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大噓つき、バレる

 荒廃した大地に、一人の少女が対物ライフルを構えて伏せていた。

 日本人離れした白髪に、無愛想ながら整った顔立ち。約140cmの矮躯は、巨大なライフルとの対比でさらに小さく見える。

 身に纏うのは、未成年には不似合いなパンツスーツだった。

 ネクタイをきっちり締め、くるぶしまであるスラックスは革ベルトで固定されている。

 見事な着こなしだったが、少女がするとコスプレにしか見えない。


 未発達な少女にも関わらず擦れた男性のような雰囲気を纏う少女──嘘葺(ウソブキ)ライカは、好機を待ち続けていた。



 スコープを通して、彼女は目の前に広がる光景を確認する。不気味な見た目の化け物と、それと戦う少女たち。

 ターゲットはまだ射程内にいない。確実に仕留められる隙を窺うために、彼女は状況の観察を続けた。



 崩れた高架橋からは壊れた線路が投げ出されている。

 ひび割れたアスファルトは既に車が通れるような状況にない。

 とても人が住んでいるようには見えない住宅街。その光景は、21世紀の日本の都心部とは思えない荒廃したものだった。


 かつて都心と呼ばれたその地は、今まさに人類を滅ぼさんとする怪物たち──虚構の浸食フィクショナルインベーダーのテリトリーとなっていた。


「Grrrrrrr!」


 化け物が雄叫びをあげる。

 自然界に存在しないような、不気味で、本能的な忌避感を覚えるような雄たけびだった。


 四足歩行で、狼を三倍の大きさにしたような見た目。野生の動物と決定的に違うのは、身に纏うオーラだ。

 体表からモヤモヤと黒い何かが放出されている。それは化け物の体を鎧のように覆っていた。


 あれこそが人類が追い詰められた原因、「虚構の浸食フィクショナルインベーダー」の放出する「虚構浸食物質フィクショナルマテリアル」だ。


「ハヅキ!」


虚構浸食物質フィクショナルマテリアル」は人類がかつて相対したことのない新種の猛毒だ。

 生身の人間が近づけば、三秒もせずに精神が崩壊し二度と正常な人間には戻れなくなる。


 科学の英知を集めて尚決定的な対抗策を生み出せない猛毒に、猛然と突っ込む少女の姿があった。

 滑るように走る彼女が身に纏うのは、白い道着だった。その下には紺色の袴。


 これから剣道の練習でもするような装束に身を纏った彼女──帯刀(タテワキ)ハヅキが手に持つのは、ギラギラと輝く日本刀だ。


「ハアアアアア!」


 走行姿勢から攻撃への移行まで、ほとんどラグがない。滑らかで鍛錬の跡を感じさせる攻撃だった。

 上段から斜めに振り下ろされた刃が「虚構の浸食フィクショナルインベーダー」を襲う。


 対物ライフルの大口径弾すら通さない「虚構の浸食フィクショナルインベーダー」は、彼女の振るう刃を防げなかった。

虚構の浸食フィクショナルインベーダー」の生身に斬撃が走り、悲痛な悲鳴が荒廃した東京に響く。


