23話 お風呂に入りたい
リコスの宿の部屋で、ポエムノートに書き写した詠唱文を眺めていると、フィナとステラが慈愛詠唱を終えて帰って来たようだ。
「マイトさん、居ますか?」
部屋のドアがノックされて、開けると2人が立っていた。
「おかえりなさい、お疲れさまでした。これありがとう、助かりました」
フィナに借りた詠唱文の紙を返す。
フィナは軽く頭を下げながら『お役に立てて良かったです』という表情で受け取る。
「ただいま戻りました、町のみんな凄く元気でしたよ。すごく活気がありましたね。やっぱり海辺で開放的な町だからかな?」
昨日、慈愛詠唱した時も、まるでコンサートやイベントのような盛り上がりだったのを思い出す。
特に海の男達の、熱い声が目立っていた。
「子供からお年寄りまで、みんな声援をくれて……その中でもフィナが男性から大人気で、『可愛い』『可憐』『最高』『ミナルカの天使』『南部の宝』って絶賛されてました」
フィナは顔を赤くして、あたふたと表情を変えながらステラを指差して、『私だけじゃなくて、ステラも言われてた』と伝える様に必死にアピールした。
実際にフィナとステラは、とても絵になる2人だとマイトも常に思っているので、やはりこの世界の人達から見ても、そうなんだと再認識出来る。
しかしマイトは、海の明るい男性の様に、面と向かってそういう事を言えないのだった。
性格上、臆してしまうのはもちろんだが、自分が言っても相手は喜ばない。
むしろ不快にさせ、迷惑に思われる。
そういう感覚に囚われるからだ。
これはマイトに深く根付いた感覚であり、この世界に来て前向きになったとはいえ、数日でどうこう出来るものではなかった。
男性から褒められて、困惑して照れながらも、嬉しそうにじゃれている2人を見て、やっぱり『遠いな』とマイトは認識する。
しかし、卑屈になる必要はない。
異性としてどんなに遠くても、それは関係ない。
一緒に旅をする人間として、近ければ問題はないはずだ。
同じ目標に共に進んで行ければいい。
それに関しては、2人もそれを望んでくれているのは確かなことだ。
その為に頑張るだけだと再確認して、マイトは自分の負の部分を押し込める。
「マイトさんの詠唱文の作業も終わったなら、出発しましょうか」
「次の目的地は、昨日言ってたルードル……でしたっけ?」
「そうです。ここからそんなには離れてないので、昼間には着くと思いますよ。ルードルの街には以前、お母さんとフィナと私の3人で旅行で行ったことがあるんです」
「ノアさんと3人で家族旅行で行った場所……それは楽しみですね」
「はい、ルードルは商業の街と言われていて、色んな物がたくさんあるんです。田舎が多い南部の中でも、都会と言っていい街だと思います」
「よしそれじゃ、ルードルに向けて出発しましょう」
宿の人にお礼を言い、ライグーとモネットが居る町の入り口へと行くと、町長さんが見送りに来てくれていて、町の人も何人か居る。
「本当にありがとうございました。どうかお気をつけて、旅の無事と成功を祈っております。世界が平和を取り戻したら、ぜびまたリコスへお越しください」
「こちらこそ、たくさんの応援と美味しいお料理をありがとうございました。この綺麗な海をまた見に来たいです」
マイトは町長と握手をして、リコスを旅立つ。
海を背にして、再び内陸へと進み出す。
マイトがこの世界に降りったテリルは、南部の中でも南東に位置していた。
そこから北へ進むとフィナとステラの故郷ミナルカがあり、さらに北東に行った先に、ラプソディア東海岸に面したリコスがあった。
そのリコスを出発して、今度は西へと向かう。
ラプソディア南部の中央の方への進路を走る。
街道を走るライグーにフィナとマイトが、モネットにステラが乗り、ルードルの街を目指していく。
しばらくは、平原をずっと進む道が続いていた。
動物詠唱の影響か、ライグーとモネットは元気いっぱいで、昨日よりさらに動きが軽やかで、速いのに乗り心地が安定している。
活気を与えると共に、人との絆を深める詠唱の効果なのか。
背に乗っている人間の事を意識して、気遣ってくれているのが伝わってくる。
それはフィナとステラも感じていて、よりライグーとモネットに愛着が湧いて来る。
