魔王と聖女の末裔
政略婚と言うのは、成功しないと互いにダメージを与え合うものである。
これが王命によるものだった場合、婚約を整えた王家にも多大なダメージを与えてしまう。
我が国で白い結婚と言うのは、初夜以降三年間一度も寝室を共にしていない場合に適用される。
これを利用して、結婚から三年後に自分は王家に白い結婚を得た離縁届けの許可申請を出すつもりで準備をしていた。逃亡に失敗した時に、白い結婚にするつもりで証拠を集め始めたのが功を奏した。逃亡に失敗したと言うか、王城に連行されたらその場で婚姻させられた。式すら挙げていない。
だが、自分が相談ついでに証拠と一緒に離婚届けを婚姻してから一ヶ月後に出したら、たった一ヶ月で白い結婚――いや、婚姻無効と認定された。前例は無いが、婚姻そのものを『存在しなかった』事にしないと王家もダメージを受けるのでこうなった。王命の婚姻が一ヶ月で破綻するってどうよ?
この一ヶ月間で行われた使用人達(身分問わず)による、次期侯爵夫人への不当な扱い、食事への毒物混入、殺人既遂に、破落戸を雇っての暴行未遂、日常的に暴言を吐き、その全ては陛下からの命令だと嘘の証言を言い続けた証拠の数々も一緒に提出した結果だ。
どうせ侯爵が王の耳に入らないように色々と細工をしているだろうと踏んで、自分の手で直接提出した。
送り届けた相手は王妃様。今回の政略婚の発案者だ。夫婦の生活について相談したいと、手紙を出したら『何時でも相談に乗るわよ』と返事を頂いているので押しかけではない。
一ヶ月間に行われた出来事の証拠書類に目を通している王妃の顔は真っ青だ。それはそうだろう。自分の結婚は王妃主導(王は婿入りなので、発言力が弱い)で強制的に行われた。下手をすれば『王妃主導で瑕疵の無い令嬢を傷物にしようと企んだ』とも、取られかねない。
自分は怒っていませんと言わんばかりの笑顔を浮かべている。離縁出来ると思うと、上機嫌になってしまう。
事前に王家で調べて頂いても構いませんと、言ったからね。全部事実だから、隠す事は何もない。そして何より自分が被害者だ。実家での不当な扱いと数々の不正証拠も併せて提出した。
これで実家の侯爵家は借金債務で潰れる。散財の原因は父親と継母と異母妹と異母弟の豪遊だから、強制労働所送りになっても気にしない。借金してまで使い込んだんだから働いて払えよ。自分は領地経営をやっていたからノーカンです。家にいた間は稼いでいたし、四人を養っていた側です。
「王妃殿下。申請はどうなるのでしょうか? 現状の見解だけでもお訊ねしたいのですが?」
「そ、そうね、エレノア嬢。……陛下と相談無しには何とも言えません。と、取りあえず、今日は城の客室に泊まりなさい。案内させます」
「ありがとうございます」
一礼してから王妃に礼を言う。王妃が指示を出し、やって来た王妃付きの侍女の案内で貴賓室に案内された。
客室と言っていたが、戸籍上(生みの母の実家は公爵家)は侯爵家の人間を貴賓室に通さない(この国では、王侯貴族の身分保有者を貴賓室、それ以外の身分の人間には客室を宛がうのが決まりで常識となっている)王妃の常識が問われ行動を取る侍女はいなかった。だってそんな事をやったら、侍女が仕えている、王妃が悪く言われる。王妃からの命令でやったと勘ぐる輩も現れる。王妃は辛いね。仕えさせている側が、付け入る隙を見せてはいけないんだもん。
実家と嫁ぎ先がこれからどう零落れるのか、愉快な事を考えながら侍女に礼を言って下がって貰う。
通された貴賓室で一人になるなり、備え付けのソファーに腰を下ろし軽く息を吐く。
これから起きる事を予測する。
実家は潰れる。隠れてやっていたやらかしと債務の量を考えると、挽回は不可能だ。
嫁ぎ先は爵位を落とすか、家が傾く寸前まで賠償金を毟り取られる。
王命だと嘘を吐いていた使用人は全員不敬罪に問われる。愛人枠を狙っていた男爵令嬢は実家を没落に導いて、本人は極刑と身分剥奪。平民は家族を巻き込んで即刻処刑になる可能性が高い。自分が何を言っても減刑は不可能だ。今回は王家の名を騙った事による不敬罪適用だから、減刑したら王家の面子に関わる。
自分はまだ十五歳なので、母の実家と養子縁組みをするかもしれない。伯父ルファヌー公爵は嫌がるだろうな。自分と年の近い娘がいるし。
一年前に王命で婚約を無理矢理決められて、誕生日を迎えると同時に婚姻する(結婚式は挙げていない)運びになった。自分の生みの母がどこかの家の血を引いていて、その血を残す為の婚姻だとか言っていたけど、愛人を何人も囲っている奴と婚姻させるのは流石に駄目だろ。身辺調査していないのかと突っ込みたくなったわ。
後に知るが、嫁ぎ先の侯爵が虚偽申告以外にも、息子の身辺調査を賄賂で誤魔化していた事が判明する。どんだけ王家からの結納金が欲しかったんだ?
窮屈な生活は今日で終わる。そう考えると幾分気が軽くなる。
このあと、王も王妃も訪ねて来なかった。
翌日に二つの侯爵家には騎士団が突入し、家にいた住人と使用人は全員逮捕された。家にいなかった人間は探し出して逮捕された。
虚偽発言をしたら強めの電気ショックを受ける拷問部屋に全員放り込まれ、至急で尋問大会が行われた。城にいた二人の侯爵と侯爵令息、別邸にいた元夫の愛人達も漏れなく逮捕された。
尋問が終わったのは、更に五日が経過した頃。片っ端からったのか、取り逃がしが出たのか、思っていた以上に時間が掛かっている。
六日目になって、王と王妃と非公式で面会し、謝罪を受けた。三日目辺りの連絡で、婚姻無効が正式に確定したから許せた。傷心旅行に出るから、向こう一年は婚約話は受けないと告げると王の顔が引き攣った。
そんなに残したい血なのか。よく分からない。自分の育ての親代わりだった祖父母のノックス前侯爵夫妻は二年前に他界しているが、そんな事は一言も言っていなかった。その祖父母も自分を人形のように育てようとしていたから、何か別の思惑が在りそうだ。
気になる事は多いが、受け取った多額の慰謝料を手に、早々に旅行の振りをして他国へ移動した。
旅行と言い張り、出国してから一年が経過した。名前は誤魔化しも兼ねて変える。白い結婚後のエレノア・ダンバーから、白い結婚前の名前のエレノア・ノックスに戻り、旅行の為にレノアに変えている。
十六歳の誕生日はとっくに過ぎているが、国に戻る気に離れなかった。
都合よく存在した冒険者ギルドにレノア名義で登録し、冒険者の振りをして、一人でふらふらとしている。経験上、後ろから見て女と判らない格好をすれば、絡まれる頻度は減る。絡まれても物理的に処せば良いんだけどね。
幸いな事にこの世界、と言うかユーナ大陸には魔法が存在し、誰でも使える。なので、絡まれても魔法を使って撃退しても怪しまれない。
だが、魔法が存在する世界だからこそ、気を使う点が存在する。
魔法を使っても良いからと言って、経験上、魔法をホイホイ使うのは危険だ。この世界に存在しない魔法や、珍しい魔法に、禁止術に該当する場合がある。
特に治癒魔法。使えるだけで、聖女に奉り上げを受けるパターンもあるから真っ先に調べないと危険だ。この世界の聖女はおとぎ話にしかいなかったので、治癒魔法が使えても問題無いし目立たない。セーフ判定だ。
次に使ってもいい魔法の種類。
日常で使用する魔法を十把一絡げに生活魔法と呼び、一種類の魔法扱いしている。
他に、炎・水・風・土の四大元素と、水と風の派生魔法の氷と雷に、光と闇の八種の属性魔法が存在し、総称で属性魔法と呼ぶ。
金属と鉱石や木材の加工魔法に、対象の情報を読み取る鑑定魔法を始めとした属性魔法に分類しにくいものを、無属性魔法と呼ぶ。
禁止術は基本に生け贄を必要とする魔法や、混乱をもたらす魅了魔法に、珍しくも召喚魔法などが該当する。禁止術はどれも使えないし、被害に遭っていい思い出のない魔法ばかりなので、使いたくもない。
この世界の魔法は生活魔法、属性魔法、無属性魔法だけで、人前で使って良しとする魔法もこの三種と判断した。
使用頻度の高い強化系の魔法は、高難易度の無属性魔法扱いとなっており、他者を強化する魔法は、更に難易度が高い。付与系の魔法も同じ扱いとなっている。
簡単に言うと、この二種は珍しい魔法扱いだった。
治癒魔法はちょっとした切り傷程度なら、生活魔法で癒せるので珍しくもない。欠損部位の復元を行わない限りは、使っても目立たない。重傷者を治せる治癒魔法の使い手はどこでも一定人数を確保しているから、呼び止めを受ける事はなかった。
転移魔法は存在するけど、二つの魔法陣の間を行き来するだけで、個人で使用出来るものは殆どいない。いたとしても、国一番の魔法使いだけだ。使ったところを見られたら面倒事が起きる魔法だ。
重力魔法は疑似飛翔程度に使う分には問題ない。移動距離は術者の魔力量にもよるが、飛翔魔法自体は上級魔法として存在する。
有機物に干渉する魔法は、木材加工以外で使わない方がいい。
幾つか使わない方がいい魔法が在るが、使う場面は少ないだろう。
忘れていたが、マンガやラノベでお馴染みのポーションも存在する。
薬師ギルドは存在しないが、薬屋で販売されている。薬師が工房で作り、自前の店で売っているようなものだ。弟子を取る事は少なく、職人のように親から子へ受け継がれる。
弟子を取るのは、受け継ぐ子供がいない場合か、押しかけの弟子入り志願者などだ。
自分のように薬師でもないのにポーションを作る人間はいるが、個人で使う範囲なら見逃されている。売る場合は国の許可が必要になる場合もあるが、自分が作るポーションを売る予定も、個人以外で使用する予定もない完全に個人趣味だ。売ってくれと頼まれても売らない。副作用が出ても、責任は取れないからね。
この世界の魔法事情を頭の片隅に残し、現在薬草の採集を行っている。依頼ではなく、自分で使う為に採集している。
日当たりと水はけの良い場所でしか育たない薬草で、崖で僅かに平らな部分でしか見かけない。
そんな薬草を宙に浮いた状態で採集している。魔法を使っているとはいえ、何も知らない人がみたら驚く光景だろうな。浮遊の魔法は、重量軽減目的で使われる初級レベルの魔法だ。基本的に百キまでの重量があるものを浮かせる。冒険者ならば、体を浮かせる魔法として使う。
けれど、三メートル以上浮かせるとなれば難易度は上がり、重量も百キロを越せば少しずつ難易度が上がる。
自分のように四十メートル以上の高さにまで浮き上がるのは上級とされる。重量三百キロ、高度十五メートルを超えて中級扱いとなる。初級の魔法を極めるのは難しいとされる典型例の魔法の一つだ。
崖の肌に群生している薬草を採集して行く。薬草採集の依頼を受けての行動ではなく、個人的に作っているポーションの材料だ。花や葉っぱを摘み取る。用意した籠が薬草で一杯になったら、籠ごと道具入れに仕舞う。
「おっ、珍しい」
崖でたまに見かける、隙間に根を張って成長する樹木は珍しい種類だった。地球で言うところの柊に似たこの樹木の葉は乾燥させてから燻す事で虫除けに使われる。小さな赤い実は小鳥すら食べない程に不味い。人間が食べると嘔吐を催す。毒は持っていないが、人間が食べた時の性質を利用した嘔吐剤の材料になっている。
葉の虫よけ効果の需要はどこでもある。採集しておいて損はない。ただし、キロ単位でなければ買い取ってもくれない。
大きな背負い籠一杯に、葉を枝から採集して入れて行く。葉の状態も虫食いや折れ目があると、虫よけの効果が落ちるので買い取り対象外になる。葉の状態に気を遣いながら枝から毟り、高さ六十センチの背負い籠を一杯にしたところで採集を止めて、背負い籠ごと道具入れにしまう。
地上に降りようと、浮遊の高度を少し下げたところで、バキバキッと、枝の折れる音が響いた。何事かと顔を上げると、
「ッ!?」
「――は?」
星空を連想させる紺色瞳と目が合った。
反射的に降って来た人物を抱き締めるように受け止めると、鉄の臭いが鼻を突いた。脱力しているのか重い。重量軽減の魔法を掛ける。
足を滑らせた負傷者が降って来たと、そう思ったが、続いて降って来た者を見て違うと判断する。
腰に命綱を巻き付け、顔を黒い格子柄のスカーフで隠した六人の男が降下して来た。全員抜き身のダガーを持っていた。
六人中、数名のダガーの刃先が赤く濡れて日の光を反射している。
状況的には、『暗殺者から逃亡中に足を滑らせて崖に落ちた』が正しいだろう。わざわざ命綱を付けて確認に来たところを見るに、死体を持って帰らなくてはならない相手の襲撃途中だった筈。
スカーフで顔を隠していたが、いない筈の自分を見て、ほんの一瞬だけだが、僅かに動揺したのは判った。即座に立ち直り、手持ちのナイフを自分に向かって投擲しようと振り被ったので、六人の命綱を風刃で断ち切った。自由落下を体験させるよりも先に、全身を魔法で作った氷塊に閉じこめる。
魔法を使うにしろ何をするにしろ、呼吸を止められたらパニックを起こす。一瞬の内に、氷の中に閉じこめられて動けなくなり、呼吸も出来ないと判れば尚更だ。
六つの氷塊が重力に従い、地上に向かって落ちて行く。運が良ければ、落着時に氷が砕けて助かるかもしれない。だが、真下は木々が覆い茂る森だ。木々の枝がクッションの代わりを果たし、地面に落ちても氷が砕けなかったら、そこで終わりだ。
そもそも、四十メートルの高さから落ちたら、色んな意味で助からないだろう。人間が落ちても助かる高さは、うろ覚えだが二十メートルまでだった筈。その二倍の高さから氷漬けにされて落ちて助かるかは、自分も知らない。下に落とした死体の回収は、上を見てから行えばいい。
降って来た人物に止血目的の治癒魔法を掛けて、左肩に担ぎ直す。
障壁を展開し、幻術で見えないようにしてから、重力魔法による疑似飛翔で、頭上の樹を迂回して崖の上に向かう。
命綱を使った時点で上に仲間が来ると思ったが、綱はそのまま未だに垂れている。
崖の上に到着し、そのまま少し上に間で飛翔する。命綱の傍には誰もいない。
よく見ると、地面に掘って元に戻した痕跡や、ワイヤーのような細い金属の糸が木々の間に張り巡らされている。自分が担いでいる奴が、上に登って逃亡するのを妨害する為か?
