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5話:マトン肉の確保

ライゼンは新たな料理を試作するために、店を開いてから数日が経過したが、客足は思ったほど伸びていなかった。悪化した材料の品質が原因で、スープの味もいまいちだったため、リピーターが少なかったのだ。どんなに工夫を凝らしても、食材の限界を感じていた。


ある晩、調理を終えたライゼンが父と一緒に食堂の片隅で座り込んでいると、彼の思考は次第に別の方向へ向かっていった。「俺たちの料理、何とかしなきゃな…」ライゼンは呟く。「でも、どうやって素材の問題を解決すればいいんだ?」


ふと、彼の頭の中に一つのアイデアがひらめいた。冒険者時代に聞いたことのある、特異な魔獣のことを思い出したのだ。それは「フェルブー」と呼ばれる羊の魔獣で、その肉は通常の羊よりもはるかに柔らかく、旨味が凝縮されていると言われていた。


「そうだ!フェルブーを使えば、質の良い肉が手に入るかもしれない。」ライゼンは興奮した表情で父に告げた。「フェルブーは一般的な羊と違って、特別な魔力を持っているから、料理に使えば独自の味わいが出ると思う。」


父は眉をひそめた。「でも、フェルブーは普通の羊とは異なり、簡単には捕まえられないぞ。特に、他の魔獣と共存している場所が多いから、危険も伴う。」


「大丈夫、父さん。俺は冒険者だったから、危険なことには慣れてる。」ライゼンは自信を持って言った。「近くの森に行けば、フェルブーがいると聞いたことがある。ちょっとした冒険になるけど、やってみる価値はあると思う。」


父はライゼンの熱意に触発され、微笑みながら頷いた。「そうか、なら行ってみろ。お前の言う通り、料理は素材が命だからな。良い肉が手に入れば、客も喜ぶだろう。」


次の日、ライゼンは必要な道具を持ち、フェルブーを探しに出かけた。森の中は静まりかえり、鳥のさえずりが聞こえるだけだ。しかし、心の中には期待が膨らんでいた。自分の宿屋の未来を切り開くために、彼は全力で挑むつもりだった。


しばらく歩いた後、ライゼンは少し不安になった。「本当にいるのかな?」と自問自答しながら進む。すると、突然、視界の隅に何かが動くのを見つけた。


そこには、ふわふわとした毛並みのフェルブーが草を食べている姿があった。白い毛に覆われた体は大きく、目は賢そうに光っている。「あれがフェルブーだ…!」


ライゼンは興奮と緊張を抑えながら、慎重にフェルブーを観察していた。通常の羊とは異なり、その魔獣特有のオーラが辺りに漂っている。捕まえるのは容易ではないだろう。しかし、ライゼンには一つの切り札があった。それは彼がかつて冒険者として習得した魔法、召喚術だ。


彼は杖を構えて静かに呪文を唱え始めた。空気が震え、土の中からカサカサと音が響き、ライゼンの周囲に無数の骸骨スケルトンが出現する。彼らは武器を持たないが、その冷たい眼窩がフェルブーをじっと見つめている。


「囲め…!」ライゼンは静かに命じた。


スケルトンたちは音もなく動き出し、フェルブーを取り囲むように配置されていく。森の静寂の中、魔獣は気づいていないようだったが、次第に異変を察知し始めた。スケルトンたちがじりじりと距離を詰めるにつれて、フェルブーは警戒心を強め、草を食むのを止めた。


「あと少し…」ライゼンは息を詰め、スケルトンたちにさらなる指示を送る。彼らはフェルブーの逃げ道を完全に封鎖し、ついに距離が縮まった瞬間、ライゼンは一気に捕獲の合図を出した。


スケルトンたちは一斉に動き出し、フェルブーの四方から押さえ込むように飛びかかった。驚いた魔獣は逃げようと暴れ出すが、スケルトンたちの数とその冷静な動きによって、フェルブーの逃走は阻止された。ライゼンが素早く縄を取り出し、魔法で動きを封じながら、角と首に縄をかけて、しっかりと捕獲する。


「よし…!成功だ!」ライゼンはフェルブーをじっと見つめ、捕獲に成功したことに満足感を覚えた。しかし、ふと周囲を見ると、ライゼンの召喚したスケルトンたちが他にもフェルブーを捕らえていた。合計6匹のフェルブーが捕えられている。


「こんなに必要ないんだけどな…」ライゼンは苦笑しながら、どうするべきかを考えた。店で扱うには1匹で十分だったが、森に返すのは危険すぎる。そこで、ライゼンはあるアイデアを思いついた。


「魔獣の牧畜か…」ライゼンは口元に微笑みを浮かべた。「これなら、持続的にフェルブーの肉を手に入れられる。」


彼はすぐに行動に移した。フェルブーたちを森から連れて帰るため、スケルトンたちに手伝わせて、一匹ずつ丁寧に森の外へと導き出す。そして、村に戻ると、フェルブーたちを囲うための柵を作ることを決めた。


ライゼンは、捕獲したフェルブーたちを無事に連れ帰ったものの、次の課題は彼らをどうやって飼うかだった。村の中には魔獣を囲うための準備はない。しかし、フェルブーたちを野放しにしてしまうと、村に被害が出かねない。


