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9話 フィナの過去

 ――1か月半前――

 

 ラプソディア南部地方の東にある、長閑な町ミナルカ。

 

 農業が盛んであり、町の周りは麦畑が広がり、たくさんの畑で野菜が作られていた。

 町の中には、家の横や道の脇に、花が咲き誇り、色鮮やかな町並みが明るい印象を持たせていた。


 その町の中に、ミナルカの保育園「こどもの家ソフィア」はあった。

木造作りの年季が入った、あたたかみとぬくもりを感じる建物で、中は良く手入れされていて、清潔で居心地の良い空間が作られていた。

 

 ここがミナルカの子供が通う保育施設で、0歳から5歳までの乳児や幼児がここで過ごしている。

 農業で忙しい時期などの関係で、各家庭によって預ける時期や、時間帯も様々だが、常に元気な子供の姿や声で溢れていた。

 

 

 朝の会が終わり、5歳児のクラス担当のフィナは、元気な声で子供たちに呼びかける。


「みんなー! お昼ご飯まで、お外で遊ぶよー! 今日はお庭で遊ぶから、先生についてきて来てねー!」

 わっと、子供たちが、保育園の庭に駆け出す。


 今日は12人の子供たちが来ていた。

 木製のブランコや、ジャングルジムなどの遊具で遊ぶ子もいれば、ボール遊びをする子もいる。


「みんなケガには気を付けてね! お庭の外に出ちゃダメだよー!」

 フィナは全員に目を配りながら、ゆっくりと歩いていると、1人の女児がフィナの元へ駆け寄った。


「フィナ先生! 一緒にお花摘もう、花束つくるの!」

「うん! じゃあリナちゃん、一緒に綺麗なの作ろっか!」

 フィナは園児から人気があったが、リナという子は特にフィナに懐いていた。


 さっそく花を摘み始める。 

 ミナルカには色彩豊かな花が、数多く自生していて、園の庭でも小さな花がたくさん咲いていた。


「私もー!」

 フィナとリナの周りに、3人の女子が集まってきて、みんなで花で飾りを作ったりした。


「フィナ先生! 見て見て!」

 リナが、小さな手に一杯の花を束にして持って、フィナに見せる。


「わぁ! 綺麗! いっぱい集めたね、リナちゃん」

 様々な色が楽しめるように集めて、束ねているのが分かり、子供ながらに色彩にこだわった様子が見て取れた。


「がんばったね! だれにあげるのかな?」

「ママにあげるの! ……ママずっと元気なくて、昨日の夜も一緒にお絵描きしてる時に、泣いちゃったの」


「……それで、元気になってもらいたくてお花を?」

「うん、元気になってくれるかな……」


「もちろん! こんなに綺麗なお花を見たら、リナちゃんのママきっと元気いっぱいになるよ」

「ホント!? やったー!」


 色鮮やかな花のように、リナが笑う。

 その顔を見て、フィナは堪らなく切ない気持ちになった。


「じゃあ、お花は萎れないように水に付けておこうね。後で色付きの紙で包んで、ママが迎えに来たら渡せるようにしよう!」

「ありがと! フィナ先生」



 お昼が近くなり、みんなを園内に戻して、5歳のクラスの保育室で給食の準備をする。


 フィナが今日の給食当番の子達を連れて、保育園の調理室に行くと、ステラが給食の準備をしている最中だった。


「みんな帰ってきたの? ちょうど出来たところだから持っていってね」


「ありがと! 先生が大きいお鍋を運ぶから、小さいお鍋やお皿はみんなが持って行ってね! 転ばないように気を付けるんだよー」  

「はーい!」


「ステラ先生! 今日のご飯はなーに?」

「今日のメニューは、角切り野菜のまぜまぜ麺と、とろとろオニオンスープだよ! 栄養たっぷりだから、いっぱい食べてね!」

「はーい!」



 保育室に持っていき、お皿に盛り付けて、みんなでテーブルに座ってフィナが両手を合わせる。 


「いただきます!」

「いただきまーす!」


 みんな一斉に食べ始める。

 フィナは、子供たちに目を配りながら食べる。

 ステラの給食は子供に合わせているので、優しい味なのに薄くなく、しっかりと美味しいのが凄いと、いつもフィナは感心していた。


 子供たちも美味しそうに一生懸命食べている。

 その姿を見ると、胸が温かくなる。

 お腹も、心も満たされながら、フィナはおかわりをするのだった。

 


