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回復手段が独占された世界に転移した悪徳霊能者。勝手に生成したポーションを「身体が整う水」として売り出す  作者: フーツラ


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第19話 修行と討伐隊

「ツボタ! アミラフ姐さん! こんなところで何をやっているんだ!?」

「こんなところ? 失礼だな。師匠に謝れ」


 師匠とは作業場の壁際に立って腕組みし、俺とアミラフの動きをじっと見ている老人のことだ。名前は井筒栄太郎。齢七十の落ち人だ。


 ちなみに俺達は作業台に向かってある和菓子を作っている。


「師匠? ツボタ達は何の修行をしているんだ?」


 ハッサンは作業台に並ぶものを見て「これは何だ?」と首を捻った。


「お前はここが何処だと思っているんだ?」

「何処って、落ち人がやってるお菓子屋だろ」

「はぁ……」

「ハッサン。わかっとらんね~」


 俺とアミラフが呆れる。


「お菓子屋じゃないのか?」

「師匠は日本橋に二百年続く和菓子の名店、井筒屋の七代目だぞ? そしてここは井筒屋ヘルガート支店だ。ちゃんと看板を見て店名をおぼえろ」


「いや俺、落ち人の文字読めないし……」とハッサンは小さくなる。


「で、なんの用だ? 俺達は修行で忙しいんだ」

「せやよ。邪魔せんといて~」


 ハッサンは気を取り直して要件を話し始める。


「二人は今、魔の森で異変が起きていることを知っているか?」


 アミラフと顔を見合わせる。


「いや。俗世のことは知らない。最近はずっと井筒屋で修行をしていたからな」

「実は大変なことになっている! ゴブリンが大量発生し、今にもヘルガートに押し寄せてきそうなんだ!!」


 ほお……。これはおいしいイベントだな。


「それで冒険者ギルドが動くのか?」

「あぁそうだ。領主のカーディ子爵を隊長とした討伐隊が結成され、冒険者に参加依頼が出されている。報酬はゴブリンの鼻一つで銀貨三枚と大盤振る舞い。回復魔法を使える司祭やポーションについては子爵家持ちだ。ツボタも参加するだろ?」


 正直なところ、俺は金に困っていない。壺会員は既に二百人を突破しており、毎月ストックで金貨二十枚が入ってくる。ただ、貴族と繋がりが持てるとすれば、大きいな……。


「領主、カーディ子爵ってのはどーいう人物だ」

「ミハエル様はまだ十五歳と若いが、責任感が強く真っ直ぐな性格をされている」

「なるほど。ねらい目だな」

「ねらい目?」


 ハッサンが訝しむ。


「あぁ。こっちの話だ」

「で、参加するのか?」

「いや、まだ分からない」


 声を潜めて、ハッサンは続けた。


「実は冒険者仲間達から頼まれていてな。是非、ツボタとアミラフ姐さんには参加して欲しいんだ。というか、アミラフ姐さんに。姐さんがいるだけで、モチベーションに差が出るらしい」

「あーしは人気者やけんね~」とアミラフは胸を張る。


「しかし俺達は修行中の身だ。師匠から【合格】の言葉をもらわない限り、討伐隊には参加できない」

「ずっと修行、修行って言っているが、もうそろそろ、これが何なのか教えてくれ」


 そう言って、ハッサンは作業台の上にある団子を指差した。串にささったそれは黄金色に輝いている。


「これは仙人団子。和菓子の一つ」

「仙人ダンゴ?」

「そうだ」と言って、俺は団子を一本手に取り、皿に乗せた。壁際に立つ師匠の元へ向かう。


「師匠。これを」


 寡黙な師匠は無言で団子を摘み、試食を始める。作業場に咀嚼音だけが響いた。師匠の目が一瞬だけ大きくなる。


「ツボタ。腕を上げたな。参加してあげなさい。討伐隊に」

「では……?」

「あぁ。合格だ」


 アミラフが「やったなツボタ!」と歓声を上げ、後ろから抱き着いてきた。背中に胸が当たる。デカイ。


「ハッサン。俺達は討伐隊に参加する。詳細を教えてくれ」

「ならば冒険者ギルドに行こう。そこで手続きしながら話す」


 俺達は師匠に何度も礼をいい、井筒屋ヘルガート支店を後にした。



#



 冒険者ギルド近くの広場には大勢の人が集まっていた。討伐隊の参加者とそれを見送る観客だ。


 冒険者達は鎧で身を包み、武器を携え、リュックを背負っている。中には空の台車を引く者もいて、「大量の素材を持ち帰る」という意気込みを感じさせた。 


「あれが領主ミハエル。討伐隊の隊長か?」

「そうだ」とハッサン。


 俺達の視線の先には金髪碧眼の美少年がいた。大勢の冒険者を前にしても凛と佇み、いかにも貴族というあり方だった。


「ほうほう。可愛い貴族様やねぇ。お姐さんが初めてを頂いてあげようかしら」


 アミラフはミハエルに妖しい視線を向けている。


「姐さん、それは駄目だ! 討伐隊の士気に影響するから」


 ハッサンが必死に止めると、アミラフは「冗談冗談」と手を振った。半分ぐらい、本気だな……。


『ねえねえ。ツボタ。あれって……』

『ウォンウォン。ウォン……』


 一方、ニンニンとグラスは別のことが気になるらしい。それはミハエルの背後に立つ、イケオジのことだ。ただそのイケオジ、身体が透き通っている。つまり、霊だ。


『あれって、悪霊なの?』

『いや、悪意は感じないな。ミハエルを心配そうに見つめているだろ? あれはニンニンと同じような背後霊だよ』

『目元がミハエルとよー似とるなぁ。おやじさんとちゃうかな~』


 アミラフが霊話に混ざってきた。確かに似ている。急逝したという前子爵のグスタフ・カーディの可能性は高い。


 観察していると、ミハエルが用意されていた舞台に上った。挨拶をするらしい。


「私はミハエル・カーディ子爵。この地を治める者だ! 今、ヘルガートは未曾有の危機に晒されようとしている! 魔の森にゴブリンが大量発生したのだ! 研究者曰く、『ゴブリンキングが発生した可能性が高い』と」


 ゴブリンキングと聞いて、冒険者の中からどよめきが起こる。どうやら、情報が伏せられていたらしい。討伐隊の雰囲気が怪しくなる。その途端──。


「ゴブリンキングだろうとなんだろうと、俺がぶっ飛ばしてやるぜ!!」


 ハッサンが気炎をあげた。それに続いて、あちこちで冒険者が勇ましい台詞を吐く。落ちかけていた士気が一気に盛り返した。


 壇上ではミハエルが大袈裟に頷いている。


「ここに、ゴブリンキングの首を持ち帰ることを約束しよう!! 決してゴブリン達をこのヘルガートに近付けないと誓う!!」


 観衆から大きな歓声が上がった。広場に熱気が渦巻き始める。 


「討伐隊、出征……!!」


 ミハエルの掛け声を合図にして、子爵軍を先頭にした討伐隊が動き始めた。

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