歩いての移動は危険と判断し、地面に足を着けずに移動するしかない。金属糸に触れると何が起きるか分からないが、低い位置に張り巡らされている。触れる事のないように、樹の幹と同じ程度の高さで飛ぶ。幻術と障壁の展開も忘れない。
少し奥へ入ると、数人の男がいた。全員スカーフで顔を隠していた。スカーフの柄は先程の連中と同じだ。
さっきの連中の仲間かと、観察していたらリーダーらしい男がこちらに気づいて、数本のナイフを投げた。幻術で見えないようにしていたのに、こちらの正確な位置を把握しての投擲だ。一流の暗殺者か?
逃亡の時間稼ぐ投擲だったんだろうが、こちらは障壁を展開済みなので、避ける必要がない。障壁がナイフを弾く中、全員を視界に納めて、先程の六人のように全員を氷漬けにする。
悲鳴を上げる暇も、逃走の時間も得られずに、氷の塊となって地面に転がった。けれど、リーダー格の男はひと味違っていた。
自分が地面に降り立ち幻術を解くと同時に、炎が竜巻のように氷にまとわりついた。
そのまま氷が完全に溶ける様子を眺めるような事はしない。歩み寄って溶け掛けている氷の真下に魔法で縦穴を作った。重力に引かれて氷は穴の中に落ちる。穴の中に魔法で生み出した水を注ぎ込むと、炎は消えた。そのまま、満水になるまで水を注ぎ、氷が浮き上がらないように重力魔法で押さえつけて、再び凍らせる。
完全に凍った事を確認してから、重力魔法で氷を浮かせる。
先程よりも大きな氷塊が出来上がった。穴を魔法で元に戻して、氷塊を地面に降ろす。氷漬けにした男の息の根は止まっている。脳は思考するだけで酸素を消費してしまう。魔法を行使した事で酸欠に陥り、そのまま窒息死した模様。他の氷漬けにした連中もあとを追った。
しかし、何も考えずにやってしまった。
肩に担いでいる奴は未だに目を覚ます気配もない。全員を道具入れに回収。崖に戻る。道中でトラップの破壊も忘れずに行う。
崖から飛び降りて、先に落とした六つの氷塊を探す。木々の枝が最悪な形でクッションになったらしく、どれ一つとして罅は入っていなかった。つまり、地面に激突して砕けた氷塊は一つも無かったと言う事だ。
こちらも六つの氷塊を道具入れに回収し、採集した薬草の買い取り所たる、冒険者ギルドがある街へ、空を飛んで向かった。
さて、自分が現在いる国について語ろう。
現在いる国は『カーン王国』と言う、祖国ストーンズ王国に比べて国土は約数倍以上の広さを誇る大陸の南側に位置する国だ。
祖国は山ばかりだが、代わりに鉱山を多く抱えている。
大陸内で流通している鉄を始めとした鉱石の二割、宝石類は三割が、祖国の鉱山から産出されている。宝石類は貴族御用達の品で、祖国でなければ産出、加工出来ない種類も在る。輸出入に制限が掛かって困る国は多い事から、そこまで力の弱い国では無い。
けれども、近年鉱脈からの採掘量が減っているので、今後どうなるかは知らない。
カーン王国の貴族は周辺国と変わった特徴を保有する。簡単に言うと長寿で、平均寿命は五百歳前後と聞いている。周辺国の貴族の平均寿命は大体六十五歳(平民で五十五歳)だ。この寿命に差には、ちゃんと理由が存在する。簡単に言うと種族の違いだ。
カーン王国は『魔王』と呼ばれた、魔法に長けた『魔人族』の長が興した国で、直系の王族は『魔王の末裔』とも呼ばれている。魔人族と言う種族名だが、霊力を狙う『魔族』とは全く違う別の種族だ。ちなみに、『聖女の末裔』と呼ばれた人間が王族だった国も存在したが、既に滅びている。
カーン王国の貴族は全員魔人族で、他国からやって来た人間が貴族となる条件に『カーン王国内の貴族との婚姻』が義務付けられている。その為、歴史の浅い貴族で在っても血の濃さを問わなければ――他国からの輿入れか、平民上がりの新興貴族初代当主でも無ければ――貴族は皆、魔人族の血が流れている事になる。
なお、カーン王国の平民と、周辺国の王侯貴族と平民は人種族である。自分も人種族に数えられる。
他にも獣人族が存在するけど、大陸から少し離れたところの南東諸島で暮らし、鎖国しているので国交は無い。船に乗って海を越えない限り、接触する機会は訪れないだろう。ただ、獣人族の女子供が愛玩奴隷か性奴隷目的の人攫い被害に遭っている為、ユーナ大陸でも確率は低いが見かける。
殆どの国で奴隷は犯罪奴隷か借金奴隷しか認められていない。この二種類の奴隷は殆ど鉱山か辺境に連れて行かれるので、見かける機会がそもそも無い。
カーン王国の北部辺境伯領の代官が住む、城のような城壁付きの貴族邸を中心に作られた街は非常に大きい。いざって時(魔物の襲撃とか、他国からの侵攻とか)の街と周辺住民の避難所を兼ねた街だからか、街の規模は大きい。
検問所で森の中で保護した奴だと教え通行する。冒険者ギルドに行き、そこのトップに相談するとまで言って納得して貰った。代官の元にまで連絡が行くかもしれない。だが、冒険者ギルドから連絡が行くかもしれないので、かえって手間が省ける。
手間都合を考えながら街中を歩いて、冒険者ギルドと、自分は呼んでいるが、この世界での正式名称は『冒険者派遣所』である。ギルドという英単語もそうだが、英語が存在しない世界なので、この名称でなければ通じない。地球じゃなからこればっかりはしょうがない。
好奇の視線を浴びながら、到着した冒険者派遣所に入る。受付で所長に至急で相談したい事が出来たと、面会を申し込む。
受付の人は自分の肩に担がれた荷物を見てから、少々お待ちください、と言うなり高速で奥へと去った。
言われたとおりにそのまま待つ。だが、体感で十分が経過しても戻って来ない。隣の受付担当者に提携している宿を紹介して貰うか? そう悩み始めた頃に、受付担当者は戻って来た。そのままどこかに案内される。
無言で後ろを歩いていると、到着したのは派遣所の所長室だった。先に受付の人が入って何かをしてから再び顔を出した。去り際にに礼を言ってから室内に入る。
室内には五十代に届きそうな年齢の、強面のオジサンが椅子に座っていた。
急な面会申し込みについて謝罪してから、薬草の採集中に起きた出来事を話し、未だに目を覚まさない肩の荷物の扱いについて相談し、派遣所か、代官の元での保護を願い出る。十を越す暗殺者が差し向けられていたところから考えると、こいつは貴族だと思う。
肩に担いでいた奴を二人掛けのソファーに寝かせる。重いと思ったら自分と年の近い男だった。
短めの髪と整っているがキツメの風貌。雰囲気と相まって大型の肉食獣が眠っているようにも見えて来た。
「流石に知らない顔だな。だが、身に着けているものはどれも上等。平民じゃない。貴族なのは間違いないな」
「保護は派遣所と代官のどちらでして貰えるの?」
「平民じゃないなら、代官の男爵に依頼するしかない」
一筆書くから待てと言われて、空きのソファーに座って待つ。その間に所長が秘書を呼んで、お茶を淹れさせた。
自分は対面の空きソファーに腰を下ろして出されたお茶に口を付けて少し待ち、所長がレターセットを探し出すと同時に、小さな唸り声が上がった。音源を探すと、ソファーに寝かせていた男が、痛みに呻きながら目を覚ました。
「いってぇ、どこ、だ、ここ?」
立ち上がって近づき、男の顔を覗き込む。髪は黒で瞳は紺色と、何となく見覚えの在る組み合わせだ。改めて見ると自分より少し年上程度に見える。
「おいおい。今になって起きたのか」
「そうっぽいね」
所長も立ち上がるなり、レターセットを放り出してこちらに近づいて来た。
「おう、坊主。頭は打ってねぇよな?」
「誰が、坊主だ、っ!?」
所長に坊主呼ばわりされ、怒りで起き上がろうとするも、痛みによる声無き悲鳴を上げて再びソファーに沈んだ。
「あたしはレノア。冒険者をやっている」
「俺はここの冒険者派遣所の所長だ」
「あん? 冒険者、派遣所?」
所長と一緒に名乗ると、男は起き上がりもせずに怪訝そうな顔をした。この反応を見る限りだが、この男は冒険者じゃないのかもしれない。
「こっちのレノアって女がお前を拾って、ここに運んで来た。気を失う前の事は覚えてるか?」
「一応は覚えている」
所長の説明を聞いた男は短く返答して黙り込んだ。所長も短く応答を返すだけだった。
「目を覚ましたけど、こいつどうなるの?」
「そうだな。平民には見えないから、近くの貴族に保護して貰うのが、一番良いかもしれねぇな。代官のスキナー男爵のところに手紙書くから送ってやれ」
所長に男の今後の扱いについて尋ねると、預けるのが良いと回答を貰う。だが、男が待ったを掛けた。
「待て。代官にスキナー男爵がいるって事は、ここはサウザー辺境伯領の北か?」
「そうだぜ。余所もんにしちゃ、詳しいな」
「俺は生まれも育ちもこの国だ」
余所もの扱いされて、男は憮然とした顔になった。それでも、未だに起き上がれない状態だ。この男の負傷具合は生活魔法で癒やせる範囲を超えている。自分が治癒魔法で癒やすと、男は起き上がった。その光景を見た所長が渋面を作った。
「おいおい、それぐらい自分で治せよ」
「悪いが、苦手なんだよ」
「苦手ってなぁ……」
男の言い分を聞き、所長が自分を見る。治療者としての見解を要求していると判断して回答する。
「この傷だと、生活魔法だけで治すのは難しいと思う。自力で移動出来るようになってくれた方が、色々と困らないでしょ?」
「確かにそうか」
自分の見解を聞いて、所長は納得顔になった。
男が動けるようになったところで、今後のついて話し合う。
『レイ』と名乗った男は代官の保護を不要と言い切った。どうやらはぐれた奴と合流出来ればどうにかなるそうだ。保護は不要と言い切った代わりに、宿の紹介を要求した。便乗して自分も宿屋の紹介をお願いする。無論、自分が紹介をお願いするのは、女が一人で利用しても問題の無い宿屋になる。ついでに『返り討ちにしても自分が責任を問われないところ』と条件を付けた。
そしたら、冒険者派遣所が運営している宿屋を紹介された。しかも何故か、二人で行けと言われた。まぁ、貴族っぽい服装の奴を一人でほっつき歩かせて起きる、街中での『トラブル』を気にしての発言だった。ついでに、レイが仲間と合流するまで一緒にいるように頼まれる。
宿屋の紹介料として引き受けると言ったが、レイが宿代を持っているか怪しいからと、正式な依頼になった。
一泊分の素泊まり代(平民向けの宿屋で、宿泊料金に食事代が含まれている宿屋は存在しない)と、数回分の食事代が支度金として出た。正式な依頼書と宿屋に持って行く紹介状の二枚も併せて受け取った。なお、依頼の達成金額は少し色が付いた。