 食事を終えて片付けをすると、お昼寝の時間になり、みんなで横になる。

 フィナも寝かしつけるために一緒に横になり、子供の背中をポンポンして安心させてあげる。

 たまに一緒に寝てしまう。



 お昼寝が終わると、今日は3、4、5歳のクラス合同で、お歌をうたう予定になっていて、3歳のクラス担当のカナミ先生が指揮してくれるので、フィナはその間少し抜けてステラの元へ顔を出す。


 ステラは調理室で、歌の後に子供たちが食べるおやつを作っていた。


「手が空いたの? 今ドーナツ作ってるから、出来たら味見させてあげるね」


「やったー! ありがと! 余ったら持って帰りたいから、いっぱい作ってね」

「ハイハイ、わかりました。私も帰ってから食べるから、一緒に持ってってね」 


 小さな玉状のドーナツがどんどん、こんがりきつね色に揚がっていく。


「はい、どーぞ! やけどしないように気をつけてね」  


「あちちっ、ん~! サクサクで美味しい! ……そうだ先生にも持っていこうかな。いい?」

「もちろん、作りたてを持っていってあげて」


 小さなドーナツを2つ持って、園長室に行く。


「先生、おやつ持ってきたよ」

 園長室には誰も居なかった。

 机の上は雑多に紙やペンが置かれていて、先程までここを使っていたことが伺えた。


 裏の出入り口に行くと、誰かと話している先生がいた。

 先生は手紙を渡して、繰り返しお辞儀をしている。


「何度も申し訳ありません。どうか……どうか、よろしくお願い致します」

「頭を上げてください。今度こそ良い結果を持ってこれるように、私も進言してお渡しします」


 ミナルカの伝達者の人だった。

 伝達者は手紙を大事そうにしまうと、モネットの元へと急ぐように走り去る。


「先生……?」

「フィナ、どうしたの?」


「おやつのドーナツ、先生に差し入れしようと思って……」


「ありがとう、いただきます。……出来たてね、とっても美味しい。流石、ステラは上手ね。子供たちも喜ぶわ」


 少しハフハフしながらドーナツを頬張る先生は、さっきまでの悲壮感のある顔から、いつもの穏やかで優しい笑顔に変わる。

 フィナはほっとして、ステラのドーナツに感謝した。


 最近の先生は笑顔より、辛そうな顔をする時間が増えた。

 

 この保育園の園長、ノア・ヴィレッタ。35歳。

 祖父母の代からミナルカで保育園「こどもの家ソフィア」を運営している家で、今はノアが園長として切り盛りしていた。


「さあ、今日もあと少し。子供たちに笑顔で帰ってもらえるように頑張りましょう」

「……うん!」

 


 みんなでおやつを食べて、お掃除をして、帰りの会する。

 子供たちの親が続々と迎えに来る時間になった。

 園長のノアと、各クラスの先生がみんなで送り出す。


 フィナは、今日庭でリナが集めた花束に色つき紙で包装して、リナと一緒にお迎えを待っていた。


「可愛らしくて、綺麗な花束ね」 

 リナが持っている花束を見て、ノアがフィナに語り掛ける


「リナちゃん、ママが元気ないって心配してたの。だから花束を作って渡したいって……」

「そうだったの……」 


 リナのママが迎えに来る。

 リナはパッと笑顔になって、花束を母親に渡す。


「ママ! これあげる! 今日ね、フィナ先生と一緒に作ったの!」


「わぁ…綺麗、嬉しい……ありがとうリナ」


「リナちゃん、ママに元気になって欲しいって、頑張ったんだよね」


「ごめんねリナ……心配かけて。もう大丈夫、リナが居れば……大丈夫……」


 リナの母親は、フィナに丁寧にお礼を言ってから、園長のノアに姿勢を正してお辞儀をした。


「どうか、子供をよろしくお願い致します」

「全力を尽くします」


 そうノアは応えると、顔を上げたリナの母は目に涙を浮かべていた。

 それを娘のリナに悟らせないように拭うと、母と子は手を繋いで帰って行った。  

 