「時間がない。まずは簡易的でもいいから、柵を作る必要があるな…」


ライゼンは召喚した骸骨たちを呼び寄せ、彼らに指示を出すことにした。「材木が必要だ。近くの森から木を切り出してこい。」


骸骨たちは無言で従い、森に向かって歩き出した。彼らは斧や鋸といった高品質な道具は持っていないが、ライゼンの指示を受け、周囲の木々を次々と折り始めた。手に入る簡単な道具を使い、必要最低限の作業で大きな材木を切り出していく。骨だけの手で無骨に木を割る音が森に響く。


「粗雑でも構わない、強度があればいいんだ」とライゼンはつぶやきながら、フェルブーたちが逃げ出さないよう、材木を並べる場所を決めていった。骸骨たちは切り出した木を次々に運んでくる。材木は不揃いで太さもまちまちだが、それぞれが頑丈で、十分な強度がありそうだ。


木の幹をそのまま使った荒々しい材木を土に深く打ち込み、簡易的な柵が次々に組み上がっていく。工具の精度は低いが、骸骨たちは力任せに木を打ち込み、ライゼンの指示に従って作業を進めていく。雑ながらも、彼らの無尽蔵な労働力は頼もしかった。


「逃げ出されるわけにはいかないから、しっかりと固定してくれ…!」


ライゼンの言葉に従い、骸骨たちは木を打ち込むたびに手を止めることなく動き続ける。木の幹を交差させ、麻縄で結びつけていく。粗末ではあるが、材木を深く埋め、太い幹でしっかりと組み合わせることで、強度を重視した柵が形になっていった。


数時間後、ライゼンはようやく出来上がった柵を見上げた。見た目は無骨で雑だが、頑丈さは申し分ない。フェルブーたちもその中で草を食んでいる。


「これで大丈夫だ。簡易的だけど、逃げ出すことはないはずだ…」


ライゼンは満足げに柵を一周し、強度を確認する。フェルブーたちは警戒心を見せることなく、その中で静かにしていた。


「やれやれ、これで一安心だな。これが始まりだ…」ライゼンは森での苦労を振り返り、未来への期待と共に、その場を後にした。


数日後、フェルブーたちを飼うための立派な柵が完成し、魔獣たちはその中でゆったりと草を食べている。彼らの魔力を含んだ肉は、他の羊肉とは比べ物にならないほどの価値がある。


ライゼンは町のはずれに作ったフェルブーの飼育場を見渡してから、父デービットと話すため、家に戻ってきた。彼は父に、これからの牧畜計画について話す必要があった。家の暖炉の前でデービットが座り込んでいるのを見つけ、ライゼンは椅子に腰掛けた。


「父さん、ちょっと話があるんだ」とライゼンは口を開いた。


「おう、ライゼン。どうした?」デービットは穏やかな表情で息子を見つめ、杯に入れた酒を一口飲んだ。


「実は、例のフェルブーを捕まえてきた。森の中で6匹も捕まえたんだ」とライゼンは得意げに言った。「そして、それらを町のはずれにある空き地に囲い込んで飼育しようと思う。もう柵も作ったし、スケルトンたちに監視を任せている」


デービットは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに眉をひそめた。「スケルトンが監視している…だと?それはあまりにも目立ちすぎるんじゃないのか?町の人々に知られたら問題になるぞ」


ライゼンは首を横に振り、父の不安を宥めようとした。「大丈夫だ、父さん。スケルトンたちは変装させてあるんだ。ローブとお面をつけさせて、人間のように見せている。外から見れば、ただの見張り番にしか見えない。誰も気づかないよ」


デービットはしばらく黙って考え込んだあと、口を開いた。「なるほど、それならば人目を避けることはできそうだが…フェルブーを飼うだなんて、なぜそんなことを?」


「牧畜を始めるためだよ、父さん。これからは、店で扱うマトンの肉の原料はフェルブーで確保していくつもりなんだ。羊の魔獣だから、普通の羊よりも肉質が良くて栄養価も高い。それに、魔獣の肉ということで話題性もあるだろう」


デービットは少し考え込みながら、炉の火を見つめた。「…確かに、それは一理ある。だが、魔獣を飼育するなんて、普通はやらないことだ。万が一、フェルブーが暴れたり、逃げ出したりしたらどうするんだ?」


「その心配もないよ。柵は頑丈に作ったし、スケルトンたちが24時間監視している。フェルブー自体も、特に暴れそうな気配はない。今は草を食んで、落ち着いているんだ」


デービットは息をついて、肩をすくめた。「お前がそこまで考えているなら、俺は口を出すつもりはない。ただ、牧畜は思ったよりも手間がかかるものだ。飼育のことや、肉の加工の方法もしっかり考えておけ」


「分かっている。これからは定期的にフェルブーの世話をして、肉の質を安定させる。それが俺たちの宿屋の未来を左右するんだ」


デービットは満足げに頷き、杯を掲げた。「なら、上手くいくことを祈ろう。お前の新しい挑戦に乾杯だ!」


ライゼンは笑みを浮かべ、杯を持ち上げた。「ありがとう、父さん。牧畜が成功すれば、きっと店の評判も上がるはずだ」

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