距離を取る為に出来る事
「梨花に弟君、おはよー!相変わらず仲良いねぇ」
「真紀、おはよう」
「あ、橘先輩、おはようございます!」
いつものように姉さんと一緒に登校していると校門前で姉さんの親友の橘先輩に声を掛けられた。
彼女は橘真紀、我が校の誇る陸上部のエースである。スラっとした引き締まったスタイルに象徴的なポニーテール、さらには男勝りの歯に絹着せぬ発言は一部のM系男子の中で特に人気がある。
それに対して、肩まであるサラサラの黒髪ストレートで対外的に大人しめの姉さんは保護欲をそそられるタイプだ。
正に対照的であり、二人で並んでいると男子生徒の視線が集中する。
「花澤姉弟の熱々具合は校内でも有名だけど、毎朝こう実物を見せつけられると独り者には目の毒だよね。そうは思わない、梨花?」
「もう、変なこと言わないの、真紀!ほら、慎ちゃんも困ってるじゃない」
姉さんが橘先輩の肩を叩きながらこちらをチラ見する。もちろんいつもと変わらない返事をするだけ。
「当たり前じゃないですか!姉さんほど素晴らしい女性は他には居ないんですから。近くに居られる幸せを放棄するなんて、弟じゃないとしても無知な上に不幸ですよ。それに変な虫がつかないようにガードするのは弟の役割ですからね」
「うんうん、いつもながらの忠犬ぶりには感心するよ。ある意味弟君のシスコンぶりは限界突破で突き抜けすぎていて、見ていて微笑ましいくらいだ」
バシバシと遠慮なく橘先輩に背中を叩かれた。ほぼ全力に近い勢いですよね?マジで肩痛いんですが。いつも全力投球の橘先輩らしいのだけど。痛い。
「もう、慎ちゃんが困ってるでしょう。それくらいにして早く教室に行きましょう!それじゃあ、慎ちゃん、また後でね」
「そんなに引っ張らないでよ、梨花!転んじゃうよ。あ、弟君、またね!」
そのまま二人を見送る。二の腕を掴まれ引きづられるように歩く橘先輩と姉さんの姿はあっというに見えなくなった。
***
「おはよう、慎司!今日も相変わらず両手に花だな」
教室に入るとクラスメートの山上あきらと一ノ瀬隼人が声を掛けてくる。
「おはよう、何が?」
「おいおい、無自覚かよ。全くこいつは。いつか背後から刺されるぞ」
「シスコン拗らせすぎて橘先輩すら眼中にないんだよ、なんて奴だよ」ヤレヤレ
隼人が大袈裟に肩をすくめてみせる。
「花澤先輩に告白して玉砕した連中は全員、弟であるお前のせいだって言ってたぞ、慎司」
「姉さんに相応しくない奴らがいくら束になったところで無駄だよ」
「けっ、これだからシスコンは!」
「今朝のも見たか?横に橘先輩もいるのにほぼ花澤先輩しか見てないんだぜ。全く呆れるぜ」
「橘先輩だって校内女子の人気投票で十位以内に入っていただろ?」
当然姉さんは一位だったと言いたいところだが、三位だった。この学校の男子どもはまったくと言っていいほど見る目がない。ますます姉さんの相手としては相応しくない。
「花澤先輩が三位で橘先輩が七位だったはず。けどさ、あれって実質は花澤先輩が一位だったという噂だぜ」
それは初耳だな。
「いつも側に居る弟のシスコンが病的だってのと、それを違和感なく受け入れている橘先輩のブラコン具合がマイナスポイントだってさ」
「ああ、そういえば人気投票のお題は『付き合いたい女の子』だったな。オマケが付いてくるから敬遠されたのか!それで三位って、驚異的だな。確かにオマケを抜いたら一位でもおかしくない」
「だから推定一位。次は『可愛い子』で投票するらしい。既にぶっちぎりの断トツ一位予想出てるよ。次回はオマケの有無が関係なくなるから」
オマケ、オマケってうるさいな。ボディーガードと言ってくれ。
「俺たちだってさ、お前の友達じゃなきゃ、さっさと花澤先輩に突撃して玉砕していたさ」
「ああ、そうだな」
「今となっては花澤弟の友達ってポジションで満足だ」
「だな。花澤先輩、たまに俺たちにも微笑み掛けてくれるもんな」
天使の笑顔を下賤の者にも分け隔てなく振りまく。まさに天使だよ、姉さん。俺が義弟だと分かっても同じだよね?そうだよね?
