43話 オーリーホルン到着
観光地を満喫して、貴重な体験をした3人は朝を迎えた。
3人で朝食を頂く。
メニューはパンケーキ、ベーコン入りスクランブルエッグ、トマトのミネストローネ、デザートは木苺のタルト。
昨日に続いて、どれも本当に美味しかった。
ステラも驚いていて、フィナは今日も幸せそうに食べているのが印象的だった。
食後はミルクティーを飲みながら、まったりとする。
「食事は美味しいし、ホントに楽しかったー! ずっとここに居たいって思っちゃう……」
名残惜しそうにステラが口にする。
「またいつか来たいですね。魔人も魔女もいなくなって平和になったら……」
「そうですね、また来たいです……でも、今度は貸切ってワケにはいかないですからね。平和になったら人がたくさん来ますし」
「確かに……混みそうですね」
常に混雑しているのは、人気リゾートならではだ。
「部屋もきっと取れないだろうから、今回は別々だったけど、今度は3人で1部屋に泊まりましょう」
ステラの提案に、フィナも頷いて同意している。
いつもなら、すぐに遠慮を申し出るマイトだが、今回は違った。
観光地パワーとは凄いもので、同じ部屋で夜を過ごしたいと思ってしまう。
事実、昨夜部屋に入って1人で居ると、かなりの孤独感に襲われた。
それまでが、非日常で特別で、煌びやかだった反動なのか。
それを一緒に体験して、共有した人と離れて、個室で1人で寝るというのは寂しい気持ちを増幅させた。
おそらく2人も、そうだったのだろう。
観光地の夜というのは、そういう効果もあるのだと実感した。
「……そうですね、今度は一緒に泊まりたい……です」
正直に言う。
相当勇気を振り絞って口にした。
反応が怖かったが、2人は嬉しそうだった。
「約束ですよ!」
2人は笑顔をマイト向けている。
そう応えてもらえて、救われるほど嬉しくなる。
同時に胸が締め付けられて、痛いほど苦しくなる。
光が強く当たった分だけ、暗い影も生まれる。
マイトの精神は、そういう構造になっていた。
……もう嫌だった。
今までそれを受け入れて来たけど、やはり辛い。
この世界に来て、2人に出会って、嬉しいと思う事が増えた。
その分だけ苦しみも増える。
どうすればこれを無くせるのか。
わからない。
とにかく、2人には悟らせたくない。
「はい……! いつか、きっと……!」
素晴らしい体験をさせてくれた、シルクルーンの支配人や従業員に感謝のお礼をして出発する。
今日は、いよいよ南部の旅の終着地、オーリーホルンへ行くことになる。
マイトはすっかりモネットに乗るのも慣れて、快調に走っていた。
しかし、少し慣れた頃に油断してケガをしやすいものだ。
調子に乗らずに緊張感を持って、手綱を握るように心がける。
長い林道を抜けると、オーリーホルンの街が見えて来る。
広くて大きい、そして建物もたくさんある。
今まで、この世界で見て来た町とは規模が違う。
南部最大の街と言われているのがよく分かる。
約半年前、この街に子供の魔女が現れて、南部侵攻が始まった。
ついに、その地まで人間の領域を押し戻した。
「とうとう、来ましたね。オーリーホルン……」
「ここを戻せば、南部は全て解放ですね」
広大な街の南側入り口に行くと、プラネ達3人がすでに待っていた。
「やあ、来ましたね」
「予定時間ぴったりだな」
ラングとロイが笑顔で迎える。
まるで、マイト達が来ることを知っていたようだ。
「みなさん、着いてたんですね! 僕たちが来ること知ってたんですか?」
「プラネさんの観測詠唱でね」
「プラネの観測は、対象をリアルタイムで正確に把握出来るからな。マイト達が来るのに合わせて、俺らもオーリーに着くように急いだってわけだ」
観測詠唱の精度が高くて、効果時間も相当長いことが分かる。
しかも範囲も広い。
「さすがマスター詠唱師ですね!」
ステラが、プラネに再開の握手をしながら言うと、照れるように笑う。
前に会った時も思ったが、プラネは普段はおとなしくて表情も乏しいけど、笑顔がとても可愛い。
自分に向けられたものではないから大丈夫だけど、もし自分だけにあの笑顔をされたら、心を奪われそうだと、冗談みたいな事を考えてしまう。