レイと一緒に冒険者派遣所を出て、出る時に所長から貰った紹介状を手に宿屋に向かう。だが、その前に服屋に寄ってレイの服を一セット(上下と下着)購入した。レイの服には血が付着している。騒動に巻き込まれたり、勘違いを引き起こさない為にも宿屋で着替えさせた方が良いだろう。日が大分傾いていたが、冒険者向けの服飾やが開いていた。閉店間際だったが、そこに駆け込んだ。レイ本人にも『何か遭ったら迷惑だから』と説明し納得させた。代わりに護身用の剣の購入を強請られたが、持っていた方が良いだろうと承諾した。
衣類一式と剣(吊り下げる剣帯も一緒に)を購入し、改めて向かった宿屋は冒険者派遣所から少し離れたところに在った。冒険者派遣所が運営しているとは言え、想像よりも大きい五階建ての宿屋だった。中に入り受付で貰った紹介状を見せて、部屋の鍵を二つ貰う。部屋は最上階だった。何故最上階なのか気にしたが、理由はすぐに判明した。
まず、最上階へ行くには鍵の掛かった扉を開けて、隠された階段を使わないと向かえなかった。そう、最上階は所長からの紹介状が無いと利用出来ない部屋だったのだ。多分、貴族の護衛をやりやすくする為の処置なのだろう。事実、最上階の部屋は内部に入ると複数の部屋が存在した。絶対に、主人用、護衛用、使用人用に分かれている。そう思ったが、意外な事に全部同じ内装で、トイレ、シャワールーム、洗面所完備だった。
着替え一式とタオルを持たせてレイをシャワールームに押し込み、血を洗い落とさせる。レイが来ていた服と剣と剣帯の三点を預かった。レイの服は、自分が魔法で洗い畳んだ。よく見ると結構ボロボロだった。ついでに、レイを担いだ時に付着した自分の服の血も魔法で落とす。
共有の部屋で置いて在った茶器を使いお茶を淹れてソファーに座り、一緒に置いて在った茶菓子を食べ、レイが出て来るまで待つ。レイが出て来たら一階の食堂か、外の屋台で夕食を取ろう。時間的にも日が沈む時間帯だし。
茶を飲み、茶菓子を食べ、常に身に着けている母の形見の黒い石で出来たペンダントを眺めながら思う。変な拾いものをしたなぁ。降って来たものを反射的に受け止めただけなのに。
少し経つと、新しい服を着たレイがタオルで髪を雑に拭きながら、シャワールームから出て来た。ペンダントを服の下に仕舞い対応する。
一応、生活魔法で髪を乾かす程度の事は出来る。だが、レイは髪をタオルで拭いている。魔法で乾かさないのか尋ねたら、また『苦手だ』と回答を貰い、ちょっと不審に思った。
実を言うと、生活魔法を苦手とする人間は『唯一の例外』を除いて、ほぼいない。それに、カーン王国の貴族は魔法に長けた魔人族だ。カーン王国の貴族っぽい感じのレイが魔法を苦手としている。一瞬『例外なのか』と疑ったが、ここ十数年間に限り、そんな話は聞いた事が無い。揉み消された可能性を考えても、ユーナ大陸屈指の大国でも在るカーン王国で例外が起きたら有名になる。揉み消しが発覚したら、国際社会からの信頼を無くす。
レイをソファーに座らせて髪を魔法で乾かし、整える程度にブラシで梳かしながら少し考える。これは訳アリっぽいが、踏み込まない方が良いだろう。
「……聞かないのか?」
「何を? 届けるだけなのに、わざわざ踏み込む必要は無いでしょう」
されるがままのレイに問われたが、自分としては関わる必要の無い事だ。剣と剣帯を渡し、夕食を取りに部屋から出る。移動途中に話し合った結果、一階の食堂で夕食を取る事になった。
食堂の受付で求められるままに部屋の鍵を提示すると、いかにも貴族向けと言った感じの個室に案内された。利用客でメニューが違う模様。食事代が足りるかと心配したが、ここの宿で最上階利用者の場合は珍しい事に食事代込みだった。
レイと向かい合ってテーブルの席に着く。出て来た料理は貴族向けだった。貴族向けの料理を食べるのは一年振りだけど、カトラリーの使い方は忘れていないから無作法を心配しなくていい。
出て来た料理を黙々と食べる。だが、途中からレイの食事の手が止まっている事に気づいた。
「どうしたの?」
「いや、食べ慣れているように見えたんだが、お前は貴族なのか?」
「貴族籍は持っているけど、出身はストーンズ王国。だから、カーン王国の事は余り知らない」
「……貴族だったのか」
「家出同然だけどね」
肩を竦めて回答する。レイは驚いたけど、何も言わなかった。
再び無言で食事を進め、食べ終えたら早々に部屋に戻る。夕食を取ったらシャワーを浴びて寝る以外に、やる事が無い。どうするか考えて、明日の予定について話し合う事にした。
はぐれた奴との合流するまでの付き合いだが、流石にどうやって合流するかは考えていない。
話し合った結果、レイを拾った場所に向かってから決める事にした。拾った場所は崖でその先は森の中だ。野宿の準備もした方が良さそうだ。ついでに食糧を買うか。
明日の朝食後の予定は、野宿に必要そうなものを購入してから街を出て、拾った場所に向かう。こんな感じか。レイにも確認を取って決める。
「そうだな。サウザー辺境伯のところに行っている可能性を考えると……。この街から馬車で移動するとして五日、早馬で二日半は掛かる」
レイが移動時間を計算した。それぐらいの距離なら、空を飛んで行けば半日も掛からないな。野宿の準備も必要なさそうだ。
このユーナ大陸で、早馬や、街道を走る馬車に繋ぐ馬は『飼い慣らした馬型の魔物』である事が多い。これは長距離を可能な限り速く移動する為の選択だ。
逆に大きい街と小さい町、王都などの人が住むところで使用される馬車の馬は、普通の馬を使用している。
「それなら、先に辺境伯のところに行く?」
「それでも良いが、徒歩での移動だと時間が掛かるぞ」
「時間に関してはどうにかする。時間がどうにかなる場合はどうするの?」
空を飛んで行けば、時間は掛からない。その事を伏せたままで、どうするのかレイに尋ねる。
「そうだな。時間がどうにかなるのなら、サウザー辺境伯のところに向かった方が良いな」
少し考えてから、レイはそう回答した。
「それじゃあ、辺境伯のところね」
「ああ。けど、どうやって移動するんだ?」
「明日言うけど、他言無用でお願いね」
「分かった」
むすっとした顔だったが、レイは承諾した。今知らされない事が不満らしい。
明日の移動に備えて寝ろと、レイを部屋に追い出す。自分はシャワーを浴びてから眠った。
翌朝。
朝食後に屋台に寄り、昼食となりそうなものを幾つか購入してから、街を出た。歩いて街から少し離れたところから、重力魔法による疑似飛行で空を移動する。魔法具は使っていない。ユーナ大陸にも魔法具は存在するが、出所を聞かれると面倒なので使わない。特に飛翔系の魔法具は存在しないので、猶更面倒になる可能性が高い。
「凄いなっ」
レイの感嘆通りに、猛スピードで眼下の風景が後ろへ流れて行く。馬に乗って駆けても、ここまで速く移動は出来ない。
代官の街から移動途中、レイを拾った場所の上空に差し掛かった。
実は、レイを拾った場所は辺境伯のところに向かう道中だった。と言うか、レイが辺境伯のところに向かっている途中だったが正しいな。
一度崖の上に降りて一時休憩とする。昨日、ここの真下の崖の断面に生えている樹木のところでレイを拾った。レイを拾ったあと、ここの辺にはワイヤートラップじみたものが幾つか在った。全て破壊したから心配は無い。
休憩代わりに、少し奥の方へ歩き、地面が焦げた場所に辿り着いた。レイにここで起きた事を教える。ついでに氷漬けにした暗殺者達を全員出してレイに見せる。
虚空から氷漬けにした人間がゴロゴロと出て来たのに、レイは驚くような反応を見せなかった。代わりに、口の端を少し痙攣させた。それでも、声を少しも漏らさなかったのは大した胆力だろう。全員、血走った目を見開いた状態で氷漬けになっている。小さい子供に見せたら確実に泣くオブジェだ。
氷塊の中で最も大きいのは、暗殺者達のリーダー格だった男だ。
「こいつらは……」
「知っているの?」
「ああ。カーン王国内に幾つか存在する暗殺組織、黒嚆矢の連中だ。こんな形で会う事になるとは思わなかったが」
レイが目を眇めて男を観察している。
「顔を隠しているのに、何で判ったの?」
「こいつらが顔を隠す為に使用している、あの首巻きの柄だ。黒い格子柄なのは判るか?」
「分かるけど、格子柄なんて珍しいものじゃないでしょ」
「確かにそうだが、こいつらは公の場で暗殺する時に、必ず放つと音の出る矢を使っていた」
レイの言う音の出る矢は、鏑矢の事だろう。そして、鏑矢の別名は『嚆矢』である。
「鏑矢の別名の嚆矢と柄の格子を掛けてるの?」
「そこまでは知らないが、それなりに有名な暗殺組織だ」
自分としては暗殺組織に興味は無い。襲われたら返り討ちにするし、殺ったその場で記憶の読み取りを行って情報収集を行う。そして、暗殺組織の本部へカチコミに行って、潰すまでがワンセットだ。
碌な人生を送っていない事に内心でため息を吐き、情報収集に関して思い付きを口にする。
「氷を融かして、持ち物を調べたら、何か出て来る?」
「やっている価値は有るが、どうだろうな」
レイは『気が進まない』と言った顔でそう言った。
暗殺者が雇い主の情報を持ち歩くとは思えないので、成果が出るとは思えない。それでも、念の為に行う。
氷を融かし、リーダー格っぽい男から順番に調べる。すると、思っていた以上の成果が出て来た。
「依頼主からの手紙を持っているとか、馬鹿なの? 馬鹿なのか、こいつらは」
「知らん」
どう言う訳か、依頼主からの手紙が出て来た。しかも、地球のボイスレコーダーと同じ機能を持った魔法具まで出て来た。言い逃れの出来ない証拠が二点。依頼人は詰んだな。スカーフで手紙と魔法具を包み、レイに渡す。レイは服のポケットに仕舞った。
解凍した死体は、魔法で地面に穴を深く掘り、その中に捨てた。地面を元に戻して、証拠隠滅完了。
再び歩いて移動する。方向は、レイがここにやって来た道だ。地面にトラップが無いか調べながら歩いていると、体感にして三十分程度で、街道に出た。街道に戦闘の痕跡は残っていなかったが、街道に出る道中で、折れた剣の先が落ちていた。聞けば、レイが持っていた剣の先だった。折れた剣はロングソードだったのか、折れていても破片の長さは、四十センチ近くも在った。魔法を行使して破片を二つに分け、刃渡りに十センチ程度のダガーと金属鞘に加工する。出来上がったらレイに渡した。渡す際に少し渋られたけど、護身用に持っておけと押し付けた。
再びレイを連れて、再び空を飛んで移動する。今度は街道を目印に移動すれば良いので楽だ。
途中、昼休憩を挟んで屋台で購入したものを食べ、再び空を移動する。
辺境伯が住む街には、昼と夕方の間(地球で言うと十五時ぐらい)に到着した。途中で幾つかの街を通り過ぎたけど、レイと逸れた一行がどの街にいるのか一々調べては時間が掛かる。途中の休憩でレイと話し合った結果、先に辺境伯がいる街に向かい、そこで待つ事にしたのだ。
