3話:戦士エリオンの反発
数日後、クランの本部では重苦しい空気が漂っていた。リーダーのヴォルフがテーブルに資料を広げ、今後の活動について計画を立てていると、扉が激しく開け放たれた。その音に反応して顔を上げると、女性戦士エリオンが憤怒に満ちた表情で立っていた。
「ヴォルフ!」彼女は鋭い声で叫びながら、足早に部屋に入ってきた。「お前、一体どういうつもりだ!ライゼンを引き止めなかっただなんて、信じられない!」
「エリオン、冷静になれ」ヴォルフは一瞬驚いたが、落ち着いた声で彼女に応じた。「ライゼンは自分で決断したんだ。俺たちがどうこう言える問題じゃない。」
「決断した?ふざけるな!」エリオンの怒りは収まるどころか、ますます膨れ上がった。「あいつがいなければ、私たちのクランはどうなる?今までのように強敵と戦うことなんてできないじゃないか!ライゼンの力がなければ、私の力だって充分に発揮できない!」
「エリオン、それはお前の考え方だろう?」ヴォルフは眉をひそめ、彼女の言葉に反論した。「ライゼンがいなくなったからって、俺たちが戦えなくなるわけじゃない。お前自身の力も十分だ。彼がいなくても、俺たちはやっていけるはずだ。」
「そう簡単に言うな!」エリオンはテーブルを叩き、怒りで声が震えていた。「お前はわかってない!ライゼンはただの仲間じゃない。彼がいなければ、私の力は半減する。どれだけの危険なミッションも、彼がいたからこそ成功してきたんだ!」
ヴォルフはしばらく黙って彼女を見つめた後、深く息を吐いた。「それはライゼンに頼りすぎているだけだ。確かに、彼は優秀だった。だが、クランというのは個々の力だけじゃなく、全員が協力してこそ成り立つものだ。誰か一人に依存するんじゃ、クランは成長しない。」
その言葉に、エリオンの目がさらに険しくなった。「お前には何もわかってない!」彼女は叫び、急に立ち上がると、ポケットから辞表を取り出してヴォルフの前に叩きつけた。「もう、こんなクランにはいられない。ライゼンがいないなら、私は戦わない。お前がリーダーでいる限り、ここで力を尽くす意味なんてない。」
ヴォルフはその辞表を見つめ、しばらく無言でいたが、やがて静かに顔を上げた。「エリオン、お前がこのクランで何を求めていたのか、俺はわかっているつもりだ。だが、クランは一人で成り立つものじゃない。お前が去ることは残念だが、俺はお前の選択を尊重する。」
「尊重だと?ふざけるな!」エリオンはヴォルフに鋭い視線を送り、無言で背を向けた。「もう二度と、私に話しかけるな。」
そう言い捨てて、彼女は扉を力強く閉め、クラン本部から出て行った。部屋に残されたヴォルフは、エリオンの辞表を手に取り、しばらくそれをじっと見つめていた。クランのリーダーとして、自分の決断が正しかったのか、彼は静かに自問した。
エリオンは受付嬢からライゼンの行き先を聞くと、短く「ありがとう」とだけ言い残し、ギルドを後にした。ライゼンが冒険者を辞め、実家の宿屋に戻っているという事実が、頭の中でぐるぐると回り続けていた。怒りと焦りがないまぜになりながらも、彼女の決意は揺るがなかった。
「追わなきゃ…」エリオンは心の中で強くつぶやき、すぐに自宅に向かって歩き出した。
家に戻ると、彼女はすぐに行動に移った。最低限の荷物だけをまとめ、すぐに出発できるよう準備を進めた。装備も全て詰め込んで、旅に出る覚悟はできている。彼女はもう、ここ王都には未練がなかった。ライゼンがいないクランに所属する意味はなく、ここで冒険を続ける理由もない。
「ライゼンがいなければ、私は…」エリオンはかすかに震える声で自分に言い聞かせながら、最後の荷物を詰め込み、家を見渡した。もう戻ることはないだろうと確信し、深く息を吐いた。
ドアを閉めて鍵をかけると、そのまま家を引き払い、家主にも別れを告げずに足早に去った。エリオンは少しも迷うことなく、すぐに馬車を手配し、ライゼンの故郷である町へ向かう道を取った。
乗合馬車の中で、窓の外に流れる景色をぼんやりと見つめながら、エリオンはこれまでのことを思い返していた。ライゼンとの数々の冒険、共に戦った瞬間、互いに支え合ってきた日々。あのままクランに留まっていても、自分はもう前に進めない。ライゼンのいない戦いでは、自分の力は半分も発揮できないとわかっていた。
「彼の後を追って、今度こそ…」エリオンは決意を固め、目を閉じた。馬車は、彼女をライゼンの故郷へと静かに運んでいく。
町に着いたエリオンは、周囲を見渡しながら戸惑いを隠せなかった。広がる景色は、確かにライゼンが育った場所のはずだが、彼が過ごした日々の痕跡はどこにも見当たらない。彼がここを出たのは6年前だと、かつての会話で聞いたことがある。しかし、それも今は遥か昔のことだ。
宿屋の主人にライゼンのことを尋ねてみたが、宿屋の主人は首をかしげただけだった。「ライゼン?そんな名前は聞いたことがないな。何か特別な人なのか?」
