表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/129

73話 イオニア奪還戦終結

 神イーリアスは、人間に戻らず魔人のまま懺悔するイルダーナに、心からの謝罪を言葉にした。

 

 その瞬間、神の声が届いたのか、ずっと顔を伏せて俯いていたイルダーナが顔を上げた。

 角と牙と、不自然な笑顔が痛々しいが、瞳の輝きは人間のそれだった。


 魔人でありながら、人間であることを辞めてはいない。

 そんな印象を強く受けた。

 

 いずれにせよ、神の声に反応したのは間違いない。

 反撃詠唱にも全く、反応が無かったのにも関わらずだ。

 そもそも、魔人は外部に反応を示したりしない。

 

 神の声によって、人間の部分が収まり切れないくらいに溢れ出したという事なのかもしれない。

 1年間、神へ懺悔の祈りを続けたイルダーナにとって、神の声はそれだけ衝撃的だったという事だ。


 

 イルダーナに声が届くと確信した神は、ある決意をマイトに伝えた。


「マイト……反撃詠唱を、詠ませてもらって良いか……」

「え!? 神様が反撃詠唱を、詠唱するって事ですか?」


「ああ……きっと、この子を助けられるのは私しかいない。私が詠唱したいんだ」

「もちろんです! 詠唱してください。詠唱文も神様の自由にアレンジしてもらって大丈夫です」


「ありがとう……。作者のマイトを通して、イルダーナに届けるのは不思議な感覚だ。私は1人で詠唱していたから、舞台師が居なかったが、今この時はマイトが私の舞台師のようだ」


 マイトが居なければ、イルダーナに声が届かない。

 確かに形は違うが、2人が協力して声を届けるのは、詠唱師と舞台師の関係みたいだと思った。


「私の想いを込めて詠ませてもらう……聞いてくれ、イルダーナ……」 

 

 神の真摯な声に、マイトも黒石に触れる右手とイルダーナの手に触れる左手に力が入り、身体に緊張が走った。

 


「詠唱開始」


『言葉があるから 終わらない

 言葉がある限り 必ず蘇る


 嗚咽が無常の笑顔に変わり 

 懇願が無意味な音と化し

 羞恥が過去現在未来すべて焼き払おうとも


 生きる価値を無くしたとしても

 自分の意味を否定され尽くしても

 誰からも認識されず孤独に蝕まれても 

 全てから見放されて無になっても尚――   

 

 それでも存在する 言葉の中で 私は生きている』



 その言葉はマイトの中を通り、イルダーナへと伝わっていく。

 神の声を聞きながら、マイトは無意識に涙が流れていた。


 詠唱が終わると、イルダーナが光に包まれていった。

 間違いなく言霊光が発生している。

 つまり、詠唱効果が発動しているという事だ。


 固唾を飲んで見守る中、角と牙が消えていくのが分かる。

 光を纏いながら、イルダーナは人間へと戻っていった。


 イルダーナの手に、マイトの左手が置かれていたが、突然イルダーナの手が動いてマイトの手をギュッと握った。

 左手を両手で強く握られて驚くと同時に、熱いぬくもりとやわらかい感触が伝わって来て、体温が上がったような感覚になる。


 やがて光は収まってきたが、薄っすらとまだ光がイルダーナの身体を包んでいた。


 人間の顔になったイルダーナは、とても綺麗で誠実で、優しそうな女性だった。

 その美しい瞳はマイトと、その先の黒石の両方を見据えていた。

 


「イーリアス様……?」

「イルダーナ……良かった……戻ってくれて」


 瞳を潤ませながら、イルダーナは申し訳なさそうに顔を伏せてしまう。 


「すみませんでした……何も出来ずに……私は……」


 声を詰まらせるイルダーナに、神は優しく語り掛けた。


「もういい……もういいんだよ、イルダーナ。そなたの想いは十分伝わって来た。謝らなければならないのは私の方だ。神でありながら、皆の願いや祈りに応えられず、多くの悲しみと苦しみを生み出してしまった。そればかりか、私の不始末をイルダーナにまで背負わせてしまった。本当に申し訳なかった」


「そんなことありません!」


「いや、言わせてくれ。私は自ら選んで神になったが、イルダーナは、私が啓示で背負わせてしまった……大きく運命を変えてしまったんだ。それでも、それに応えようと必死に頑張ってくれて、たくさんの偉業を成してくれた。どんなに感謝しても足りないくらいだ」