一人分の入場料金(冒険者の資格持ちは免除される)を払って街中に入る。入る際に、『この街に来る予定の貴族宛の手紙を預かっている。貴族らしい一行が来たか?』と守衛に尋ねたが、昨日と今日の時点では来ていないそうだ。
最初に向かうのは、城と見間違える程に大きい辺境伯の屋敷だ。徒歩で街中を移動して向かうが、その前に店頭のメニューを見てから、適当な食堂らしきお店に入って休憩する。屋台で買った分で昼食を済ませたが、揃って少し足りなかった。
入った食堂は昼食の時間を過ぎていたからか、自分達以外に客の姿は少なく、閑散としていた。休憩時間かと一瞬疑ったが、若いウェイトレスが笑顔で対応してくれた。案内された席に着いて、貰ったメニューを見る。
大衆食堂にしてはお値段が安く、肉料理がメインとなっている。そこそこ安いから良いかと思って入ったら、冒険者向けの食堂だった。
今になって店を変える訳にも行かないので、パンと肉シチューのセットを頼む。レイも似たようなものを頼んだ。少し待つと、二人分の料理が届いた。一緒に来たスプーンを使って食べる。シチューは濃い味付けだが美味しい。臭み抜きが丁寧に行われた肉は、煮込まれて味が染み込み、スプーンで切れる程に軟らかった。
「美味いな」
「そうね」
料理の原価を考えると、利益目的で営業していなさそうだ。駆け出し冒険者向けの食堂なのかな? 注文した料理を食べ切り、会計をして店から出る。
今度こそ辺境伯の許へ向かったが、運悪く不在だった。門番が言うに、戻って来るのは三日後の昼らしい。なお、門番は普通に不審がられた。名乗ってから自分の冒険者証を見せて安心させて、レイの『辺境伯に直接渡す手紙を持って来た』の嘘で誤魔化した。
「ガブリエラ辺境伯夫人と、嫡男のアイザック辺境伯令息、長女のベリンダ嬢もいないのか?」
「はい。サウザー辺境伯と共に魔物狩りに出ています。今日は野営地で一泊すると仰っていました」
「……次男と末息子はまだ小さいと聞いているから、無理か」
どうして、辺境伯の家族構成を知っているのか聞きたくなった。つーか、どこで知ったんだよ。レイが辺境伯の家族構成を言い当てたお陰で、門番の自分達を見る目は大分和らいだ。
「どうするの? どこかの宿で一泊する?」
「そうするしかないな」
三日後の昼過ぎにもう一度来ると、門番に言い残し、宿屋が在る方向を聞いてから立ち去る。
示された方向に宿屋は在ったけど、満室だった。別の宿屋を何件か紹介して貰い、四件目で空きを見つけるも、一人用の個室の空きが無く、二人部屋が一つだけ残っていた。二人部屋と言っても、ベッドが二つ並んでいるだけの部屋だ。
どうするか話し合った結果。
次の宿屋で空き部屋が在るか怪しいと言う結論に到達し、今日はここで宿泊する事にした。やや高い素泊まり分の代金を支払う。一階の食堂で取る食事は別料金だ。食事はどこかの食堂で取った方が良いな。受付のおばちゃんから鍵を受け取り部屋に向かう。
借りた部屋は二人部屋だったが、宿泊代金がやや高めだったのも納得出来る広さを誇る『家具付き』の部屋だった。少し遅れてルームサービスの品を入れた籠が届く。
確認せずにこの部屋にしたが、ルームサービス付きでやや広めの部屋だった。今になって、他の宿に行く訳にもいかないので諦める。備え付けのローテーブルの上に籠を置き、中身を見る。ルームサービスの品は、二人分のワインボトルとワイングラスに、肴用のチーズとソーセージに、果物数点(皮むきナイフとフォークと小皿付き)だった。
ルームサービスの品は一先ず横に置き、今後の予定についてレイと話し合う。
「この街での最終目標は辺境伯と会う事だな。次点で辺境伯夫人か、嫡男に会う」
「逸れた連中は良いの?」
「元々、逸れた連中と一緒に、ここに来る予定だった。辺境伯に早馬が来ていないか、聞く必要が有る」
成程と頷いてから、何かが抜けている事に気づく。
レイは門番から『辺境伯がいない』と知らされた時に、夫人と嫡男と『長女を含めた三人』の在宅しているか尋ねていたのに、ここで長女を省いた。理由が在りそうだと思って尋ねる。
「長女は良いの?」
「会わなくていい。自尊心が馬鹿みたいに高くて、気に入らないものを魔法で燃やす癖が付いている」
「あー、癇癪持ちか。それは会わなくても良いね」
理由を聞いて納得した。プライドの高い癇癪持ちの令嬢は、確かに面倒だ。会う必要も無いな。
「仮の話、三日後の昼にもう一度訪ねて、辺境伯に会えたらどうするの?」
「そこから先は、俺がどうにかする。サウザー辺境伯には何度も会っているから、大丈夫だろう」
「万が一が、起きる確率は在る?」
「証明は身に着けて持ち歩いている。万が一が起きるとしたら、辺境伯の正気が疑われる」
そう言ってレイは、左腕の袖口を捲った。左手首には白い太いブレスレットを装着している。太いブレスレットと言うよりも、ガントレットに見える。
しかし、万が一が起きたら辺境伯の正気を疑うって、どう言う事だ? 聞きたいけど、下手に踏み込むと離れ難くなるんだよね。
辺境伯についてはレイに丸投げするとして、三日後の昼までの空き時間をどうやって潰すか、ルームサービスで届いた果物を食べながら話し合う。届いた果物の内、数点は皮をむかないと食べられない種類だった。自分が食べる分の皮をむいてカットして小皿に載せ、フォークを使って食べる。
「冒険者証を作りたい?」
リンゴに似た果物(見た目は青リンゴだが、断面は色鮮やかな紫色の果実)を咀嚼してから、鸚鵡返し気味にレイに尋ねた。
「一人で動ける時間が無くて、今まで作りたくても作れなかったんだ。三日も時間が空くんだったら、これを機に作りたい」
冒険者証を作るのなら、冒険者派遣所に向かわねばならない。ただ問題は、作ってから十日以内に、監督役と一緒に簡単な依頼を五つ達成しなくてはならない。
「冒険者派遣所に向かうのは良いけど、簡単な依頼を五つこなす必要が有るよ。それでも作る?」
「持っていた方が便利そうだから作る」
種無し巨峰みたいな果物(見た目は鮮やかなオレンジ色の色違い巨峰)を一粒咀嚼したレイはそう言った。
「だったら、今から派遣所に行って、簡単な依頼を五つ確保した方が良いか」
「急いだ方が良いのか?」
「運が悪いとハズレを引く。ハズレの中には、片道四日も離れた山の中に向かって、指定の薬草を探すなんてものも在る。ちなみに、見つけ出すのが専門家でも難しい薬草だったら、始めからやり直しになる」
「……急いだ方が良いな」
レイが腰を浮かせた。すぐに向かいたいそうだが、落ち着かせた。自分はカットした果物を全て食べながら、レイに簡単な依頼内容がどんなもの教える。
簡単な依頼の大半は、薬草を始めとした『素材の採集』である。素材の中には魔物の鱗や爪も含まれる。魔物を討伐するついでに、素材採集依頼をついでに受ける事も有る。ただし、その場合は素材なる部位に傷をつけないように、討伐しなくてはならない。
強力な魔物だったらこの辺は多少見逃して貰えるが、弱い魔物や希少な魔物の時には『綺麗な状態』でないと色々と言われる。下手するともう一度採集に向かわねばならない。
ここまで教えたら次に、どんな内容の依頼を受けるかを相談して決める。簡単な依頼(魔物討伐含む)で、魔法を使う機会は滅多にない。街の外は広大な森なので、薬草の採集なら三日で終わる筈。本当に弱い魔物は魔法無しでも倒せるから、魔法が使えないレイでも可能だろう。
「なるべく、薬草の採集を中心に受けるで良いのね?」
「そうだな。小さい魔物を討伐するだけなら大丈夫だが、素材を意識しながらは難しい」
簡単な話し合いが終わったら、冒険者派遣所に向かう。受付にいたおばちゃんに『冒険者派遣所に行って来る』と鍵を預ける事も忘れない。部屋にものは置いていないから心配は無い。宿屋から出る前に一階の食堂のメニューを見てから出た。
ちなみに、冒険者派遣所は辺境伯の屋敷に向かう途中で見かけたので、場所は覚えている。と言うか、たまたま入った食堂の近くだった。
食堂を目指して歩く。辺境伯が住む街だからか、もうすぐ夕方になると言うのにまだ活気づいている。
暫く歩いて辿り着いた冒険者派遣所に入り、受付に向かう。受付で自分の冒険者証を見せて、『最近になって知り合った連れの冒険者登録を行いたい』と告げる。受付担当者は登録証を出した。
登録証と言っても、首から下げるネームプレートのようなタグだ。表に名前を刻印するだけで、冒険者としての階級は存在しない。また、名前は本名でなくとも良いので、自分も『レノア』の名前で登録している。なお、平民は名前だけしか名乗らないので怪しまれない。また、登録維持の為に更新する必要も無い。
レイは受付担当者から簡単な説明を受け、受ける依頼内容を選んでいる。幸いにも簡単な薬草の採集依頼が四つだけ残っていた。
残り一つは最近になって目撃情報が増えている蜂型の魔物の討伐になった。虫系の魔物はとにかく数が多い。空を飛ぶ虫になると魔法を使っても討伐が難しいと言う事と、正式登録の為の依頼である事から、五体討伐すればよい事になった。討伐完了の証は蜂の剣顎十本(一体につき二本保有している)だ。採集物を入れる袋も貰う。
「期日は明日から十日以内になります。監督役はレノアさんで宜しいですか?」
「連れて来たから引き受ける」
「分かりました」
五枚の依頼書を受け取る。ついでに受付に頼んで街の地図を見せて貰い、魔法で紙に転写。受付担当者に礼を言ってから今度こそ、冒険者派遣所から出る。空を見上げると、大分日が沈んだのか紫色になっていた。
夕食について考えていると、レイより教えていなかった『監督役』に付いて聞かれた。
監督役と聞くと大袈裟に思えるが、怪我をしないか、危険行動を取らないかなど、新人を見守り、注意するだけだ。
大体は冒険者派遣所に連れて行った奴が引き受ける。一人で向かった場合、冒険者派遣所の職員が引き受ける。
自分は一人で登録に向かったので、冒険者派遣所の職員が監督役だった。その時、監督役だった男性職員が『一人で登録に来るんじゃねぇ。仕事の邪魔だ。面倒だ』と仕事をしないで延々と愚痴っていた。職員が監督役をする時にも、当たりとハズレが存在した。
五つ達成して冒険者派遣所に戻った時に受付で、『一人で登録に来てはいけなかったんですね。初めて知りました。仕事の邪魔してごめんなさい』と大声で言ったら、通りすがりの所長が出て来た。延々と愚痴を聞かされた事を報告すると、その場で謝罪を貰った。
どうやら自分が引いた監督役の職員は『サボり常習犯』で、やらせる仕事が監督役しかなかったらしい。
当の職員はクビにはならなかったが、大量の雑用だけを押し付けられた。当然のように逆恨みで襲い掛かて来たが、返り討ちにして憲兵に引き渡した。そして、今度こそクビになり、大衆監獄に放り込まれたらしい。一年前の事だから、その後は知らん。
