真理、恋愛クラッシャー
部活帰りの校門の前。
髪が腰まである、遠目にも目立つ美少女が誰かを待っている様子だった。
隣を歩いていた真紀がそれに気づいて手を振る。
「あ、お姉ちゃん! もう、待ったじゃない!!」
それに反応して、彼女はトコトコとこちらへ駆け寄って来た。
どうやら真紀の妹のようだ。しかし、今日も真紀にしごかれて全ての力を使い果たし、ヘトヘトの僕には関係のない話のはず。
「真理、そんなに怒らないでよ。ほんの五分じゃないか──」
「もう、私が待たされるの嫌なの知ってるでしょう?」
「ごめん、ごめん。それじゃあ、さっそく紹介するよ」
真紀が軽く肩をすくめて僕と梨花を指した。
「こちらが昨日、話をしていた花澤慎司。一応、私の彼氏ね。そして、こちらが親友の花澤梨花。二人は姉弟なんだ」
『彼氏』
仮初の対外的な肩書きはここでも外さないらしい。
「えっ? へーえ、なるほど」
真理は二人を上から下まで一瞥し、すぐに僕の前にやってきた。
「初めまして、姉がお世話になっています。橘真理です。よろしく♡」
「真理ちゃん、よろしくね」
僕の後ろにいたはずの姉さんが、いつの間にか前に来て真理に挨拶をしていた。
「ツノが見えているよ、梨花」
ボソリと言った真紀の言葉に、姉さんが珍しく反応した。
「何か言った、真紀?」
「いや、何でもないよ、梨花」
首を振りながら真紀が後ずさる。蛇に睨まれた蛙とはこの事を言うのだろう。
「先輩って、結構かっこいいですよね。なぜ姉なんかと付き合っているんですか? いっそのこと、私に乗り換えませんか? こんな美少女滅多にいませんよ? 買い得ですよ!」
チャンスとばかりに真理がこちらに近づいてアピールを始めた。
姉さんの親友の妹、無碍にするわけにもいかずに固まっていると右腕に掴まられた。
グイグイと柔らかいものを押し当てられるが、それどころではない。
振り返ってこちらを見ている姉さんの顔色がどんどん変わっていってる。
赤くなったり、青くなったりしている。病気だろうか?
「真理、どうやら力不足だったようだ。残念だけど、帰っていいよ」
真紀の声だけがはっきりと聞こえた。
「えっ、今更? 惜しくなったんだ? もう、私のものにするって決めたんだから、返せって言っても無駄だよ!」
「やれやれ、まだ気付いてないのか?」
「何の事よ? 騙そうたって無駄なんだから──」
「いや、確かに慎司は私の彼氏だが、私のものじゃないんだよ」
「なら問題ないんじゃない。このまま、貰っちゃうからね!」
「そうは問屋が卸さない。慎司はね、梨花のものなの。だから真理のものにはならない」
「姉弟でしょう? どう見たって、私の方が可愛いもの。それに、今まで私が本気を出して落ちなかった男の子って、いないんだから!」
その言葉に反応するかのように、姉さんが空いている僕の左腕に抱きついて来た。
右手の方からは爽やかな柑橘類がする。しかし、左の方から漂ってくる濃厚な姉さんの匂いに眩暈すら覚える。ドキドキする心臓の鼓動を抑えるのに必死だ。
もしかしたら、この胸の高まりが抱きついている姉さんに伝わっているかもしれない。そう思うと、なぜか恥ずかしくなってくる。いい年した男としてバレたくなかった。
「あれ? おかしいわね?」
右の方から声が聞こえるけれど、それどころではない。
「先輩? 先輩! 花澤先輩!!」
そう、姉さんが心配だ。様子がおかしい。病気なら早く病院に連れて行かなくちゃ。
それには──邪魔な右手に絡まる荷物を振り解くと、フリーになったその手を姉さんの額に当てる。
良かった。熱は無いようだ。
「慎司先輩!」
ほっとして、声がした方を振り向くと、呆れたような表情で真紀の妹、真理がこちらを見つめていた。
「お姉ちゃんの言っていたのって、これの事?」
「やっとわかったようだね。手強いだろ?」
「いやいや、無理でしょう! こんなのだとわかってたら電話もらった時点で断っていたわよ」
「あれだけ大口叩いてたのに、なんて様だ」
「これはどう足掻いても無理だよ。噂には聞いていたけど、実物は初めて見たんだもん」
「ははは、いい勉強になっただろう?」
「絶対に姉弟って嘘だよ。ありえないって! もう、無駄な時間過ごしちゃったじゃない。私はもう行くからね! お姉ちゃん、パフェの約束忘れないでよ!!」
「いいもの見せてくれたんだもの。パフェの一つや二つ、ちゃんと奢るよ」
「絶対だよ!!」
エコーを残して、真理は風のように去っていった。
***
「僕にも立場というか、プライドがあるからね。振られる前に振らせて貰おう。 慎司、残念だけど。お別れだ。今までありがとう。明日からはまた先輩と後輩のいい関係に戻ろう。もちろん、部活ではしっかりとしごいてあげるよ。
別れたからといって、部活を辞めれるとは考えない事だね」
別れ話を言ってるとは思えないほどいい笑顔で真紀がこちらに向いて微笑む。
「最後に、君たち二人のシスコン、ブラコンに振り回されるのはここまでにしたい。
僕が何を言いたいかは分かっているよね、慎司? もちろん、梨花もだよ!
きちんと帰ったら二人で話し合う事だよ。僕から言えるのはこれくらいだね。それじゃあ、僕は行くよ。また明日!」
後ろを振り返らずに真紀は去っていった。
二人残された、姉さんと僕は──そのまま帰路に着いた。その間ずっと、姉さんは僕の腕に抱きついたままだった。
家に着くまで、僕たち二人は一言も話さなかった。
時折、ぎゅっと握りしめてくる姉さんの力強さが、何かを決意している事を物語っていた。
話さなければならない事はたくさんある。それは分かっている。
それでも、今は腕の温もりを静かに感じていたかった。