「Grrr……」


 刀を持った少女に恐れをなした獣が背を向けて逃走を図る。

 大きな図体を活かした遁走はかなり素早い。

 しかし、進行方向には既に別の少女の姿があった。


「ヴィクトリア、そっちだ!」

「ええ……『我が右目に宿りし魔眼よ、古の勇者をも屠った邪龍の遺物よ』……」


 眼帯にゴスロリ、そして金髪碧眼の少女──ヴィクトリア・フォン・レオノーラは、もったいぶって呪文のようなものを唱えだした。

 しかし、そうしているうちにも手負いの獣は逃げ出そうと猛スピードで彼女に迫っている。


「真面目にやれ馬鹿! 死にたいのか!」

「やってるわよ! ……ハッ!」


 めんどうになったのか、それっぽい詠唱を放棄した眼帯の少女が封じられた右眼を解放する。

 その瞬間、綺麗なオッドアイの瞳からは、禍々しい光の奔流が飛び出した。


「GAAAAA!」


 それを受けた怪物が激しくうめく。眼帯に隠された目から飛び出した光は、剣道少女の刃と同じく「虚構の浸食フィクショナルインベーダー」に対して効果的だった。

 彼女らは「纏姫(ブラッファー)」。虚構浸食物質に抵抗できる力を持った数少ない人類のひとりで、うら若き乙女だ。


「効いてる効いてる! 嘘葺(ウソブキ)! とどめ!」

「任せろ。幻想弾丸(ファンタズムバレット)、装填完了」


 遠くで答えたのは、一際小さな少女──噓葺ライカだった。

 妖精のような、と形容できるような儚い美しさを感じさせる顔だが、目立つ特徴が一つ。

 黒い瞳は、容姿の良さを台無しにするほど深く濁り切っていた。


 対物ライフルを構える姿は堂々としている。

 彼女の構えた対物ライフルの銃口には光が集まっていく。


「束ねろ虚構、真実を騙し通せ。幻想弾丸(ファンタズムバレット)、発射」


 彼女が引き金を引くと、実銃ですら発しないほどの大きな銃声が鳴り響いた。

 眩い光が走り、一瞬で獣の頭を打ち抜く。

 急所を打ち抜かれた「虚構の浸食」は、うめき声をあげてアスファルトに倒れ込んだ。


「ふう……」


 小さな少女が大きく息を吐く。先ほどまでの緊張感が幾分か和らぐ。

 獣の亡骸のあたりに、少女たちが集う。全部で五人。それが、彼女たちフォックス小隊に所属する纏姫だった。


 それから、人影はもう一つ。少女ばかりの集う場所に、歩いて近づいてくる少年の姿があった。

 一般的に、「虚構の侵食」のテリトリー内はマテリアル濃度が高く、人間は入ることができない。

 その中に入って平然としている少年は、纏姫とはまた違う抵抗力を持つ人間、「アンカー」だ。


「あ、アンカーさんだ! お疲れ様です!」


 元気な少女──希望ヶ丘ヒバリが挨拶をする。彼女はまるでアニメの魔法少女のような見た目をしていた。ピンクを基調としたふんわりとしたワンピースにフリフリのミニスカートを身に纏っている。荒廃した東京でそのコスチュームはかなり浮いていたが、彼女が気にした様子はない。


