12話:「輪舞」を抜けた流れ者たち
ノーザン・グリーンの町に、4人の冒険者がやってきた。彼らはクラン「輪舞」を脱退し、行く当てが決まらずに王都から隣町に流れてきた一行だった。草原の風が心地よく吹き抜ける中、彼らは町の広場の壁の一角に集まり、疲れた表情を浮かべて座り込んでいた。
「ここがノーザン・グリーンか」と、リーダーらしき男が周囲を見渡した。彼の名前はダリック。黒い髪と筋肉質の体を持つ彼は、剣士としての腕前に自信を持っているが、心の中には不安が広がっていた。「何もない町だな。これが俺たちの行くあてなのか?」
隣に座る女性、アリスは眉をひそめながら彼を見た。「ここは静かで落ち着ける場所よ。しばらく休んで、次の行き先を考えましょう。」
もう一人の男、カイルは腕を組みながら、「それに、食べ物も探さないと。俺はもう空腹で持たない」と不満を漏らした。
最後に、もう一人の女性、エリナが言った。「でも、私たちの行くあてもないのは確かよ。今はただ、ここにいるしかないの。」
4人は、何も決まっていない無力感を抱えながら広場の一角で座り込んだ。ノーザン・グリーンは彼らにとって一時の避難所だが、それ以上の何かを求めていた。彼らの背後には、町の人々が日常の生活を営む姿が見える。農夫が作物を運び、子供たちが遊び、年配の人々が穏やかな表情で話し込んでいる。
「ここで何かしらの仕事を見つけることはできないのかな?」ダリックが不安げに口を開いた。「ただ座っているだけじゃ、何も始まらない。」
アリスは頷き、「まずはこの町の人たちと話をしてみるべきね。彼らが必要としていることがあるかもしれないわ。」
カイルが不機嫌そうに言った。「でも、俺たちは「輪舞」の一員だったんだ。今さら他のクランに入る気はない。」
「それでも生きていくためには仕方ないでしょう」とエリナが言った。「新しい道を見つけることが必要よ。」
彼らはそれぞれの意見を交わしながら、生活のためにはお金を稼ぐ必要性に迫られていた。
昼時になると、ノーザン・グリーンの広場は人々で賑わい始めた。町の住民たちが日常の仕事を終え、食事を求めて集まってくる。笑い声や話し声が響き、活気に満ちた雰囲気が漂っていた。
数人、また数人と、グループを作って移動していく人々を見ながら、ダリックはつぶやいた。「ああ、みんな楽しそうだな。特にあの食堂の方から漂ってくる香りがたまらない。」
アリスも頷き、「本当に美味しそう。あの香り、何だろう?」と目を輝かせた。お腹がすくのを感じ、彼女の心の中に食欲が沸き起こった。
カイルは不満げに、「でも、俺たちは銀貨数枚しか持っていないんだ。これじゃあ、まともな食事はできそうにないな」と言った。
「それでも、少しでも何か食べないと」とエリナが提案した。「あの香りには抗えない。お腹がすいて力が出ないと、次に何かを探すのも難しくなる。」
ダリックは考え込んだ。「そうだな。何か安いものを見つけるしかないか。市場を回って、少しでも満たせるものを探してみよう。」
4人は互いに顔を見合わせ、食べ物を探しに行くことに決めた。香りのする方向へ歩き出すと、食堂の前には行列ができていた。屋台からはスープの香りが漂い、焼きたてのパンが並ぶ。その周りには、昼食を楽しむ人々がたくさんいた。
「もしかしたら、スープ一杯だけでも頼めるかもしれない」とアリスが提案した。「少しずつ分け合えば、なんとかなるかも。」
「それなら、あの屋台のスープを試してみよう」とダリックが言った。彼らは行列に並び、できるだけ少ない銀貨で済むように、各自の食べ物を分け合うことにした。
ようやく彼らの番が回ってくると、屋台のおばさんが笑顔で迎えてくれた。「いらっしゃい! 今日は新鮮な野菜のスープがありますよ!」
「それを一杯、お願いします」とダリックが頼むと、彼女は器にスープを注ぎ、熱々のパンを添えて渡してくれた。
4人はそのスープとパンを囲み、食堂の片隅で座り込んだ。「さあ、いただこう!」とダリックが声を上げる。彼らは少しずつ分け合いながら、香り高いスープを味わった。
「美味しい!」アリスが声を上げる。「こんなに幸せな気持ちになれるなんて、想像していなかったわ。」
エリナも頷き、満足そうにスープをすすった。「これがノーザン・グリーンの味ね。」