「もったいないお言葉……本当にありがとうございます。……私も言わせて頂けるならば、啓示を与えて頂けた事には、心から感謝しています。おかげで愛する妹リンネと、たくさんの楽しい思い出を生み出すことが出来ました。今もこうして一緒に居れるのも、詠唱師になれたからです」

 

 胸にあるペンダントに触れながら、優しく微笑んだ。


「私は、イーリアス様がいたから頑張れました。だからこそ、ここまで来れたのです。それは紛れもなく私の意志です。強制されたものではありません。イーリアス様に選ばれて、リンネと共に生き抜いた時間は私の誇りです」


 一点の曇りもない、凛々しい表情と声で意思を示した。


「だからこそ……それらが無に帰すような、魔女による魔人化を止められなかったことが、耐えられない程に辛かったのです」

「それは、私も同じだよ。私達は同じ気持ちだったのだ。それを共有し合えたことで、そなたの心が少しでも救われる事を願っている」


 涙を拭いながら、イルダーナは神と分かり合えたことを感謝するようにはっきりと頷いた。 


「魔人から人間に戻れたのも、こうして会話が出来るのも、ここにいるマイトのおかげなのだ。私が別の世界から召喚した、頼もしい味方だ」


「マイト様……初めまして、イルダーナ・グレイスと申します。救って頂いて、本当にありがとうございます」

 再度マイトの手を強く握って、感謝を伝えた。


「いえ、そんな……僕の方こそ、お会い出来て光栄です。この世界の人は、本当に良い人ばかりで……その皆がイルダーナさんのことを尊敬していたので、素晴らしい方だと思っていましけど、想像以上に素敵な人で感動しました」

 

「もったいないお言葉です……」

 少し顔を赤くして、照れている表情が人間味があって魅力的に見えた。




「!?」 

 その時、神が息を呑む音が聞こえた。

 

「大変なことになった……詠唱師達が……」


 神が、声を震わせながら言う。

 明らかに、不穏な雰囲気が伝わって来た。


 神がいる場所は、各地にある聖堂の石や、詠唱師のアルカナを通して、白い部屋の壁にモニターすることが出来る。

 当然、イオニアも360度映し出すことが可能で、マイト自身もこの世界に来る前にそれを体験していた。


「先程までは、魔女2人を抑えることが出来ていて、順調に街の人々を戻していたのに……」


 魔女を抑えたという事は、分断作戦、イドラの娯楽詠唱、プラネとロイの2人詠唱などが、上手く機能したという事だ。


 それなのに、なぜ? 

 疑問と嫌な予感が、マイトの心を渦巻いていく。


「何があったんですか……?」 


「魔女の詠唱によって、詠唱師が瀕死の状態だ……。恐らく、詠唱師のみを狙う詠唱をしたらしい。舞台師達も魔人にされて、せっかく戻った街の人間も、再び魔人にされてしまっている」


「そんな! まさか、フィナとステラもですか!?」

 誰よりもまず、2人の事がマイトの頭に浮かんだ。


「ああ……フィナは意識を失って生死不明……ステラは魔人になってしまった」

 

 その言葉に、マイトは頭を殴られたのような強い衝撃を受けた。

 信じられない……信じたくなかった。

  

 魔人は反撃詠唱で戻せるけど、フィナは……詠唱師はどうなってしまうんだ。

 恐怖と不安が頭を支配して、動揺で身体が震える。


「なんとか、ならないんですか!?」

「魔女の詠唱を、防いでいたプラネとロイも魔人と化した……もう、詠唱師はイルダーナしかいない」


 神の悲痛な声を聞き、マイトはイルダーナを見つめて、懇願するように跪いて頭を下げた。


「お願いします……! フィナを……みんなを助けてください……!」

 

「もちろん、助けて頂いた恩をお返ししたい……詠唱師は皆仲間です。助けたい……。でも、いったいどうすれば……それに魔女に勝つ方法もまだ……」

 

 1年前……魔女に敗北した事実を前に、どうすればいいのか分らなかった。


「今は、魔女を倒そうなどと考えないくて良い。詠唱師達を助けることが最優先だ。誰かを助けるという点においては、イルダーナ以上の詠唱師はいない。イルダーナ……そなたの言葉で、詠唱をしてみてくれぬか」


