89話 祭りを駆け巡るマイト
祭りが始まり、3人は持ち場である、協会本部前広場へ移動した。
この本部前広場がメイン会場となっていて、巨大な広場にメインステージを始め、複数のステージやイベント会場が配置され、たくさんの屋台もあって食事が出来るスペースもあり、既に多くの人で賑わっていてた。
フィナは子供向けイベント会場へ、ステラは屋台スペースへ、マイトはメインステージへとそれぞれ移動した。
先程の映像出演の効果は絶大で、行く先々で歓声を受けたり、握手を求められたりと、まるで芸能人になったような気分になった。
感謝の言葉もたくさん貰い、こうして祭りに参加できる喜びの声を聞いて、実行委員として嬉しく思った。
マイトは、メインステージに出演する、演者さん達の案内や進行を担当した。
ステージでは中部伝統の踊りや、木笛による民族音楽、管楽器によるビックバンド風ライブ、合唱団によるアカペラ合唱、ピエロによるサーカスやマジックショーなど、様々なエンターテイメントが展開され、お客さんも大いに盛り上がった。
マイトも裏方であることを忘れてしまうくらい、色んな演芸を見て感動し、この世界の新たな一面を見れた気がした。
このメインステージも、イドラによってイオニア5か所に映し出されて中継され、多くの人々が楽しんでいた。
メインステージの演目が一段落して、マイトは次のイベントに移動する。
協会本部と本部前広場を中心に、ぐるっと円で囲んでいる中央環状通りを1周するパレードが行われるため、そのスタートになる協会本部へと向かう。
「シーラさん! ムートンさん! お疲れ様です」
「おおっ、マイト君お疲れ様! 見てたよ、立派な挨拶してたね」
本部内牧場にいた2人に声かけると、笑顔で応えてくれた。
シーラとも、笑顔で両手ハイタッチして、挨拶出来るくらい打ち解けられて嬉しくなった。
「こっちの準備は万端だよ!」
パレードには動物も参加するので、この日のために街の外にある自然園から大型動物たちを、この本部牧場へと連れて来ていて、シーラとムートンがその責任者として帯同するとこになっていた。
「よろしくお願いします」
「もちろん! 普段外にいるこの子達を、中央で見てもらえる貴重な機会だから、僕達も楽しみだよ」
準備が整い、実行委員長のクレイの合図でパレードがスタートした。
動物の他に、カーニバルや鼓笛隊などが参加し、華やかな行進が街を彩り、多くのお客さんが沿道に詰めかけていた。
「やあ、マイト君」
パレードに同行するマイトに、領主のダグラスが声を掛けた。
「領主様、ご協力ありがとうございました。おかげで盛大なパレードになりました」
この祭りに、全面協力してくれた領主に感謝を伝える。
特にこのパレードは、シーラが自然園の動物を参加させたいという希望を出した時、クレイでさえ『それは無理なのでは』と難色を示したが、領主が賛成の声を上げて実現したという経緯があった。
これには、シャロンとアステアの後押しもあったが、最終決定してくれた領主のおかげだった。
「せっかくの祭りだ。普段出来ない事をやる良い機会だと思ったんだよ。街の人も喜んでくれる、良い提案だった」
パレードの前方で、シーラがライグーに乗り動物達と一緒に、楽しそうに出発して行ったのを思い出して、ほっこりした気持ちになった。
「お父様ー!」
パレードの中から呼びかける声の方を向くと、仮装行列の中に煌びやかなドレスを身に纏ったシャロンがいた。
「あら? マイト君も一緒にいる!」
「シャロンさんも、パレードに参加してたんですね」
「そうなの、仮装して参加できるって聞いて」
本物のお嬢様なので、仮装ではなく正装な気もするが、さすが良く似合っている。
シャロンだけでなく、妹2人と母親も一緒に豪華な衣装を身に纏って参加していた。
領主一家だけあって凄い服だと思っていると、なんとメイド服を着たアステアもいて驚いた。