エリオンは心の中で失望を募らせながら、再び考えを巡らせた。この町にはおそらく1000人ほどの人々が住んでいるはずだが、彼の名前が知られていないとは思わなかった。周囲を歩きながら、もしも彼のことを知っている人がいればと期待を抱いていたが、実際にはそれが叶うことはなかった。
「なぜ急に辞めたかを聞くのも忘れていた…」エリオンは自分の不甲斐なさに呆れた。ライゼンが何を思って冒険者を辞めたのか、実家の宿屋がどこにあるのか、名前すら聞いてこなかったのだ。彼女の心の中に不安が広がる。
「とりあえず、門の近くにある宿屋に泊まるしかない。」エリオンは思い立ち、少し離れた宿屋に足を運んだ。しかし、その宿屋の主人もやはりライゼンの名前を知らなかった。
「申し訳ないが、私にはその名は分からんよ。ここに来る冒険者は多いが、特に目立つような人ではなかったのか?」と宿屋の主人が言う。
「そうか…」エリオンは思わずため息を漏らした。宿屋の主人がライゼンを知らないという事実は、彼が本当にこの町でどれほど存在感が薄かったのかを物語っているようだった。
「いったい、どこに行けば彼に会えるんだ…」エリオンは考え込む。今、彼女には何の手掛かりもない。ただ、彼が帰った実家の宿屋の名前すら知らないのだから。
「それでも、あきらめない。ライゼンに会うためには、何か手がかりを見つけなければ。」彼女は心に決め、宿屋の主人にさらに質問を続けることにした。
エリオンは宿屋の主人と話を続ける中で、ふと自分の財布の中身が心配になった。王都ではそれなりに貯金があったが、ここでは日銭を稼がなければならない。宿代もばかにならないし、食事や雑費も考えれば、早く稼ぐ必要があることに気づいた。
「ここで日常を始めるなら、まずは町のギルドを訪ねて、依頼をこなすことが必要だわ。」エリオンは決意を新たにした。ギルドでの依頼は、彼女の戦士としてのスキルを活かす良い機会だし、ライゼンの宿屋についての情報を得るチャンスでもある。
翌朝、エリオンは宿屋を出て町の中心に向かった。人々が行き交う中で、彼女はギルドの建物を見上げた。大きな看板には「冒険者ギルド」と書かれており、その周囲には仲間たちが集まっていた。
ギルドの中に入ると、賑やかな雰囲気が広がっていた。壁には依頼の掲示板があり、さまざまな依頼内容が書かれた紙が貼られている。エリオンはその中から簡単な依頼を選び、すぐに取り掛かることにした。
「この町の周辺でのモンスター駆除か…ちょうどいい。」彼女は、自分の力が試せると思い、依頼を受けることに決めた。モンスターを倒せば、報酬が得られる上に、町の人々に自分の存在をアピールできるかもしれない。
依頼を終えた後、エリオンは町の人々と話をし、少しずつライゼンの宿屋に関する情報を集め始めた。彼の名前を出すと、時折驚いた表情を見せる人もいたが、ほとんどの人々が彼を知らなかった。
「ライゼンを知っている人が少ないなんて…何か特別な事情があるのかもしれない。」エリオンは胸に不安を抱きつつも、引き続き周囲に目を配った。
日々、依頼をこなしながら、彼女は町の人々との交流を深めていった。ライゼンの実家がどこにあるのか、何か手がかりを見つけられる日を夢見て、彼女は日常生活を送ることにした。
「ライゼン、私は必ずあなたを見つけ出す。どんなに時間がかかっても。」エリオンは心に誓いながら、次の依頼に向かって歩き出した。
数日後、エリオンは、宿屋の小さなテーブルに座り、目の前にある食事を無心で噛みしめながら、ふと自分の無計画さを悔やんだ。宿代と食費を計算することすらしていなかったことを思い出す。口の中に広がる味とは裏腹に、心の中は重苦しい思いでいっぱいだった。
「この町に来てから、私は何をしていたんだろう…」エリオンは、冷めたスープを見つめながらため息をついた。ライゼンを追いかけてきたものの、肝心の彼の宿屋の場所すらわからず、日銭の計算もおろそかにしてしまった。
宿代が一泊分でいくらか、食事がどれほどの値段か、全く把握していなかった。今月の収入は、依頼で得た報酬があるものの、モンスターの駆除だけでは大した金額にはならない。それに、食料もどれだけ必要か考えたことがない。食事の回数や自分が必要なカロリーを計算することすらできず、ただ目の前の食べ物を口に運ぶだけで精一杯だった。
「次は、もっと計画的に行動しなければ…」彼女は心の中で自分を叱りつけた。無計画でこの町に来てしまったことを悔やみながらも、今は前を向いて進むしかない。しかし、計画性の無さが自分を苦しめる現実を考えると、頭が重くなる。
「ライゼンがこの町に戻ってきたのは、何か理由があるはずだ。彼を見つけるためにも、今後の生活をどうにかしないと。」エリオンは思いを巡らせた。自分が今何をすべきかを再考しなければ、彼の後を追うどころか、自分自身も困窮してしまう。
彼女は食器を片付けると、決意を新たに立ち上がった。「まずは日銭の計算をしっかりして、次の依頼を選ぼう。そして、町の人にライゼンの情報をもう一度聞いてみる。」自分を見失ってはいけないと、強く自分に言い聞かせた。計画性を持って、日常をしっかりと築いていくことが、今の彼女には必要だった。