「お疲れ翔太」


 親しさを感じさせる挨拶を返したのは、無表情な少女──数ノ宮マナだった。

 氷のようにピクリとも動かない表情は、感情を窺わせない。身に纏っているのは、奇抜な格好をした周りの少女たちと違い何の変哲もないセーラー服だ。


「お疲れ」

「お疲れ。見学して少しは纏姫を指揮する想像がついたか?」


 最後に射撃を行った小さな少女、嘘葺ライカが少年に話しかける。


 アンカー、と呼ばれた少年──中塚翔太は軽く頷いた。


「うん、なんとなくね。みんなは体調に異変はない? あるならすぐに僕に教えて欲しい」

「私は問題ない。それでは、私は先に自室に帰る」


 ねぎらう言葉に対してそっけなく返した剣道少女、帯刀(タテワキ)ハヅキは、足早にその場を去って行った。

 それを見て少しだけ悲しそうな表情をした翔太は、しかしそれをすぐに覆い隠すと残った少女たちに話しかけた。



 ◇ 



 帰還後、アンカーと呼ばれた少年、中塚翔太はひとりでとぼとぼ歩いている。

 それはひどく哀愁を感じさせる背中だった。





「はあ……絶対嫌われてるような……ていうか他の子たちもあんまり心開いてくれてる印象ないし。あぁ、なんで僕がアンカーになんてなったんだ……!」


 戦いの後、僕はひとりでブツブツ言いながら歩いていた。

 上手くできている気がしない。

 それが僕の目下の悩みだった。

 そもそも人選が間違っている。女の子たちの指揮だなんて、平凡な高校生だった僕にはあまりにも荷が重い。



 アンカーというのは「虚構の浸食フィクショナルインベーダー」と戦う女の子たち、「纏姫(ブラッファー)」を指揮し、導く役目だ。

「纏姫」とは違い、若い女の子しかいない、というわけではない。

 アンカーには年長者として若い女の子を導く役目が期待されているらしいが、そもそも僕の年齢は彼女らとほとんど変わらない。多分彼女らも高校生程度だ。


 僕は「纏姫」としての力はない、「虚構浸食物質フィクショナルマテリアル」──いわゆるマテリアルへの耐性を持ったただの男子高校生だ。

 一応戦術理論だとか「虚構の浸食」の生態だとか学んだが、所詮は付け焼き刃だ。

 まさか研修3日で現場に連れてこられるとは思わなかった。どれだけ人材不足なんだ。

 人類の危機とは言え新人研修くらいちゃんとやって欲しい。


 アンカーには単に指揮役というだけでなく別な役割もあるが、ここに来て一週間しか経たない僕にはあまり関係のないことだ。


「ハア……」


 ため息をもう一度。湿っぽい息を吐き出しても、胸の中に溜まった澱は吐き出せなかった。


「こんなところに来ても何もならないってのに……」


 知らないうちに足が向かっていたのは校舎の裏だった。暗い気持ちの人間は暗い場所に惹かれるらしい。僕が元々いた高校と同じように、ここの校舎裏も人気がなくひっそりしている。

 10代の少女たちを命懸けで戦わせている大人たちにも人並みの罪悪感はあったらしく、彼女らは一応学校に通っているという体裁を整えられている。



 やや俯いて、日陰を歩く。こんな陰鬱な場所に来ても鬱々として気分が晴れるわけがない。

 分かってはいても、意味もなく歩き回らずにはいられなかった。

 けれどそれは、僕に運命的な出会いをもたらすことになる。


 ──ツン、と鼻をつく匂いがあった。

 嫌悪感を覚える、ひどく不健康そうで、それでもいて今の自分の気持ちに不思議なほどマッチする香りだった。


「……あ」


 声に顔を上げると、ぽろ、と手に持った煙草を落とす幼い少女の姿があった。


嘘葺(ウソブキ)、さん……?」


 少女たちの中でも特に幼さの残る少女だった。中学生、あるいは小学生程度だろうか。容姿は可愛らしいが、濁りきった目が妖精のような容貌全てを台無しにしていた。目をつぶっていればもっと可愛いかもしれない。

 セーラー服に身を纏った彼女は、未だ宙を漂う紫煙の先で、ぽっかりと口を開けていた。



「ち、ちげえちげえ! これはあれだ、香りを吸っていただけだから!」


 地面に落ちた吸殻を慌てて踏みつけた彼女は、必死に弁解する。


「いや、完全に吸ってたよね。ロリ顔で喫煙してたよね」

「……」


 気まずそうに顔を逸らす様子すら可愛らしいのだから、美少女は罪だ。

 しかし、僕は年長者として言ってやらねばならない。


「タバコなんて吸っちゃダメだろ! 体を大事にしろよ!」

「……」


 少女はさらに気まずそうな顔をすると、懐から取り出した箱からもう一本取り出し、ライターで火をつけた。

 先ほどの匂いがまた強くなる。


「おい! 言ってるそばから吸うなよ!」

「いや、ストレスを感じると吸わずにはいられなくてな……」


 こいつ……完全に中毒だ……! 


