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91話 フェイクファー襲来

 夜になり、祭りもいよいよクライマックスを迎えて、イオニアの夜空には色とりどりの花火が上がり街を彩っていた。


 その美しい花火を、聖堂最上階のバルコニーからイドラが瞳に映し、東西南北の地区の上空にも届けていた。


 同じバルコニーで、マイト企画の歌に参加するメンバーもみんなで花火を楽しんでいた。


『さすがイオニア……こんなに綺麗な花火初めてです』

『本当にロマンティック……』


 南部出身のフィナとプラネの感嘆の声を上げると、イオニア育ちのアステアとイルダーナも感動しながら呟く。


『私達だって、横から花火を見るなんて初めてだよ』

『この場所から見れるなんて夢みたいです』


『でも何だか不思議。舞台師のみんなが黙ってるのに、詠唱師の私達が話してるなんて』

『本当です。いつもと逆ですね』


 イドラの花火中継に声が入ってはいけないと、みんな無言だったが、アステアの通信詠唱で詠唱師同士は話せるため逆転現象が起こっていた。


 ちなみに、通信をしているアステアとシャロンは昼間と同じ、メイドとお嬢様の服のままだった。

 周りからあまりにも好評だったので、祭りの間はこの格好で居ることになったのだった。


『ユーゼさん、花火見なくていいんですか?』


 アステアが、バルコニーではなく神の部屋にいるユーゼに声を掛ける。


『この花火が終わったら俺たちの出番だ。集中力を高めているのさ。それに、この花火を越えるエンターテインメントを、人々に届けなければならない。トリを務める俺達にはその使命がある。花火はライバルなのさ』


『相変わらず、独特の感性ですね』

『ふっ、褒め言葉と受け取っておくぜ……。それに、4人の女神たちの歌声を導く使命を背負っているんだ。そのプレッシャーは並外れている……震えちまうぜ』


『そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。私達も緊張してるけど、それ以上に楽しみの方が大きいです。こんな機会めったにないんだから、楽しみましょう!』

『そうだな……さすが最強のメイドだぜ、元気が湧いて来る。よし……覚悟を決めて、最高のライブを届けるぜ』 


 最後に特大の花火が、夜空に咲き誇り終了となった。 

 街中から大きな拍手が巻き起こり、バルコニーでもみんなが賞賛の拍手を送っていた。


 この花火は、実行委員長のクレイが当初から準備していたので、マイトの感動もひとしおだった。



 そして、いよいよ祭りの最後の時が来た。


 マイトは神の部屋に入り、神とユーゼに挨拶をした。


「よろしくお願いします」

「ああ、行こうぜ……マイトよ」

「マイト、ユーゼ……楽しみにしてるぞ、存分にやってくれ」


 企画当初は、聖堂の祭壇前で歌う予定だったが、神がせっかくだから自分の近くでやって欲しいとバルコニーを提案し、会長とクレイの賛成も得て、この神の部屋を囲む場所からのライブとなった。


 神の期待を背負い、バルコニーへ出て参加メンバーと1人ずつと握手をしていった。

 そしてイドラの前に立ち、目を開けると、マイトがイオニアの空に映し出された。


「イオニアの皆様、復活祭実行委員のマイトです。今日は本当にありがとうございました。皆様のおかげで素晴らしいお祭りになりました。これでイオニア復活祭は終わりますが、最後に――」



「えー、もう終わりなの? もっとやろうよ」 

「え?」


 突然声が聞こえて、全員がその声の主の方を向くと、バルコニーの外で人が宙に浮いていた。


 顔をピエロのマスクで覆っていて、そのうえにハットをかぶっている。

 身体はマントで包んでいた。


 イドラも反射的にそちらを見たため、イオニア中にその乱入者が映し出される。


「ずっと、この楽しいお祭りを続けようよ……」

 

 空に浮かぶ人物が再び声を掛けると、イドラは直感ですぐに目を閉じた。


「だって……この祭りが終わったら、君たちは魔人になるんだから」 

  

 

               ●  

 


「僕は……僕……。この心と身体は……僕のもの……」


 精霊の大森林で目覚めたフェイクファーに、『イオニアを魔人にしろ』というスピカとスカーレットの声が体中から響く。

 

 一時の沈黙の後、その声の通りにイオニアへと飛び立った。

 

 シャボン玉の中に居る2人が『上手くいった』と安堵する中、ずっと『僕は僕』と繰り返し呟いていた。


 

 フワフワと飛びながらイオニアに近づくと、上空に人間の姿が浮かび上がっているのが見えて驚いた。

 フェイクファーは魔女2人の記憶を引き継いでいるが、それでもあんなもの見たことがない。

 

 映し出された黒髪の女性が、神と名乗る。

 今日はイオニアが元に戻った復活祭……お祭りというものが行われるらしい。

 街からは、空気を揺らす程の歓声と拍手が轟いていて、熱気が伝わって来た。

 

