7話 詠唱師のなり方
続けて、ステラが慈愛詠唱について教えてくれた。
「慈愛詠唱は詠唱の代名詞であり、詠唱の基本なので、詠唱する詠唱師によって差が出るんです」
「同じ慈愛詠唱でも、詠唱師によって効果が変わるってことですか?」
「はい。一番の違いはアルカナの色で……あっ! フィナ! 色が緑になってるよ! てことは私のアルマも……緑になってる!」
ステラは自分の両腕に付けている、腕輪を確認して驚いている。
腕輪に装飾されている宝石の色が緑色だった。
フィナを見ると、フィナの首飾りに付いている宝石も緑色。
マイトの記憶では、確か白い宝石だったはずだ。
「それは……宝石の色が白から緑に変わったって事ですか?」
「そうです! この宝石の色は、詠唱師としての熟練度や位を表したものなんです。宝石の色が変わるなんて、ずっと先の事だと思ってた……」
予期せぬことに2人は驚き、戸惑いつつも喜んでいるようだった。
しかし、マイトにはどういう仕組みで、どうなっているのかがよく分からず、嬉しそうな2人をただ見ているしかなった。
ステラとフィナは、マイトを置き去りにしていることを察して、申し訳なさそうにマイトを向く。
「すみません……勝手にはしゃいじゃって……」
「いや、僕の方こそ……説明ばかりさせちゃって、申し訳ないです」
「全然! 気にしないでください! えっと、気を取り直して……」
ステラは、フィナの細い首に付いている首飾りに触れる。
「この首飾りは、アルカナという名称で、詠唱師の証でもあります。詠唱師なら全員付けてますね。このアルカナに付いている宝石の色で、先程も言った詠唱師の熟練度や位が分かるようになってます。具体的に言うと最初は白で、そこから緑→青→赤→銅→銀→金と色分けされてます」
「どうやったら色が変わるんですか? 詠唱した回数?」
「詠唱して効果が発動すると、言霊光という光が発生します。詠唱した結果生じるもので、この言霊光がアルカナに吸収されて、それが蓄積されることによって、色が変わる仕組みらしいです」
そういえば、ポエムを詠唱したあの時も、魔人から人間に戻っている人達から、たくさんの光の粒が浮き上がってた。
さっきの慈愛詠唱も、光の雪が身体に吸収された後、僅かに光の粉が舞っていた。
あれが言霊光か……。
「じゃあ、詠唱回数や詠唱師になってからの年月ではなく、詠唱で得られた言霊光の量で、アルカナの色が決まっていくという事ですか?」
「正にそうです。でも、言霊光を得るには、詠唱回数や年月が必要なので、結局同じことかもしれないですけど」
「ステラの腕輪も色が変わったって言ってたけど、それも同じものなんですか?」
「この腕輪は、アルマという名称で、舞台師の証です。詠唱師のアルカナと舞台師のアルマはリンクしてるんです。アルカナの色が変わると、アルマの色も変わるようになってるみたいです。実際に見たのは初めてですけど、本当だったんだ」
ステラは腕輪の宝石を見て、瞳をキラキラさせていた。
フィナも自分の宝石の色が変わったのを見ようと、顔を傾げて下を向き、顎を引いているが、見えないらしく苦戦していた。
そんな2人の様子が面白くて、マイトは自然と笑ってしまっていた。
しかし、まだ聞きたいことが有ったため、さらに質問する。
「あの……色が変わったことで、何か変わったりするものなんですか?」
「やれることが増えますね。まず詠唱回数が増えます。アルカナが白だと1日3回しか詠唱出来ないんですけど、緑なら倍の6回は出来るはずです」
「詠唱出来る回数って決まってるんですか?」
「はい、詠唱台に乗ってる時に詠唱師のアルカナが光るんですけど、詠唱すると光が弱くなっていきます。そして光が消えると、詠唱が出来なくなります。具体的に言うと、詠唱台の上でも声が出なくなるんです。白だと1日3回詠唱すればアルカナの光が消えて、声が出なくなってしまいます。フィナも詠唱師になって初日に、詠唱を3回やってすぐ声がでなくなっちゃって……」