「私の言葉……?」


「それって、固有詠唱ってことですか?」

「そうだ、イルダーナはまだ明確な固有詠唱を持っていない。自分の想いのまま言葉を紡いでくれれば、或いは……希望が生まれるやもしれん」


 イルダーナは、神の詠唱文に忠実な詠唱師だった。

 自分流にアレンジをせず、出来るだけ神の言葉をそのまま詠むようにしていた。

 イルダーナが作った治癒詠唱も、神の言葉使いを参考に治療詠唱を発展させたものだった。

 神の文字から逸脱しない……故に、固有詠唱を持たなかった。


「私には、『私の言葉』などありません……神のお言葉を、詠み紡ぐのが詠唱師だと思っていました。そんな私が固有詠唱など……」

「そんなことはない、イルダーナの願いを言葉にすれば良いんだ。マイトの反撃詠唱もそうやって生まれた……ポエムというそうだ」

 

 その詠唱師だけが使える固有詠唱は、詠唱文がポエムのようだと思っていたが、神もそれを把握しているようだった。


「詠唱が生まれて600年……大きな転換期を迎えている。13年前に魔女という得体の知れない詠唱師が現れた時、今までの常識が通じない、神である私の影響が及ばない、そんな何かが起こっていると感じた。その予感がイルダーナへの啓示に繋がり、以降それまでとは違うタイプの者にも啓示を与えるようになった。結果プラネ、アステア、アンナ、イドラ、ユーゼなど、私には出来ない個性的な詠唱を生み出していった。その最たる存在が、マイトの反撃詠唱だ」


 魔女が現れた時から、神はその対処として、今までの歴史や枠に囚われない詠唱師を生み出して来て、新世代の詠唱師達も、それに応えて来た。

 そして自らも、別の世界からマイトを召喚して、魔女から世界を救う詠唱文を求めて来た。

 

 その柔軟性と、きちんと結果を出していることに、改めて神の偉大さを感じた。



「イーリアスの詠唱文に固執せず、自分の言葉で声を届けてくれ……イルダーナ」

「しかし、1度皆の信頼を裏切った私の声など届くのか……。それに、どんな言葉を詠唱すればいいのか……」


 イルダーナには未だに、無力感とトラウマが根強く残っているのが伺えた。


「それは違う、逆なのだよ。1年前……イルダーナの声は、イオニア全域に届いていた。多くの人が、イルダーナの声を聞きながら魔人になった。だから知ってるんだよ。最後までイルダーナが頑張っていたことを。決して諦めなかったことを。人々を見捨てなかったことを知っているんだ。お主は裏切ってなどいない。裏切られた者などいないのだよ。皆、待っている……詠唱師達も、街の人々も、もう一度……その声を」


 神の激励に続き、マイトも固有詠唱……即ち、ポエムについて伝える。


「固有詠唱の詠唱文に関しては……矛盾してるかもしれませんが、『みんなを助けたい』ではなく『自分にとって、大切な1人を助けたい』の方が良いと思います。僕も反撃詠唱は、僕だけに書いたものですし、プラネさんもロイ個人への想いを言葉にして固有詠唱を生み出したので……その方が自分の本当の想いが、言葉に出ると思います」


「……わかりました……やってみます」


 神からの激励と懇願、マイトからの詠唱文のアドバイスを受けて、イルダーナの心に再び火が灯った。


 もう、迷っている場合ではない。

 具体的な助言をもらい、前向きになる。

 詠唱師として、この街の人間として、言葉を紡ぐ覚悟を決める。


 自分の言葉……なんて大袈裟なものはないけれど、今まで何千回と詠唱して来た慈愛詠唱を元に、想いを文に込めたいと思った。


「頼む! イルダーナ!」

「イルダーナさん、お願いします!」


 神とマイトの声に強く頷き、イルダーナは部屋を出て最上階バルコニーへと出る。

 かつて何度も……ここから、リンネと詠唱した場所。

 

 部屋の扉は開けたままで、部屋の中にいるマイトからもその後ろ姿が見える。

 神の反撃詠唱で人間に戻ってから、イルダーナの身体は光を失っていない。

 言霊光を、ずっと纏っているようだった。


「私の反撃詠唱で発生した言霊光を、イルダーナに付与しているのだ。私が受け取ってもしょうがないからな。人間に戻った証を、詠唱の足しにして欲しい」


 神もマイト同様、イルダーナを見守っている。 

 


