表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/29

21話:目覚めのキス

昨晩の激しい戦いの後、ライゼンたちは早朝の静けさの中で目を覚ました。だが、空腹感がじわじわと体に広がり、何か食べるものを求めてうずうずしている。


「お腹が減ったな…」とダリックがつぶやく。彼の声には疲れがにじみ、同時に食欲が滲んでいた。空腹の感覚が彼の意識を強く引き寄せ、仲間たちも同じ思いを抱えているようだった。


父デービットの食堂に着くと、静まり返った店内が目に入る。ライゼンは「父がまだ起きていないかもしれないな」と言い、ドアを静かに開けた。普段なら温かい香りが漂うはずの食堂も、今はまだ何も準備されていない。

「じゃあ、俺が何か作るよ」とライゼンが言い、さっそく食堂の厨房に立った。



ライゼンは食堂のキッチンに入り、窯の前に立った。冷たい石の表面に手をかざし、まずは小さな薪を組み、少しずつ火がつくように工夫した。火打石で火花を散らし、しばらくの間、慎重に薪に火を近づける。やがて、パチパチと音を立てながら炎が立ち上がり、窯の内部が温かい光で満たされていく。ライゼンは木の棒で薪を少しずつ追加し、火が安定するのを見守った。温かい炎が心地よい熱を発し、食堂の中に活気をもたらす。


窯の火が起こせると、ラヴァシュという薄いパンを焼く準備を始めた。生地を手際よく伸ばし、窯の中にセットする間に、次の準備に取りかかる。大きな鍋に水を張り、太いソーセージを茹で始め、すぐに温かい香りが厨房に広がっていく。


「シンプルだが、腹持ちはいいさ」とライゼンは自分に言い聞かせるように言った。カブを刻み、塩をふりかけてさっぱりとした付け合わせにする。


ラヴァシュが次々と焼き上がる頃には、ソーセージも丁度いい具合に茹で上がっていた。彼はそれらを器に並べ、6人分のシンプルだが満足できる朝ごはんを完成させた。皿の上には、香ばしいラヴァシュ、ジューシーなソーセージ、そしてカブの付け合わせが美しく並んでいる。


「さぁ、みんな。食べよう」とライゼンは声をかけ、ダリック、アリス、カイル、エリナに料理を差し出した。


「おお、これはありがたいな。戦いの後にぴったりだ」とダリックが満足そうに言い、アリスも笑顔で頷く。


「本当に、これは助かるわ。昨日の疲れが一気に吹き飛びそう」とアリスもソーセージを手に取りながら言った。


カイルとエリナも頷きながら食事を始め、皆が静かに朝の食卓を楽しんでいた。しかし、もう一人、寝坊している人物がいた。


「そうだ、エリオンを起こしに行かないとな」とライゼンが思い立ち、階段を上がって二階に向かった。そこにはダークエルフの女戦士、エリオンがまだ眠っていた。


「おい、エリオン。朝だぞ、起きろ」とライゼンが声をかけると、エリオンはもぞもぞと寝返りを打ち、ようやく目を覚ました。


ライゼンは階段を上がり、二階にいるエリオンの部屋の前に立った。軽くノックをしながら「おい、エリオン。朝だぞ、起きろ」と声をかけたが、返事はない。仕方なくドアを少しだけ開け、部屋の中を覗いた。


エリオンはベッドの上で、毛布にくるまってもぞもぞと寝返りを打っていた。「ん…、まだ眠い…」と半ば寝ぼけた声が漏れた。


「おい、朝飯できてるぞ。さっさと起きろよ」とライゼンはやや苛立ちながら声をかける。しかし、エリオンは足を伸ばし、彼の腕を捕まえた。


「ふふ…おはようのキスは?」と、まだ夢うつつの状態でエリオンが甘えた声を出し、ライゼンに絡みついてきた。腕でライゼンの首に手を回し、そのまま引き寄せる。


「な、何を…!」ライゼンは焦りながらも、どうしていいかわからず体が硬直した。思わず手を伸ばして抵抗しようとした瞬間、彼の手はエリオンの柔らかな胸にしっかり触れてしまった。


「っ!」ライゼンの顔は一瞬で真っ赤になり、慌てて手を引っ込める。「わ、悪い!そういうつもりじゃ…!」


エリオンは半ば目を開け、少しだけ微笑んでいる。「あら、ライゼン…大胆なのね。でも、まだ眠いの…」と、再び腕を伸ばしてライゼンに絡もうとするが、ライゼンはすばやく身を引き、逃げ出すようにして部屋を飛び出した。