「もうメイドは辞めちゃったけど、ずっと『いつかまた着たい』って言ってたから、絶好の機会だと思ってね」
シャロンの説明に、アステアは照れながらも凛とした佇まいで、本職のメイドをしていた様子が伝わってくるようなフィット感だった。
シャロンの豪華ドレス姿も、アステアのメイド服姿もオーラが凄い。
そこに居るのは、正しくお嬢様とメイドの2人。
その関係が壊れ、親子の縁が切れ、長い年月を越えて、再びこうして領主とシャロンとアステアが一緒に居る事に、皆が感動していた。
「2人とも……変わらず似合うな」
「ありがとうございます……お父様。……ではパレードの続きに行って参ります」
手を振りながら、シャロン達はパレードに戻っていく。
「本当に、こんな日が来るとは……ありがとう」
領主は感極まった声で、おそらくマイトだけでなく、世界に向けてお礼を口にした。
盛況の中、無事パレードが終了して、街は華やかな満足感に包まれていた。
続いて、マイトは大劇場へと向かう。
復活祭特別公演を、イドラが中継することになっていて、そのお手伝いをする予定になっていた。
劇場に到着すると、すでにイドラとメアリは客席でスタンバイしていて、お客さんの入場も行われていた。
「お疲れ様です」
「マイトさん、こちらの準備は完了しています。後は舞台が始まって、イドラが目を開ければ良いだけです」
イドラはここに来る前も、イオニア全域にパレードの様子を映し出していた。
「ありがとうございます」
「いいえ、私達は見ているだけでいいので楽なんです。なので、お祭りを楽しませてもらっていますよ」
イドラも、目を閉じたまま頷いていた。
仮面で見えないが、微笑んでいる様子が伝わってくる。
「この舞台では、舞台を観ながら同時に舞台演出をするので、少し大変ですけど……お任せください。それよりマイトさん、リズが用事があると言ってましたよ」
「何だろ? 分かりました、行ってみます」
「マイト君も、この舞台に出てくれないかな」
楽屋に行くと、開口一番そう言われてマイトは面食らう。
「いやいや、僕みたいな素人が無理ですよ! ご迷惑をかけてしまいます」
「いえ、今日の空に映るマイト君の挨拶を見た時に『いける』って思ったの。やっぱり顔もかわいいし、声も聞きやすいし、今話題の神の召喚者が舞台に出てくれれば、街のみんなも喜ぶと思うの」
真剣なリズの頼みに、実行委員として断る事が出来ず、本当にチョイ役だと言うので引き受けることになった。
思わぬ事態にドキドキしていると、同じ楽屋に居るアンナが妙におとなしい事に気が付いた。
いつもなら『舞台出演おめでとう! 楽しみにしているわ!』と来るのに。
「あの……アンナさん、どうしたんですか?」
「緊張してるのよ。なにせ、今日の特別公演のヒロイン役だから」
「え!? アンナさんも舞台に出るんですか!? しかもヒロイン!?」
驚愕の反応をするマイトに、アンナが近づいて来た。
「そう! 謎の大抜擢をされてしまったわ! 確かに、私は優れた美貌と魅惑のボディの持ち主! 表情豊かなうえに表現力抜群だから、私を舞台に出したい気持ちは良く分かる! 今回のヒロイン抜擢も、ついにこの私が舞台デビューする時が来たと舞い上がったわよ! でも、さすがに初舞台直前になると、緊張してしまってどうしましょう! ああっ! プレッシャーに押しつぶされてしまう!」
チョイ役のマイトの比じゃないくらいの大役で初舞台に挑むのだから、アンナのプレッシャーが凄まじいことが伝わってくる。
「でもでも! マイト君も出るのなら弱音を吐いてはいられないわ! 年上のお姉さんとして、カッコイイところを見せてあげる!」
自分を鼓舞するように、アンナは気合を入れていた。
リズも安心したように、マイトに目配せをして笑っている。
準備が整い、イドラが目を開けると舞台の幕が上がった。