 フェイクファーは驚きと共に、胸に芽生える感覚のまま地上へと降りて歩いて街に入る。


「初めまして、マイトと言います。神に召喚されてこの世界に来ました」

「あれが……神の召喚者」


 空に映し出された男を目に焼き付けながら、手近な家に入る。

 誰もが空を見ていて、誰も気づかなかった。


 そこでピエロのマスクとハットをして、マントと手袋を身に着け、長い髪をマントのフードに収める。

 素肌に触れると消えてしまうため、徹底的に隠す。


 その様子を、シャボン玉の内側から見ている魔女2人は困惑を隠せない。

 

『何をしてるの? 早く魔人にしなさい! 口笛でもシャボン玉でもいい。召喚者の顔も分ったわ。あとは魔人にするだけ――』


「うるさい」


 2人の命令を拒否した。


「僕は僕だ。この気持ちは僕のもの。邪魔させないよ、ママとママ」


 再び外に出ると、リリィと同じ純白の髪の女性が慈愛詠唱を詠んでいた。


「これが、ママとママを救った慈愛か。でも僕には意味がない……僕には」



 中央に向けて歩いて行く。

 たくさんの人間が笑顔で歩いていて、空には色んなものが映し出されていた。  

 仮面や被り物、ケモ耳を付けてる人もいて、ピエロ姿のフェイクファーは目立たない。


「誰も僕を避けない。怖がらない……みんな笑ってる」


 むしろ子供は、自分に向けて笑顔で手を振っていた。

 胸がジーンと熱くなる。


「楽しい……嬉しい……終わらせたら……もったいない。もっと、もっと……」  

 


 中央まで行くとパレードをやっていて、仮装パレードに交じって参加をした。

 たくさんの人が笑顔で手を振ってくれて、手を振り返すと喜んでくれた。

  


 空に映る舞台では、ママとママみたいに2人の女性が信頼し合い、口づけを交わしていた。

 魔女が憎んでいた、詠唱師の物語なのに……魔女と同じことをしている。

 結局、魔女も人間も同じなんだと思った。



 夜になると、空に火の玉が上がり炸裂した。

 花火というそうだ。

 ママとママの記憶にもない……初めて見る。


「なんて美しい……精霊だけでなく、人間にもこんなに美しいものが作れるのか……」


 花火が終わると、静寂と寂しさが襲う。


 もっと……もっと……


「これでイオニア復活祭は終わりますが――」


 え? 終わったらダメだよ。

 続けないと、用済みになってしまうよ。

 もったいないよ……魔人になるのは。



               ●


  

「魔人……? まさか、魔女!?」


『アッシュさん! 魔女です!』

『ピエロのやつがか!? あり得ない! 全く『魔』の反応なんてない! それどころか、何の反応もないぞ!』 

  

 本部前にいるアッシュは、聖堂最上階近くで浮いている人物を観測出来ずにいた。


『途中から目を閉じて映らないようにした。魔女が突然現れたと知れたら、街中がパニックになるからな』

『賢明な判断、ありがとうイドラさん』


 アステアが通信している間に、イルダーナとプラネは詠唱に入っていた。  

 マイトから渡されていた、眠りの詠唱を2人同時に詠む。


 さらにイルダーナが固有慈愛詠唱、プラネが固有2人詠唱を連続でそれぞれ詠んだ。

 一歩遅れて、フィナとステラが眠りの詠唱を詠む。


 3人による眠りの詠唱と、魔女2人を撤退させた固有慈愛を受けても、フェイクファーには全く効果が無かった。


『詠唱が効かない……!』 

「僕に詠唱は無意味だよ。敵対はもちろん、慈愛も効かない。僕は無敵だ」


 全員が、その事実に驚愕した。


『アステア! そいつは観測出来ない! 人じゃない! 生き物じゃないんだ!』


 宙に浮かぶ人物を見ながら、アッシュの通信を受けたアステアとシャロンは、衝撃を受けながら皆にその事実を伝える。


「そんな……何者なんだ君は……」


「僕はママとママ……2人の魔女から生まれた……名はフェイクファー。僕は魔女でも人間でもない。詠唱が効かない無敵の存在。君達をいつでも魔人に出来る。こうして、空も飛べるから捕まえる事も出来ない。今の僕なら、リリィにも負けない」


「リリィ?」

「ママとママのお姉様さ。真っ白で目だけ赤い魔女。あいつさえ僕は凌駕する。この世界は僕のものだ。僕の気分次第なんだよ」


 その場に居る誰もが、戸惑いと恐怖を隠せない。

 しかし、問答無用で魔人にせず、こうして姿を現して話しかけて来るのは、何らかの意図があるはずだ。


「何が目的なんだ?」

「言っただろう。祭りを終わらせないで欲しい。もっと、もっと僕を楽しませてくれ」


「祭りが終わったら、魔人になると言ったな? あれはどういう意味だ!」


「今日1日とても楽しかった。魔人にするのはもったいないって思ったんだ。魔人にしてしまったら、祭りが終わってしまう。逆に祭りが終わるなら、君達を魔人にしても構わないってことさ」