監督役の仕事内容についてレイにザックリと教える。紙に転写して入手した地図を見ながら歩き、冒険者派遣所の近くの食堂の前を通る。
「あん? ここは、部屋を取る前に寄った食堂か」
「流石に覚えていたか。夕飯は屋台にする?」
「食堂を抱えている宿に泊まったのに、何で屋台に行くんだ?」
「美味しい料理が出て来る食堂はね、どこも小綺麗なの。それに、あそこは利用者が少ないのか、広さの割に席が少なかった」
宿屋を出る前に一階の食堂を見たのは、テーブルの数と掃除がどこまで行き届いているのか確認する為だ。あそこの宿屋の食堂は、そこそこの広さを有しているのに、テーブルの数が少なかった。しかも、壁際に並べて椅子を置いていた。利用者の殆どが素泊まりなんだろう。
「……屋台にするか。ここから遠いのか?」
「少し歩くけど、そこまで遠くは無いね」
地図で確認してから屋台が軒を連ねている方角へ向かい、その道中、たまたま空いていた雑貨店でレイに持たせるボディバッグを一つ購入した。依頼書を袋に入れて持ち歩くよりも、身につけるタイプのバッグに入れた方が紛失し難い。本当なら自分が回復薬三種類(体力・魔力・状態異常解除)を収納しているようなウエストポーチが良いんだけど、たまたま品切れだったのか無かった。
街中を徒歩で移動する。移動途中、あちこちの女性の視線が自分の隣を歩くレイに集中する。けれど、レイは慣れているのか全く気にしない。嫉妬の視線が自分に刺さるが、割と慣れているので無視する。
貴族ともなれば、どこへ行くにしても常に誰かと一緒なので、見られる事に慣れなければならない。拉致されると救助されても、色々と面倒なのだ。
街中をあちこち見ながら暫く歩き、屋台が在る場所に到着した。
日中には市場も開かれているここでは、今の時間は屋台だけが開いていた。屋台だけとは言っても、売っている品の種類は豊富だ。串焼きを数点買い食いしてから、夕食になりそうなものを幾つか購入する。テーブル席が並ぶ場所も存在したので、朝食もここに食べに来れば良いだろう。明日以降の日中は街の外に出る。昼食は携帯食か、屋台で買って行けばいい。
購入した夕食を道具入れに仕舞ってから宿に戻る。受付のおばちゃんは何も言わずに、鍵を出してくれた。多分、他の宿泊客も同じなんだろう。
部屋に戻ると、テーブルの上のむいた果物の皮が無くなっていた。使用したナイフと小皿とフォークの三点は、新しいものに代わり、果物は補充されていた。室内を見回すが、掃除と交換と補充以外には何も起きていない。
テーブルの上に屋台で購入した夕食を並べる。持参の空の器に入れて貰う形で購入した、根野菜の欠片が大量に入ったスープも並べる。テーブルに並べて見て、結構な量を買い込んだ事が判明した。今朝、出発前に屋台で購入した分のおよそ三倍だ。
でも互いに育ち盛りだからか、互いに料理の感想を言い合いながら、全て食べ切った。締めとして、熱々のスープを飲む。スープの具材として入っている根野菜は数種類の芋だった。屋台で売られているからか、スープの味付けはやや濃い目だが、屋台で並ぶ料理に比べると少し薄く感じる。
夕食を食べて次にやる事は、明日以降の打ち合わせだ。街の外に出て動くので、危険行動の確認を行う。
ここで意外な事が判明した。
『生活魔法は苦手だ』と言っていたレイだが、魔物の討伐の経験を持っていた。剣一本で弱い魔物の討伐経験が在るのなら、一つだけ受けた魔物討伐でも危険行動は取らないだろう。
となると、問題は薬草の採集になる。案の定、レイは薬草の種類を全く知らなかった。ここ一年間で購入した薬草の図鑑をレイに渡した。依頼書を見ながら、該当ページを探し出し、採集する薬草の特徴だけでも覚えて貰う。自分も一緒に向かうから、違う薬草を採集する事は無いだろう。
明日以降の打ち合わせを終えて、夜がそこそこに更けて来た頃。生活魔法の一つ『洗浄』で、自分とレイの体の汚れを落とす。ついでにスープの器も綺麗にする。
これは『簡単な汚れを落とす』魔法で、冒険者必須の魔法でもある。世界によっては『浄化』か、『クリーン』と呼ばれている。
だけど、この世界での浄化は『洗浄の上位魔法』とされており、専ら、汚水、下水、排泄物などを無害な砂に変える魔法と認識されている。この世界に英語は無いので、『クリーン』の英単語がそもそも存在しない。
体の汚れを落としその他の用を済ませたら、今日は就寝する。レイが使用するベッドの周辺には衝立を設置した。ドアは鍵を掛けて、防犯装置の魔法具を設置する事も忘れない。過剰に思われるかもしれないが、防犯対策は取って損は無い。危険なのは明日街から出た時になるが、それは起きてから気にすれば良い。
昨日に引き続き色々と起きたが、目の前の問題を片付けよう。
そう考えてから眠った。
翌朝。屋台で朝食を食べて、ついでに昼食分を購入してから街を東門から出て、森の中を歩く。
討伐依頼の魔物は森の中を飛び回っているので、探しても見つからないだろう。遭遇出来た時に討伐すれば良い。討伐よりも、最優先事項は薬草の採集だ。依頼の薬草は奥へ進まずに採集出来る。
静かな森の中をのんびりと歩き、薬草を探す。四種類の内、二種類は簡単に見つかった。
「おっ、珍しい薬草が……」
しかし、自分が使う分の薬草も大量に存在したので、レイ以上に採集している。更に移動途中で、色違いの白樺のような樹木を見つけて歩み寄る。
「アレは珍しいのか?」
自分のあとを追って来たレイが怪訝な表情で灰色の樹皮を持つ樹木を見上げる。怒涛の薬草講習を受けても嫌な顔一つしかなかったレイだが、対象が樹木になった事で首を傾げた。
「厳密に言うと、この灰樺のヤドリギが珍しい。灰樺って知っている?」
「知らないな。初めて聞いたぞ」
レイに知っているか話を振るも、知らないと返された。
この灰色の樹木は別の意味で存在だけは有名だが、余り名が知られていない。
レイに灰色の樹木こと、灰樺について説明する。
この灰樺は名前で解ると思うが、白樺の『突然変異種』だ。
地球にいた頃に、白樺の変異種(成長過程で灰色になる)が存在するとか聞いた事が無いので、ユーナ大陸特有の樹木だろう。突然変異で納得されてしまったからか、詳しい生態や変異する過程については謎が多い。と言うか、誰も調べていない。『気づいたら白樺が灰色になっていた』と僅かな事しか知られていない。
樹皮の色以外で知られている事の代表に『ヤドリギと共生が困難』である事が挙げられる。
灰樺にヤドリギを拒む毒が確認された訳では無いが、どう言う訳か共生出来ない。これだけでは『相性の問題』と見做されるが、極まれに、共生しているので訳が分からない。
共生出来ているから珍しいのかと言うと、それもまた違う。
灰樺と共生しているヤドリギは『状態異常を解除する万能魔法薬の材料』として有名なのだ。他の白樺のヤドリギでは駄目らしい。
過去の高名な薬師の中には、患者に向かって『これを使って治らなかったら諦めろ』と発言した記録も残っている。
灰樺とヤドリギについて教えるとレイも驚いた。流石にこんなところで、希少な薬の材料が見つかるとは思わないからね。
採集する為にレイを連れて魔法で浮き上がり、ヤドリギの実が出来ている近くの灰樺の幹に下ろす。
「実と葉も灰色なのか」
「希少過ぎて調べる事も出来ないから、解っていない事が多い。でも、魔法薬の材料として使われるのは実と葉の二種理だけかな」
レイに使用する部分を教えながら、自分は実と葉を採集し、小さい籐籠に入れて行く。採集を終えたら、今度は年月が経っていそうなヤドリギの枝を何本か採集する。
「枝は何の魔法薬に使うんだ?」
「ヤドリギの枝は魔法薬の材料じゃなくて、短杖型の魔法具に材料。魔力の通りが良いから、杖の芯材としてよく使われているの。灰樺のヤドリギは希少なだけじゃなく、他のヤドリギよりも、魔力の通りが良いって言われているの」
レイにヤドリギの枝の利用方法について簡単に説明する。ヤドリギの枝は説明通りに、短杖型の魔法具の材料だ。杖の芯材として使われる以外にも、形を少し整えるか、そのままの状態で短杖として使う場合もある。灰樺のヤドリギだとそのまま使うのが良いかもしれない。
でも今回は、一メートル近い長さの太い枝が何本も手に入った。枝の太さは握った感じだが、メイスなどの打撃系武器に加工しても良さそうなぐらいに太い。滅多な事ではお目に掛かれない良品だ。
採集した品を道具入れに仕舞い、レイを連れて地面に降り立つ。残り二つの薬草を探す為に再び森の中を歩き始める。残り二つの薬草を採集したけど、討伐対象の魔物が見つからない。初日だから気長に探せば良いだろう。
更に森の中を奥へ進むと、開けた小川に出た。小川と言うには、少し川幅が広い。空を見上げると太陽の位置は高かった。真上と言っても良いだろう。丁度良く、水辺に出た事だし、レイと話し合ってここで昼食を取る。
川の水は綺麗だが、魚はいない。そう言えば、魔物に一体も遭遇しなかったな。
昼食を取り終え、時間的に街に戻るか話し合い始めた頃。
遠くから川のせせらぎに負けない、大型バイクのエンジン音を連想させる重低音が聞こえて来た。すぐに川から離れて、近くの茂みに隠れて障壁を展開する。
体感で一分程度、レイと一緒に茂みの中に隠れていると、音源が川の向こうから見えた。
見えたのは餌っぽい小型の蛙型の魔物を抱えた、黒と赤の毒々しい縞模様のスズメバチに似た蜂型の魔物で、レイと揃って困惑した。
ここは魔法が存在する異世界で、魔物の存在も確認されている。森の中で魔物と遭遇するのは、異常では無い。
それでも、自分とレイが困惑したのは、出現した魔物がこの辺りに生息していない種類だったからだ。
「涅紅紋蜂? アレは大陸の北部にしか生息していない筈だぞ」
レイの言う通り、出現した魔物は大陸の北部にしか生息していない筈の魔物だった。
大陸の中央部――現在地のサウザー辺境伯領の北側は広大で特殊な環境の砂漠地帯となっている。数十年前までこの砂漠地帯に王国が存在したと聞いた。カーン王国を含む隣接する国が協力して攻め滅ぼした。
けれども、大陸中央部はどこの国の国土にもなっていない。王国滅亡から僅か半年足らずで国土が砂漠地帯になってしまったからだ。攻め滅ぼした全ての国は併呑を諦めて放置した。どこの国も砂漠地帯を国土にしたくないと言う事だ。砂漠化した過程で異常状態が付け加えられた事も、放置された理由だ。異常状態は別の時に語ろう。
そんな事よりも、大陸北部にしか生息していない筈の魔物がいる現状をどうしようか? 砂漠を越えて来るのは不可能だから、別の理由が在るんだろうけど。
