表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/129

97話 変貌した街

 魔女リリィが乗る魔獣を追いかける形で、マイトはモネットに乗り走って行く。

  

 凄まじいスピードで、軽やかに駆けて行く魔獣に対して、モネットも全速力で走るが、付いて行くのが精一杯だった。

 しかも、休みなくずっと走り続けているので、だんだんと引き離されてしまう。

 

 改めて、魔獣は体力とスタミナが並外れていて、普通の生き物ではないと思い知る。

 

 頑張っていたが、とうとう力尽きて、モネットは足を止めてしまった。

 完全に疲れ切っていて、こんなに消耗しているモネットを見たのは初めてだった。

 

 マイトは、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 動揺と混乱で、モネットに気を配るのを怠ってしまった。

 無理をさせて、動けない程の負荷をかけてしまった。


「ごめん……僕のせいだ。本当に……ごめんなさい」


 汗だくで息が上がっているモネットに寄り添い、マイトは謝罪を繰り返した。

 


 マイトのモネットが付いて来なくなったのに気づいて、魔獣に乗ったリリィが引き返して来る。

 

「迂闊だったわ……魔獣にしか乗ったことがなかったから、ペース配分を意識していなかった。ごめんなさいね……」


 そう言って、リリィはモネットに動物詠唱を行った。

 光に包まれて、モネットはどんどん元気を取り戻していく。


 驚きながらマイトは、呆然とリリィの行動を眺めていた。

 

「これで回復したはずよ。でも、このまま行っても同じことの繰り返しになる。なるべく早くイオニアに行きたいから、この子は置いて行くわ。ゆっくりと、自分のペースでイオニアまで来なさい。いいわね?」

 

 優しく触れながら、リリィはモネットに言い聞かせていた。


「仕方ないわ……マイトも、魔獣に乗りなさい」


 言っている意味が、すぐには理解出来なかったが、リリィと2人で魔獣に乗ってイオニアまで行くという事だった。

 確かに、もうモネットに無理はさせられない。

 しかし、恐怖心が襲ってきて躊躇してしまう。


「ほら、早くして。時間がもったいないわ」


 強めに促され、黒いライグーの背に乗った。

 協会の白いライグーのように、鞍はないので当然取っ手もない。


 ライグーに2人乗りはフィナと経験があるが、まさか魔獣のライグーに、魔女と一緒に乗るなど想像もしていなかった。

 

「あまり触れられるのは本意ではないけど、落ちてしまったら大変だから、しっかりと掴まっていなさい」

 

 マイトも魔女に触れるのは、色んな意味で抵抗があり気が進まなかったが、魔獣から落下する訳にはいかない。

 腕を回して密着なんてことは出来ないが、服に掴まる事で落ちないように気を付けることにする。



 背にマイトを加え、魔獣ライグーは全速力で走って行く。

 信じられないスピードだ。

 モネットはもちろん、ライグーよりもずっと速い。


 その速度に驚き、思わずリリィにしがみつくように、腹部に手を回して抱きしめてしまう。

 すぐに『しまった』と思い、パッと手を離す。


「大丈夫……そのまま、掴まってて」


 さらにスピードが上がり、マイトはリリィの言葉通り腕を回したまましがみつく。


 しかし、これだけ速いのに揺れが少ない。

 安定感が凄まじい。

 これが魔獣の力なのかと実感する。


 これは、リリィの騎乗能力が高いからかもしれない。

 同乗していると、それが分かった。


 目の前の、真っ白な艶のある長い髪からは、花の良い香りがしてきて、細い腹部に回している手や腕からは、あたたかな体温が伝わってくる。

 魔女も、人間と同じ生き物だと、否が応でも思い知らされてしまう。 


 魔獣は夜暗くなるまで走り続けて、夜は足を休めている魔獣にもたれかかり、リリィは眠りについていた。

 マイトは少し離れた木に寄りかかりながら、眠れないまま過ごした。

 ひらすら不安が襲い掛かり、残してきた皆……魔人になったフィナとステラの事が頭から離れない。


 それでも、肉体と精神の疲労がマイトの意識を奪い、浅い眠りを強要する。



 そんな事を繰り返して、北部入口まで7日かかった行程を、僅か3日でイオニアまで戻って来てしまった。


「やっと見えて来たわね。3人は中央にある協会本部にいるのね?」

「……はい」 


 協会本部がどう迎撃するのか、ラングはどんな作戦を立てたのか……。

 分からない以上、トリッキーな行動はやめて、普通に対処するしかない。

 まずは中央を目指す事を想定すると踏んで、正直に3人の居場所を伝えた。


 

 少しずつ、スピードを緩めながら街に近づいて行く。


 街の人の避難は済んでいるのか。どう迎え撃つのか。

 思考を巡らせながら、行く先を見守る。


 北区から街に入ると、マイトはその目を疑った。

 街を歩く人々が……魔人になっていた。


 予想外の出来事に、何が起きているのか理解出来なかった。


 いったいどうして? リリィは、それらしい詠唱をしていない。

 いつの間に魔人になった?