本当にお互いの絆を、深めてくれる詠唱なんだと実感していた。
しばらく走っていると、平原の行く先に林道の入口が見えた。
その時、雨が降り始める。
林道が近づくにつれて雨脚が強くなり、身体に降り注ぐ水の量が増していく。
「林道に入って雨宿りしましょう!」
ステラが大声で提案すると、フィナもマイトも賛成して林道へ入る。
少し行くと街道沿いに大きな木があったので、その下で雨宿りすることにした。
ライグーから降りて、木の下に行く。
葉っぱを伝って雨粒が垂れてくるが、何もないよりは大分マシになった。
「結構濡れちゃったね」
髪も服も、かなり雨に当たり濡れていた。
しかし、ライグーとモネットは雨宿りせず、むしろ木が遮らない道の上で雨に当たっている。
「ライグーやモネットは、雨を好むみたいなんですよ。特にライグーは雨が降ると、雨をいっぱい浴びる為に、精霊の森から出てくるって言われてるんです」
ライグーは元々精霊の森に生息していて、森から出ないそうだが、雨の時だけ人間の世界に顔を出すということか。
野生ではなくなっても、雨が好きなのは変わらないようで、ライグーもモネットも気持ちよさそうに雨に打たれていた。
「止むといいけどね。もし降り続くようだったら、雨の中行くしかないね。ルードルに着く前に、夜になったら大変だから」
髪から水を滴らせながら、ステラは心配そうに空を見てる。
「あの……気象詠唱っていう、神様が作った詠唱があるみたいですけど、こういう時に使うのって駄目なものなんですか?」
「私達は、気象詠唱の詠唱文を知らないんです。あれは協会でも一部の人しか詠唱出来ないと聞きました」
「やっぱり、こういった日常の天気を変える為ではなく、天災や異常気象を回避する為に使う詠唱なんですね」
「そうです。無制限に使うと気候がおかしくなるそうで、協会本部が取り決めて、各地の協会支部でも限られた詠唱師しか詠唱文を知らないみたいです」
「天気に関しては、基本自然の赴くままにするという事なんですね」
そうはいっても、雨は弱まる気配がない。
「木の根元は、あまり雨粒が落ちてこないから、ここならいいよ。マイトさんも、もっと近くに寄ってください」
ステラは、フィナとマイトに雨の当たらない場所に寄るように誘う。
フィナはステラに密着するように隣に寄るが、マイトは躊躇してしまう。
「マイトさん、そこだと雨粒に当たっちゃいますよ。ほら、こっち」
ステラは少し強引に、マイトの上着を引っ張って寄せる。
ステラの横にフィナ、その横にマイトが居る格好になる。
「ね? 雨に当たらないでしょ?」
確かに、葉から落ちる大粒の水を頭で受けて、雨水が顔を流れ落ちる事はなくなった。
「はい……ありがとうございます」
しかし、すぐそばに2人の顔がある状態。
特に、隣にいるフィナとは密着するくらい近い。
マイトは自動的に緊張し、落ち着かなくなるが、動くことも出来ずじっとしている他なかった。
しばらく3人は、木の下で身を寄せて、雨の音の中を聞きながら時を過ごす。
マイトは2人と身を寄せた状態の中で、匂いが気になり出してくる。
自分は臭くはないかと。
考えてみると、この世界に来てから風呂に入っていない。
もう来てから4日目だ。
さすがに不潔ではないかと心配になる。
一応、自分では臭いは感じないが、自分では自分の臭いには気づかない場合があると聞いたことがあるし、もし臭かったらどうしよう……。
すぐ横にいる、フィナとステラをチラっと見る。
2人からしたら臭うのだろうか。
不快にさせたくない。
どんどん不安に襲われる。
気になり出すと止まらなくなる。
いたたまれない。
2人から離れたい衝動に駆られる。
引きこもってる時は、何日も風呂に入らなくても平気だったし、なんとも思わなかった。
しかし、こうして他の人と……しかも女性と一緒だと、当たり前の事だがどうしても気になるし、気にする。
今すぐに風呂に入って綺麗にしたい。
……というか、この2人もお風呂に入りたいって思わないのだろうか。
この世界に来て、風呂の話は聞いたことがない。
でも……不思議な事に、フィナもステラも常にいい匂いがしている。
出会ってから今までずっと。
ライグーに乗ってる時なんか、目の前のフィナから絶えずいい匂いがするため、嬉しいような、落ち着かないような感覚になる。