討伐して冒険者派遣所に持って行くのが良いよね。監督役は時に、こう言う『発見した異常事態を連絡する』仕事も含まれるから、派遣所の職員が務める時も在るんだし。
さっさと討伐しよう。
タイミングを見計らい、川を渡って来た涅紅紋蜂がこちらに背を向けたところを狙い、魔法で作った大きめの水球を叩き付けた。地面に落ちる前に雷撃を食らわせて、感電死させる。涅紅紋蜂は地面に落ちたが、餌を手放す事は無かった。目を凝らすと、餌の蛙を半分も食べていた。
「……雑だな」
「正面から戦う必要は無いでしょう」
戦闘らしい戦闘は行っていない。討伐は完了したの。障壁はそのまま茂みから出て、涅紅紋蜂を凍らせて道具入れに仕舞う。そして、レイを連れて飛翔魔法でその場から大急ぎで逃亡する。ある程度移動したところで障壁を解除する。
「おい、どうした!?」
「? 知らないの? 涅紅紋蜂は死ぬと周囲の仲間を引き寄せる特殊な匂いを放つんだよ。あのまま留まっていたら、周辺の仲間がやって来る」
魔物の名前を知っていて、何故特性を知らないのか。そう思ったけど、涅紅紋蜂は北部でしか生息していない魔物だから知らなくても当然か。
加えて、国ごとに出版されている魔物百科事典の内容も違っていた事を思い出す。祖国ストーンズ王国は、ユーナ大陸の北西と言う微妙なところに位置するので、北部と西部の魔物の情報が詳細に記された事典が存在する。あとで見せよう。
困惑するレイの疑問に答えて、森を垂直に抜ける。そのまま、高度を上げて戻る街の位置を確認し、かっ飛ばして街に戻った。
衛兵から見えない位置で地面に降り立ち、街に入る。その際、衛兵にこの辺で見ない魔物を見かけた事を知らせる。魔物の種類を知って顔を険しくした衛兵に、冒険者派遣所にも知らせる事を告げて去る。背後の詰め所が一気に慌ただしくなったが、今は連絡を優先する。
レイを連れて走って冒険者派遣所に向かい、受付担当者に所長の不在を尋ねる。一介の冒険者が所長に何用かと逆に尋ねられたが、東門の衛兵に告げた事と同じ事を教えて、『所長にも知らせに来た』と小声で教えると、受付担当者は表情を険しくしてから案内してくれた。
受付担当者の案内で派遣所内をレイと一緒に歩き、二階の所長に執務室に入る。部屋の主の所長には当然のように怪しまれたが、東の森の中で涅紅紋蜂を見た事を教えると、所長は椅子を蹴り倒して立ち上がった。所長は副所長を呼ぶように一緒に来た受付担当者に指示を飛ばし、街の周辺地図を土地出した。知らせを受けて遅れて来た副所長と四人で地図を見ながら、涅紅紋蜂の発見現場の報告をする。
「東門から出た先の川、か。……となると、ここになりますね」
「結構、奥の方まで行ったんだな」
副所長が示した先は、所長の言う通り結構奥だった。所長は再度、自分に確認を取る。
「確か、川の向こうからやって来たで、合っているんだな?」
「川の向こうから、餌っぽい蛙を抱えたまま飛んで来た。背中を向けた瞬間に、翅に水を掛けて、雷撃で仕留めてから凍らせた」
「雑だな!? その凍らせたのはどうしたんだ?」
「持って来たから解体場で出したい」
「色々と言いたいが、時間が惜しい。ここに一度出せ」
所長が指差した先に、道具入れに仕舞った氷漬けの涅紅紋蜂を出す。副所長は悲鳴を上げたが、所長は悲鳴を上げずに顔を引き攣らせた。
「初めて見たが、こいつが涅紅紋蜂か」
取り出した涅紅紋蜂の大きさは丸まっているにも拘らず、一般的な成人男性よりも大きい。背を真っ直ぐに伸ばした状態だと、全長は二メートル越えかな。
一度道具入れに仕舞い、これからどうするのか尋ねる。所長は副所長に北門、南門、西門の三ヶ所の詰め所に涅紅紋蜂発見の報告と、東の森に行く際の注意喚起の指示を出す。指示を受けた副所長は部屋から出て行った。
「報告はこれで良い?」
「そうだな。……他に気になった事は無いか?」
「気になった事?」
「ああ。些細な事でも良い。何か気になる事は無いか?」
報告終了かと思い終わりか問い掛けると、所長は少し考えてからそんな事を聞いて来た。
気になった事。
森にの中を歩いていた間の記憶を思い返していると、これまで無言だったレイが、買い与えたボディバッグから一枚の依頼書を出してから口を開いた。
「一つ聞きたい。討伐依頼が出ていたこの魔物は、本当に大量発生していたのか?」
「……どう言う意味だ?」
依頼書を見た所長が怪訝そうな顔になる。大量発生した報告が上がったから、討伐依頼を冒険者派遣所が出した。つまり、この依頼書は所長が出したも同然なのだ。レイは依頼者の目の前で、その依頼の真偽を疑っている。
「森の中で一体も見掛けなかった。それどころか、涅紅紋蜂以外の魔物に一度も遭遇しなかった」
「そう言えばそうだったね。魔物どころか、小動物すら見なかった」
レイの言葉を聞いて、右の拳で左の掌を軽く叩いて思い出す。薬草の採集に集中していたが、魔物はおろか、小動物にも遭遇していない。
「――あれ?」「おい、それって」
ここに至って漸く、レイの言いたい事に気づいた。同じタイミングで気づいた所長に至っては、声が震えている。
「涅紅紋蜂は凶暴で肉食だと聞いている。食えるのなら、魔物も小動物も選ばずに捕食する。そして、毒は効かない」
レイは軽く頷いてから言葉を重ねた。言いたい事を理解した自分が、言葉の先を引き継ぐ。
「つまり、森の中で魔物と一体も遭遇しなかったのって、涅紅紋蜂に捕食されて全滅したって事?」
「可能性は高いな。そこらの男よりも大きい蜂の腹を満たすには、それなりの量が必要になる」
「……冷凍した蜂が抱えてた蛙も大きかったね」
道具入れに仕舞った涅紅紋蜂が抱えていた蛙の大きさを思い出す。蛙だが小型の魔物なので、その全長は五十センチぐらいだ。
「あっ!?」
「どうした?」
蛙の特徴を思い出そうとしたところで、いきなり所長が素っ頓狂な声を上げた。
「あ、いや、その、あー、聞きたいんだが、涅紅紋蜂は人間を襲って食べたりするのか?」
「人間も補食対象だ。植物と鉱石以外が補食対象になっているらしい。それがどうした?」
レイの回答を聞いた所長の顔色が真っ青になる。これは何か遭ったなと当たりを付ける。だが、所長は口籠って中々言い出さない。レイと一緒に早く言えと催促して、所長は青い顔のまま漸く喋った。
「実は今から一ヶ月前、街の北東部の森の中で複数の冒険者や、行商人が相次いで行方不明になったんだ。報告を聞いた辺境伯も、俺も、始めは『森の中で迷っているんじゃないか』って思たんだが、半月経っても冒険者は帰って来ないし、行商人は行方知れずのままだ。遅れて知ったが、行方不明の冒険者はこの街を拠点にしていた熟練者一行だったから、森の中で迷う事は無い。行商人も、手練れの護衛を何人も雇っていた。だが行商人の方は、荷馬車だけが街道に残されたまま行方不明となった。荷馬車に繋がれていた馬もいなかった。野盗の犯行を考えたが、荷馬車の中身は手付かずで、人間と馬だけがいなくなっていた。十日前、熟練の冒険者に捜索依頼を出したんだが、こいつらも未だに帰って来ない」
おい、それって。
所長の話を聞き、思わずレイと顔を見合わせた。同時に、辺境伯が不在の理由に気づいた。
「森の中で何かが起きていると考えた辺境伯は、北の森の野営地の見回りついでに、私兵を連れて北東の森の調査に出た。これが六日前の事だ」
「サウザー辺境伯、自ら調査に出たのか」
「そうだ。行商人はこの街を拠点にしていた奴で、辺境伯も懇意にしていた。見回りついでに、森の中の魔物の数を少し討伐して減らすとか言って、夫人と嫡男と長女も戦力として連れて行ったんだ」
レイの言葉通り、辺境伯自ら調査に乗り出したのか。随分と重く捉えているな。
嫌な予感を振り払うように、所長にとある事を尋ねる。
「ねぇ、辺境伯の行動日程表とかない? 何時までに戻って来なかったら捜索隊を組むとか、打ち合わせはした?」
「したぜ。五日掛けて北の森を西方面から調査して、今日の夕方に北東の森の野営地に入るな。……あ」
自ら辺境伯の日程を口にした事で、所長もこれから訪れかねない最悪の未来に気づいて、顔色を青から白くした。可能性に気づいたレイも思わず息を呑む。
「いや、でも、夕方に入るから――」
「願望交じりの憶測は止めるんだな。東の森で魔物と小動物を見なかった事を考えると、活動範囲が広がっている可能性が有る」
「それにもうすぐ夕方だよ。辺境伯一行の人数は知らないけど、活動範囲に補食対象がやって来たら流石に気づくんじゃないの?」
レイと一緒に所長の願望を切り捨てた。すると、目に見えて所長が狼狽え始めた。パニック寸前のところ悪いが、解体場への案内をお願いした。
「はぁ!? 何でそんなところに行くんだよ!?」
「手元に一匹いるんだから、調べてからでも遅くは無いでしょ。辺境伯に報告するにしろ、調べてからの方が良い」
「――それもそうか」
パニック寸前でも、やるべき事を理解すると所長は落ち着きを取り戻した。即座に一階の解体場へ案内される。
案内された解体場は思ってた以上に広かった。所長が現れた事で休んでいた作業員が浮足立った。所長は作業員を無視して、空いているの場所に移動する。所長が指示した場所に、先程出した涅紅紋蜂を出す。虚空から魔物の氷漬けが出現した事で作業員達が騒ぎ始めた。そして氷漬けになっている魔物が、この辺では見かけない大型の蜂型の魔物だと気づいて作業員達が集まる。所長が鑑定士を呼び出して、魔物の死亡確認を行う。やって来た鑑定士は上級者だったのか、氷に触れずに鑑定を行っている。所長が呼び出す鑑定士が低級な訳ないか。一応自分でも鑑定魔法を使って調べて、死んでいる事を確認する。氷を解かした事で、仮死状態から復活されたらたまったもんでは無い。
完全に死んでいる事を確認し、未来視でも復活しない事を確認した。
腰に下げている愛刀の漆が何時でも使えるように左手で鞘を掴んだまま、氷を涅紅紋蜂の腹部を慎重に解かす。やはり『頭長から解凍するのは危険だ』と、所長の判断した結果だ。レイも不測の事態に備えて剣を抜いた。
腹部の氷が音も無く解けて消えて、完全に露わになった。作業員の一人が解体用の鉈を涅紅紋蜂の腹に振り落とした。
だが、ガキンッと、虫系の魔物からは聞こえない筈の音が響いた。鉈を振り下ろした作業員が一番驚いているが、そんな事よりも今の一振りで鉈の刃が欠けた。一番切れ味が良い鉈の刃が欠けた事で、作業員だけでなく所長と鑑定士も狼狽える。
続いて、レイが剣を上から下に振り下ろす。先程と同じ音が響いただけでなく、剣の刃も欠けた。胴薙ぎの要領で剣を横に振るっても同じ結果だった。
鑑定士が改めて鑑定魔法を使って可能な限り詳しく調べると、涅紅紋蜂は全身を鉄のように硬い表皮で守っている事が判明した。表皮が鉄並みに硬いのであって、表皮が鉄になっている訳ではない。