「いや大丈夫大丈夫。纏姫の体は丈夫だから。健康にはこれぽっちも影響ないね」

「そんなの将来どうなるか分からないだろ? というか絵面が完全に犯罪なんだよ。制服のスカートにタバコを突っ込むな」


 ジトっと見つめると、バツの悪そうな顔をする。


「じゃああれだ、取引だ」

「取引?」


 先ほどまであたふたしていた噓葺は、何か思いついたらしく急に落ち着いた態度を取り戻した。

 纏姫の中でも最も幼く見える噓葺だが、彼女の普段の物腰は経験豊富な大人のようだった。


「お前はオレの秘密を守る。オレはお前の悩みを聞くってのはどうだ?」


 気持ちよさそうに煙を吸い込んでから、彼女は急に提案してきた。


「な、悩みなんてないよ。いいからタバコを──」

「──あるだろ」


 紫煙の向こう側から、彼女は内心を見透かすような視線を向けてきた。


「あるだろ、悩み。普段の様子見てれば丸わかりだ。いいから聞かせてみろ。オレの秘密を守ってくれるならお前の秘密は守ってやる」


 こんな提案はさっさと断って、幼い少女の喫煙を止めるべきだ。

 理性はそう訴えかけてきている。


 煙草の匂いが鼻をつく。

 1週間で感じた無力感、憤り、悲しみが思い起こされる。

 何もできない自分。縮められない距離。目の前で繰り広げられる本物の殺し合い。


 気づけば、僕は自らの悩みを口にしていた。


「自信がないんだよ」


 漠然とした言葉に、彼女は横を向いて煙を吐き出した。その様子に不思議と話しやすさを覚えた僕は、続きの言葉を紡ぐ。


「急にアンカーだとかわけわかんないこと言われて、戦場に連れてこられて。それで女の子の信頼を勝ち取れなんて言われても無理なんだよ。そもそも、僕は纏姫として選ばれた少女みたいに覚悟が決まってるわけじゃない。痛いのは怖いし、死ぬのはもっと怖い。どうして彼女らがあんなに勇敢に戦えるのか分からないくらいだ」


 アンカーの最も大事な役割は、戦う使命を抱いた少女たち、纏姫のメンタルケアをして信頼を勝ち取ることだ。そうすることで、彼女らはより強い力を発揮する。

 アンカーへの信頼は、そのまま彼女らがどれだけ力を出せるかに直結するらしい。だから、彼女らが生きるか死ぬかは僕次第なのだ、と研修をした講師は言っていた。


 僕の言葉を聞きながら、噓葺は黙ってタバコを咥えた。

 ゆっくりと煙を吐き出したから、彼女は言葉を紡いだ。


「今までのお前も見るに、気負いすぎだな。相手は同年代の女の子だぞ。お前と一緒で、不安を抱えて、理不尽に憤って、それでも戦っているただの女の子だ。──こう言えば、少しは楽か? お前は十分彼女らに釣り合ってる。彼女らは選ばれし特別な人間だが、精神性は10代の少女のままだ。だから、お前が適任なんだよ。10代の複雑な心を持っていて、他人を慮る善性があれば、それで十分だ」

