79話 ふれあい動物園
イオニア領主親子の和解に立ち合い、マイト達はレッドベリル家の方々に挨拶をして、おいとまする事にした。
「私が呼んだのに、ちゃんとお話しが出来ずに申し訳ありませんでした」
丁寧に頭を下げて謝るシャロンに、慌ててフォローをする。
「いえ、こちらこそ大事な話にお邪魔してしまって……」
「やはり、私達2人だけじゃ心細かったみたいです……付き添ってもらって勇気が湧きました。ありがとうございました。また改めて招待するので、ぜひ今度ゆっくりお話ししたいです」
まだ緊張しているのか、シャロンは敬語になっている。
「ありがとうございます。あの……イオニア祭に関してなのですが、アステアさんの通信詠唱の力を貸していただく機会があると思うので、協力をお願いたいと思っています」
アステアは笑顔で頷き、シャロンも力強く拳を握る。
「もちろん! 全面的に協力します! いいお祭りにしましょう!」
「心強いです! ありがとうございます!」
握手と挨拶を交わして、領主とシャロンの家を後にする。
レッドベリル家の協力を得られる事を、事務局長のクレイに伝えるため3人は協会本部へと戻った。
「やあ、おかえり! お疲れ様! 首尾よくいったかな?」
「はい。領主様に書状を渡して、イオニア復活祭の了承と協力を得られました。ちょうどアステアさんとシャロンさんが訪ねて来て、和解の場に立ち会わせてもらいました」
「それはめでたいニュースだ! ついに和解したか……これは復活祭の良い追い風になるね!」
「他に何かやる事はありますか?」
「いや、今のところはもう大丈夫。神と会長、領主の了解がもらえて、これから草案を作っていくから……えっと、君たちは寮にいるんだよね?」
「はい、昨夜から泊まらせてもらってます」
マイト達3人は、本部施設内にある協会員が入居出来る寮にそれぞれ部屋を借りて、イオニアにいる間はそこで生活する事になっていた。
イオニアに住居を持っていない協会員向けのための施設で、プラネとロイもイオニアに来てから、ずっと暮らして来た場所だった。
「じゃあ、何かあったら寮の方に連絡するかもしれないからよろしく! あっ、それから聞きたいことがあったんだ。君たちがここまで乗って来た、ライグーとモネットの事なんだけど……」
奪還戦でイオニアに入る際、東側の森林において来たライグーとモネットは、魔女撤退後に本部の厩舎に搬入されていた。
「あのライグーとモネットはダウナ支部配属だから、ダウナへ返す手配を進めているんだが……」
それを聞いて3人はハッとなった。
詠唱師になったフィナとステラが、ダウナ出発時から乗って来たライグー。
2人の故郷ミナルカ出発から合流した、同じくダウナのモネット。
共に南部を駆け抜けて、ここまで一緒に旅して来た2頭。
目的地に着いたのだから、ダウナに帰さなければならない……お別れをしなければならない。
「そう……ですか……」
落ち込む3人の顔を見て、クレイは話を続ける。
「実はラングから進言があって、こちらで君達専属のライグーとモネットとして本部所属にする事が出来るけど……どうする?」
「本当ですか!」
3人の暗い顔が、一気に明るくなる。
「ああ、ラングはダウナ支部に居たから顔が利くし、出世して発言力が強くなったから可能だと思うよ。それじゃ、代わりのライグーとモネットをダウナに手配して、君達が乗って来た2頭は本部所属にするよう手続きを進めるね」
「ありがとうございます!」
「2頭は厩舎にいるから、よかったら会って来るといいよ」
「はい! 失礼します!」
3人は事務局を後にして、本部敷地内にある厩舎施設の方に向かう。
「良かったです……あの子達とお別れせずに、これからも一緒に居れるなんて……」
「ラングさんに感謝だね」
しばらく行くと、牧場のような草木と芝が生い茂る広い敷地があり、その向こうに大きな厩舎が建っていた。
牧場スペースでは、何頭もライグーとモネットが放牧されていて自由に過ごしている。
入口に女性係員が居て、事情を話すと案内してくれるようだった。
「お疲れ様です。私は厩務員のオリーネといいます。ここでは協会本部のライグーとモネットが牧場内で自由に生活しているんです。自分達の意志で、厩舎を出たり戻ったりしてます。昨日ここに入った子達は、あの辺りにいますよ」
オリーネが指を差した先に、ライグーとモネットが草を食べていているのが見える。
たくさん居るライグーとモネットを把握してるのは、さすが本部の厩務員だと驚いた。
許可を貰い、牧場の中に入って近づいて行くと、こちらに気づいたライグーがトコトコと走って来て、フィナに顔をすり寄せる。
モネットも寄って来てステラとマイトが体を撫でながら、これまでの労をねぎらいつつ、これからも相棒としてよろしくと挨拶をする。
ライグーは詠唱師2人が乗るので、このモネットはマイト専属という事になる。
改めて愛着が湧いて来て、モネットもすっかりマイトに懐いてる様子で、触れ合いながら穏やかな時間を楽しんだ。