『リンネ……いくよ……。もう1度この街に……みんなに、声を届けよう』

 

 イルダーナによって、反撃詠唱と固有詠唱の同時詠唱が詠まれる。


「詠唱開始」


『言葉があるから 終わらない

 言葉がある限り 必ず蘇る


 嗚咽が無常の笑顔に変わり 

 懇願が無意味な音と化し

 羞恥が過去現在未来すべて焼き払おうとも


 生きる価値を無くしたとしても

 自分の意味を否定され尽くしても

 誰からも認識されず孤独に蝕まれても 

 全てから見放されて無になっても尚――   

 

 それでも存在する 言葉の中で 私は生きている』



 神がアレンジし、自分を救ってくれた反撃詠唱を、渾身の想いを込めて声にする。


 続いて、固有詠唱を同時詠唱をする。


『自分にとって、大切な1人への言葉』


 胸に浮かんだのは、リンネだった。

 リンネを想う言葉が、聞いてくれた人の心に『自分への言葉』として、響くことを願いながら――。



『いつでも あなたを想っている

 幸せであるように 笑顔でいられるように

  

 逃れられない悲しみも 光で照らして 1人ぼっちにさせない

 大丈夫 安心して 必ず私がそばにいる

 今も あなたが居てくれることが 私の奇跡


 あなたが生まれて来てくれた祝福を 言葉にして伝え続ける

 あなたが生きている証明を 声に出して世界中に響かせる


 あなたがいてよかった

 ずっとずっと いつまでも あなたを愛している』



 その2つの詠唱は、イオニア全土に響いた。

 広大な街全域が光に溢れ、言霊光の海となった。


 その光の中で、すべての魔人が人間へと戻っていった。

 

 眩い光の中で人間に戻ったステラは、すぐにフィナを抱き起すと、瞼が僅かに動いたのが見えた。


「フィナ!」

 

 大きな声で呼びかけると、ゆっくりと瞳を開けて、口が震えるように動く。


『……ステ……ラ……』


 声は聞こえなくても、そう言ったのが分かり、泣きながらフィナを抱き締める。

 しばらくすると、フィナも腕を上げて抱き締め返す。


「良かったっ……! 死んじゃったかと思った……! 本当に……良かった!」  


 フィナも、あまりの苦しさに『もうダメだ』と思った。

 実際に、思考が途絶えるように意識を失ってしまった。


 でも……心の中にあたたかい声が聞こえて、苦しさが無くなって、氷が溶けるように心も身体も動くようになっていった。


 それはフィナだけでなく、他の全ての詠唱師も同様だった。

 イドラとメアリ、アステアとシャロン、シーラとムートン、ジャスミンとマリーも涙を流して抱き合い、無事を確かめ合い、喜び合った。


 詠唱師達の苦しみが救われていく。

 舞台師の悲しみも洗われていく。

 

 光に満ちるイオニアの、言霊光の幻想的な風景の中で、誰もが喜びに溢れていた。

 

 魔人から元に戻ったプラネとロイは、手を繋いで聖堂を見上げていた。

 最上階の塔の上に、イルダーナが居るのが見えて、2人は笑顔で握る手に力を込めた。

 イルダーナが復活して救ってくれたんだと分かり、堪らなく嬉しくなった。



 全方位に広がる光の海を、瞳に写しながらイルダーナは後ろを振り向き、扉が開かれてた神の部屋の奥にある、黒石に指を差し示す。


『この言霊光は、イオニアの光……神の光。神にお還し致します』 


 2つの詠唱で発生した全ての言霊光が、神と通じる黒石へと吸い込まれていった。

 近くにいたマイトはその膨大な光に驚いたが、刺激的な光ではなく、美しく優しい光の巨大なうねりに見惚れていた。


 光が収まった時、黒石は白石に変化しており、その白い石に、長い黒髪の美しい女性が映っていた。

 煌びやかな装飾を身に纏い、瞬時に高貴な人物だと認識できる程だった。


「なんと言う事だ……若き日の私の姿に戻った」

「神様!? 神様なんですか!?」 

 