「さ、さっさと起きて朝飯に来い!待ってるからな!」と叫びながら階段を駆け下り、彼の心臓はまだドキドキと早鐘を打っていた。


ライゼンが二階から降りてくると、ダリック、アリス、カイル、エリナの4人がテーブルを囲んで談笑していた。彼らはライゼンの足音に気づくと、ニヤニヤと顔を見合わせながら話し続けていた。


「なあ、ダリック。あの二人、そろそろくっつくんじゃないか?」とカイルがふざけた声で言う。


「いや、まだ時間がかかるんじゃないか?ライゼン、ああ見えて鈍感そうだしな」とダリックが肩をすくめる。


「でもさ、エリオンの方は明らかに気があるように見えるけど。さっきもライゼン、あんなに真っ赤になって戻ってきたじゃない?」とアリスが笑いながら言った。


エリナも楽しそうに話に加わる。「確かにね。ライゼン、普段は冷静なのに、エリオンのことになるとなんか不器用よね。二人、うまくいく可能性はどれくらいだと思う?」


「俺は賭けるなら、まだ先が長いに一票だな」とダリックが答えた。「ライゼンの鈍さを考えたら、しばらくは進展しないだろう。まあ、気がついたら一気に進むかもしれないがな。」


「それにしても、エリオンはいつからそんなに女っぽくなったんだ?」カイルが冗談めかして言う。「クランではそんな様子なかったのに、ここに来てから急に雰囲気が変わった気がするぞ。」


その言葉に、ライゼンは階段の途中で足を止めた。彼らの話が全部聞こえてしまっていた。心臓がまたドキドキと早くなる。何も考えずにエリオンを仲間として見てきたはずなのに、さっきの寝室での出来事を思い返すと、どうしても彼女のことを意識してしまう。


「くっつく可能性って…そんなこと、考えたこともなかったのに…」ライゼンは頬を赤く染めながら、頭を振った。だが、エリオンの無邪気な笑顔や優しい目が頭から離れない。


「急に女っぽくなった…」カイルの言葉が頭に残っていた。確かに、最近のエリオンは前よりも柔らかな雰囲気を感じる。昔のエリオンは、仲間として信頼できる相棒、そして戦士としての一面しか見えていなかったが、今は何かが違うように思えた。


「まさか、俺が…エリオンを…?」ライゼンは自分の混乱した気持ちに驚きながらも、階段を下り続け、仲間たちの元へ戻った。


「おー、ライゼン!エリオンは起きたか?」とダリックがニヤリとしながら尋ねる。


ライゼンは目をそらし、無理に平静を装いながら「起きたよ。すぐに来るだろう」と短く返事をした。


その瞬間、仲間たちの表情が一層楽しそうに見えたが、ライゼンは気にしないふりをして窯の火に集中した。それでも心の中で、エリオンのことを無意識に意識し続けている自分に気づいてしまっていた。



ライゼンはエリオンが降りてくるまでの時間を利用して、手早くバジルソースを作ることにした。刻んだカブを目の前に置き、彼はすぐに動作を始めた。まずは新鮮なバジルの葉を手に取り、まな板の上に広げて軽く水気を拭う。その香りが漂い、キッチンに緑の爽やかな風を運んでくる。


ライゼンは熟練した手つきでバジルを細かく刻み始めた。鋭いナイフがリズミカルに動き、細かくなった葉がふわりとカッティングボードに積み重なる。次に、すり鉢を取り出し、刻んだバジルを入れて、軽く塩を振りかける。そして、力を込めてバジルをすりつぶし始めた。音がリズミカルに響き、まるで彼自身の集中力を表しているようだった。


すり鉢の中で、バジルは少しずつペースト状になり、濃厚な香りがさらに強まっていく。ライゼンは手際よくオリーブオイルを加え、バジルとオイルが一体となって滑らかなソースになるまで混ぜ合わせた。最後に少しだけレモン汁を絞り入れ、爽やかな酸味を加える。


「よし、これで完璧だ」と彼は心の中でつぶやき、ソースの仕上がりを確認した。ちょうどそのタイミングで、エリオンが身支度を整えて、階段を軽やかに降りてくる足音が聞こえてきた。