「俺たちいつまでも友達だよな?親友とまで欲張る気はないからさ」
「俺も俺も、ズッ友だからな!」
そんな死語使う奴と友達なんてやだよ。俺を無視して二人会話はさらに続いた。
***
「今日はサンドイッチか。うむ、なかなか腕を上げたな」
パクパクと姉さんの作って来たサンドイッチを食べ進めながら橘先輩が独り言つ。
昼食時、いつものように校舎の中庭に三人の姿があった。俺と姉さんと橘先輩だ。
「もう、真紀!変なこと言うなら食べなくていいわよ。はい、こっちは慎ちゃんの分だよ」
姉さんから渡されたサンドイッチを受け取り、そのまま口に頬張る。うん、美味い!!
「姉さんの作るサンドイッチは最高だね。具のバランスが絶妙でいくらでも食べられるよ」
「はいはい、ご馳走様、ご馳走様。こちとら独り身なんで目の毒なんですけど?少しは遠慮してくれないかな」
「真紀!そんなんじゃないって知ってるでしょ?」
「姉弟でしょう?それくらい知ってるわよ。姉弟以上の熱量に当てられただけだから気にしないで」
「もう!」
姉さんが拳を振り上げて橘先輩を叩く振りをする。本当に叩く事はないと知っているので橘先輩は避けるそぶりすらしない。
「いいから、いいから。次はそのたまごサンド頂戴!」
「真紀ったらもう、知らない!」
そのまま、たわいの無い会話を三人で楽しみ昼食が終わる。
「ご馳走様、梨花!」
「ご馳走様でした。とても美味しかったよ、姉さん」
「どういたしまして!じゃあ、慎ちゃん、どうぞ」
姉さんが膝の上をポンポンと叩く。その横で橘先輩がニヤニヤして見ている。
昼食後恒例、姉さんの膝枕によるお昼寝タイムなのだが、一瞬反応が遅れてしまう。
「あれ?どうかしたの?」
動かない僕を見て姉さんが首を傾げる。
「いや、何でもないよ」
「あれ?弟君、恥ずかしいのかな?顔真っ赤だよ」
横から橘先輩が揶揄する。
「嫌なの?」
「そんな事ないよ」
姉さんの悲しそうな瞳に反射的に答えると、意を決して姉さんの膝の上に頭を置く。
「良かった!」
「へーぇ、珍しい事もあるんだね。雨でも降るんじゃないかな?」
「真紀ったら!」
顔がほてっているのがわかり、目を開ける事ができない。
柔らかさに包まれて姉さんの匂いがする。今まで意識した事がなかったけどいい匂いだ。これが女の子の匂い?目を閉じているのに頭の中を邪念が渦巻いて眠れなかった。
弟は姉に邪な思いを抱かない、抱かない、抱かない、、、
***
「どうかしたのかな、弟君?」
ホームルームが始まる前の僅かな休憩時間、橘先輩と僕の姿は屋上にあった。
どうやら橘先輩はポケットにそっと忍び込ませたメモを読んでくれたようだ。
「話があるって?告白でもしてくれるのかな?」
本気で言っていないのは表情でわかる。橘先輩は笑っていた。
「梨花と離れてても不自然じゃないタイミングを狙ったって事は梨花絡みの事だね」
「ええ、そうです」
「梨花が好き過ぎて夜も眠れないとか、そんな相談ならごめんだぞ」
手を上げて立ち去ろうとする橘先輩の服の裾を掴んで引き留める。
「逆です、逆!姉離れしようと思いまして、それで相談に乗って貰おうと思ってお呼びしました!」
僕は橘先輩に向かって、水飲み鳥の様にひたすら頭を下げて上げてを繰り返した。