フィナが、恥ずかしそうに笑う。
「そうなっちゃうと、また詠唱出来るようになるまで、時間が掛かります。その日は詠唱出来なくなって、翌日まで待たないといけません。なので、詠唱回数が増えるのは嬉しいことですね。あとは詠唱範囲が広がりますね。詠唱効果が発現する範囲が広がるので、慈愛詠唱ならより広く、遠くに詠唱出来るようになるんです。これは重要で、テリルの村なら小さいので、アルカナ白でも1回の詠唱でほとんどをカバー出来ますが、ダウナの町だと広いので、移動しながら3回慈愛詠唱してやっとでしたから。なのでダウナでは、慈愛詠唱する時間を決めて、1か所に集まってもらう方法でやってました」
色々苦労があったことが伺えて、興味深かった。
それなら白から緑に変わって、喜ぶのも納得だと思った。
そして、新たに気になることも浮かぶ。
「詠唱師のアルカナの色って、何色が標準的というか……多いものなんですか?」
「えっと……詳しい比率は分からないですけど、白、緑、青、赤の4つがほとんどだと思います。銅以上は称号を持つ、特別な詠唱師なので……確か詠唱師は200人以上いるはずですが、称号を持つ詠唱師は15人くらいしかいないと聞いたことあります」
「称号?」
「呼び名みたいなものですかね? 銅が称号・エキスパート、銀が称号・マスター、金が称号・グランドマスターと呼ばれていて、詠唱師の中でも、さらに特別な存在なんです。でも……称号持ちの詠唱師は、全員が中央都市イオニアにいるはずなので……」
「……今はみんな魔人になってしまった」
ステラはこくりと頷いた。
フィナを見ると深刻な表情をしている。
称号を持つ特別な詠唱師でさえ、歯が立たなかった魔女を相手にしていかなければならない。
その重みを痛感する。
そして、そんな魔女相手に、2人で挑んだフィナとステラは改めて凄いということをマイトは感じた。
「これでアルカナ緑の詠唱師になったんだから、これからもたくさん詠唱して、詠唱師として成長して、魔女に少しでも対抗できるようにならないとね。マイトさんが魔女を倒す詠唱を作った時に、私達がちゃんと最高の形で詠唱出来る様に!」
真剣な顔でフィナは頷く。
マイトは2人の向上心に応えられる様に、自分も頑張ろうと新たに決意する。
今は雲を掴むような話でも、いつか実態を掴めるように進んで行きたいと思った。
ステラはさらに続けて、詠唱について語った。
「それに詠唱はアルカナの色だけではなく、色んな要素が複合されて効果に影響を与えてるんですよ。詠唱師の声量、声質、聞こえやすさ、発声のニュアンス、言葉の読み方で、効果の質や結果が変わるんだそうです」
詠唱師本人の資質で変わる。
それで詠唱効果や、言霊光の量が変わる場合もありそうだと思った。
「それと詠唱文と詠唱師の相性もあるので、詠唱文をアレンジしたりする詠唱師もいます。慈愛詠唱の詠唱文は決まっていますが、例えば2文字加えるだけで効果が変わったり、言い回しを変えるだけで違ったりします。その詠唱師が言いやすい言葉にしたり、伝えやすい文に変えると効果が上がるんです。実際フィナも最初は、慈愛詠唱を定文通りに詠んでたけど、少しづつ言い回しを変えたり、追加して今の詠唱文になりましたから」
「それじゃ、さっきの慈愛詠唱はフィナ流にアレンジした詠唱文というわけか……凄いですね」
フィナは赤くなって手を振り謙遜してるようだ。
そうやって詠唱師は、少しでも伝わりやすくする為に努力してるんだと分かる。
フィナが手を伸ばして、ステラの服をクイっと引っ張る。
なにか伝えたいことがあるみたいな仕草で、目配せをしている。
それに気づいたステラは、何かを思い出した様にマイトに質問をした。
