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9話:借金取り

食堂の静かな朝が、不意に乱された。強く叩かれるドアの音が響き渡り、次の瞬間、ドアが大きく開かれた。そこに立っていたのは、見るからに威圧感のある男だった。目つきは鋭く、まっすぐにデービットに向けられている。


ライゼンは、仕込みの手を止め、驚きながら男を見つめた。「ちょっと待てよ、まだ営業時間じゃない。食堂は11時からだ!」と声を張り上げるが、男は無視するかのように足を踏み入れた。


「勝手に入ってこないで!」ライゼンは男の前に立ちはだかる。しかし、借金取りは容赦なく、強引にライゼンを突き飛ばした。ライゼンはバランスを崩してよろめきながらも、必死に立ち直り、怒りに震える目で男を睨みつけた。


「お前に話があるわけじゃない、どけ!」借金取りは低く冷たい声で言い放ち、再びデービットに目を向けた。

男は一切の遠慮をせずに再びライゼンを突き飛ばした。


「おい、何をする!」ライゼンは悔しさに拳を握りしめ、目の前の男を睨みつける。借金取りはニヤリと笑いながらデービットに近づく。


「デービット・カリナス、借りた金の返済が遅れているぞ。40枚の金貨が、5か月で利息がたまって100枚になっている。」その言葉に、ライゼンの胸の内に怒りが込み上げた。「こんな暴利、許せるわけがない!」


デービットは沈痛な面持ちで、ライゼンに目を向けた。「今は穏便に済ませよう、ライゼン。話を聞いてやれ。」


だが、ライゼンは怒りを抑えきれなかった。「今日は穏便に帰ってもらいます。そんな金額を返すつもりはありません!」


「口を出すな、ガキ。」男は冷たく返し、ライゼンの言葉を無視する。ライゼンは立ち上がり、気迫を込めて「父に何をするつもりだ!彼は苦労してきたんだ!」と叫んだ。


「だが、金は金だ。借りたものは返さなければならない。」借金取りはデービットに向き直り、冷酷に告げた。


「わかっているさ、借りたものは返す、それ以外は返す必要はない。4か月後に全額返しに行く、それまで来るな。わかったら帰ってくれ。」ライゼンはそう、強く言い切った。


男はじろりとライゼンの方を見やった。

「お前が肩代わりをしてくれるっていうのか?」上から嘗め回すような視線で、ライゼンの姿を見てくる。


「ああ、俺の父の借金は俺の借金でもある、つまり、俺が返すっていうことだ」ライゼンは強く一歩前に踏み出した。男と顔が接近して、おでこが接触する寸前だ。


借金取りは少し考え込むように顔をしかめたが、やがて

「そいつはいい。だが、返済が遅れれば、今度はもっと厳しい手段を取らせてもらうからな。」と告げ、無愛想に食堂を後にした。



ライゼンは息を深く吸い、感情を整理する。「これから利益を出して返す。毎月10枚の利益を出して、4か月後には40枚返せる。利息を加えた41.4枚を返せばいい。これ以上は返さなくていい、俺が行って話をつけてくる。」


デービットは驚いたようにライゼンを見つめ、「お前が行くのは危険だ…」と心配する。


「大丈夫だ、父さん。俺がやるんだ。」ライゼンは毅然とした表情で返した。

さらに自信を持って言った。「俺が責任を持つから、安心して見ていてくれ。」



騒ぎの声にやっと気付いたエリオンが、2階から眠そうに目をこすりながら降りてきた。髪は少し乱れており、まだ寝起きのぼんやりとした表情を浮かべている。階段を下りる途中で、彼女は下の様子に気付き、少し驚いたように眉を上げた。


「何かあったの?」と、エリオンは少し焦りながら聞いた。


ライゼンはその様子を見て、少し苦笑しながら答えた。「まあ、ちょっとしたトラブルだよ。でも、もう片付いたから心配しなくていい。」


エリオンは寝ぼけたまま、肩紐が解けかかって、ハリのある胸が少し見えている。乱れた衣類を直すこともせず、肩にかかった髪をかき上げながら少し戸惑いの表情を見せた。「そっか…」と呟きつつ、目が冴えてきたのか少しずつ事態を把握し始める。


エリオンは少し首を傾げて、部屋の中を見渡した。デービットがテーブルに座り、少し疲れた顔で考え込んでいる。先ほどまでの借金取りとのやり取りが、まだ彼女には理解できていない様子だった。


「まだ朝だし、特に何も問題ないよ。もうすぐ準備を始めるところだったんだ。」ライゼンは優しくエリオンに説明し、彼女の不安を和らげるように微笑んだ。


エリオンはその言葉に安心したのか、少しリラックスした様子で「そっか、なら手伝うよ」と元気よく答え、着替えるために2階に上がっていった。



ライゼンは利益を増やすためはお客を増やして、お金の周りをよくすることが必要だと考えていた。

「まずは父さん、エールとソーセージも出そう」と、ライゼンは声を低めにして、デービットに提案した。「稼ぎを増やすには酒だ。酒が出れば客も長居するし、料理も頼んでくれる。それに、エールと一緒にソーセージなら、相性も抜群だ。」