「間に合ったな」とライゼンは満足げに微笑み、できあがったバジルソースを刻んだカブにさっと絡め、皿に盛り付けた。


エリオンは髪をきちんとまとめ、普段よりも少し落ち着いた雰囲気で現れた彼女に、全員が自然と視線を向けた。ライゼンは焦りつつも、エリオンのためにラヴァシュを焼き始めていた。


エリオンはちらりとライゼンの背中を見つめ、じーっとその動作を追っていた。何かを考えているような表情だった。


「おはよう、エリオン!」アリスが明るく声をかけた。「今日もいい朝ね。」


エリオンはにこやかに微笑み返し、カウンターに腰掛けた。そして、しばらくライゼンを見つめた後、静かに口を開いた。


「ねえ、ライゼン…」とエリオンが話し始める。「さっき…その…私の胸に触った、よね?」彼女は両手を胸に当て、まっすぐライゼンを見つめる。


その一言に、部屋の空気が一瞬で変わった。全員がぴたりと動きを止め、エリオンとライゼンを交互に見やった。ダリックは目を大きく見開き、アリスは驚きつつも口元を押さえて笑いを堪えている。カイルとエリナは顔を見合わせてから、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


ライゼンはその場で固まり、目を見開いたまま、窯の火を前に動けなくなっていた。顔が真っ赤になり、口元がパクパクと動くだけで言葉が出ない。まさに言い訳する暇もなく、あの瞬間のことがよみがえってきた。


ダリックがまず口火を切った。「おいおい、ライゼン!それはちょっと…大胆すぎじゃないか?」と肩をすくめながら冗談っぽく言った。


カイルもすぐに追い打ちをかける。「そうだな、ライゼン。俺たちが知らないうちに、そんな仲になってたのかよ?」彼はニヤニヤしながら、アリスとエリナの方を見た。


「いや、違うんだ!本当に!そんなつもりじゃなくて、うっかり手が…」ライゼンは真っ赤な顔で必死に弁解しようとするが、かえって言い訳が空回りしてしまっていた。


アリスはそれを見て笑い出し、「うっかりねえ、うっかりで胸に触るなんて、普通はないけど?」とからかい、エリナも笑いをこらえきれずに肩を震わせている。


「ライゼンって、こんなに動揺することあったんだな…」とダリックが感心したように言いながら、さらにいじり続ける。「俺、初めて見るぞ、お前がこんなに困ってるの。」


エリオンはそんなライゼンの様子を見て、微笑を浮かべながら、冗談っぽく言った。

「ふふ、そうだね。別に怒ってるわけじゃないから、安心して。でも…覚えておいてね。」彼女は少し悪戯っぽく目を細めて、ライゼンの反応を楽しんでいるようだった。


ライゼンは、ますます混乱しつつも、どうにか場を収めようと必死だったが、周囲の仲間たちのからかいが止まる気配はなく、笑い声が広がる中でますます居心地が悪くなっていった。


「くそ…」とライゼンは小さな声でつぶやきながら、ラヴァシュを焼く作業に戻った。だが、どうしてもエリオンの視線を意識してしまい、手元が落ち着かないままだった。


ライゼンは焼きたてのラヴァシュにバジルソースをたっぷりとかけ、エリオンの皿と自分の皿を並べて置いた。さらに、ダリック、アリス、カイル、エリナの皿にも同様にソースを追加し、まるで料理の色彩が一層引き立つような仕上がりになった。


「さあ、みんな、どうぞ食べてくれ」とライゼンが言うと、4人は嬉しそうにソースをかけたパンを手に取った。そして、ライゼンはカウンターのエリオンの隣に座り、朝の光が差し込む中で、ふと彼女に向き直った。


「この1か月、どうなんだ? クランを辞めた後、何か変わったことでもあったのか?」と尋ねると、エリオンはしばらく考え込んだ後、目を細めて彼を見つめた。


「実はね、ライゼン。私がクランを辞めたのは、あなたがいたからなんだ。あなたと一緒に冒険することで、自分の能力が本当に生きているって感じたの」と、彼女はゆっくりと話し始めた。「でも、あなたがいなくなったクランでは、ただの無力な存在に戻ってしまう。だから、私も辞めることにしたの。後を追ってきたのは、あなたと一緒にいたいからなんだ」と、言葉に力を込めて続けた。


ライゼンは驚きながらも、心の中で嬉しさが広がる。「それは、冒険者としての関係じゃないのか?」と少し不安になりながら尋ねた。


「違うよ、ライゼン」とエリオンは真剣な表情で答えた。「私が求めているのは、もっと特別なもの。あなたがどう思っているのか、ちゃんと知りたいの」と、彼女は目を細めて問いただした。


