
遠くで見守るクローが、拳を握りしめる。
この戦いに割り込むことはできない。それほどに二人の気迫が、空間を支配していた。
「貴様の実力、噂に違わぬな……」
アルベールの声が低く唸る。剣を肩に担ぎ、ブレインを見据える。
「貴様こそ……ただの亡霊じゃないようだ」
ブレインの眉間に一筋の汗が落ちる。剣を構える腕に伝わる衝撃。重く、深い。
この男の一振りは、命を刈り取るためだけに研ぎ澄まされている。
(……強い)
瞬間ごとに、全身を焼くような緊張が走る。
竜の墓所で得た覚悟も力も、それを持ってしてなお、勝てる保証はない。
それほどまでに、アルベールの剣は、研ぎ澄まされた“決意”を帯びていた。
「なぜ……なぜ、そこまで堕ちた」
ブレインが問う。その声には、怒りよりも哀しみが滲んでいた。
「堕ちた……?」
アルベールの目が、ほんの一瞬だけ揺れた。だが、それはすぐに鋼のような静寂に戻る。
「違うな……俺は堕ちたんじゃない。“抗うことをやめただけ”だ」
その言葉に、ブレインの足が、わずかに止まる。視線が揺れる。
(……こいつは、まだ……人としての心を)
その迷いを、アルベールは見逃さなかった。
「甘いな」
風を裂く音がした。次の瞬間、紅蓮の剣が深く閃きブレインの胸を、一直線に貫いた。
「がっ……!!」
鋼が砕け、熱い痛みが胸を貫いた。
赤い血が噴き上がり、息が詰まる。視界がゆがみ、世界が遠ざかっていく。
剣が手から滑り落ちる。膝をつきかけたブレインは、最後に
クローを見た。
言葉にはできなかったが、その眼差しはすべてを語っていた。
未来を、続く戦いを、仲間たちを託すように。
わずかに口角を上げたブレインは、静かに瞼を閉じると、
力尽きたように、音もなく地面へと崩れ落ちた。
鮮やかな紅が、ゆっくりと石畳を染め広がっていく。
「リューガ!!」
アルベールは、血に濡れた剣をゆっくりと振り払う。
その無駄のない所作の奥に、激情も高揚もない。ただ冷えきった使命だけが、彼を突き動かしていた。
足元に横たわるブレインを、無言で見下ろす視線に、憐れみも怒りもなかった。
「ブレイン! くそっ……!」
クローとウイングが駆け寄り、咄嗟に彼をかばうように立ちふさがる。
ラッシュは、ブレインの傷口を押さえて身体を抱き上げた。
「……撤退する。今は、これ以上は無理だ」
ラッシュが撤退を宣言する。
飛竜たちが再び咆哮を上げる。風が巻き上がり、三人と負傷者を乗せて王都城内へと飛び退く。
「……追うな」
アルベールは静かに命じた。後を追おうと一歩踏み出した悪魔兵たちの足が止まる。
「これほどの力の差を見せつけられて……。奴らが、それでも抗おうとするのか、見てみたい」
その姿に、なお武器を構え続けるドラゴンナイツたちへ、アルベールは静かに言い放った。
「二時間待ってやる。それまでに懺悔を済ませておくんだな。そして、貴様らを斬った後、フィンストリオンを滅ぼす!
俺が味わった絶望を、お前たちも知るがいい」
それは、告げられた終焉の予告だった。
激情ではなく運命として語られるその言葉に、誰も返す声を持たなかった。
アルベールは踵を返す。
その背に従うように、悪魔兵たちの黒い影が静かに闇へと溶けていく。
そして、王都の空には。ただ、深く沈むような静寂だけが残された。
戦略の要であるブレインを失い、仲間は重傷を負い、心は打ちのめされた。
“最強の地上戦力”という言葉が、今はただ、現実の残酷さとして突き刺さる。
世界を救う鍵を手にしたばかりの彼らが、今、目の前でその扉を閉ざされた。
圧倒的な実力差。
剣の亡霊が告げた、破滅の時刻。
王都フィンストリオンの空は、なお深く沈み。戦いは、静かに残酷な幕を引いた。
ブレイン「さすがアルベール、、、。まさか、この俺が敗北するとは、な。(まあ、先に一発いいの食らってるし)」
薄れゆく意識の中で、俺が最後に見たものは、、、。
アルゼリーテ姫←コレ。
アルゼ「ー手旗信号ー(バッバッバッババ)ア・ル・べ・ル・イ・ケ・メ・ン・デ・ス・ネ!」
今それやる時じゃないですよね。というか。
ーーーーーーー知ったことかぁぁあ!!
ーーーーー何だ?コイツの主君への想いは?!