 マイトは驚愕した。

 初めて会った時はお婆さんだったのに、姿だけでなく声も若返っている。


 そういえば、以前言っていた。

 神は元は若い頃の姿だったが、魔女によって人間が少なくなった影響で老人の姿になったと。

 イオニアが戻ったことで、神も元の姿に戻ったみたいだった。


 しかも、文字を伝えるだけだった黒石が、姿や声を映す白石に変わるなんて……大量の言霊光のおかげなのは明白だった。


「驚いた……マイトからも、私が見えるのか」

「はい、しっかりと見えますし、石に触れてなくても声が聞こえます。びっくりしました……本当にお綺麗ですね」

「はははっ! だから言ったろう! 本当の私の姿を見たら、マイトは赤面してしまうだろうとな!」


「……っ!」

 イルダーナが部屋に入って来て、神の姿に驚いている様子だった。


「ありがとう、イルダーナ……感謝の言葉しかない。お主は、最高の詠唱師だ」


 神は笑顔で、全ての人を救ったイルダーナに賛辞を送った。

 イルダーナは涙を流しながら、少しずつ白石へと近づいて行く。

 

「こっちへおいで……本当に御苦労だった……何度言っても足りない。ありがとう……ありがとうイルダーナ」


 神が映る石に、額と両手を付けて、イルダーナは肩を震わせて泣いていた。

 様々な想いが、感情が涙となって溢れ出す。

 それを神は優しい笑顔で、見守るように称えていた。



  

 巨大魔鳥に乗って、街を魔人にしていた2人の魔女……スピカとスカーレットにも、その詠唱は響いていた。


 イルダーナの固有詠唱。

 その圧倒的な祝福と肯定……。


 あの苦しみも悲しみも、心的外傷さえもあたたかく包み込んで、癒してくれるぬくもり。

 詠唱師への憎しみも、光の中へと溶け出して、絶対的な安心感で心も身体も満たされていく。


 それは2人を助けた、あの日のリリィよりも、遥かに大きな慈愛の力だった。

 2人は涙を流して、打ち震えていた。


 これが救われるという感覚。

 自分が魔女であることを、忘れてしまう程の感動。


 しばらく余韻に浸った後、魔鳥に乗っていることに気づいて我に返る。


「撤退します! 今すぐここを離れないとダメ!」

 スピカの声で、魔鳥はすぐに翼をはためかせて、イオニアの外へと進路を取り飛んで行った。

 



「魔女が去って行きます!」


 アステアが通信詠唱で、全詠唱師に伝える。


 その瞬間 歓喜と安堵が込み上げる。

 それはやがて、イオニア全域から溢れ出し、声となって空気を震わせた。



「……イオニア奪還!!」


 いつか、こんな日が来ると夢見ていた。

 いつか、こんな時が来ると信じていた。

 あの絶望の日からずっと。

 

 ずっと望んでいた光景が――現実になった。


 街中の1人1人の笑顔、涙、喜ぶ姿であふれ返った。

 誰もが手を取り合い、肩を組み合い、抱きしめ合い、分かち合う。



「マイト、ありがとう。この世界に来てくれたおかげだ……心から感謝するよ」

「僕は何もしていません……少しだけお手伝い出来ただけで、みんなの想いが実を結んだ結果だと思います」


「マイトらしいな……まったく」

 笑顔で神は、その言葉を受けとめる。

 

 涙を拭いながらイルダーナが、マイトに握手を求めて手を差し出した。

 固有詠唱が出来たのは、マイトの助言があったからだとお礼を伝えたいようだった。


 それに応えて、ゆっくりと手を握る。

 とてもあったかくて、優しい笑顔をしていた。


「イルダーナさんは、本当に地上の神様です……! 本当にありがとうございました!」


 心からのお礼を言いながら、マイトも涙が零れていた。


「マイト……相棒を迎えに行って来い。2人にもお礼を言いたいんだ」

「はいっ!」


 高鳴る鼓動そのままに、階段を下りて一目散に外へと出る。

 歓喜の声が溢れ、たくさんの人が笑顔で抱き合う中――。


 こっちに向かって、全力で走ってくるフィナとステラが見えた。


「フィナ! ステラ!」

「マイトさん!」


 再会した3人は強く抱き合いながら、お互いを称え合い、無事を確かめ合い、喜びを分かち合っていた――。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