カイルは少し不安を感じていたが、食事を通じて仲間たちと共に過ごす時間が心を和ませるのを感じた。
そのころライゼンは深いため息をつき、手で頭を抱えた。「困ったな…」目の前に広げられた帳簿を見ながら、彼は現状に悩んでいた。店を開く準備は進んでいるものの、最も重要な品の一つであるエールが手に入らないことに直面していたのだ。
「エールが仕入れられないとは…どうすればいいんだ?」ライゼンは呟いた。王都ではエールを専門に醸造している店がいくつもあり、クランの酒場でも問題なく仕入れていた。しかし、このノーザン・グリーンの町では、エールは自家製が主流だったことをライゼンは知らなかった。
「アラン商会にも断られた。扱っていないと言われては、他に手がない…」思い出すのは、アラン商会の担当者が首を横に振った時のことだ。ライゼンが頼りにしていた商会は、ノーザン・グリーン周辺ではエールを扱っていないことを告げた。どうやら、地元の人々は自家製でエールを醸造しているらしいが、ライゼンにはその技術も知識もなかった。
彼は王都での生活に慣れすぎていた。王都では、すべてが便利に揃い、何か必要なものがあれば商人に頼めば手に入った。しかし、この田舎町では事情が違っていた。エールを自分で作ることが普通であり、醸造所などというものは存在しなかった。
「エールの醸造方法さえわかれば…」ライゼンはつぶやいた。だが、エール作りはただの酒の仕入れとは違う。醸造には専門的な知識と設備が必要であり、失敗すれば使い物にならないものができてしまう。それに時間もかかる。ライゼンは完全に行き詰まっていた。
どうにかして、このエール問題を解決しなければならない。それがなければ店を開いても客足は遠のき、経営は厳しいものになる。ライゼンはふと、町の年配の住人や、昔から酒を醸造している人々がいるのではないかと考えた。
「そうだ、町の誰かに教えてもらえるかもしれない…」ライゼンはひとつの決意を固めた。自らがエールの醸造を学ぶか、それとも地元の人々から協力を得るしかない。そうしなければ、この問題は解決できない。
ライゼンは少し緊張しながら、アラン商会の扉を押し開けた。店内には様々な商品が並び、古びた木のカウンターの奥に、商会の担当者である中年の男が立っていた。彼はライゼンが近づくと、にっこりと笑って挨拶をしたが、その笑顔の奥には商売人特有の冷静さが漂っていた。
「ようこそ、アラン商会へ。何かお探しかね?」
ライゼンは少し戸惑いながらも、すぐに本題に入った。「実は、エールを仕入れたいんだが、どうやらこの町にはエールを醸造する店がないらしい。だから…エールの醸造方法を教えてくれないかと思ってな。」
男の笑顔が一瞬曇り、そして少し困ったような表情に変わった。「ああ、エールの醸造か。確かに、この町では自家製エールが多い。だが、申し訳ないが…」
ライゼンはすぐに答えを察して、「やっぱり難しいのか?」と聞いた。
「そうなんだ、ライゼンさん。」男は申し訳なさそうに首を横に振りながら続けた。「エールの醸造方法ってのは、各家や店の秘伝なんだ。技術は代々受け継がれてきたもので、簡単に教えるわけにはいかない。お金の問題ではないんだよ。」
ライゼンは眉をひそめた。「つまり、いくら支払っても教えてくれないってことか?」
男はゆっくりとうなずいた。「そういうことになる。特にエールの醸造は、その家や店の誇りでもあるからな。商売においては、技術を外部に漏らさないことが何よりも大事なんだ。」
「じゃあ…俺がどうしても自分でエールを作りたい場合は?」
男は苦笑いを浮かべながら、「正直言って、エール作りには相当な経験と知識が必要だ。試してみるのもいいが、成功するまでに時間がかかるだろうな。しかも、材料や発酵の具合で味が大きく変わるし、失敗するリスクも高い。」
ライゼンは深いため息をついた。「そうか…つまり、簡単には手に入らないってわけだな。」
男はうなずきながらも同情的な目を向けた。「申し訳ないな。だが、もし地元の人々と信頼関係を築けば、もしかしたら協力してくれるかもしれない。地道にやるしかないんだよ。」
ライゼンは少し考え込んだ。お金だけでは解決しない問題だと理解したが、それでもエールが必要なことに変わりはない。何か別の方法を見つけなければならないと理解した。