幸福感と少しの罪悪感が、同時に押し寄せてしまう。
それに、匂いだけではない。
外見も含めて、不潔さなど皆無だ。
どういう事なんだろう。
この世界特有の何かがあるのだろうか。
別の世界から来たマイトには、それがないのかも……。
だから、2人からは不潔に感じるかも……。
そうして悩みの迷路を彷徨っていると、次第に雨が弱まって来た。
「良かったー! 雨上がるみたいですよ」
2人は木から離れて、ライグーとモネットの所へと歩いていく。
どうやら降り止んだみたいだ。
「通り雨だったみたいですね。これでまた出発できそう……あれ? マイトさん、どうしました?」
木の根元から動かないマイトを見て、ステラは不思議そうに尋ねる。
マイトは悩んだ末に、意を決して聞いてみることにした。
すると――。
「お風呂? 入らないですよ。入ったこと無いです」
ステラが普通に言う。
予想外の返答に、マイトは呆気に取られた。
「ね?」
ステラはフィナに同意を求めると、フィナも当たり前のような顔で頷いている。
「入浴の風習は、ラプソディア北部の方ではあるみたいですけど、中部や南部ではあまりないですね。温泉地とかの観光地にならありますけど……贅沢というか、非日常で珍しいものなんです」
風呂に入る風習がない。
自然に湧き出る温泉はあるけど、温泉地に行くこと自体が珍しいということらしい。
2人ともミナルカを出たことがほとんどないと言っていたし、馴染みが無いものなんだと伝わって来た。
「でも、あの、その……身体を洗ったりとかは……」
マイトがそう言うと、ステラは察したようにすぐ回答する。
「ああっ! 詠唱ですよ、詠唱で綺麗に出来るんです」
「詠唱? そんな詠唱してましたっけ?」
「慈愛詠唱に、汚れの浄化効果があるんです。身体全体、髪の毛から歯や爪の先まで全部綺麗にしてくれて、服や靴といった身に着けているものまで綺麗にする効果があるんですよ」
「そんなに万能なんですか? 慈愛詠唱って……」
「はい、色んな効果があるから、1番有名で1番詠唱されてるんだと思います」
さすが最も一般的な、詠唱の代名詞。
日常的に詠唱されるのは、そういう効果もあるからなのか。
この世界に来てからマイトも慈愛詠唱を、一昨日と昨日受けている。
4日も風呂に入っていないのに臭いが無かったのは、そのおかげたど分かって、安心して脱力してしまう。
フィナとステラがいい匂いがして、清潔そうだったのも、毎日のように慈愛詠唱をしているからだと納得した。
それなら、風呂は要らないわけだ。
「その慈愛詠唱の効果の1つの洗浄効果を、さらに特化させた詠唱もあるんですよ。清浄詠唱っていって、これは神が作ったものではなくて、昔の詠唱師が慈愛詠唱から派生させる形で作ったオリジナルの詠唱なんです」
「神以外が作ったオリジナルの詠唱……」
慈愛からの派生とはいえ、オリジナルの詠唱には興味が沸いた。
どんな詠唱文で、どんな効果があるのか。
「協会ダウナ支部で、昔の資料を見せてもらった時に知ったんだよね?」
ステラが尋ねると、フィナは笑顔で頷いて自分を指差し、その清浄詠唱を使える事をマイトにアピールしていた。
「ダウナで子供たちが遊んでて、泥だらけになった事があって……清浄詠唱を知った頃だったので、詠唱の練習も兼ねて詠唱してみたんです」
確かにその場合だと、慈愛詠唱よりも、汚れ落とし専門らしい清浄詠唱の方が適していそうだ。
「それ以来、フィナは清浄詠唱が気に入ったみたいで……普段は慈愛詠唱を詠唱することが多いので、清浄詠唱をする機会がないですけど……今やるの?」
フィナは、今その清浄詠唱やろうと表情と仕草で提案している。
「そうだね、雨で身体も服もびしょ濡れだし、丁度良いかも」
どうやら洗うだけでなく、乾かす効果もあるようだ。
マイトも見てみたいと思った。
「ぜひ、僕からもお願いしたいです」
それを聞いてフィナはさらにやる気になり、詠唱台をステラに催促し始めた。
「わかったわかった、今出すから! この清浄詠唱は、効果範囲が詠唱台の上だけなんです。ダウナで子供たちにやった時は、泥だらけの子供3人が詠唱台に乗って大変でしたよ。みんなフィナにしがみつくから、フィナまで泥だらけになちゃって」