「そうそう! フィナから、マイトさんに聞いて欲しいって云われてた事があって。マイトさんの世界には、詠唱はないんですか?」
「あー……詠唱文みたいなものはあるけど、それを言葉にしたところで、何か起きたりはしません。詠唱師という存在もいないです」
「マイトさんの居た世界には、詠唱師はいないんですね。この世界でも元々魔女が現れる前からずっと、詠唱師は特別で、詠唱師は貴重な存在ですから……詠唱師は神の代弁者、神の代行者と言われていて、神に選ばれた人だけが詠唱師になれるものなので……」
「え? 詠唱師って神様が選んでるんですか? どうやって……?」
確か神様は、あの部屋から出られない、世界に直接干渉は出来ないと言っていた。
間接的には干渉出来るけど、今は出来ないとも言ってた。
どういうことなんだろう、と疑問が浮かぶ。
「えーと……まず世界の各地7か所にある、詠唱師協会本部、及び支部には聖堂があって、日々各地から人々が祈りを捧げにくるんですけど、祭壇には布石という神に通じる石が祀られていて、そこで祈りを捧げると、本当に神にまで祈りの声が届く人が稀に現れるそうで、神はその声の主に詠唱師の資質ありと判断して『啓示』を与えるんです」
日本でいう神社みたいなものか。
お参りして神頼みをしたら、本当に神に届いた、みたいな話だと想像した。
それくらい特別な想い、声、伝える資質がある人が詠唱師に選ばれる。
祀られてる布石というのが試金石になっていて、詠唱師になれる人の声が、あの神様の部屋に届く仕組みになっているのだろうと想像出来た。
「その神が与える『啓示』っていうのはどういうものなんです?」
「『啓示』は夜寝てる間に、夢を見るんだそうです。暗闇の中で自分の名前が、文字で浮かんで光る夢……目が覚めると喉のところに、神の紋章が浮かんでいるんです。フィナの時もそうでした」
フィナは自分の首についているアルカナの、喉の部分にある緑色の宝石に細い指をあてた。
この部分に紋章が浮かんだということか。
「その紋章というのが、詠唱師協会の紋章として使われてます。啓示が受けられる年齢は、だいたい16歳から18歳が一般的と言われています。フィナは17歳だから、普通の範囲ですね。その後に啓示を受けた人間だけが、詠唱師になる儀式である『神前の儀式』を受けられるんです。ちなみに啓示で受けた紋章は1月で消えるそうで、消えたら儀式を受ける資格も消えるらしいです」
啓示を受けてから、儀式までのタイムリミットが1月ということか。
「詠唱師になるための『神前の儀式』は聖堂内にある特別な部屋『聖域』で行われます。そこは啓示を受けた人しか入れない部屋で、中には『イーリアスの石碑』という布石の本体の石があって、その石に手で触れながら、神への想いや、伝えたいこと、詠唱師になってやりたいこと、などを言葉にするみたいです……だよね?」
実際それを行ったのはフィナなので、フィナに確認するステラ。
フィナは『間違ってないよ』というように微笑んで頷く。
「なんだか面接試験みたいですね……詠唱師になる儀式って」
「でも、一方的にこちらが話すだけみたいですよ。神の声が聞こえたり、文字が浮かんだりとかなかったそうなので。石碑というのはこちらの声を、神に直接届ける物みたいです。ただ、イオニアの詠唱師協会本部にある石碑だけは特別で、神の文字が浮かび上がると言われています。だから、イオニアは神に一番近い街と言われてるんです」
それが神様が言ってた、間接的に干渉出来るっていうことなのかと思った。
今は出来なくなったのも、イオニアが魔人になり、人間がいなくなったから、意味がなくなったと解釈で出来る。
といっても、今でもフィナに啓示を与えて詠唱師にしてるし、干渉出来てる気がするけど……。
神様としては、詠唱師を生む行為は干渉ではないようだ。
「えっと、それで神様に一方的に語り掛ける試験に合格すれば、詠唱師になれるというわけですか?」