 保育園では子供が全員帰った後、片づけをして、園長と先生達で集まり、気になった事などを意見交換する時間を設けていた。 

 そのみんなでの会話は、ここ何日も変わらない話題になったいた。


「ここ最近は、園の中でしか遊んでないからね。本当はもっと外でお散歩とかさせてあげたいんだけど……」


「いざという時に、対応が遅れてしまっては大変ですもの。よそ様からお預かりしてる、大切なお子さんたちですから」


「家族ごと引っ越した家もあるそうよ」

「今更どこに行っても同じよ。気持ちはわかるけどね」 


「お休みしてる子も多いね」

「残り少ない時間を家族で過ごしたい、子供と過ごしたいって、親御さんの気持ち分かる」


「逆にこんな時だからこそ、いつも通りの日常を壊したくないって人もいるし」 

「だからこそ、園に来てくれる子供たちには、いつも通りに楽しく過ごして欲しいと思うし、親御さんの気持ちに応えたいと思う」


「一体いつまで、このミナルカの日常が続いてくれるんだろうね」


「きっと…きっと、神が救ってくださるはずです」


 園長のノアの祈るような言葉で、今日の業務は終わった。

 皆帰り支度を始める。


 フィナは、他の先生のお見送りのために、園の玄関に行くと、ベテランの年配の先生がフィナに小声で伝える。


「ノアちゃん、大分無理してるね。仕方ない事だけど……フィナちゃん、気にかけてあげてね」

「はい……お疲れ様でした」


 フィナは内側から保育園を閉めると、園長室に行ってノアと2人で、園の中から家に帰る。

 この保育園と繋がっている家が、フィナとステラとノアの家。

  


 先に帰って、晩御飯の支度をしているステラが2人が帰ってくるのに気づく。


「お帰りなさい。もうすぐご飯できるから、ちょっと待ってて」

「ありがとう、ステラ。なにか手伝う?」

「いいよ、先生はゆっくりしてて! フィナ、お皿用意しといて」

「わかったー」


 食事の用意が出来て、3人で食卓を囲む。


「いただきます」

 パン、じっくり煮こんだシチュー、きのこのオムレツ、かぼちゃのサラダを3人で談笑しながら食べる。 


 この時間が、3人とも大好きだった。

 ゆっくりと流れる時を、噛みしめるように味わう。

 

 そして名残惜しく片づけをして、それぞれの部屋に入る。


「おやすみなさい」


 昔は3人で一緒の部屋で寝ていたが、全員が大人になったの今は、もうこの家では見ない光景となった。


 静寂が訪れ、眠りの時間へと促される。

 今日が終わる。明日が来る。

 あと何日……この日々が続くだろう。

 

 ミナルカにいる、みんなが知っていた。

 この日常が、もうすぐ終わることを――。



 

 ミナルカは過去にも、抗えない危機に瀕したことがあった。


 平和で穏やかに見える町だが、長年の間、疫病に悩まされて来た時代があった。

 数年ごとに定期的に流行して、治療薬もなく、詠唱も効果がないまま、多くの人が犠牲になった。


 その中に、ノアの両親とフィナの両親がいた。 


 災忌病(さいきびょう)という特定の地域にしか発症しない病気によって、保育園を運営してたノアの両親が亡くなった。


 ノアは17歳で跡を継ぎ、子供の家ソフィアの運営者として、園長になる。

 両親を失い、経験が未熟な中で家を継ぐことになり、悲しみと不安に暮れていたノアを励ましてくれたのが、フィナの両親だった。


 フィナの両親であるフレイとルナは、ノアと同い年の幼馴染で、子供の頃からミナルカで一緒だった。


 ノアから見て、フィナの父フレイは、とにかく元気で明るい男の子。

 その男の子と、後に結婚するフィナの母ルナは、とにかく天真爛漫で明るい女の子だった。


 フレイとルナは昔から仲が良くて、16歳で成人すると共に結婚して、18歳の時にフィナが産まれた。

 赤ん坊のフィナを、ノアが抱っこしたことも、たくさんあった。

 