ライゼンは、アラン商会を出た後も途方に暮れていた。頭の中はエールのことや、これからのことがぐるぐると渦巻いていた。歩く足元にも意識を向けず、空をぼんやりと見上げて、ただ歩いていた。
「どうすればいいんだ…」と小さな声で呟くライゼン。
街の風は少し冷たく、肌寒さを感じたが、彼はそれすらも気に留めなかった。歩き続けるうちに、ふと広場の方へ足が向かっていた。
その頃、広場の一角では、4人の冒険者が足を投げ出して座り込んでいた。かつてクラン「輪舞」に所属していた彼らだが、今では行く当てもなく、王都を離れてこの小さなノーザン・グリーンの町に流れ着いていた。お腹は空いていたが、所持金は銀貨数枚しかなく、昼時の美味しそうな匂いに耐えながら、一杯のスープを4人で分けたが、もちろん足りるはずもなかった。
「これじゃ腹が満たされねぇな…」と1人がぼやいた。
「仕方ないさ」ともう1人が呟きながらも、全員が疲れ果てた表情で、ただ無力に座り込んでいた。
その時、広場をぼんやりと歩いていたライゼンは、何も気づかず彼らの足元を横切ろうとしていた。そして…
「ん?」
ライゼンの足が、4人のうちの1人の足に引っかかった。
「うわっ!」
咄嗟のことだった。ライゼンはバランスを崩し、派手に地面へと転がり落ちた。砂ぼこりが舞い、周囲の人々が一瞬振り返る。
「あいたたた…」
ライゼンは転んだ痛みよりも、あまりに無様な自分に苦笑しながら顔を上げた。目の前に座り込んでいる4人の冒険者たちの姿が目に入る。彼らも驚いてライゼンを見上げていたが、どこかぼんやりとした表情を浮かべていた。
ライゼンはその顔をしばらく見つめ、徐々に脳裏にかつての記憶が蘇った。
「お、お前たち…?」
4人も、ライゼンの顔をじっと見返していたが、しばらくしてようやく気づいた。
「ライゼン…なのか?」
しばらく無言で顔を見合わせる彼ら。しかし、ようやく認識した瞬間、彼らは口々に声を上げた。
「お前、ライゼンだよな!?」
「なんだよ、この町に来てたのか?」
ライゼンは少し呆然としたまま、彼らを見つめ返していた。かつてクラン「輪舞」で共に戦った仲間たち。彼らの姿は、今も変わらずそこにあったが、その背には疲れと虚無感が漂っていた。
ライゼンは転んだまま、4人の冒険者たちを見上げていた。彼らはまだ驚きと混乱が混ざった顔をしていたが、少しずつ状況を飲み込み始めていた。
「ライゼン、お前、こんなところにいたのか?」一人が問いかける。
ライゼンは痛みをこらえながら立ち上がり、砂を払い落とした。「ああ、ここが俺の故郷なんだよ。知らなかっただろ?」
4人は驚いた様子でお互いの顔を見合わせた。「故郷?ここが?」
「そうだよ。俺が育った町だ。まさか、ここでお前たちに会うとはな…」ライゼンは笑みを浮かべたが、その目にはどこか疲れが見えていた。
「お前、ずっと王都にいたから、ここのことなんて想像もつかなかったな」と、もう一人が苦笑いしながら言った。
「それで、お前たちこそ、なんでこんなところにいるんだ?」
4人は一瞬言葉を失い、互いに視線を交わした後、ため息をついた。「まあ、行く当てもなくてさ、結局ここまで来ちまったんだよ。王都じゃもうやっていけないし、クラン『輪舞』も…」
「そうか…」ライゼンも頷いた。彼も『輪舞』がどうなったかは聞いていたが、実際に目の前で苦境に立たされている仲間たちの姿を見て、現実を実感した。
「それにしても、何でお前までそんなぼーっとした顔してるんだ?」4人の中の一人がライゼンに問いかけた。
ライゼンは一瞬言葉を詰まらせたが、苦笑いを浮かべながら答えた。「いや、実はな…俺も今ちょっと困っててさ。エールの仕入れができなくて、どうしようかって頭を抱えてたんだよ。」
4人は驚きながらも、どこかおかしそうに笑い出した。「なんだ、お前も大変なんだな。」
「お前もぼんやりしてたから、てっきり王都のことが気になってるのかと思ったよ」ともう一人が言った。
「いやいや、王都のことも気になるけど、今はそれどころじゃないんだ。とにかく、みんな腹は減ってるんだろ?うちの食堂に来いよ。」ライゼンはそう言いながら、4人を連れて父デービットの食堂へと向かった。