デービットは黙って息子の話に耳を傾けていた。ライゼンの言うことは理にかなっている。だが、すぐにエールを仕入れるのは難しいことを頭に浮かべていた。


「エールのことは、アラン商会に取りなしてもらうよ。あそこなら質の良いエールも手に入るし、しっかりした取引先だ。それから、しばらくしたら自分たちで小麦を仕入れて、エールを仕込むことも考えてるんだ。自家製ならコストも抑えられるし、何より味にこだわっていける。」


デービットは息子の熱意に頷き、ゆっくりと「確かに、酒が出れば客の入りはもっと増えるだろうな。それに、自家製のエールを出せるようになれば、うちはもっと繁盛するかもしれん」と答えた。


ライゼンは、エリオンが階段を下りてくるのを一瞥した後、父デービットと改めて食堂の仕入れとメニューの話に集中した。彼の頭の中では、これからの経営のために何が必要かが明確に浮かんでいた。


「父さん、ソーセージをメニューに入れよう。種類は4つだ。フェルブーのマトン肉の固めの部位を使う。特に脂身が少なくて筋の多い部分は煮込みには向かないけど、ソーセージにするにはちょうどいいんだ。それにオークの肉と、ウルラビットの肉もブレンドしよう。ウルラビットの肉は臭みがなくて柔らかいし、オークの肉は少し脂が多めだから、上手く混ぜれば癖のない良い味が作れると思うんだ。」


デービットは、頷きながらも少し心配そうな表情を見せた。「でも、そんなにたくさんの肉を仕入れるのはコストがかかるんじゃないか?」


ライゼンはその言葉にすかさず答えた。「大丈夫さ、仕入れは俺が狩りでまかなう。フェルブーは既に十分な数を捕まえているし、オークやウルラビットは森で狩るのは得意だ。狩りなら費用もかからないし、新鮮な肉が手に入る。自分たちで供給をコントロールできるんだから、これは大きな利点だよ。」


デービットはしばらく黙って考え込んだ後、「そうだな、狩りで手に入るならコストの心配は少なくなるな。ソーセージなら保存もきくし、仕込みさえしっかりやれば、売り切れを気にせず提供できる」と同意する。


ライゼンは続けて、ソーセージ作りについて簡単に説明した。「まず、肉は細かく挽いて、塩や香辛料を混ぜ込む。特にマトンにはローズマリーやタイムを加えるといい香りが出る。それから腸に詰めて、しっかりと結び、適当な長さにカットするんだ。その後、低温でじっくり燻すことで、旨味を閉じ込める。燻製した後に茹でておけば、そのまま焼いてもいいし、スープに入れても美味しくなる。」


エリオンが興味深そうに聞いていた。「そんなに手間がかかるんだ。でも、それだけやればきっと美味しくなるんだろうね。」


ライゼンは笑顔を浮かべながら、「手間はかかるけど、その分価値があるんだ。美味しいものを作れば、評判も広がる。今の食堂を立て直すには、そのくらいのこだわりが必要だ」と力強く言った。


デービットはライゼンの決意を感じ取り、息子に微笑んだ。「よし、やってみよう。ソーセージが看板メニューになれば、客も増えるはずだ。それに、エールと一緒に出せば相性もいいし、客単価も上がる。」


ライゼンはさらに計画を進めた。「エールはアランの商家に頼んで仕入れる。しばらくはそのエールで回すけど、いずれは自分たちで小麦を仕入れてエールを作ることも考えている。自家製のエールとソーセージのセットなら、もっと多くの客が集まるはずだ。」


その提案にデービットは少し驚いたが、「そこまで計画してるのか。大したもんだ、ライゼン」と誇らしげに息子を見つめた。ライゼンは自分の決意に満ちた目で父に応えた。


「これから少しずつ、稼ぎを増やしていくよ、父さん。」


デービットはしばらく考え込むように目を細め、「ライゼン、エールの醸造は難しいぞ。手間もかかるし、味を安定させるのにも時間がかかる。けど、うまくいけば、俺たちの店だけで出せるオリジナル商品になるな」と言って、少し笑顔を見せた。


ライゼンは自信を持って頷いた。「そうだね。だから最初はアランの商家に頼る。でも、いずれ自分たちの味を作りたいんだ。店の顔となるソーセージとエールがあれば、他の店とは一味違う特別な場所になると思う。」


エリオンが頷きながら、「それに、お客さんは新しいものや特別なものに目がないからね。ここでしか味わえないってわかったら、きっとリピーターになるさ」と感心したように言った。


デービットはテーブルに手をつき、真剣な表情でライゼンを見つめた。「よし、わかった。俺はソーセージ作りの技術をもっと磨く。肉挽き機を入れて、新しい挑戦にはリスクが伴うが、それを乗り越えれば、今以上に大きな成果が得られるかもしれない。」


ライゼンは父の決意を感じ取り、微笑んだ。「父さんがそう言ってくれると心強いよ。でも、まずは地道に今できることから進めていく。ソーセージの試作を始めて、徐々に改良していこう。看板メニューにできるほどの完成度になるまで、しっかり作り込むつもりだ。」


デービットは立ち上がり、大きく息を吸ってから、「よし、まずは試作だ。明日から早速肉の仕入れを増やそう。それに、腸や香辛料も手に入れないとな」と活気づいた声で言った。

「あぁ、今日の営業が終わったら、狩に行ってくるよ」ライゼンも明日に向けて準備を考えていた。

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