「魔人にされたくなければ、祭りを続けてお前を楽しませろってことか」  


 無茶苦茶だ。

 こんな相手どうにもならない。


『アステア! そっちに小さな魔鳥が飛んでくるぞ! 凄いスピードだ』 

 

 アッシュから通信が入り、シャロンが伝えると緊張感が走った。


「くそ! こんな時に何なんだよ!」


 奪還戦で、2度スピカの肩に降りた伝書魔鳥が、ロイの肩に飛んで来た。

 足には手紙が巻いてあり、急いで目を通す。


『フェイクファーは、私とスカーレットから生まれたもので、私達は奴の中に居る。万が一、私達の言う事を聞かずに暴走したら、あなたへこの手紙を渡すよう魔鳥に頼んである。あなたは小さな女と共に、詠唱が効かないから魔人にならずにいるでしょう。奴には全ての詠唱が効かない。直接素肌に触れれば、奴は消えて私達が元に戻る。この手紙を読んだ時は、それを実行して』


「……全く、魔女にも制御不能ってわけか」


「魔鳥……その紙……ママの仕業か。自分が戻れるように、保険をかけていたんだね。前回も、リリィがいなかったら戻れなかったしね。でも、詠唱師に頼むなんて……本当に救われたんだね。ママは……」 


 スピカの手紙は皆が読み、状況は伝わった。

 しかし、直接触れるなんて飛んでる相手では不可能だ。

 これはもう八方塞がり……どうにも出来ない絶体絶命の状況だと理解した。



               〇



 本部前広場を始め、各地では突然の中断にザワついていた。


「トラブルかな?」

「あのピエロの被り物もイベントなのかもね」

「最後のイベントはなんだろうね」


 暗かった事もあり、イドラがすぐ目を閉じたので、宙に浮いていた事には多くの人が気づいていなかった。

 花火の後の……最後に用意されたイベントを、何も知らず楽しみに待っていた。 


 

 東区の東側端にある家では、ピエロの人物が話題になっていた。


「さっき映ったピエロってお父さんかな? マスクもハットもマントも、お父さんのだったし」

「昼間のステージとは違う衣装だったよね。でも、出番は昼間だけって言ってたけどなー」

「実は、夜も出ることになってたんだよきっと。だから2ステージ分の衣装を持って行ったのかも」


 母子で窓から空を見ながら、ピエロが再び出るのを楽しみにしていた。

 一方、その父は本部前広場で、昼間の出演者と一緒にお酒を飲みながら、同じように空を見上げていた。



                〇                  

 

 


 フェイクファーが現れてからずっと、思考を巡らせてきたマイトは腹をくくった。


「とにかく、最後まで祭りをやりきりましょう。今日1日、祭りを楽しんだと言っていた。それは本当でしょうから、それに従ってチャンスを待つしかない」


 マイトの言葉にイドラが頷き、メアリも支持した。


「そうですね。祭りは中断したままです。パニックを防ぐためにも、続けて隙を探りましょう」


「もう2人詠唱は発動してるから、俺たちは魔人にならない。いざとなったらプラネと俺で何とかする」

 手を繋いだプラネとロイが頼もしく見えた。


 その場に居る、みんなの想いが固まった。



「どうするの? 魔人になる?」

 

 退屈そうに、フェイクファーが問いかける


「祭りを続ける! おとなしく見とけ!」

「そう来なくちゃ!」


 ロイの言葉に、フェイクファーは満足そうに頷いた。

 それを横目にマイトは再び、イドラの前に立ち、イオニアの人々に語りかけた。


「中断して、すみませんでした。これより夜のメインイベント、歌を披露したいと思います。作曲と演奏をユーゼさん。歌をイルダーナさん、プラネさん、アステアさん、フィナに歌っていただきます。曲名は『この世界』です」


 その瞬間、イオニア全域が湧いた。

 凄まじい拍手と歓声だ。

 


「やはり、キャスティングにインパクトがあるものね。このメンバーで歌をやろうという、マイトさんの企画と人望の力ね」


 メアリの言葉に、イドラも頷きながら新たに娯楽詠唱で、光の雪を降らせながらライブ演出を開始する。


さらに今までとは違い、目を閉じて雪だるま型の精霊体を作り出す。

 目で見たものを映し出すのではなく、視点を精霊体に移して、カメラ役を担ってもらう。

   

 手のひらサイズの小さな精霊体が飛び回り、自在に映し出す事が可能となる。


 しかし、目を開けて見ていれば良いだけの今までに対して、これはイドラ自身が精霊体を操作する必要があり、高い集中力が要求されるため、短時間しか使えない特別なものだった。

 

 聖堂バルコニーの狭い空間で、4人の歌う姿を見せるには、これが最適だとイドラは当初から考えて、マイトに提案していた。



 このライブのために、素晴らしい演出を実現させてくれたイドラとメアリに感謝をしながら、マイトはユーゼに始まりの合図を送った。


 

  


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