 ノアは、心から祝福していた。

 実家で保育士として働いていたので、2人の子供のフィナが保育園に来ることを楽しみにしていた。


 そんな時に両親が災忌病で亡くなったことで、失意の中で苦しんだが、フレイとルナの励ましと、ノアの祖母の献身的な支えによって、ノアは救われた。


 祖母と2人で家に住みながら、園長として保育園を運営していけるまでになった。

 祖母は神イーリアスを深く信仰していて、ノアにも常に神への感謝と敬意を忘れないように伝えていた。

 

 そんな祖母も間もなく亡くなり、ノアは1人になってしまった。

 さらに追い打ちをかけるように、22歳の時にフレイとルナが災忌病を患った。

 自分の両親の事を思い出して、ノアは激しく動揺した。


 その時、フィナは4歳だった。

 すでに保育園に通っていて、ノアとも仲が良かった。

 フィナにうつったら大変だと、ルナの希望で、ノアがフィナを預かることになった。


 ノアはかつて自分が両親を失った時に、励ましてくれた2人の助けになりたいと思っていたが、容態は日に日に悪化していく。

 2人は自分たちが死んだら、フィナを引き取って欲しいとお願いする。


「ノアなら安心して託せる……フィナをお願い……」

 そう言ってフレイとルナは、立て続けに息を引き取った。 


 

 両親を失い、友達を失った。

 忌むべき病を恨みながらも、前を向いた。 


 ノアは遺志を継ぎ、フィナを引き取り、2人でノアの家で暮らし始めた。 

 昼は、園長と園児の関係。 

 家では、ノアからは友達の娘、フィナからは両親の友達という関係。

 フレイとルナがこの世を去った影響は、ノアとフィナにとって、あまりにも大きかった。


 4歳までのフィナは両親に似て、明るく元気で常に笑顔の女の子だった。

 しかし両親の死によって、毎日泣いて過ごしている状態になってしまった。

 

 ノアはかつて両親を失った時に支えてくれた祖母のように、フィナの悲しみや孤独を癒せるように努めた。

 常にそばにいて、ぬくもりを与え続けた。

 ずっと一緒に居ると励まし続けた。


 フィナは少しづつ笑顔を取り戻して、残された2人は少しずつ前進していった。

 やがてフィナとノアは本当の母子のようになり、2人の生活には笑顔が溢れるようになった。

 

 

 フィナが9歳の時に、ステラがミナルカに来た。


 ステラのお父さんであるリグル・アストリアはミナルカ出身で、ノア達と同じ保育園と学校に通った、3歳年上の先輩。

 ミナルカの学校卒業後、イオニアに行き、そこで出会った女性と結婚し、中部のリュオス町に移住して、ステラが産まれた。

 

 しかし、母親はステラを産んで間もなく亡くなり、ステラは父親と2人で暮らして来た。

 さらに、9歳の時に父が仕事で事故に遭い亡くなった。


 父は生前、自分になにかあったら父の故郷のミナルカへ行くようにステラに伝えていた。

 そしてノアに、何かあったらステラをお願いしたいと手紙を送っていた。

 

 そうして、ステラはノアの家に住むことになる。

 フィナは、同い年の同居人が出来るという事で楽しみにしていたが、ステラは来た当初は心を閉ざしていた。

 しかし、フィナ明るい人柄のおかげで打ち解けて、3人は家族として生活を始めた。


 

 その翌年、フィナとステラが10歳の時に、詠唱師によってついに災忌病が根絶される。

 以降、この病気に罹る人は居なくなり、ミナルカに安息が訪れた。


 ノアは、もし子供たちが罹ってしまったらと常に不安に駆られ、いつか自分が患ったら、子供たちはどうなるのかと憂いていてた。

 なので根絶されたことを心から喜び、安心して生きていけることを幸福に感じた。

 これにより、さらに神への感謝を強くした。


 3人での生活は楽しくて、フィナは保育士になり将来ノアの後を継ぐ。

 ステラはミナルカで、小さなレストランをやりたいと思っていた。

 その夢に向けて、明るい未来を描いていた。


 