「そうですね、神からアルカナが授けられます。詠唱師が首に付けるアルカナは神が与えてくれるもので、儀式が終わると首が光って装着されているそうです。その時点で声は封印されて、無事に詠唱師になれるというわけです。ちなみに滅多にないことですけど、試験に落ちることもあるそうですよ。よっぽど神への言葉が不適切だったり、相応しくないと判断されればアルカナが与えられない。啓示も消えて資格を失っちゃうそうです」
「そんな人いるんですか?」
驚くマイトの横で、フィナが気まずそうにしている。
「実は、フィナがそれをやろうとしたんですよ。まあ、わざと落ちようって考えではなかったみたいですけどね。神に直接文句言うって言って、本当に石碑に向かって神への不満をぶちまけたらしいです」
「ええっ!?」
フィナは大慌てで、マイトに弁解をしたいらしく、両手と首をブンブン振って、そんなに大袈裟なことは言ってない的な仕草をしている。
「それなのに、しっかりアルカナを授かって詠唱師になったんだから凄いですよね」
意外な話だった……けど、神様の部屋や夢でのフィナに対する神様の態度は、明らかに応援してる様子だったから、神様としてはフィナに対して不適切とは感じなかったということだ。
それにフィナが啓示を受けたのは1か月前で、その時点でもうテリルとダウナしか残ってない。
滅亡のカウントダウンが始まっていたことになる。
そんな時に啓示を受ければ、文句の一つも言いたくなるのも当然だと思った。
「詠唱師になったら、次は舞台師ですね。舞台師の選定は詠唱師本人に一任されているので、詠唱師が自分で選んで決めます。私たちはフィナに啓示が出た時点で、舞台師は私がやると2人で決めました。……詠唱師と舞台師の、契約の儀式は聖堂の祭壇前で行います。祭壇前の石床には詠唱台と同じ効果があるそうで、石碑と同じ石材が使われてる使われているらしいです。今では手に入らないとっても貴重なものだとか。その石の上で2人で両手を繋いで、詠唱師が契約詠唱を詠唱すると、舞台師の両腕にアルマが、装着され契約完了になります」
「そうやって、詠唱師と舞台師が誕生するんですね」
興味深い話だった。
そうやって2人も、詠唱師と舞台師になったんだなと感慨深くなる。
「その契約詠唱は、定期的に行った方がいいらしいですよ。さらにアルカナとアルマの結びつきが強くなって、プラスになると本で読んだことが……そうだ! 緑になったから出来るよ!」
ステラは何かに気づいた様で、フィナもハッとした表情になる。
「私のアルマも緑になったので、出来ることが増えるんです。今までは両手を地面に置いて、詠唱台を作った後も、手を地面に置いたままでないと、詠唱台が消えてしまってたんですけど、緑なら地面から手を放しても詠唱台が消えないんです。詠唱台固定が使えるんですよ! と言っても本で読んだ限り、緑は30秒しか固定できなくて消えてしまうみたいですけどね……それでも大進歩です! 少なくとも契約詠唱が出来るようになりますから」
早速やってみようと2人は向かい合い、ステラが屈んで両手を地面におく。
「詠唱台生成」
地面から白い台が浮かび上がる。
ステラがそっと、地面から手を放し立ち上がる。
詠唱台は消えることなく、そのまま維持されている。
固定は発動しているようだ。
うまくいって嬉しいからか、2人は笑顔で向き合い、詠唱台の上で両手を繋ぐ。
詠唱師と舞台師の契約の詠唱。
「詠唱開始」
『我は汝と共に 汝は我と共に
一つと成りて 神の言葉を紡ぎ
人々の光と成りて 幸福と祝福を齎す光と成る
此処に契り 結び 誓う』
最後の一節、『此処に契り結び誓う』は、ステラも声を発して2人で詠んでいた。
フィナの首飾りと、ステラの腕輪が光り輝く。
2人は決意を新たにしたように、力強い笑顔で見つめ合っていた。
その光景を、綺麗だと……マイトは想った。