あのロイの心を奪ったのだから、その魅力は絶大だと思った。
「よーし! 揃ったところで、さっそくオーリーを元に戻そうぜ」
「とはいえ、今までとは広さと人の多さが違います。住人の確認作業には、時間と手間がかかるでしょう。なので協会オーリーホルン支部に協力を仰ぎます。オーリーの領主にも顔が利くので、よりスムーズに話が進むでしょう」
「協会支部は、オーリーの中でも西側だよな?」
ロイの言葉に頷きながら、ラングは街の地図を取り出す。
「そうです。なので我々は移動して、西側から街に入ります。私は協会支部で待機して、すぐに事情を支部長に報告して協力をお願いします」
ラングがやってくれるなら、安心だとマイトは思った。
「プラネさんは、そのまま西側と北側を……フィナさんは、この南側と東側を戻すようにお願いします」
ラングは、オーリーの地図を指差しながら、詠唱するポイントを指示する。
詠唱ポイントは、東西南北4か所全て、人目の付かない場所を選んでいた。
目立つと人が集まって、動きにくくなる上に、混乱を招く可能性がある。
今回はフィナもプラネも2か所ずつ詠唱するので、 移動に支障がないようにする目的もあった。
2人の詠唱範囲を考慮してあり、プラネ担当の西と北の方が広く見積もっている。
「わかりました」
「よし、さっそく移動するぞ」
「我々が西側を戻したら、南側を戻してください」
「はい!」
プラネ達はライグーとモネットに乗り、西側に移動を開始する。
街の中には連れて入れないので、西側入口にライグーをおいて、3人はオーリーに入る。
「私は支部へ向かいます。お気をつけて」
「そっちは任せたぞ」
プラネとロイは、西側の詠唱ポイントに向かう。
魔人だらけの中を進んでいく。
プラネは魔人を避けて走るのが遅いうえに、恐怖心を抱いているのが分かる。
ロイは見かねてプラネを抱きかかえ、お姫様抱っこの状態で、魔人を避けながら走り出す。
イオニアから逃げ出したあの時も、こうやってプラネを抱きかかえていた。
今は逃げるのとは、正反対の立場で進んでいる。
それが嬉しい。
魔人をすり抜けながら、堪え切れずに声を上げる。
「すぐに戻してやるからな!」
ラングが指定した、西側詠唱ポイントに到着した。
「行くぞ! プラネ! 詠唱台生成!」
「詠唱開始」
プラネの反撃と慈愛の言葉が響く。
人間に戻ると同時に、慈愛で一気に活力がみなぎる。
それは、詠唱範囲内に居るラングにも作用する。
プラネの慈愛詠唱の凄さは、ラングも身をもって体験して来た。
「さすがですね……こちらはお任せください!」
協会支部で、ラングは協力を要請する。
マイト達の目に、西側から上がるたくさんの言霊光が見えた。
それを見て、南側詠唱ポイントにいたフィナが詠唱に入る。
アルカナ銀のマスター詠唱師であるプラネに比べれば、詠唱範囲も詠唱効果も小さいのは重々承知している。
とにかくより遠くまで、より1人1人に届くように全霊を込めて詠唱する。
それによって、南側の人達が戻っていき、多くの言霊光が発生する。
こんなにたくさんの言霊光を見るのは初めてだった。
今まではルードルが1番だったけど、それ以上だ。
街の人が戻り、驚きの声と歓声が上がる。
人がたくさんいるが、混乱は見られない。
3人はラングの指示通りに、東側へと移動する。
確認作業は、ラングが手配してくれているから信じるだけだ。
街の中の移動ルートまで考えてくれてあり、人通りが少ない道を迅速かつ確実に進んで行く。
プラネとロイも、北側へ移動している。
今度は距離があるので、おんぶして走っていた。
「しっかり掴まってろよ!」
言われた通り、プラネはロイの首に回した腕をギュッとする。
ロイは背中いっぱいに、プラネの感触と体温を感じて、燃え滾って足を動かす。
北側の詠唱ポイントに着いて、プラネは同じように詠唱する。
さすがに疲れが見えるロイも、ゼイゼイ息をしながら、詠唱台を作っていた。
東側では、フィナが詠唱ポイントについていた。
その道中、見て確認したところ、ラングの地図に記した南側範囲は全て人間に戻っていた。
見立て通りに戻せた。責務を全う出来た。