その後、オリーネからライグーとモネットをこの施設から出して、外に行く手続きのやり方や、厩舎の隣の倉庫にキャリッジがあるので、その使い方なども教えてもらった。
その時、頭にケモ耳のカチューシャを付けた女の子と男の人が現れ、マイト達はギョッとした。
女の子は大きな猫耳、男の人は小さな熊耳らしきものを付けている。
「シーラさんとムートンさん、いらしてたんですね」
「やあ、オリーネ! お邪魔してるよ。あれ? そちらの方は……」
「神の召喚者様と、南部を救った詠唱師様です」
「なんと! あなた方が! 初めまして、イオニア動物園の園長をしているムートン・マールスです。この子は娘のシーラで詠唱師なんだ。自分が舞台師をやらせてもらってる。どうぞよろしくね」
アルカナの色は銅……。
間違いない……昨夜の食事会の時にロイとメアリが話していた、動物詠唱で魔獣を使役した親子の詠唱師だ。
「初めまして!」
3人は自己紹介と挨拶をした。
「こうして会えて光栄だなぁ。助けてくれてありがとう。おかげで日常に戻ることができたよ。娘も、フィナさんとステラさんと同じ17歳だから仲良くしてやってくれ」
シーラは12、13歳くらいだと思っていたので、同い年と聞いて2人は驚きと共に親近感が湧く。
「はい、よろしく! シーラ!」
笑顔で話しかけると、猫耳の少女はサッと父親の後ろに隠れてしまう。
その仕草は、本当に小動物みたいだった。
「すまないね……この子は動物と親には元気全開なんだが、いかんせん人見知りで他の人には、なかなか打ち解けにくくてね」
「いえ、全然……動物がお好きなんですね」
「家がイオニア唯一の動物園を営んでいるからか、この子は幼い頃から人一倍動物が好きでね。聖堂へ連れて行った時も『もっと動物と仲良くなれますように』とお祈りしたんだ。そしたら13歳で啓示を受けたもんだから驚いたよ。妻と話し合って、私が舞台師になったという訳なんだ」
イルダーナやプラネより1歳遅いが、それでも13歳で詠唱師は異例の早さだ。
しかも、もう称号詠唱師になっているなんて、相当凄い子だと分かる。
「魔人になった1年前には、もうアルカナ銅だったということですか?」
「そうなんだ、魔女が来る少し前の16歳の時だったよ。イルダーナもプラネも銅になるまで4年かかっているのに、シーラは3年でなったもんだから、これまた驚いたよ。でも君達2人は2か月で銅なんて、とんでもない記録を作ったからね。さすが世界を救った詠唱師だ」
「そんなことないです……! マイトさんのおかげですよ」
「そうだ! 召喚者のマイト君! 娘が別の世界の動物に興味津々みたいでね。よかったら話を聞かせてやってくれないか」
ムートンの後ろから顔を出して、つぶらな瞳でじっとマイトを見つめていた。
「そうですね……僕が居た世界にはライグーやモネットは居ないんですけど、共通して居る動物も多いので、比べてみると面白いかもしれないですね。でも、この世界にどんな動物がいるのかよく分からないので……」
「そうだ! もしよかったらこの後、動物園に寄ってってくれ、歓迎するよ」
「ありがとうございます! 動物園初めて!」
フィナもステラも嬉しそうだった。
「そうと決まったら用事を済ませよう。オリーネ、様子はどうだい?」
「変わりありません。ご飯もよく食べて安定してます」
何の話かとマイトが思っていると、察した様にムートンが教えてくれる。
「魔獣の様子を見に来たんだよ。今この施設で保護しているからね」
昨日、動物詠唱でシーラが使役した魔獣。
奥にある別棟の小屋で管理されていた。
見ると、足に太い鎖が繋がれている。
「シーラさんの詠唱効果で拘束は必要ないと思うんですが、念のため繋いでいます」
オリーネが心苦しそうに言うと、ムートンは優しく応える。
「仕方ないよ、魔獣を使役するのは未知のことだ。慎重になるのも無理はない。それに魔女が取り返しに来るかもしれないからね。野放しにはしておけない。願わくば、うちの動物園で受け入れたいが、まだ先になりそうだ」
マイト達も魔獣を近くで見ると、やはりニーナが乗っていた黒いライグーだと分かった。
シーラが笑顔で魔獣を撫でているのを見ると、まるでニーナのようだと思った。
「ロイとメアリから聞いたよ。この魔獣に乗っていた、4人目の魔女を君達が封じたと……」
「はい……敵意が無くて対話が出来ました。天真爛漫で、この魔獣と仲が良かった。僕はいつか魔女と和解出来たらと、考えているんです」
「和解か。考えもしないことだったが、この魔獣を見ていると全くあり得ない事ではない気がするよ。いくら動物詠唱でも、性格や本能までは変えられない。元々、この子が愛されていたのがわかる。素直で良い子だ。この子の主が、悪人ではないとわかるよ。困難で時間がかかるだろうが、そんな時が来ることを私も願うよ」
シーラと魔獣の仲睦まじい様子を見ながら、優しい眼差しでムートンは希望を口にした。