フィナは『そうだったね』と思い出すように優しく笑う。
その表情は詠唱師としてよりも、保育士としてのフィナの心情が浮かんでいるようだった。
「詠唱台生成!」
白くて丸い円形の詠唱台が出現する。
「マイトさんも乗ってください」
詠唱台に乗るのは初めての事だった。
大人3人で乗ると少し狭く感じる。
2人と距離が近いと緊張してしまうのは、何度経験しても慣れないものだと思った。
「詠唱開始」
『自然の巡り 人の営み 時の積り 日々の汚れを清め給え
純白成りて 新たなる世を照らす光の如く 輝き彩れ』
詠唱台の上が光り出し、白い泡のようなものがたくさん現れて、瞬く間に身体を包んでいく。
全身が覆われて、視界も無くなる。
真っ白だ。
身体中を包んだ泡が這いまわり、くすぐったいけど、気持ち良さの方が上回る。
全自動で洗われるような感覚だった。
しばらくすると、泡がなくなり光も消える。
すごい爽快感。
慈愛詠唱の後とは、また別の満足感だった。
確かにこれは、身体を綺麗にすることに特化した詠唱だと思った。
気持ち良い清涼感が、身体も気持ちもスッキリさせる。
そして、身体も髪も服も濡れてはいない。
これは便利だと思った。
「どうでした?」
「凄いです! 雨水も綺麗さっぱりで、とても清々しいです。詠唱中から洗われてる感覚が気持ち良くて、爽快感が違いますね」
褒めてもらって、フィナは満足そうにしている。
そんなフィナの髪に、ステラが顔を近づけると、笑顔で小さく頷く。
「うん、いい香り。やっぱり慈愛詠唱より綺麗になるし、効果も良くなるみたいだね」
少し照れながら、フィナは嬉しそうに頷く。
口を動かし『ステラも』と伝えている。
「私たち2人だけなら全然気にしないけど、男の人と……マイトさんと一緒だとやっぱり気になるよね。臭わないかな? 大丈夫かな? って」
「そんな、全然! 2人共、とってもいい匂い……いい香りです」
反射的にマイトがそう言うと、2人は少し驚いて、照れながら顔を赤くする。
いつも、いい匂いがする2人だが、今はめちゃくちゃいい匂いがする。
初めて会った日、テリルの宿屋の部屋で話した時と同じ匂いだ。
あの時も、部屋に来る前に今の詠唱をしたってことかな。
……などと考えていると、フィナがマイトの服の袖をつんつん引いている。
「どうかしました? ……もしかして僕、臭います?」
やばいと焦るマイト。
フィナは首を横にブンブン降ると、何か言いたそうにしている。
「たぶん、やっぱりお風呂の方が良かったですか? と聞きたいんだと思います」
ステラがそう言うと、フィナは少し心配そうな表情でこくりと頷いた。
「いや、こんなに便利な詠唱があるならこっちの方が良いですよ」
その言葉に、フィナは安心したように胸を撫で下ろす。
するとステラが、興味深そうにマイトに質問する。
「マイトさんがいた世界では、詠唱がないって言ってましたけど、お風呂を使うのが普通だったんですか?」
「そうですね、どの家にもお風呂があって、それとは別に町に大きな共同浴場があったり、自然に湧き出る温泉地も色々あって、入浴の際に身体や髪を洗って、湯船に浸かることで疲れを癒したりというのが一般的でした」
2人とも目を丸くしてる。
「信じられない、ミナルカにはお風呂がないもん」
「じゃあ、ずっと詠唱で?」
「はい、自分達が詠唱師になる前からそうです。ミナルカにも絶えず色んな詠唱師が来てくれてましたし。でも魔女が来るようになってからは、詠唱師が居なくなったので、鍋でお湯を作ってタオルで濡らして拭いてっていう感じでした」
あのタオル生活は大変だったと思い出したように、2人は苦い顔をしている。
「それでも、月に1回は逃亡詠唱師の人が、慈愛詠唱してくれたので助かりました」
「え? 逃亡詠唱師が慈愛詠唱? ミナルカでですか?」
その名から、ずっと逃げ回っている印象が強かったので意外だった。
「町には入らずに、外の離れた場所から詠唱してたみたいです。だから私達も見たことがなくて……南部を回りながら各町でそういう事をしてたって噂がありました。イオニアから逃げて来た事が後ろめたいのか……そういうところも含めて、逃亡詠唱師って呼ばれてるんだと思います」
この世界で、フィナとステラ以外に、唯一残っている詠唱師。