 1年前――フィナとステラ16歳。

 成人を迎えた年に、神の街イオニアが魔女によって陥落する。


 この事は世界に衝撃を与えた。

 イオニアの終わりは、世界の終わりを意味していた。

 ノアはこの事実を受け入れられず、神は大丈夫だと信じていた。

 

 世界が暗いムードになる中、中部陥落後に魔女の動きが半年間止まったことで、魔女は南部には攻めてこないという見方が強まった。


 しかし、今から半年前に南部の北オーリーホルンが魔女によって陥落したことで、南部侵攻が開始される。

 南部には来ないという説が崩れ去り、一気に世界の終わりが現実味を増し、人間滅亡の日が刻一刻と迫ってきた。

 

 1月に1度現れる魔女は、ついにミナルカの近くまで来て、あと1月後にミナルカは終わることが確定する。

 1日1日と過ぎていき、あと半月もしない内に終わりが来てしまう。

 そんな日々を送っていた――。

 



 ――フィナは、両親のお墓の前で祈りを捧げていた。

 

 毎日早朝に、ここに来て祈り続けていた。

 どうか私達をお守りください……と。

 そして仕事に行く。

 明日もこうして居られることを願いながら。

 

 今日も、昨日と同じ日常が始まる。

 子供たちが登園してくる。

 リナもママと一緒に元気に来て挨拶をする。

 そうして1日が始まり、過ぎていく。



 その日の夜、園長室にフィナとステラは呼ばれた。

 大事な話があるからと、ノアが2人に告げる。


「どうしたの先生? 話なら家ですればいいのに……」

「これは園長として2人に話すことなので、ここで伝えます」


 いつもとは雰囲気が違うノアの様子に、戸惑いが隠せなかった。


「魔女が近いうちに、ミナルカに来ることは知っているでしょう。それで、なんとか子供たちだけでも疎開できないかと、ずっと手紙で交渉していました。そして今日、伝達者の方から連絡があり、ダウナが子供たちを受け入れてくれることになりました」


「本当!? 良かった……! 先生の頑張りが身を結んだんだね……」

 これで助かるわけではないけど、子供たちは、間違いなく今度の魔女襲来を回避できる。

 フィナとステラは安堵した。 


「そうと決まれば、急いだほうが良いです。ありがたいことに、明日にはモネットのキャリッジを手配してくれるそうなので、順次ダウナへ出発してもらいます。2人も責任者として同行して、子供たちに付き添ってもらいます」


「私達が?」


 2人は、自分達も行くとは思っていなかった。

 子供だけなら受け入れてくれる可能性があるという話があり、ミナルカの子供を預かる園長のノアが代表として、必死で働きかけてきたのだから。

 ステラが不安そうな顔で言う。


「……先生も行くんでしょ?」

「もちろん、私は残ります」


「なんで!? 先生こそ一緒にいかなきゃダメだよ!」

 フィナが大声で訴えるが、ノアの覚悟は固いようだった。


「始めから子供だけという約束。何よりここに住む人間として、ここからいなくなるわけにはいかないの。もし町の人がみんな逃げたら、魔女は人がいないからと、ここを通り過ぎて次の町に行ってしまう。終わりが早まってしまうの。ここに住む人が盾にならなければならないのよ。今まで魔女にやられてきた町や村の人々もそうやって、その地に住む人間としての責務を果たしてきた。だから、まだ私たちはこうして居られる。次は私達の番なんです」


「だったら、私達も残る!」


「駄目! 成人して間もないあなた達は、まだ未来がある身です。少しでも未来を見て欲しいの。それに子供たちには、ついていてくれる大人が必要です。子供たちにはフィナとステラが必要なの。どうか、私や親御さんたちの代わりに子供たちをお願いね」 


 いつも優しく温和なノアが、厳しい口調で2人に接するのは珍しいことだった。


「それに諦めるわけではありません。子供たちが人間で居られる時間を作る。そうすれば神の奇跡が起きて、助かるかもしれない。それを待つ時間が増える。大丈夫です、神が守ってくれます」