アンナが演じるヒロインは、イオニアに住む詠唱師で、リズはその舞台師の役を演じていた。
なるほど……実際に詠唱師と舞台師のアンナとリズ、そのままの役どころなんだとマイトは思った。
詠唱師は話せないので、劇中もセリフなしで済むし、身体の動きや仕草、表情のみでの芝居は、アンナだからこそ出来るハマり役と言えた。
要所でリズが舞台を捌けて、アンナ1人になるシーンでは、心の声という形でセリフがあったが、これは舞台に居ないリズがアテレコしていた。
これもいつも通りのことなので、うまい演出だと思った。
驚いたのは、リズが演じる舞台師が男役という事だった。
さすがと言うべきか、男を違和感なく演じていて、役者リズの魅力を改めて実感した。
舞台上では、イオニアで活躍する2人を描いていたが、魔女がイオニアに襲い掛かり、2人はライグーに乗って南部へ逃れるという展開になり、どうやらこれはプラネとロイをモチーフにした物語だとわかる。
そこからは、追い詰められた世界で2人きりの逃避行というシチュエーションの中で、ラブロマンスが展開されていった。
ラブロマンスを生きがいとしているアンナは、生き生きと演じていて、とても初舞台とは思えないくらい堂々としている。
そうして南の果てへと辿り着いた2人の前に、神の召喚者が現れる。
つまり、マイトの出番となった。
緊張の中、舞台に立ったマイトの視界には、大勢のお客さんがいて、さらにイドラを通してイオニア中の人が見ていると思うと血の気が引いた。
こんな中で、堂々と芝居をしている2人を心から尊敬した。
その2人が舞台上で、こちらを見る視線で我に返り、セリフを口にした。
「私は、神に召喚されてこの世界に来た。世界を救う詠唱を、あなた方に授けよう」
そう言いながら、詠唱文が書かれた古紙を2人に渡して舞台を去る。
これで、マイトの出番は終わりとなった。
とてつもなく緊張したが、無事終わってホッとする。
舞台監督さんや、他の出演者の人からも、労いと誉め言葉をもらいありがたかった。
そこからは2人が、召喚者の詠唱で南部を救い、イオニアに帰還して魔女を追い払い、イオニアを救うストーリーが展開された。
この辺はフィナとステラ、イルダーナが混ざっていた。
総じて、イオニア陥落から今回の復活までを描いた、復活祭に相応しい内容で、劇場内のお客さんも、外で上空の映像で観ている人々も感動に浸っていた。
ラストシーンはラブロマンスの王道らしく、救われた街を背に2人のキスシーンで幕を閉じた。
マイトは舞台袖で見ていたが、熱い口づけを交わす2人に、劇中のシーンとしても、純粋にアンナとリズがしている事にも、2重の意味でドキドキした。
終演して戻って来た2人からは、やり切った満足感が溢れていた。
「お疲れ様でした! すっごく良かったです! 胸が熱くなりました!」
「マイト君こそお疲れ様……出てくれて本当にありがとう」
「いえ、少しの出番だったので……でも貴重な体験が出来て嬉しかったです。初舞台で堂々と演じていたアンナさんが、本当に凄いと思いました」
「想像以上に楽しくて、自分でもびっくりだわ! これがリズの見ていた景色なのね! さらに2人で1人に近づけた気がするわ!」
「あとは、これを観て恋愛に興味を持ってくれる人が増えればいいわね」
「そうよ! 出演を条件に、ラブロマンスをやったんだもの! この舞台をきっかけに、恋の炎がイオニアで燃え上がるのを期待するわ! ますます恋愛詠唱師として活躍するわよ!」
「えっと……マイト君に説明すると、舞台でラブロマンスをやるのは珍しいことなの。なにせ、恋愛ものは主流じゃないから。舞台でキスシーンも初めてなのよ」
「そうなんですか? じゃあ今日のは、かなり挑戦的な舞台だったんですね」
「そうなの……マイト君やお客さんの反応を見ると、好評のようで安心したわ」
そう言うと、アンナとリズは笑顔で特別公演成功を喜び合っていた。