ラングが見つけて、連れて来ると言っていたから、近いうちに会えるだろうと思った。
「でも、月1回ではさすがに辛いので、タオル生活をしてた訳です」
タオルでゴシゴシするジェスチャーをしながら、ステラは苦笑する。
「だからフィナが詠唱師になって、詠唱を使えるようになって本当に助かったよね」
ステラはフィナにくっついて、ありがたいといった感じで感謝の抱擁をする。
フィナも照れながら、笑顔でそれに応じていた。
それにしても、本当に詠唱が生活に根付いてるんだなと実感する。
「でも、さっきも言いましたけど、温泉はこの世界にもありますよ。人が複数入れるような大きいお風呂は温泉地にしかないですけど、小さいものなら自然の中にあると聞いたことがあります」
フィナが、突然ステラの手を握って、笑顔で何かを訴えてる。
「もしかして温泉を探すの?」
笑顔でうんうんとフィナが頷いた。
「そんなこと出来るんですか?」
「観測詠唱ですね。フィナはまだやったことのない詠唱です。今まで使う機会がなかったですけど、温泉は自然にあるものなので、精霊との関係が強いから見つけやすいとは思います」
観測詠唱……神が作った基本詠唱の1つ。
今日、フィナの持っている紙から書き写した詠唱だ。
神が、マイトの存在を見つけ出した詠唱でもある。
「そうだね、やってみよっか。観測詠唱は基本詠唱なのに未経験だし試してみよう」
さっそくステラが詠唱台を作り、フィナが詠唱する。
「詠唱開始」
『万物を知るあらゆる源の精霊よ 無知なる者を
未知なる物へと導きあれ
彼の地「温泉」と我を繋ぎ いざ誘わん』
フィナの目が強く光る。
なるほど、やはり詠唱師自身が『対象』を見つけ出す形で、効果を発現するんだと思った。
10秒程で光が消え、フィナは街道の先を指差す。
目的地の方角だ……その途中にあるらしい。
好都合という事で、雨も上がったし、再びライグーとモネットに乗って走り出す。
しばらく走ると、フィナはライグーを止めて降りる。
ステラもそれに倣って、モネットから降りた。
林の中の街道から外れて、木々の間を3人で歩いて進んで行くと、川の近くにお湯が流れて溜まっている、小さな池のような温泉があった。
手で触ってみると確かに温かい、熱過ぎず、冷たくない適温のお湯だ。
「あったかーい、でも……これじゃ小さくて入れないね」
そう……とても人が入れる大きさではない。
フィナは、せっかく詠唱して見つけた結果がこれで、見るからに落胆していた。
「マイトさんに、お風呂に入ってもらいたかったんだよね。今回は残念だったけど、きっとまた機会はあるよ」
ステラが、フィナの頭を撫でて慰めている。
残念そうな顔のまま、フィナは頷いていた。
「あの、足湯にしたらどうですか? それなら3人で入れるし……」
「足湯ってなんですか?」
お風呂の風習がないんだから、当然足湯にも馴染みがないみたいだ。
マイトは軽く説明して、座れるような石や木を3つ持ってきて簡易の足湯を作る。
靴を脱いで、ズボンの裾を上げると足を入れてみる。
適温であったかい……思った以上に気持ち良かった。
「こんな感じで、足だけで温泉に入るのが足湯です」
「なるほど、私たちもやってみよう」
2人とも靴を脱ぎ、ステラはタイツを、フィナはスカートの下に履いている、ライグーに乗る時用のズボンを脱ぎ始める。
反射的にマイトは顔を背ける。
かなりドキドキした。
すぐに素足になった2人は、足を温泉に入れる。
「わぁ、あったかいね! 気持ちいいー……朝は冷たい海に足を入れて、今は、林の中のあったかい温泉に足を入れてるなんて夢みたい。ミナルカに居た頃じゃ考えられないよ」
確かに普段の日常とは違う、振り幅が大きい出来事だと思った。
これが旅の醍醐味なのかもしれない。
「フィナ、温泉を見つけてくれて、ありがとう」
マイトはお礼を言う。
こんな天然の足湯に入れるなんて、引きこもりだったマイトには絶対に出来ない体験だった。
フィナはさっきまでの落ち込みから一転して、満面の笑みを見せてくれた。
「ホントだよ、ありがとフィナ」
ステラも感謝を述べつつ、足湯の中でフィナの足を突いていた。
2人は海の時の様に、足を使ってじゃれ合いを始める。
そしてマイトは、やはりそんな2人の素足を直視出来ないのだった。