 フィナは泣きそうになりながら、感情を爆発させる。


「神なんかいない! みんな言ってる! 神がいるのなら、イオニアがやられるはずがないって! もうイオニアが終わって1年も経つんだよ……何も起きないじゃん! ミナルカに来ちゃうんだよ……なのに神は何もしてくれない。奇跡なんて起きないよ!」


「奇跡は起きます。私達を苦しめた災忌病だって無くなった。今度もきっと……」


「……でも、お父さんとお母さんは死んじゃった……先生のお父さんとお母さんだって……奇跡が起きたって、遅ければどうしよもない」


「フィナ……」


「それに災忌病を根絶してくれた詠唱師様も、もうイオニアで魔人になってる……もう無理なんだよ」

「フィナ諦めないで。お願い……」

「嫌だ、行きたくない……先生と離れるなんて嫌だ! ずっと一緒にいる!」


「フィナ!」

 ノアがフィナを抱きしめる。

 フィナはノアの胸で泣きじゃくった。

 ステラも、ずっと堪えていた涙が溢れていた。


「私だって……フィナとも、ステラとも離れたくない、本当は一緒に居たい――。でもごめんね、どうしても2人に助かってほしいの。フレイとルナ、リグルさんの子供だからってだけじゃない。――2人とも私の子供だから無事でいて欲しいの」


 ノアの本音が吐露される。


 もちろん、まだ若くて保育士と調理師という立場や、子供たちとの関係を踏まえて、2人が適任だから保護役として選んだ。

 周囲にも、そう説得した。

 誰も反対などしなかった。


 むしろ、ノアの本心を理解して汲んでくれていた。

 ノアがこれまで誠実に生きて来た積み重ねが、人柄と人徳が、フィナとステラとの関係に強く結びついていた。


 フィナとステラはノアの子供だと、3人は親子だと……町の人誰もがそう思っていた。


「―――お母さん!」


 フィナとステラはノアと抱き合い、育ててくれた感謝と、今までの想いを精一杯伝える。 

 その夜、3人で一緒の部屋で眠った。

 フィナとステラは子供だから。

 昔と同じ光景が、その家にはあった。



 翌日、モネットキャリッジに乗って、次々と子供たちがミナルカを離れダウナへと出発する。

 親と離れることに、泣く子もたくさんいた。


 『大丈夫』『すぐ会える』『少しの間だけ』『身体に気を付けて』『どうか元気で』

 様々なお別れの言葉が交わされる。


 そんな中、リナの母親がフィナに声をかけた。


「フィナ先生、リナをよろしくお願いします……」

 涙で腫れた目と震える声で頼む母親に、フィナは堪え切れず涙が滲む。


「はい……必ず」

 手を握り誓う。


 そして。フィナとステラが出発する時が来る。


「子供たちをお願いね」

 ノアがいつもの、優しい笑顔で送り出す。

 お別れは、昨夜済ませた。


 今は……子供たちの保護者としての役目を果たしたいと覚悟を決めていた。


「必ず帰ってくるからね。絶対また会えるから……お母さん! いってきます」

「いってらっしゃい」 


 ノアは、遠ざかる2人と子供たちに祈りを捧げる。

 どうか神のご加護を―――。

 

 キャリッジで揺られる身体が、まるで自分のものではないかの様な喪失感が襲う。


 毎日ずっと一緒にいた家族と離れる。

 もう2度と会えないかもしれない。

 不安と悲しみで涙が止まらない。

 大人の自分が泣いちゃダメだと堪えているのに、フィナの瞳が渇くことはなかった。


『大丈夫――神が守ってくれます』


 フィナは祈った。

 母が信じている神に。

 神なら母を救ってくれると。

 奇跡を起こしてくれると。

  

 

 ダウナに着いて10日後に、ミナルカ陥落の知らせが届いた。

 町の人全員が、魔人になったそうだ。


 ……ほら、神なんていないじゃん。

 何もしてくれない。

 神がいるのなら、あんなに神を信じていたお母さんを見捨てるはずがない。

 救ってくれるはずだと……守ってくれると……信じてたのに……。


 2人もお母さんを失った。 

 そして終わりが1月伸びただけ。

 1月後に全てが終わる。

 それが確定した。

 何もない。

 それが分かった。  


 子供たちには、ミナルカが魔人になったことは秘匿とされた。

 残りの1月は、せめて少しでも平穏に過ごせるようにとの配慮だった。


 お母さんにいつ会えるの? 