オリーネにお礼と挨拶をして、一行は本部を後にして動物園に向かう。
「イオニア動物園は2つ施設があって、西側の街の外にある『動物自然園』は大型動物が暮らしていて、本部にほど近い『ふれあい動物園』は小動物達が居るんだ。私達の自宅もそこにあるんだよ」
今日はその、ふれあい動物園に連れいていってくれるようだ。
「あの……お聞きしたかったんですけど、シーラは動物詠唱の特化型詠唱師なんですか?」
「いや、特化型じゃなくて普通の詠唱師だよ。そもそも動物詠唱は、神が作った基本詠唱の1つだからね。ただ、その動物詠唱を固有詠唱並の力で発揮できる。要は得意ってことかな。今日ここに来る前に、神と面会してきたけど『動物詠唱は私以上だ』って言ってもらえて、親子で舞い上がってしまったよ」
魔獣を使役するなんて、おそらく神でもやった事ないことを成功させるくらいだから、その言葉は本音だろうと思った。
「その動物の耳のカチューシャは、いつもしてるんですか?」
「これは、うちの動物園の物販で売ってるものなんだ。宣伝になるし、娘がこれをしてた方が効果が上がると言うんでね。身に着けるのが、もう習慣になってしまったんだ」
少し照れたように説明するムートンと、堂々としたシーラが対照的で面白かった。
「2人共とっても似合ってます!」
ステラの言葉にフィナも頷き、マイトも同感だった。
子供のように小柄なシーラに、大きめの猫耳がとてもマッチしていて可愛らしいし、しっかりした大人のムートンに小さな熊耳がギャップを生み、親しみやすさが倍増している。
しばらく行くと、ふれあい動物園に到着した。
広い園内は、綺麗な池や芝が整備されていて、色とりどりの花が咲いていた。
その中で、小動物とふれあえるようになっているらしく、園内各地にはコテージ風の動物の家が建っていた。
「私は、外の自然園の方に行ってくるよ。シーラ、3人を案内して差し上げなさい。それでは楽しんでいってくれ」
父親が行ってしまい、人見知りのシーラは心細そうに不安な顔をしていた。
どうしようと思っていると、ステラが提案する。
「せっかくだから、私達も動物の耳を付けて園内を回ろうよ」
『ホント?』という感じで表情が明るくなり、物販に案内してくれた。
それぞれ好きな耳を選び、フィナはライグーの白くて大きな耳、ステラはうさぎの長い耳を付ける。
「2人共……すっごく似合うね」
その可愛さにドキドキしてしまう。
「本当ですか? 良かった!」
2人はお互いを見合って、照れたように笑う。
マイトは恥ずかしさが勝って、あまり乗り気ではなかったが、せっかくなのでオーソドックスな犬耳を選んだ。
「マイトさん可愛いー! 良く似合ってますよ!」
自分ではとてもそうは思えないけど、フィナもシーラも嬉しそうなので良しとすることにした。
さっそく園内を見て回ると、馴染みのある動物から普段見れない動物までたくさん居て、フィナとステラも楽しそうだった。
「あっ! フーフルだ!」
一際歓声を上げるステラの視線の先に、白い綿毛で覆われたハムスターくらいの物体がたくさん居た。
近づいてみるとハムスターとは違い、目、耳、鼻、口が無く、全身がフワフワの綿だった。
地面で丸くなると、本当にフワフワと浮かび上がるので驚いた。
「凄い……これは……?」
「やっぱり、マイトさんがいた世界にはいないですか? この子はフーフルといって、ライグーと同じく精霊の森に生息している生き物なんです。ごくたまに森から出て来るのを、子供の頃見たことあるんですけど、こうして触れるなんて夢みたいです」
嬉しそうに手で包んで、頬を寄せている。
フィナも同じく愛おしそうに触れていて、2人の幸せそうな表情が、耳のカチューシャも相まってとても可愛らしかった。
「何だか……話に聞く精霊体みたいだね」
「そうなんですよ! 実は精霊体は、このフーフルを真似て精霊が作ったものと言われてるんです」
精霊体は元々、精霊の創作物と言われてるものだ。
「じゃあ、精霊体のモデルになった動物……ってこと?」
「そうなんです。フーフルは大昔から精霊の森に居るので、精霊が似た物を作り出したのが精霊体の一つと言われてて……精霊はフーフルが好きなんじゃないかって、父は言っていました」
「このフーフルは、シーラが動物詠唱で使役したの?」
マイトの質問に、シーラはコクコクと頷いた。
かつて精霊の森にだけ生息して、人間には懐かなかったライグーを動物詠唱で使役し、繁殖に成功した神イーリアスのように、精霊体の元になったフーフルを使役して、こうして人とふれあえるように出来るなんて、まさに神に匹敵する動物詠唱だ。
本当に動物と仲良くなる力が強い……特別な子だと実感する。
マイトもフーフルに触れてみると、そのぬくもりは紛れもなく生き物だと伝わって来る。
まるで崩れることのない、たんぽぽの綿毛のようだ。
可愛い見た目と優しい感触で、心地よい気持ちになり、動物の耳を付けた4人はふれあいの時間を楽しんでいた。