「こんなの、どうやって討伐すりゃいいんだ」
「棘付きの鉄球を力任せに叩き付けて討伐したって話を酒場で聞いたけど、与太話じゃなさそうね」
「それが事実だとしたら、別の意味で怖えよ」
ぼやきに対応すると、所長は震え上がった。話を聞いていた作業員達も震えている。そんな中、レイは『力任せじゃないと討伐出来ないのか』と聞いて来た。
「与太話か分からないけど、他の討伐話は『翅の付け根に剣を突き立てて心臓を貫いた』とか、『口に剣を突っ込んで倒した』と、『首の付け根に剣を突き立てた』ぐらいかな?」
聞いた事の在る討伐話を披露するが、基本的にどれも相打ち覚悟の攻撃なので勧められない。
そんな事よりも、鑑定士に涅紅紋蜂が毒を保有しているのか、確認を取る。毒を保有していないのなら、やってしまおう。漆を鞘から抜いて近寄る。
「おい、そんな細い剣じゃ折れるぞ」
所長に止められたが無視して、漆で横一文字に涅紅紋蜂の腹を斬り裂く。一拍遅れて、腹の中身が悪臭と共に出て来た。漆の刀身を魔法で浄化してから鞘に納める。
『はぁああああああっ!?』
悪臭を感じて正気に戻ったのか、その場にいた作業員一同が絶叫を上げた。漆について聞かれる前に『仕事をしろ!』と一喝する。
我に返った作業員達が出て来たものを調べると、装身具らしき金属片が幾つか出て来た。鑑定士が装身具を調べると、行方不明となっていた冒険者ガントレットだった。更に行商人が持ち歩いていた身分証までもが、半分近く融けた状態で出て来た。ここ一ヶ月間の行方不明者は、涅紅紋蜂に襲われたと見て良いだろう。
「くそっ、犯人はこいつで確定か」
「どうするの?」
悪態を吐く所長にどうするのか尋ねる。それで悪態を吐いている場合では無いと、意識を切り替えたのかすぐに返答した。
「辺境伯に報告しねぇとだが、手紙を書いても今度は、どうやって届けるかが問題になる」
「そこに時間の問題が加わるのか」
「絶望させる事を言わないでくれや」
レイの一言で所長は項垂れた。時間が惜しいから一先ず手紙を書きに行けと、所長を追い出し、レイの剣を借りる。
「試し切り?」
「ちょっと気になる事が在ってね」
作業員を追い払ってから、涅紅紋蜂の腹に借りた剣を垂直に振り下ろす。先程と同じように弾かれた。今度は袈裟切りの要領で切り掛かる。今度は切れた。切った感触から考えると、垂直の力に対して硬いのだろう。
『えぇっ!?』
先程は切れなかった剣で切れた事に驚き呆然とする作業員達を無視して、借りた剣を見る。刃毀れの具合から考えるに、このまま使うと折れるな。魔法で剣を修復してからレイに返す。剣を返却した際に、レイから説明を要求された。
「おい、今のはどうやったんだ?」
「斜めに切っただけ。切って見て判ったけど、垂直にぶつかる力には強いみたい。でも、斜めからの攻撃には弱いみたい」
「ほぅ」
自分の説明を聞いて興味を持ったのか。レイは手元に返って来た剣を使って、何度か涅紅紋蜂の背中を切りつけた。一口に『斜めに切る』と言っても、角度は様々だ。鋭角、鈍角、斜め四十五度と、様々だ。それでも、傾斜を付けると切れるらしい。レイが一度切る度に作業員達から感嘆の声が上がる。
レイが試し切りをしている間に、自分は今度の予定について考える。
現在の状況は『不測の事態』と言って良い。原因は不明だが、大陸北部でしか生息していない魔物が大陸南部にいる。単体で活動する魔物ではなく、群生する虫型の魔物なのが非常に厄介な点だ。
涅紅紋蜂に襲われた被害者が一ヶ月前から存在する点を考えると、森のどこかに巣が作られていそうだ。群生する虫型の魔物で厄介な点は『巣』の存在だろう。体長二メートルを超す『巨大な虫の巣』とか、女王蜂の全長が何メートル有るとか、考えたくも無い。悍ましい。
思考が横に逸れているように思えるが、自分も関係しているぞ。
現在、受けている依頼は『レイを逸れた奴と合流するまで一緒にいる』なのだ。
レイは元々、一緒にいた連中とここに来る予定だった。仮の話になるが、その目的地へ向かう事を禁止されたら、待っているだけでは来ないだろう。
つまり、この不測の事態をどうにかしないと、依頼達成にならないのだ。期限も無いしね。
何せ、レイが逸れた奴らがどこにいるか分からない。それに現状で戦力になりそうな自分が、レイの仲間を探しに街から出るのは嫌がられる、と言うか禁止されるか。
涅紅紋蜂を漆で斬った感触から考えると、鉄より硬いが、鋼並みかと言われると違う。鉄より少し硬い程度だ。
「は?」
思考を断つように、何かが折れる音が響いた。直後、カランッと、金属片が床に落ちる音までもが聞こえて来た。思考を目の前に戻して、何が起きたのか把握すると、レイの剣が半ばから折れていた。持ち主のレイは呆然と手にした折れた剣を見ている。
どうやら試し切りのやり過ぎで、剣が折れてしまった模様。涅紅紋蜂は思っていた以上に硬かった。周囲の作業員達も、レイの手元を見て唖然としている。
少し長居したが、所長もそろそろ手紙を書き終えているだろう。
剣の破片を拾って道具入れに仕舞い、涅紅紋蜂を再度氷漬けにしてから作業員達に預け、レイを連れて所長の執務室に向かう。その道中、レイの事を少し調べた。調べると言っても『魔力を持っているか』を確認するだけだ。で、ちょっとだけ調べたら、かなりの魔力量を保持していた。これだけ持っているのなら、装着するだけで魔力を吸い取り、勝手に起動する魔法具を持たせるだけでそこそこの戦力になりそうだ。
大至急作る魔法具について考えながら歩いていたら到着した。ドアをノックしてから入ると、頭を抱えた所長がいた。声を掛けると、この世の終わりを見たと言わんばかりの顔をした所長と目が合う。
どうしたのかと問い掛けると、つい先程、辺境伯から手紙が届いたらしい。
所長が頭を抱えた手紙の内容は『北の森で魔物を見なかったから、予定を繰り上げて昼に北東の野営地に入ったよ(意訳)』と言うものだった。
「北の森でも、魔物を見なったのか」
「ああ。手紙を読む限りだがな」
「魔物よりも、辺境伯が予定を繰り上げた事の方が問題じゃない?」
「その通りだが、どうしろって言うんだ」
指摘すると、天井を仰いだ所長が重く息を吐いた。隣のレイをちらりと見る。何とかしたいのか、難しい顔をしている。
「しょうがない。……手紙は私が持って行くよ」
これはやるしかないなと思い提案すると、所長は想像以上に食い付いた。
「えっ!? 良いのか!」
「良いよ。ただし、北門経由で行くから、詰め所に入ったらすぐに街から出られるように一筆書いて」
「それくらいなら良いぜ。すぐに書く」
「あと、準備するから空き部屋貸して。それから、辺境伯宛の手紙は書き上がっているの?」
「空き部屋? あー、ここの向かいの部屋が空いているからそこを使え。書いたら纏めて持って行く」
「……書いてなかったのか」
所長から鍵を投げ渡された。鍵を受け取り、嘆息してからレイを連れて部屋を出て、向かいの部屋に入る。椅子もテーブルも無い空き部屋だった。
「何で部屋を借りたんだ?」
「作業場が欲しいのと、所長は一人で集中させた方が良いでしょ」
「所長は解るが、作業場?」
訳が分からず小首を傾げるレイの手から剣を鞘ごと取り上げる。道具入れから高さの在る一本足のテーブルを取り出して、剣を載せる。拾った剣の破片も載せた。
「私は街から出ちゃうけど、そっちはどうするの?」
作業の前に、レイにこれからどうするのか尋ねた。
自分はこれから、北門経由で辺境伯の許へ向かう。その間のレイがどうするのかだけ知っておかなくてはならない。街に残るのなら、剣を簡単に直して当面の生活費を渡さなくてはならない。何故かって? 貴族はお金を持ち歩かない。レイもその例に漏れずお金を持っていなかった。
「一応、辺境伯とは顔見知りだ。邪魔になるかもしれないが、一緒に行く」
レイは自分の目を見てそう答えた。視線を逸らす事無く、自分の返答を待っている。
……これは覚悟が決まっているな。
騎士でも無いのに、貴族の義務とかで『死んでも悔いが無い』って顔をしている。
「だったら、渡しても良いか」
「渡す?」
「そう。即戦力になって貰う為の道具」
怪訝な顔をしたレイを無視して、テーブルの上に材料を載せて行く。折角だから、採集したての灰樺のヤドリギも使おう。
最初に作るのは腕輪だ。
複数の鉱石に魔法を付与して、組み合わせる。腕輪の土台にはヤドリギを使う。自動調節も付与して、レイの右腕に装着させる。不用品を片付けながら簡単に使い方を説明する。
次に作るのは剣だ。
折れた剣の鞘と柄はそのまま流用する。折れた剣身は脆くなっているから、使い捨てのナイフに加工する。新しい剣身にストーンズ王国から出国する前に購入した、衝撃に強く硬い『黒玉鋼(ルビ:こくぎょくはがね)』を使う。不純物は除去済みなので、鞘を参考に幅と長さを合わせて加工する。柄に差し込む部分だけ魔法を付与した複数の鉱石の合金状態にして、更に攻撃魔法を付与する。柄に差し込んで固定し、軽く振って剣身が飛び出さないか確認する。最後に鞘に納まるか確認して、完了。
「書き上がったぜ」
レイに説明する前に、所長がやって来た。レイに剣を渡し、手紙を受け取る。説明は移動途中にすればいいや。
所長に鍵を返し、テーブルに載せていたものを丸ごと道具入れに仕舞う。
「行って来る」
一言言ってから、レイを連れて部屋から出た。
派遣所を出て、地図で北門への道を確認して走る。到着した北門は閉ざされていなかったが、これから出て行く人間を止めていた。詰め所に向かい、代表者に所長の手紙を見せて別口から通して貰う。
北門が見えなくなるまで森の中を移動したら、レイを抱えて少し高めの空を北東へ飛ぶ。辺境伯達が向かった野営地の場所は聞いていないが、北東に向かえば大体分かるだろう。それに野営地は開けた場所に造るので、上空から見れば一発で判る。
ここで『空間転移魔法を使えば、もっと早くに着くんじゃないか』と思うかもしれないが、アレは一定の距離を移動するので、通り過ぎる可能性が有る。通り過ぎた事に気づいて探すのでは時間と魔力の無駄だ。
飛んでいる間に、レイに渡した剣について簡単な説明を始める。
説明を言っても剣の機能について教えるだけだ。腕輪同様に、装着者の魔力を勝手に吸い上げて、自動で起動する。剣なので、鞘から抜かない限り魔力の吸い上げ続ける。腕輪の方は、組み込んだ鉱石の内部に刻み込んだ紋様を合わせるだけで起動する。
腕輪に付与した使える魔法は『身体強化』と『回復魔法』の二つ。剣に付与した魔法は『炎属性の攻撃魔法』だ。攻撃魔法と言っても、切った断面を高温で焼くだけだ。
剣に付与した魔法について教えると、レイは何か思うのか無言になった。苦情は受け付けないけどね。