 いつ帰れるの? 

 いつまでここにいるの?


 毎日繰り返される、子供たちの質問に心が痛んだ。

 その度に、嘘の笑顔で、嘘の言葉を繰り返す自分が嫌になる。


 こんなことなら、自分もミナルカに残れば良かったと、本気で考えてしまう。

 あんなにノアが、子供を助けたいという気持ちで、送り出してくれたのに。

 そんなノアの、先生の、母の気持ちを台無しにしている。

 今の自分が、本当に嫌いだと落ち込んだ。


 それに……ただ単純に母が恋しかった。

 寂しい時、悲しい時、苦しい時、いつも一緒に居てくれた人は、もういない。

 堪らなくなり、引き裂かれそうな想いになる。

 母が居なければ、自分はこんなに弱い人間なんだと思い知らされた。



「フィナ先生……これあげる!」 


 リナが小さな花束を、フィナに手渡す。

 リナがフィナの元気がないことを心配して、花束を作ってくれたようだった。


「保育園のお庭のより綺麗じゃないけど、一生懸命集めたの!」


 その花束を見て、フィナは自分の不甲斐なさと、リナの優しさに感情が溢れ出した。

 リナを抱きしめて、泣き崩れる。


「ごめんねっ……リナちゃん! ありがとう……ありがとう」


 この子を託されたことから……。

 子供たちから逃げないと……心に誓った。

 


「綺麗な花だね、本当にありがとう……リナちゃんのおかげで、とっても元気になったよ」

「聖堂の近くで咲いてたの。ここのお花なら摘んでいいって聞いたから頑張ったんだ! そうだ! フィナ先生も一緒に行こう!」


 ダウナに来てから、あまり外には行っていなかった。


 ミナルカの子供たちは、ダウナの保育園に編入する形でお世話になっていて、食事や寝る場所も、近くの児童施設を使わせてもらっていた。


 ステラは調理師としての役目を全うしていて、受け入れてくれた恩を返したいと、保育園と児童施設での食事を毎日作っていた。

 ミナルカ陥落の知らせで塞ぎ込んだフィナの分も、フォローするように日々働いていた。


 申し訳なさでいっぱいになるフィナに対して、ステラもダウナの保育士の人達も優しく慰めて、無理をしないでゆっくり休むように言ってくれていた。


 いつまでもこうしてはいられないと、フィナはリナの提案通り、一緒に手を繋いでダウナの聖堂へ出かけた。


 ミナルカから一番近い聖堂だったこともあり、子供の頃にノアに連れて来てもらったことがあった。


「フィナ先生、お祈りしていこう! ここでお祈りするとお願いが叶うんだって! 早くママに会えるようにお願いする! 毎日お願いしてるんだよ!」


「そうだね……お祈りしていこっか」


 聖堂にある祭壇は、神に通じているとされていてるため、日々人々が祈りを捧げに来る場所。


 神に通じているなら、神に声が届くなら、言いたいことが、たくさんある。

 祭壇の前で目を閉じて、フィナは神への言葉を口にする。


『お母さんに会わせてください』

 

 それからフィナとリナは、ダウナの町をお散歩して帰る。

 明日からお仕事に復帰して、迷惑をかけた分頑張ろうと眠りについた。


 

 そして夢を見た。

 フィナ・カレイドランド―――。

 光の文字が浮かび舞い上がる。

 それ以外は何も見えない。

 声も音も聞こえない。

 でも誰かが近くにいるような、寂しくない、温かい空気を感じていた。


 目が覚めて、ステラにおはようと挨拶をする。

 ステラはフィナを見るなり、驚きに満ちた表情をした。


「フィナ……! その喉の模様……まさか!」 


 急いで鏡を見て驚愕した。


「――啓示?」


 嘘……? 

 私に? 

 そんな……。

 

 私が……詠唱師に?    


 

 ―――あれから1月。

 フィナは詠唱師として、ミナルカへ帰ってきた。


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