「そう、なのかな……」

「ああ。1週間程度接しただけのオレでも分かる。お前は十分にアンカーを務められる素質がある。今はただ、ちょっと戸惑ってるだけだ」


 彼女はそう言って、柔らかく笑った。初めて見る表情に、心を奪われる。

 どこか表情の硬い彼女の見せた、緩んだ表情。幼い見た目に似合わない顔ばかりしている彼女だったが、その時だけは年相応に幼く感じられた。


「だから、お前が怖いって感情を抱くのは当然なんだ。まあ、せめてオレくらいはその気持ちを聞いてやってもいいぞ。年長者としてな」




 思わず、僕は問いかけていた。


「君はいくつなの?」


 彼女は先ほどの笑顔を引っ込めて代わりにニヤリと笑った。


「オレはこう見えてアラサーだ。だから合法だ」


 その笑顔は、よく見ると右頬だけが不自然に吊り上がっていた。彼女はそれ以上何も言わずに私物らしい銀色の小さな皿に灰を落とした。

 最後の言葉は嘘ではないか。そんな直感が、僕の頭をよぎった。





〈TIPS〉噓葺ライカは基本的に落ち着いた態度をした少女だが、身長の小ささを揶揄われると露骨に不機嫌になる





虚勢纏う少女たち(ブラフオブガールズ)」通称ブラガル(BOG)は、オレの認識ではそれなりに人気のあるソシャゲだった。

 主人公が怪物と戦う女の子たちを指揮する、というありきたりと言えばありきたりのゲーム。

 ただし、キャラクターの作りこみ、そして重たいストーリーが独特で魅力的だった。


 システムはだいたい他のソシャゲのシステムと似ていた。


 ガチャを引くと女の子たちの装備であるドレスが手に入る。

 RからURまでレア度が設定されているそれらを装備させると、女の子たちは戦えるようになる。(纏姫である女の子たちは、装備するドレスが一つでも手に入ると使用可能になる)

 最も手に入りやすいのは最低ランクRのドレスで、外見はただの制服だ。

 レアリティが上がると袴姿や魔法少女コス、巫女服などを着せることができる。


 ふざけているわけではない。

 彼女たちの力の源はブラフ、虚勢だ。

 つまり、自分自身を騙す嘘によって彼女たちは世界を侵食する虚構と戦っている。そのために、彼女たちのイメージに一致する衣装は大事なのだ。

 纏う、とはつまり強い自分という殻を被ることだ。刀を振り回す武士になったり、魔法少女になったり、怪力の戦士になったり。


 自己暗示と本質的にはそれほど変わらない。

 纏姫の力とはすなわち思い込みの力だ。


「虚構の浸食」が現れるのと同時に、特に多感な10代の少女を中心に空想を具現化する力を得た人間が出てきた。

 彼女らは「幻想武装(ファンタズムウェポン)」として肉体の強化、武器の顕現を行うことができる。


 平時なら大喜びで私欲を満たせたかもしれないが、設定上は人類の危機だ。

 彼女らは頭の良い大人が考えた通りに動いて、敵を殲滅している。


 オレはそんなゲームを、創作物としてそれなりに楽しんでいた人間だ。

 フィクションとしては好きだが、この世界で生きたいかと言われたら微妙だろう。

 この世界、結構あっさり人が死ぬ。

 話の都合上メインキャラが死ぬことは基本的にないが、モブキャラはばったばった殺されるし、名前を与えられなかった纏姫がはらわたをぶちまけたりする。怖い。


 そんな世界で、命の危機がある纏姫になりたいなんて誰が思うだろうか。

 少なくとも、10代の女の子に押し付けていい責務じゃない。




 〈TIPS〉虚勢纏う少女たち(ブラフオブガールズ)では、出撃キャラを5人選んで出撃できます。纏姫には相性が存在し、一緒に出撃させるとパワーアップする組み合わせなどがあります。