フィナとステラは安心すると共に、さらに自信と活力が湧いて来た。
東側も同じく、1人も漏らさず人間に戻すという覚悟の下、南部を解放する最後の詠唱をする。
マイトが、フィナに渡したポエム……反撃の詠唱を。
人間に戻っていく証、言霊光が無数に浮かび上がる。
その時、フィナのアルカナが赤になった。
「凄い! 赤だ! 色変わった!」
ステラが驚きながら喜ぶ。
フィナ本人は、信じられないといった様子ながら嬉しそうだ。
青から赤は、壁だとロイが言っていた。
確かに緑から青になった時より時間が掛かったけど、それでも早い。
壁を一つ越えた。
そして、赤の次は銅。
銅からは、称号を持つ詠唱師となる。
まだ詠唱師になって2月に満たないのに、もう称号詠唱師目前だ。
フィナはきっと、世界を救う詠唱師になるとマイトは思った。
「無事戻ったみたいなので、ラングさんと合流しましょう」
マイトが提案するが、肝心のラングがどこにいるのか分からない。
とりあえず、中央の方へ行ってみることにする。
東側から中央へ歩いて行くと、向こうから全身黒マントに笑い顔の仮面を付けた、見覚えのある人物が歩いて来るのが見えて、マイトは足早に近づいていった。
「イドラさん! お久しぶりです、オーリーホルンに来てたんですね!」
マイトに声をかけらたイドラは、姿勢を正してお辞儀をする。
するとその後ろから、イドラと同じ格好をした小柄な人物が現れて、同じようにお辞儀をした。
格好も同じ、全身黒いマントを着ていて、白い仮面を付けている。
しかし、顔を全て隠してるイドラとは違って、目と鼻を覆う仮面なので口は隠していない。
顔の3分の2が仮面という感じだ。
「初めまして、イドラの妻で舞台師のメアリといいます。夫がラドで出会ったという、神の召喚者と詠唱師ですね。助けて頂き感謝します。ありがとうございました」
メアリと名乗った女性は、淡々とした口調でお礼を言う。
「いえ、どうも……無事戻って、ご夫婦が再会出来て良かったです」
「はい、おかげさまで。もう会えないと思っていたので驚いています」
全然、驚いているようには見えない。
口元しか分からないので、表情が読み取れない。
仕草も含めて、あまり感情を表に出さないタイプという印象を受ける。
少なくとも、これだけ姿を隠しているのだから、表に出すタイプで無いのは間違いないと思った。
「イドラさん達は、これからどうするんですか?」
2人はアイコンタクトをして、メアリが答える。
「どうもしません。正確には、どうも出来ません。私たちの詠唱は、魔女に効果が無い。どうすることも出来ない。……あなた達は、イオニアを戻すんですか?」
「はい、プラネさん達と一緒に、イオニアを取り戻そうと話をしました」
「プラネとロイは無事逃げ延びたのね。それなら確かに、勝機はある。魔人を人に戻す術がある、今ならば」
「ラングさんも、そう言っていました」
「私たちは、ひっそりと過ごします。今までもそうだった。オーリーに来てからずっと……。陰ながら応援しています」
自分達に出来ることはない。
だから関わらない。
そういった諦めと……壁を感じた。
「魔人が溢れるこの時代に、私たちは必要ない。笑い顔の仮面……魔女の詠唱と同じ……不変の顔を貼り付けている。私たちは魔女が現れる前から、魔人みたいなものなんですよ」
「それってどういう……」
「失礼します」
一礼して2人は去って行った。
その後ろ姿を見て、あの格好は盾のようなものかもしれないと思った。
外部を、シャットアウトする為の防具。
心を閉じていることを、周りに示すためのアイテム。
イドラは話せない上に顔も見えないし、ずっと棒立ちなので終始分からなかったが、メアリの言っていることに何の反応もしないことから、同じ思いなのだろう。
とはいえ、最初のお辞儀が物語っていた。
妻のメアリと再会して、ホッとしているのが伝わって来た。
きっと、あの仮面とマントには事情があるのだろう。
魔女と戦えない負い目もあるのだと感じる。
だから、身を隠そうとしてしまうのかもしれない。
マイトも、元の世界ではそうだった。
いつか、その仮面の下の……本当の顔と想いを知ることが出来たらと思った。