 疑問だけが次々と頭を支配していき、焦燥感が沸き起こる。


「邪魔よ、道を開けなさい」


 魔女の言葉で、大通りにいた魔人達は魔獣が通れるように、道を開けていく。

 そこを、2人が乗った魔獣が進んで行く。


 本当にみんな魔人になっている……人間は全くいない。


「何で……? 何で、魔人に……?」


 思わず声に出すと、リリィが少し振り向く素振りをして答えた。


「最初に……あなた達を魔人にした時よ。あの時、全く加減をしなかったから」

  

 フィナ達が魔人になった時に、イオニアの人々も魔人になったというのか?

 あそこからここまで、何日もかかるくらいの距離があるのにも関わらず?


 それが本当なら、せっかく戻した中部全域が、あの一瞬で再び魔人と化した事になる。

 そう考えた時に、ずっと疑問に思っていた事が脳裏に浮かんだ。



 3年前のイオス奪還作戦の直後、たった1日で北部全域が魔人と化した話。

 南部と同じくらい広大な北部を、どうやって1日で魔人に変えた?

 

 南部はニーナ、中部はスピカとスカーレット、そして北部はリリィが魔人にした。

 北部だけが、たった1日で魔人と化したのは、リリィが別格の詠唱範囲を擁しているからだと思い至る。


『これだけは覚えておいて……。あなた達では、お姉様に勝てないわ』


 再び、スピカの言葉を思い出した。


 その事実に気づくと同時に……漠然とした不安は、確たる絶望へと変わった。 


 それを裏付けるように、中央区に着くと、パレードをした外環通りも、祭りメイン会場となった本部前広場も、多くの魔人で溢れ、不気味な笑い声だけが鳴り響いていた。 

 

 ついこの間……この場所には、人々の幸せな笑顔が溢れていたのに……。

 今は人間が全くいない……角と牙と不自然な笑いだけがその場を支配していた。

 

 その光景を目の当たりにして、マイトは思わず嘔吐してしまう。

 慌てて手で覆うが、吐瀉物が溢れ出して服を汚していく。

 嘔吐物が喉を上がっていく、気持ち悪さと苦しさで涙が滲む。


 嘔吐く声に気づいて、リリィが後ろを向くと顔をしかめる。


「大丈夫? もうすぐ着くから耐えなさい」


 本部前に到着すると、リリィは魔獣を降りて、マイトも抱きかかえて下ろす。  


「ああ……だいぶ、汚したわね……」


 マイトの手と服はゲロでまみれ、魔獣の背やリリィの背中……髪も服も嘔吐物で汚れていた。

 悔しさと恥ずかしさ……若干の申し訳なさが込み上げ、マイトは絶望感と虚無感に支配されていた。


「いいわ、動かないでね」


 そう言うと、リリィはその場で清浄詠唱を行い、2人と魔獣は綺麗に洗浄される。

 魔人にするだけでなく、全ての詠唱が使える……リリィは詠唱師としても特化していた。 


「同時に、治療詠唱と慈愛詠唱もしたわ。体調はどう?」


 膝をついて屈んでいるマイトに、目線を合わせるようにしゃがんで問いかける。

 身体も服も綺麗になり、吐き気も収まって、精神も落ち着いた。

 

 正面から間近で見るリリィの顔は超常的に美しく、清浄詠唱の効果もあり、甘い花の香りをさらに漂わせていた。

 今の詠唱で助けられた事は、素直に感謝の想いが湧いたが、すぐにこの状況を作り出した張本人だと認識して身構える。



 少しは冷静になれた事で、やるべき事を思案する。

  

 とにかく確認するしかない。

 もしかしたら、魔人になっていない人がいるかもしれない。

 特に、この協会本部になら……。

 

 淡い期待を胸に、マイトは立ち上がって一気に走り出す。

 腰を落としていたリリィは、マイトの行動に虚を突かれて、すぐには動けなかった。


 急いで協会本部に入ると、ホールは魔人になった詠唱師がたくさんいた。


「くそっ!」


 何とか気を落ち着かせつつ、階段を駆け上がっていく。 

 息を切らし、足がもつれて転びながらも、聖堂最上階へと昇っていく。

 神に会って、状況の確認をしなくてはと必死に走った。


 大きく息切れしながら神の部屋へ入ると、白い石に神の姿は映っておらず、その前には魔人になったイルダーナが、跪いて祈りを捧げていた。


「そんな……!?」


 初めてここに来た時と、全く同じ状態がそこにはあった。

 イルダーナまで、魔人になってしまっている。


 それに『前と同じ』では無かった……神がいない。

 石に触れても、声が聞こえない。

 何度呼びかけても反応が無い。


 マイトは、その場に崩れ落ちた。

 涙がとめどなく溢れて来た。

 言葉に出来ず、嗚咽しか出ない。


 どうして、こんなことになってしまったのか。

 これが現実とは思えない程、現実感が無かった。

 