 主人公君との会話を終え、タバコの匂いを消臭剤で飛ばしてからオレは部屋に戻った。

 寮の同室は剣道少女の帯刀ハヅキ。先ほどまで道着に袴姿で暴れまわっていた彼女は、今は飾り気のないルームウェアで勉強机に向かっている。


「ハヅキ、お疲れさん。相変わらずの塩対応だったな」

「噓葺か。先ほどは助かった」


 武士、と言う言葉が真っ先に思い浮かぶような見た目をした少女だった。

 綺麗な黒髪をポニーテールにしている。目はキリッと吊り上がっていて、相対する相手に威圧感を覚える。顔が整っているだけに迫力がある。

 キッチリと着こなした制服。スラリと伸びた背筋。


「ただ、やはり貴様の戦いは少々臆病と言えるのではないか? 銃によって攻撃できると言えども味方と距離が離れすぎていてはいざという時に守れぬ」

「今回オレの任された仕事はアンカーの護衛だ。そういうわけにはいかないさ」

「フッ。アンカー、か」


 彼女は端正な顔をゆがめて、ひどく憎々し気に呟いた。


「私たち纏姫と交流を深め、精神の安定を図る、だったか。そんなもの、私は頼んだ覚えはない」

「……まあなぁ」


 今までオレたちだけでやってきたのを、急に部外者を入れるって言われても納得できないだろう。

 そもそも急に命懸けの戦いを押し付けておいて、急に役立たずを押し付けるとは何事だ、なんて思っていそうだな。


「オレたちが纏うモノはつまりは幻想だ。それと同じ状態になり続けてることは、いずれオレたち自身が幻想に成り果て二度と普通の生活に戻れないことを意味している。故に、世界の基準点である錨が必要だ。それがアンカー。オレたちがあれらと戦い続けるのに必要なものだ」

「だからと言って、あんな弱そうな男は要らないだろう! 足手纏いだ!」


 相変わらず、自分にも他人にも厳しい子だ。

 ここできっちり話し合ってもいいが……今彼女に必要なのは対話じゃない。リラックスだ。


「気を張ってるハヅキは可愛いなあー! ほれ、頭を撫でてやろう!」

「なっ!? おい馬鹿やめ……」


 わしゃわしゃ、と彼女の綺麗な黒髪を撫でてやる。

 いっつも気を張ってばっかりで、誰も死なないように一番前で刀を振るって、素は普通の女の子な彼女には、せめて自室でくらい自然体でいて欲しい。


「不安なんだろう。新しい要素が入ってきて、予期しないトラブルからみんなが傷つくのが」

「……」 


 いつの間にか抵抗する気配はなくなっていた。ちょっとだけ抵抗するように上目遣いに視線を向けられるが、手をどかされるわけではない。


「ライカは、不安じゃないのか」

「オレも、いつだって不安だよ」

「──本当に、嘘ばかりだな。……お前のそういうところ、嫌いだ」

「そうか」


 頭を撫でる手は止めない。彼女も抵抗しない。


「まあ、お前はそういう難しいこと気にすんなよ。いいんだよ、そういうのはオレみたいな嘘つきに任せとけば。正直者で嘘をつけないお前みたいな真面目ちゃんの仕事じゃない」

「……うるさい」


 拗ねたように顔を逸らした彼女は、結局オレの手をどけることは最後までなかった。





 規則正しい生活を送っているハヅキは、いつもオレよりも早く就寝する。

 部屋にある明かりはスタンドライトのみ。


 椅子は高校生の体格を基準にしているため、足がつかない。

 両足を空中でぷらぷらと振りながら、オレは考えをめぐらす。


 ハヅキのすぅすぅという寝息が聞こえる。

 この世界に関する知識を書き留めたノートをパラパラめくって、自分のプランを再確認する。


「さてはて、とりあえずは主人公君とハヅキをくっつけないとなあ。……ただ、この二人が仲良くなる姿はあんまり想像できないけどな」


 二人の険悪な雰囲気を思い出して苦笑いする。

 けれども、オレの知る物語の通りに展開が進むのなら二人の仲を近づけることは絶対に必要だ。


「やるしかない、か」


 この世界でオレがやるべきことはもう決めた。


 オレは、罪のない子どもが傷つくのは嫌だ。

 フィクションだったら別にいい。試練を乗り越え、傷だらけで成長していく少年少女の姿に拍手すらできただろう。


 けれど、今は違う。

 元々しょうもない人間だったのだ。

 かつてのアラサー男としてのオレは、嘘つくのばっかりうまくなって、弱者を騙して金を稼いでいた。


 嘘つきはもう直らない。罪業は消えない。

 だから、せめて罪のない人を幸せにできる嘘つきになりたい。

 それが、生まれ直したオレにとってもっとも大事な願いだった。

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