第20話 焚火
初日は魔の森の入り口まで移動し、野営することとなった。
五百人超の大所帯。しかも大半が荒くれ者の冒険者。どんなカオスが繰り広げられるのかと思ったが、実際は秩序のある野営地となった。
日が暮れる前には天幕が整列して張られ、炊事場や焚火する場所までしっかり決まっている。これらの指示をしているのは、ミハエル率いる子爵軍だ。
なかなかに練度が高いようで、テキパキと無駄がない。先代から仕える、歴戦の強者たちなのだろう。
ハッサン達と焚火を囲みながら夕食後の時間を過ごしていると、二つの人影が近付いてきた。ミハエルと護衛の騎士だ。
「おぉ、ミハエル様!?」
ハッサンは立ち上がり、丸太の椅子をミハエルに勧めた。「失礼する」と若き子爵が腰を下ろす。それを見て、ハッサンも着席した。
とりあえず会釈だけして、会話はハッサンに任せる。
「で、どうされたのですか?」
「朝の礼を言おうと思ってな。『ゴブリンキングだろうとなんだろうと、俺がぶっ飛ばしてやるぜ!!』と言ってくれたのは、ハッサンであろう? ギルド支部長に聞いたぞ」
焚火がミハエルの顔を照らし、その影を躍らせた。
「あぁ、あの件ですか。確かにあれを叫んだのは俺です。冒険者の癖に弱気なやつが多くて、つい言ってしまいました」
「礼を言う。あの一言で討伐隊の雰囲気が変わった」
「へへ。畏れ多いです」
ほお……。ミハエルはまっすぐな性格と聞いていたが、それだけではないな。下々の者にまで気を遣える。
「おぉ~ミハエル様はいい領主やねぇ。こんな柄の悪い禿げ頭にまで気を配るなんて、普通はできんよ。おまけに美少年。これは将来がたのしみやねぇ~」
アミラフは胸の下で腕を組み、谷間を強調する。ミハエルの顔が赤くなったのは、焚火のせいではない筈だ。
「こ、この女性は?」
どぎまぎした様子でミハエルは尋ねる。ハッサンが得意げに紹介を始めた。
「アミラフ姐さんです。最近冒険者登録したばかりなんですが、戦闘に関してはA級に匹敵するって評判です! きっと今回も大活躍してくれますよ!」
「おぉ。それは心強い」とミハエルは大袈裟に喜んだ。
そしてハッサン、ミハエル、アミラフで談笑を始めた。俺は蚊帳の外だ。
丁度いい。俺の興味はミハエルよりも、その背後に立つイケオジの霊にある。イケオジは相変わらず、心配そうな顔をしていた。
俺は喉に霊力を込め、霊話を試みる。
『どうした? ミハエルのことが心配なのか?』
イケオジはハッとして、俺の顔を見た。
『話せるのか?』
『あぁ。話せる』
『私も話せるよ~』
『ウォンウォン!』
ニンニンとグラスも存在をアピールした。どうやら今まで認識していなかったらしく、大きく目を見開いて驚いている。
『俺の名前は壺田という。いわゆる落ち人だ。あなたはミハエルの父親か?』
『私はグスタフ・カーディ。察しの通り、ミハエルの父親だ』
そう言ってグスタフはミハエルに視線を落とした。
『今のところ、ミハエルは上手くやっていると思うぞ。しっかり冒険者達を掌握している。並みの十五歳では出来ないことだ』
『ミハエルはよく出来た子だ。しかしまだ経験が少ないし、他人の悪意に鈍感だ』
『悪意?』『ウォン?』とニンニンとグラスが首を傾げた。
『あぁ。子爵家の持つ財産や利権を狙って、取り入ろうとする奴等のことだ。特に、ミハエルの叔父、デビッド……』
ほお? 新キャラだな。
『そのデビッドとやらは何かやったのか?』
尋ねるとグスタフが顔を歪める。
『奴は魔の森で採れる木材の販売権を自分の商会に移した。ミハエルを言いくるめて。他にも水面下でいろいろと暗躍しているだろう……』
『ミハエルに忠告する者はいないのか?』
『わたしの右腕だった者達はデビッドが排斥してしまった。残ったのはデビッドの言い成りになる官吏だけ。子爵軍が健在なことだけが救いだが……』
グスタフは腕組みをして唸っている。
『デビッドは討伐隊に参加しているのか?』
『あぁ。意外なことにな……』
グスタフは天幕に目を向ける。その視線の先にデビッドがいるのだろう。
『俺がデビッドの動きを監視してもいいぞ?』
『本当か……!? しかし私にはツボタに謝礼をする術がない……』
申し訳なさそうにグスタフは下を向く。
『まぁ、そんなに重く考える必要はない。ここまで聞いたら、普通は気になるだろ? 注視する程度だ。礼なんていらない』
『すまない……。頼む』
そう言うと、グスタフは黙り込んでしまった。考え事をしているらしい。
「おい、ツボタ! どうしたんだ? ボケっとして」
ハッサンのツッコミ。確かに側からみたら確かにぼんやりしていただろう。
「いや、ちょっと眠くて」
「おっと、長居してしまったな。明日から本番だ。私も天幕に戻るとしよう」
そう言ってミハエルは立ち上がり、護衛の騎士を従えて行ってしまった。
「さーて、俺達も天幕に戻るか!」
「だな」
こうして、大戦前夜は更けていった。