ライゼンは言葉を選びながら、彼女の瞳を真っ直ぐに見返した。彼女の期待を裏切らないように、真剣に答えなければと思った。心の中で彼女の存在がどれだけ特別かを感じつつ、少しの間沈黙が流れた。


ライゼンはエリオンの目を見つめながら、少し考えを整理した。彼女の期待に応えるために、自分の気持ちを正直に伝えようと心に決めた。


「エリオン…」と彼は口を開く。「君と一緒にいると、本当に心が落ち着くんだ。冒険者としてだけじゃなくて、君の存在が俺にとってすごく大きな意味を持っている。だから、君がそばにいてくれることが嬉しいし、ずっと一緒にいたいと思っている。でも、まだどういう形でこれを続けていくべきか、正直わからない」


ライゼンは思いを整理しながら続けた。「クランにいた時は、戦うことが全てだと思っていたけれど、君がいなくなった今、少し違った目線で物事を見れるようになった。君がいてくれることで、もっと他のことも大事にしなきゃいけないって感じている。だから、これからどうなるのか、まだはっきりとは言えないけれど、一緒にいること自体がすごく大切だと思っているんだ」


エリオンはじっとライゼンの言葉を聞き入っていた。彼女の表情は少しずつ柔らかくなり、笑顔が浮かんできた。「それを聞けて、すごく安心した。私も同じ気持ちだよ。これからは、二人で冒険だけじゃなくて、他のことも一緒に乗り越えていけたらいいなって思う」


ライゼンも微笑み返し、二人の心が通じ合った瞬間を感じた。周囲の仲間たちも、この会話に気づいてか、そっと微笑みながら見守っている。ダリックが「お前ら、いい感じだな」とからかうと、アリスが「やっぱり、エリオンちゃんにはライゼンが必要だよね」と冗談交じりに言った。


その言葉に、ライゼンは顔が赤くなり、思わずエリオンを見つめてしまった。


ダリックが窓の外を眺めながら、ふと口を開いた。「ライゼン、俺たちみたいに、一緒に暮らすことをそろそろ選んでも良いんじゃないか?」


その言葉に、ライゼンは驚いたように振り向いた。「一緒に暮らすって、どういうことだ?」と問い返す。ダリックは、さりげなくエリオンをちらりと見てから、再度言った。「エリオンと一緒にいる時間が長くなったし、どうせなら家を持って、もっと安定した生活を始めてもいいんじゃないかと思ってさ。」


ダリックは、真剣な表情でライゼンを見つめた。「ライゼン、エリオン、お互いが支え合うことが大切だと思う。確かに心配事は多いけれど、二人でそれを乗り越えていくことが、絆をさらに強くするんじゃないか?」


ライゼンはその言葉に頷き、少し考え込む。「それは確かにそうだ。困難を共に乗り越えることで、お互いの理解も深まるし、絆も強まる。だけど、まだ安定しているわけじゃない。食堂のこともあるし、エールの試作も成功するかどうかわからない。」


ダリックは、ライゼンの言葉に同意しながらも続けた。「だからこそ、互いの支えが重要なんだ。心配事が多い時こそ、一緒にいることで乗り越えられることもあるはずだ。エリオンも、そんな風に思っているんじゃないかな?」


エリオンは微笑みながら、彼らの話に耳を傾けていた。「私も、一緒にいることで心が強くなった気がする。これからもお互い支え合っていきたい。」



ライゼンは、ダリックの言葉に少し考え込んだ後、決意を固めた。「わかった、家を準備するよ。二人で暮らす家をね。」


その言葉に、ダリックはにっこりと笑い、エリオンも嬉しそうに目を輝かせた。「本当に?それなら、これからの生活が楽しみだね!」


「ただ、しっかりとした家を作るには時間がかかるから、それまでの間はお互いに支え合っていこう。」ライゼンは続けた。彼の声には、未来への期待感が滲んでいた。


エリオンは嬉しさを隠しきれずに頷いた。「もちろん!一緒にいる時間が増えるのが何よりも楽しみだわ。」


ダリックはその様子を見て、心の中でほっとした。「それが一番大事だよ。お互いの絆を深めていけば、どんな困難も乗り越えられるはずだ。」


こうして、彼らの新しい生活への準備が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