 全てが無に帰した。


 こんなに、あっという間に……無くなってしまうものなのか。

 焼き直された状況を受けとめられず、現実逃避するように、ただ絶望に打ちひしがれるしかなかった。

 石床に額を擦り付けて、嘆くように拳を握る。

 

 どれくらい経っただろうか。

 リリィが、神の部屋に入ってきた。


「こんな場所があるのね。街を見渡せる……本当に広くて驚いたわ。イオニアという街は……」


 バルコニーからの景色に、感心したようだった。


「ここでは無いようね……さあ、早く3人のところへ案内して」 


 マイトは動かなかった。正確には、動けなかった。

 もう心が折れて、気力が無くなっていた。


「しょうがないわね……そこの女、マイトを連れて来なさい」


 魔人になったイルダーナに指示を送ると、祈る格好で動かなかったイルダーナが立ち上がり、マイトの腕を掴んで無理矢理立たせる。

 凄い力で、マイトは引っ張られて、浮き上がるように立ち上がった。


「アルカナ金……この女、グランドマスターなのね。いいわ、そのまま連れて来なさい」


 魔人のイルダーナに引きずられるように、マイトは力無く歩き、その後をリリィが付いて行く。

 

「ちゃんと、3人の元へ案内しなさい」


 イルダーナは、魔女3人が研究室にいることを知っている。

 たとえマイトが逆らっても、自動的に命令通り3人の元へ案内するだろう。


 魔人の中にいるイルダーナの意識に、『自分が魔女の言いなりになった』と罪悪感をもって欲しくないと朧気に考えて、マイトは自らの足で歩くことを決めた。


「……イルダーナさん、大丈夫。僕が1人で行きます。……命令を解いてくれ……僕が案内する」

「分かったわ、アルカナ金……あなたは元の場所に戻りなさい」

「ごめんなさい……イルダーナさん」

 

 再び同じ状況になってしまった事を詫びて、マイトは研究室へ向けて歩き出し、リリィがそれに続く。

 もはや、どうすればいいか分からず、思考回路がショートしていた。

 

 歩きながら、リリィはマイトに話しかけた。


「あなたには、色々聞きたいことがあったの。素朴な質問だけど、別の世界というのは……どういう所なの?」

「……」


 マイトは、無言のまま答えなかった。

 漠然とした質問だったとリリィは考えて、もう少し答えやすい聞き方に変える。


「別の世界の、名前は何というの?」

「……日本」

「二ホン?」

「……」


「そこで、あなたは何をしていたの?」

「……ニート」

「にーと?」


『そうだ……元々僕は、ただの引きこもりのニートだ。何もできない。何の役にも立たない。誰にも必要とされない。弱い人間だ。何を勘違いしていたんだろう。誰も守れない。助けられない。1人じゃ何もできないのに……』


 心の中で、念仏のように自虐を繰り返す。

 その後、リリィが何を質問しても、マイトの耳に入らなくなり沈黙が続いた。


 憔悴しているマイトを見て、リリィは声を掛ける。


「気の毒だけど、あなたは私でも魔人に出来ないから、そのままで居てもらうしかないわ。……でも、魔人にならず会話が可能な男は、あなたしかいない……貴重な存在よ。いつか私達と、子を成す事になるかもしれない」


 その言葉に驚いて、マイトはビクッと反応し、歩みが止まる。


「もっと先の、もしかしたら……という話よ。私も男と交わるなんて考えられない……ただ、魔女という種族の事を考えた時、そういうことも気にしなければならない立場ってだけ。でも、あなたは男という感じがしないから、抵抗感はそれほど感じない……あなたみたいな男の人もいるのね」


 ため息交じりの声から、落ち着いた声に変わる。


「私はイオスを出たことがなかった。今回、初めて村の外に出たわ。あの3人は、イオスの外の世界に興味を持っていてね。特にニーナは、村の外に出たがっていたわ。その時は理解出来なかったけど……3人が言っていた通り、世界は広くて……とても大きい。確かに外に出ないと、分からない事がたくさんあると思ったわ」


 再び歩き出したマイトの背中に、微かに聞こえる程の声で呟いた。


「でも……私は小さい世界で良い。イオスさえあれば……」


 それは最初の魔女の、心からの本音に聞こえた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