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回復手段が独占された世界に転移した悪徳霊能者。勝手に生成したポーションを「身体が整う水」として売り出す  作者: フーツラ


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第16話 アスター教

 辺境の街ヘルガートの北西にはアスター教の施設が集中している。関係者の住居はもちろん、ポーション販売所や司祭、助祭の派遣所、回復魔法を受けられる治療院等がある。


 そしてその中心にあるのがヘルガート教会堂だ。


 教会堂の一室。司教ドラッチオが険しい顔で司祭の報告を聞いていた。


「ポーションの販売は先月より金額ベースで三割程度減少しております。また、司祭、助祭の派遣についても鈍化。半数程度しか稼働しておりません……」


 ドラッチオが剃り上げた頭を触り、唸る。


「その原因は?」


 低い声に司祭がビクリと背を伸ばした。恐る恐る口を開く。


「恐らく……ポーションの値上げが影響しているかと。アスター教に対して冒険者が反発しており、その意思表示として司祭の派遣依頼を取り下げる事例が多く発生しております」


 ガリガリと奥歯を擦り合わせる音がした。拳を握り、ドラッチオが怒りを表す。


「糞! 冒険者どもめ! 黙って金を払えばいいものを! 命を失ってからでは遅いと何故わからない……!?」


 司祭は申し訳なさそうな表情で上申する。


「冒険者ギルドに確認したところ、最近は死者や大怪我をする者が減っているようです。実際、治療院の売り上げも落ちております」


 ドン! とドラッチオが執務机を叩いた。こめかみに青筋を立てている。


「ヘルガートに流入する冒険者が増えているというのに、なぜ怪我人が減っているのだ! 辻褄が合わないだろ!!」

「……それは私にも。ただ、大人数でパーティーを組むものが増えているそうです。それがあって怪我や死亡の危険が減っている可能性はあります」


 ドラッチオは腕組みをして考え込む。司祭がごくりと唾を飲んだ。


「【王の種】を使うか……。王が生まれれば、魔物は増える。魔物が増えれば冒険者もポーションを買わざるを得ないだろう……」

「ドラッチオ司教! それは危険すぎるかと! 魔物のスタンピードが発生すればヘルガートの街自体が崩壊しかねません!」


 司祭が額に汗を浮かべて抗議するが、ドラッチオには通じない。


「ふん。街を守るのはカーディ子爵家の役目。儂の知ったことではない! そもそも新しい当主はあまり我々に協力的ではないからな。アスター教に逆らえばどうなるか、よい見せしめになるだろう」


 ドラッチオは自分の考えに酔い、口元を歪めて笑う。


「ドラッチオ様……! 再考を……!」

「くどい! 儂は教皇カリストス様にヘルガートでのアスター教の勢力拡大を任されているのだ!! このまま売上が下がることなど許されない!!」


 教皇の名前を出され、司祭は何も言えなくなってしまった。


「王の種を、魔の森に置いてくるように手配しろ。細心の注意を払うのだぞ?」

「……承知致しました……」


 司祭は背中を丸めながら、ドラッチオの執務室から出ていった。



#



 夜の森は危険だ。


 夜行性の魔物が闊歩し、夜目の効かない人間に襲いかかる。ベテランの冒険者であっても、わざわざ夜に森を歩くことはしない。


 しかし、その男は全身を黒い革鎧に包み、闇深い森を進んでいた。顔には暗視の魔道具を付け、足取りは慎重だ。


 小枝一本踏まないように足を出し、音もなくヌルヌルと奥を目指す。


 男は空を見上げた。真円を描いた月が樹々の間から覗いている。ゆっくりと頷く。


 背負っていたリュックを前に回し、男は何かを取り出した。それは親指の先程の大きさをした【種】だった。薄っすら紫に輝いている。


 男は種を地面に置く。月光を浴びると激しく点滅を始めた。メリメリと根が生え、それが地中に伸びる。


 シュウと音がして、半径十メートルの草木が枯れた。その代わりに種から芽が出る。怪しい紫の光を纏ったまま勢いよく伸びた。


 みるみるうちに花が咲き、それが散ると紫の果実がなった。人間の拳ほどの大きさだ。甘い匂いが周囲に漂う。


 男は果実が熟す様子を見届けると、満足したように森の入り口に向けて歩き始めた。



#



 緑の肌をした魔物。冒険者からは雑魚扱いされ、魔の森では底辺に近い存在。


 そのゴブリンはひどく腹を減らし、フラフラとした足取りで夜の森を歩いていた。


 仲間からはぐれたゴブリンは弱い。動物を狩ろうにも、単体ではねずみ一匹捉えられない。低木の若芽を食み、空腹を誤魔化しながら巣を目指していた。


 樹々の間から月の光が差し込み、ゴブリンを照らす。不意に風が吹いた。


 えもいわれぬ甘い匂いが嗅覚を刺激した。一瞬、呆けたようになる。


 ゴブリンは匂いに引き寄せられ、鼻を突き出して歩き始める。


 辿り着いた先には、丁度ゴブリンと同じぐらいの背の植物。月光を吸収したかのように、紫に輝く実をつけている。


 甘い香りが強くなる。ゴブリンは口元を緩め、だらしなく涎を垂らした。そして、果実にかぶりつく。咀嚼し、一気に飲み下した。途端、ゴブリンの体が雷に打たれたようにビクリと跳ねる。


 果実は腹の中に入っても輝くことを止めず、それどころか、光を強めた。


 メリメリ。ブチブチ。


 緑の小鬼の体から筋肉がちぎれる音がし始める。体内から外に漏れる紫の光が、拍動するように激しく点滅を繰り返した。


 体が崩れ、そして再構成される。


「ガアアアァァァァ……!!」


 月夜に向かって吠えたのは、体長三メートルを超える、巨大なゴブリンだった。

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