無言のまま少し時間が経つと、遠くから昼時にも聞いた羽音が聞こえて来た。羽音に交じって、怒声と悲鳴が聞こえる。
「遅かったのか?」
「距離的に無理だね。それに辺境伯達も予定を繰り上げて行動したんだから、時間的にも無理だって。空が飛べても、距離は縮まらないよ」
空を飛んで短縮可能なのは時間で、物理的な距離じゃない。
現在、早馬以上の速度で移動しているから、『まだ間に合う』状況なのだ。死人が出ている可能性が有る以上、ここまで言ってもレイは納得しないだろう。
「涅紅紋蜂が撤退する可能性って有ると思う?」
話題転換として、到着後の作戦会議を行う事にした。レイは少し考えてから回答する。
「それは無いな。野営地にいる分だけは全滅させねぇと」
「それなら、先ずは飛べなくして、雷撃を叩き付けるか。相手が動き回っている以上、討ち漏らしは必ず出る。討ち漏らしの相手をして」
「分かった」
役割分担が決まった。自分は涅紅紋蜂が飛べないようにすれば良いだろう。ある程度地面に叩き落したら、一括で凍らせるか。
色々と考えている内に、野営地上空に到着した。
眼下は一言で表すと、控えめに言っても『地獄絵図』だった。
結構な数の兵士がなすすべなく、涅紅紋蜂の顎で噛み殺され、あるいは尻の針で刺し殺されて行く。涅紅紋蜂は斃した兵士の亡骸を貪る真似はせず、どこかへ運ぶ事もしない。全滅させてから行うつもりか。
視界の端では、少なくない兵士と、抵抗する二人の女性と一人の青年を馬車に押し込む為の押し問答が繰り広げられている。気絶させて押し込まない当たり、兵士も動揺しているんだろう。高度を下げながら、辺境伯を探す。
「辺境伯はどこ?」
「奥にいる。あそこで大剣を担いだ男だ」
レイが指差した方向にいた大男は、炎の魔法を放って目暗ましを行っていた。けれども、涅紅紋蜂には炎は通用していない。虫の癖に、燃えないのか。
と言うかさ。魔物とは言え『昆虫』なんだよ! 翅を潰せば機動力は落ちるんだよ! どいつもこいつも、どうして翅を潰しに行かないの? こいつらは人間みたいに『二足歩行が出来ない』んだよ。どうして、背後から狙える状況を作りに行かないんだろうか。
「本当に謎ね」
辺境伯の頭上にまで移動しつつ、疑問の言葉がポロリと漏れる。小声で言ったが、レイの耳には届いてしまった。
「何が謎なんだ?」
「いや、背後から攻撃出来る状況を作らないのは、何でかなと思って。昆虫に近いんだから、翅を潰せば機動力は潰せるでしょ?」
「……昆虫では無く、魔物だと思うと、そうは思わないな」
レイの反応から推測すると、魔物は魔物、昆虫は昆虫と言う認識のすり込みが有るらしい。魔物と認識すると昆虫に似てても『全くの別物』と判断してしまうのか。
可哀想になどと言ってはいけない。自分が違うだけだ。
微妙な空気を払拭する為に、そろそろ涅紅紋蜂に気づかれる高度になったので、レイに一声掛ける。
「予定通りに動くよ。討ち漏らしは頼んだ」
「分かったが、どうやるんだ?」
「それは――」
降下を止めて、空中に留まる。レイの腰に右腕を伸ばして抱き寄せ、自由になった左手を頭上に掲げた。
「――こうやるの」
自分とレイの頭上に魔法で巨大な水の塊を作り上げ、バケツに入れた水を撒くように、野営地に水を均一になるように撒いた。
下から見ると、頭上から津波が襲い掛かって来たと思うかもしれない。だが、涅紅紋蜂の翅を潰すついでに野営地から押し出事も出来る。欲を言うのなら溺れ欲しいと言う願望も在った。
溺れる可能性を期待したが、それは人間側にも起きる。だから、最前線っぽいところにまで移動した。
地面にいた涅紅紋蜂は頭上からやって来る津波に気づいて、慌てて飛び立とうとしたが間に合わずに津波に飲み込まれた。何匹かはそのまま押し流された。激流を耐えた涅紅紋蜂は溺れたのか動かなくなった。その隙に、巻き込まれるも同じように耐え切った兵士達が、慌てて涅紅紋蜂から離れて辺境伯の後ろへ下がる。
真下で呆気に取られている辺境伯達を無視して、今度は動いている涅紅紋蜂目掛けて、雷撃の雨を降らながら地面に降り立つ。すると今度は、自分達を見てギョッとした。辺境伯らしい、血塗れの厳ついオッサンに至っては金魚のように口を動かした。
「え゛っ!? で、でで、でん――」
「サウザー辺境伯。悪いが、あとにしてくれ」
レイに言葉を遮られた辺境伯は言いたい事を飲み込んで、ぐっと、口を引き結んだ。
「そっちはお願い」
面倒事の気配を感じ取り、自分は動いた。再び空に舞い上がり、先程と同じように上空に避難した涅紅紋蜂を地面に落とし、雷撃を食らわせる。
思っていた以上に高速で飛べるのか、器用に回避した涅紅紋蜂には、障壁を展開したまま近づいて上下に斬り捨てる。しかし、スズメバチみたいな羽音は心臓に悪いが、接近が一発で判るから我慢する。森に押し出された個体も翅を復活させてやって来たが、同じように落として雷撃を食らわせた。
空中を飛んでいる涅紅紋蜂を全部落とすのには、余り時間が掛からなかった。
だが、翅を高速で動かして水分を幾らか飛ばしている個体を見つけた。雷撃を受けた個体は動いていないが、討ち漏らしは動いている。そう言う個体は見つけ次第、水塊を叩き付けてから凍らせた。
一方、翅を濡らしたまま地面を這って動いている個体は、レイが野営地を駆け回り、頑張って討伐していた。
作って渡した剣の切れ味は想定通りだった。ただし、レイが保有する魔力量が思っていた以上に多く、振り回す剣はガスバーナーのような『蒼い炎の剣』と化していた。戦闘が終わったら出力を調整しないと、レイの魔力がすぐにすっからかんになる。
自分とレイが動き回っていた間、我を取り戻した辺境伯が怒声を上げて生き残りの兵士に指示を飛ばす。撤退の準備は着々と進められ、終わった順に馬車が何台も去って行く。
日が暮れる前に、野営地を襲った涅紅紋蜂の大群の一掃が終わった。
全滅させたら、終了では無い。氷漬けにした数体の涅紅紋蜂を道具入れに仕舞って試し切り用を確保し、魔力切れで座り込んだレイの許へ駆け寄る。
何時もならやらないが、魔力を回復させる手製の回復薬をレイに渡して飲ませた。
「大丈夫?」
「……どう、にか」
息が完全に上がった状態のレイに、続いて体力を回復させる回復薬を渡して飲ませた。手製の回復薬は即効性が高い。飲み干して一息吐くと、あっと言う間に回復させる。自分で飲んでいるから効果は確かだ。
回復し、立ち上がったレイは剣を鞘に納め、ブレスレットを停止させた。そこへ、顔の血を拭い、応急手当を受けただけの辺境伯がやって来た。
「御二方、早く馬車へ!」
「?」「分かった」
御二方と呼ばれて、思わず首を傾げたが、ここから早く移動しなくてはならないので何も言わずに馬車に乗り込んだ。
乗り込んだ馬車の中は広かったが、向かいの席に大柄な辺境伯が一人で座ったとたん、窮屈に感じる。自分とレイは辺境伯の対面に並んで座った。ここしか場所が無かったと言うのもある。ドアを閉めると同時に馬車は発車した。結構揺れているので、馬を飛ばしているのだろう。馬車酔いするのは嫌なので、重力魔法で少しだけ浮いている状態を保つ。空気椅子に近い状態を保つのは難しいが、馬車酔いするよりかは遥かにマシだ。
暫くの間、馬車の中は迂闊に口を開くと下を噛みそうなほどに激しく揺れた。野営地からある程度離れたのか。揺れが大分収まったところで、辺境伯が徐に口を開いた。
「色々と申し上げたいところですが、先ずは礼を述べましょう。御二人のお陰で助かりました」
「全滅を免れただけだろう? 畏まって礼を言われてもな」
「いいえ。あのままでは仰る通りに全滅したでしょう。可能な限りの備えをして出て来たと言うのに、情けない限りです」
そう言って辺境伯は悄然と肩を落とした。死人が出た事を気にしているんだろう。流石に今回は相手が悪いとしか、言いようが無いと思う。
「いや、流石に涅紅紋蜂の群れは厳しいだろう」
「助けられた現状では、何を言っても言い訳にしかなりません。鉄の剣で切れない程度で総崩れになるとは、まだまだ未熟です」
「……それ以上鍛えてどうするつもりなんだ」
辺境伯との会話の果てにレイは呆れた。
確かに、熊みたいな体格のオッサンのどこに鍛えようが存在すると言うのか。強いて言うのなら、筋肉を詰めた頭だと思う。
レイとの会話を切り上げた辺境伯は、急に落ち着きを無くしてから、自分を見た。
「貴女にも助けられました。冒険者と見受けますが、ど、どう言ったご関係で?」
「ああ、私は冒険者派遣所の所長から手紙を預かって来たの。辺境伯の顔を知らないから一緒に来て貰った」
そう言って所長から預かった手紙を渡す。辺境伯は虚空から手紙が出て来た事に驚いたが、何も言わずに手紙を受け取り、目を通した。
「……」
辺境伯は所長からの手紙を無言で読み進めるが、眉間の皺が徐々に深くなって行った。手紙を読み終える頃になると、辺境伯は眉間の皺を指で揉み解した。
「空が飛べるとは言え、こんな強行軍でこちらにまで来られたのですか」
「所長が凄い絶望顔してたのと、こっちの都合も在る」
「都合?」
辺境伯にもう一枚の依頼書を渡して見せる。内容は『レイが逸れた奴と合流するまで一緒にいる』と言うものだ。こんなものが所長からの指名依頼で出るとは、普通は思わないだろう。まぁ、レイが貴族っぽい見た目なので、トラブルを避ける為の処置だ。
ついでに、レイを拾い、この依頼を受けるまでの経緯も話した。ここまで聞くと辺境伯も、強行軍をした理由と一緒にいる理由について納得し、呆れた。
「そんな事になっていたのですか。しかし、こんな時に黒嚆矢を雇うとは、あの御方は一体、何を考えているのか……」
「アレの考えは理解出来ん。そんな事よりも、今は涅紅紋蜂をどうにかしないと、この街の立ち入りそのものを制限するしかなくなる」
「確かにそうですな」
辺境伯と頷き合ったレイは今後の対応について話し合い始めた。自分は口を挟まないが、意見を求められたら回答する程度だ。回答する為の情報として、祖国で購入した魔物事典を道具入れから取り出して該当ページを探し出して読む。
……現在、揺れている馬車の中なので、集中して読むと馬車酔いする。空気椅子状態を保っているのに、馬車酔いしてしまう。馬車酔い自体は状態異常解除の回復薬を飲めばどうにかなるが、自作品なので人前では飲みたくない。
街に到着するまでの短い時間、馬車酔いに警戒しながら過ごした。
色んな意味で遠い昔の過去が絡む話です。名前だけが何度か登場した、あいつと遂に再会します。
珍しくハッピーエンドで終わらせたい作品です。まだ半分も書けていないので、投稿は大分先になると思います。
最初のタイトルの候補は『私の人生を変えた降って来たもの』でした。ある程度書いてから、『魔王と聖女の末裔』に変更しました。